21 料理大戦
その後、ソ連と井立田が激しく対立した結果、料理対決で決着を付けようということになり、俺達は家庭科室へと移動した。
「さあっ! 遂に始まってしまいました。イタリアとフランス、二国のプライドを掛けた料理大戦があっ! 司会は私アズアズこと、蜂須賀梓と」
「霊群蒼でお送りしてやるぜっ!」
「「いえいっ!」」
「何だコイツら......」
俺は息ピッタリの二人に呆れ果てながら、問題の二人に視線を移した。家庭科室のど真ん中でイタリア人の父を持つ井立田と神奈川育ちのフランス人ソレンヌが睨み合っている。
「勝負の内容は簡単! 互いに料理を作ってどちらの料理が美味しいか審査員に決めて貰うだけ! 審査員の一人目は此方! この大会を開くために一役買ってくれたミスタージョン・ドルトン!」
「どうも! 家庭科室を借りるために家庭科の先生の説得を頑張ったジョンデス! 今日はイタリアとフランスの料理が食べられるということでワクワクしてマス! 好きな料理はハンバーガーデス!」
いつの間にか、当たり前のように審査員席に座っていたミスタージョンは人の良さそうな明るい笑顔で自己紹介をした。
「先生、ありがとうございます! 二人目はこの大戦を引き起こした首謀者であり北欧から来たれる雪の使者! ルミティカちゃんこと、ルミ・ティッカ!」
「Hei. ルミ・ティッカ、です。好きな料理は、スウェーデンの、ミートボール」
いや、フィンランド料理じゃねえのかよ。
「ルミティカちゃん、あざっしゅ! そして、三人目の審査員は岬川文芸部の外国勢の纏め役! 北里夏馬!」
「……え? へ? あ、好きな料理は味噌汁です」
北里、めっちゃ困惑してるし。
「でー、後は適当に五十六番を添えときました」
「俺の説明ざっつ。あ、好きな料理はたこ焼きとアーデルの手料理全部です」
「え~、司会代わりまして霊群。この大会の参加者を俺が紹介してやるぜ! まずはフランス陣営代表、ソレンヌ・アフリア!」
「パスタ野郎をハイジ共々、ボッキボキに折ってやるなのです」
「威勢の良い、言葉をありがとうございます! そして、ソレンヌネキを支援するヴィクトリア・ケネディ!」
「ふふっ、大英帝国の名に懸けて戦うからには失礼のないように本気で戦わせて頂きますわ! ハンカチは早めに用意しておいた方が良くってよ」
圧倒的な殺意と上品な笑みをそれぞれイタリア陣営に向ける二人。完全にコイツらスイッチ入ってるな。
「そんな二人に対するはイタリア陣営代表、井立田瑠賀!」
「カッ。やってみ、やってみ。ローマの底力、見せてやんよ」
「そして、それを支援するのは我らが雲雀川のアイドル、アーデルハイド・フォーゲル!」
「やはり、貴方とは敵対することになってしまったわね、ヴィクトリア。私もテカゲンはしないから、宜しく」
近年、稀に見る個性と個性のぶつかり合いを見た俺は思わず後退りをする。
早くこの場から立ち去りたい......が、何故か審査員になってしまった以上、そうすることも出来ないのでこの大会が早く終わることを願った。
「では、各自、料理に取り掛かって下さい! 材料はさっき、皆さんが注文したものを五十六番が買ってきてくれました! ありがとね!」
「ありがとね、じゃねえ。俺の扱い雑すぎるだろ」
聞こえた上で無視しているのか、蜂須賀はその文句に反応せずに司会を進める。
「北里さん、今回の戦いはどちらが勝つと思いますか?」
「そうだな。井立田の父親はイタリア料理屋のシェフだ。こうやって料理対決に応じるってことは当然、父親から手解きを受けているんだろうし俺はイタリア側が優勢だと思う。それに、フランス側にはヴィクトリアが居るしな」
北里は突然、聞かれたのにも関わらず冷静に両陣営の戦力を見極めた。確かに父親がシェフってのは大きいだろうな。
「ヴィクトリアが居ると不利になるのは何故なんだ?」
俺は首を傾げながら、北里に聞いた。ヴィクトリアは自信満々だったし、ソ連の足を引っ張るようには思えない。
「直ぐに分かる」
北里の答えに俺は首を傾げる。今だってヴィクトリアはソ連の指示をテキパキとこなして......ん?
「あっ!」
その時、ヴィクトリアが皿を思い切り地面に落としてしまった。
「何やってんですか!? この皿は学校の物ですよ!? 一応、割れてはいないみたいですが......。もう、洗い物は良いからお前は鍋の様子でも見とけです! って何、勝手に強火にしてんですか!? アホなのですか!?」
「だっ、だって、火力が足りない気がしたんですもの」
「もうお前、何もするなです!」
「な?」
一連の流れを見て、硬直する俺に北里は予想通りだと言うかのように苦笑した。どうやら、ヴィクトリアはかなりのドジっ娘のようだ。
というか、勝手に強火にしているあたり、料理の知識も乏しいと見える。
「アイツ、居ない方が上手く出来るんじゃないか?」
「それだと三国協商感が無くなるからダメ(注釈1)」
思わず、そんな言葉を口にしてしまった俺に蜂須賀はそう言った。
「ロシアは何処に居るんだよ」
「ソレンヌちゃん」
......成る程。
「何か、今、失礼なことを言われた気がするのです」
ヴィクトリアをしばき、鍋の様子を見ているソ連が蜂須賀と俺にジト目を送ってきた。見なかったことにしよう。
「それに相手もドイツとイタリアってことでオーストリアさえいれば三国同盟も成立するんだよね」
「第一次世界大戦のイタリアは協商側で参戦したからな? 後、アーデルはオーストリア生まれだぞ」
何としてでもこの大会の陣営を20世紀最初期のヨーロッパ諸国の関係と重ねたいらしい蜂須賀に俺はそう言った
「マ?」
「マ。リンツだとよ」
「日英同盟は?」
「そんなものはない」
この空間にいる日本人の全員が司会と審査員として中立を宣言しているからな。イギリスも役に立たなかったし、確かにこの三国協商は厳しい戦いを強いられそうだ。
「何でお前らは料理大会で歴史の授業みたいなことを言ってるんだよ」
「霊群は今年、受験だろ? 歴史の復習が出来て良いじゃないか。墾田永年私財法って、ちゃんと漢字で書けるか?」
「舐めんな。歴史は一番の不得意教科だぞ。書けるわけない」
おい、三年生。
「というか、井立田とフォーゲルはホントに淡々と料理してるな」
「ウチのアーデルは優秀だからな。貞操観念がちょっと薄くて、たまに突飛なことをしでかしたりするところ以外は」
「大丈夫かそれ......」
「アーデルハイドは、私と、一緒。日本に来たばかりで、トマドって変な、コウドウをしてる、の、かも。ソンケイはしている、けど、私より、上手いから、日本語が」
たどたどしい日本語を頑張って話ながらルミはそう言った。
いやまあ、アーデルの型破りな性格は元からだとは思うのだが。確かにルミの言う通り、戸惑って突飛な行動に出てしまっている面も少なからずあるのかもしれない。
「確かに俺も大阪からこっちに来たときはマジで不安だったもんなあ」
「あれ、五十六番って大阪人だったの?」
蜂須賀の問いに俺は頷く。
「独り暮らしの爺さんの介護に一人でこっちまで来たんだ。その爺さんはちょっと前に死んで、転校する訳にもいかないから爺さんの家だったところで一人暮らし。転校生って普通、最初の方は皆から注目されるもんじゃん? でも、俺の場合、そういうのもなくてキツかった」
「それから? それからどうしたんだ?」
「タマムラ、あまり、良くない、そうやって、人の、ジョウホウを、聞くのは」
俺に気を使ってくれたらしいルミはそう言って、霊群を咎めた。そんな彼女に俺は大丈夫だと告げる。
「それからどうしたのかと聞かれてもなあ。取り敢えず、仕送りだけだと生活がかなりキツかったから週5~6でバイトに入ったな。何処もキツ過ぎて直ぐ辞めてしまってさ。最終的に落ち着いたのがソ連とマスターが働いてた、たかさごだったんだ」
友人の居ない俺にとってあの喫茶店は帰るべき家のような場所だった。マスターも親身にしてくれたし、あの職場で働けて本当に良かったと今でも思う。
「それで、文芸部に入ったのは何でなの?」
「別に特に意味はない。何と無く、部活はやりたくてさ。選んだのが文芸部だっただけ。俺が一年の頃の部員は5人も居たんだぞ? 俺が二年になった時点で二人が退部、二人が卒業したことで一気に二人になったけど」
「ん? それって、一人が五六だよな? もう一人は?」
北里が首を傾げる。
「唯一の新入部員だ。今は病気を拗らせて入院中」
「初耳なんだが。俺と五十六番とアーデルネキ以外にも部員が居るって言うのか?」
「ああ、てか、部員が一人の部活が存続できる訳がないだろ。いや、二人も相当だが」
「退院して会うのが楽しみだね」
二チームの作る料理の良い香りに腹を空かせながら、俺は蜂須賀の言葉に頷いた。
注釈1:『三国協商』露仏同盟・英露協商・英仏協商により構成されるイギリス・ロシア・フランスの協調関係。オーストリア=ハンガリー・ドイツ・イタリアの三国同盟と対立した。因みに第一次世界大戦では領土問題を理由にイタリアは中立を破り協商側で参戦した。




