20 岬川勢
「まあ、何ですか、その......取り敢えず、皆さん、座ってお茶でも飲んでください」
俺はヴィクトリアと正体不明の三人にそう言い、ペットボトルの紅茶を紙コップに入れて渡した。四人は俺の言葉に応じて椅子に座り、お茶を啜る。
「えっと、雲雀川高校文芸部部長の五六さんですよね?」
先程まで自分達を置いていったことをヴィクトリアに怒っていた茶髪の男が聞いてきた。何処と無くチャラそうな雰囲気を纏っている。
「はい。二年の五六渓です」
「一年、アーデルハイド・フォーゲルよ」
「三年、霊群蒼!」
「部員じゃないけど、文芸部に入り浸り気味な二年の蜂須賀梓!」
「同じく、部員ではないですが五六のバイト仲間の二年生、ソレンヌ・アフリアです。あ、たかさごってカフェで働いているんで来てくださいなのです。経営難なので」
俺達が口々に自己紹介をすると、茶髪の彼が口を開いた。
「おお、皆さん、知ってますよ。名前は違いますが、五六さんの小説に皆さんがモチーフになったキャラが出てくるので! あ、霊群さんのも読んでますよ!」
「お、マジ? サンキュー。因みにあれ、登場人物の名前を変えただけでほぼ実話だから」
霊群は嬉しそうに礼を言う。
「あ、自己紹介を忘れてました。俺、二年の井立田瑠賀って言います! 五六さんには近日中に此処を訪ねるって手紙渡しましたよね! 今日来たのはそれっす!」
あの手紙を俺に送った張本人である彼はそう名乗る。
「おい、ちょっと待て」
井立田の言葉に待ったを掛けたのは、井立田とは正反対の真面目そうな雰囲気を纏う、黒髪の男だった。
「んだよ。北里」
「いや、手紙を渡したのが昨日で、来るのが今日って可笑しいだろ!? 俺はてっきりもっと前からアポを取ってくれていた物と......」
ああ、良かった。こっちの人はかなり真面目そうな人だ。
「許せ」
「いや、許せねえよ。アホか。すみませんっ! また日を改めます!」
黒髪の彼は平謝りをしながら井立田の手を引っ張って帰ろうとする。
「い、いや、良いですよ。折角、来てくださったんですから。な?」
「Ja. ゆっくりしていって」
「あ、ありがとうございます! 本当に申し訳ありません。私、岬川高校の文芸部の部長をしております、二年生の北里夏馬と申します」
「ご、ご丁寧にどうも。それで、そちらの方は......?」
そう聞いた俺の視線の先に居るのは、先程からずっと黙りっぱなしの銀髪で長髪の少女だった。身長は150cm前半くらいでかなり低く、目は灰色だ。
「二年生、ルミ・ティッカ、です。ごめんなさい。日本語、は、苦手です」
「全然、大丈夫ですよ。後、皆さん、同じ学年なんだしタメ口で話しませんか?」
「良いっすね! 俺、実はかなり敬語苦手なんですよ」
俺の提案に井立田が物凄い勢いで食い付いてきた。皆もそうしようと頷く。
「じゃあ、タメ口が解放されたところで質問なんだが皆、何人よ? いや、ヴィクトリアに関してはそのリボンで何と無く分かるが」
髪をツインテールにするために彼女が使っている二枚のリボンはどちらもユニオンジャック(注釈1)。愛国心マシマシのアーデルと同じ匂いがする。
「お察しの通り私はロンドン生まれのロンドン育ち、正真正銘のイングランド人ですわ! 大英帝国万歳!」
「敵国じゃない......!」
アーデルが臨戦態勢を取り、ヴィクトリアを睨む。歴史的に見て近代のイギリスとドイツは犬猿の仲だもんな。
「ふふっ。そう敵意を剥き出しにしないで下さい。今やイギリスとドイツは同じEUとして大事なビジネスパートナー......」
「かなり前にイギリス、EU抜けたじゃない」
「あ」
駄目だこりゃ。長いこと日本に住んでるみたいだし、ちゃんと覚えてないんだろうな。
「私は、フィンランド」
ヴィクトリアの自己紹介が終わると、ルミが続けて自己紹介をした。
「フィンランドか。俺、フィンランド製のマグカップ愛用してるぞ」
北欧、特にフィンランドのデザインを俺は好んでよく使っている。
「ありがとう」
「はいは~い、質問、質問! ルミティカちゃんのその銀髪って地毛?」
蜂須賀が光の速さでルミにあだ名を付け、そのあだ名で彼女を呼んで質問をした。
「うん」
「地毛なの!?」
銀髪が地毛なんてあり得ない、と言いたげな様子の霊群は驚きの声をあげる。
「フィンランド、でも、珍しい、みたい」
「へえ~、プラチナブロンズヘアーって奴か。初めて見たけど、綺麗だな。てか、お前らは全員、金髪なのどうにかしてくれない? 紛らわしい」
俺はドイツ、フランス、イギリス人に溜め息を吐きながら言う。髪型や色の淡さは微妙に違うのだが、それでもこう何人も金髪が居ると髪の色だけで相手を特定出来ないので不便だ。
「そんなことを私に言われても知らないわ。地毛なのだから。ソビエトは違うみたいだけど」
「見分け方は目の色ですわ。私が茶色でアーデルハイドが緑色、ソレンヌが青色」
「目の色を確認するくらいなら、普通に顔を見た方が速いけどな」
「そんくらい雰囲気で見分けやがれです」
無茶を仰有る。
「てか、ソ連は地毛じゃないんだから染めんなよ。髪型までアーデルと似てるからややこしいんだよ」
「金髪の方が客受けが良いんだから仕方ねえでしょうが」
「でもさあ、何でソレンヌちゃんって其処までたかさごの売り上げにこだわるの? アルバイトなんでしょ?」
蜂須賀の鋭い意見にソ連は硬直した。
「......私が頑張って、稼がないとあのアホマスターが野垂れ死にそうだからですよ。いや、別に私はマスターがどうなろうと知ったこっちゃねえんですが、流石に死なれると寝覚めが悪いんで」
「あ、ソレンヌネキ、ツンデレだ」
霊群がからかうように言う。
「五六の小説を読んでいる限り、アフリアって凄くマスター想いの毒舌美少女ってことになってたしな。名前は違うけど」
井立田が笑いながら言う。
「おい、テメエら好き勝手言っとんちゃうぞ。後、五六は私をモチーフにしたキャラをよく分からん設定にした罰として一週間、時給-100円」
「アフリアさんがその辺の権限も握ってるのか......」
北里が呆れた様子で言う。あのカフェの経理とかもソ連はやってるからなあ。
「というか、ソレンヌ、フランス人、なんだよね?」
ルミティカちゃんが突然、口を開いてソ連に聞いた。
「ああ、まあ、はい。両親はフランス人で小学校低学年まではフランスに居ましたよ。まあ、日本で人生の大半を過ごしているので日本人とそう変わりませんが」
「あ、それ、私もですわ! 私も小六から日本に居ますの!」
「じゃあ、何でお前はそんなふざけた喋り方なのですか」
「あ、このお嬢様口調ですの? これは小六の頃、同級生から外国人ということで変な口調を期待されていたのでキャラ付けのためにこの口調にしたのが癖になっているだけですわ。話そうと思えば普通に話せるよ?」
「うわ、気持ち悪」
井立田がシンプルな悪口を言う。
「失礼ですわね。というか、ソレンヌこそ、その同級生にも敬語で尚且つ毒舌な喋り方は何ですの?」
「私、友達居ないんでマスターくらいしか話し相手が居なかったんですよ。特に昔は。それで一応、年上ということでマスターに丁寧語を使いつつも罵倒してたらこんな感じの口調になりました。今は幾らか、話し相手は増えましたが癖は直りませんね」
「成る程ねー。ソレンヌちゃんの口調にそんな誕生秘話があったんだ」
蜂須賀は納得したようにそう言った。
すると、ルミティカは井立田をソ連の前に突き出して口を開く。
「ソレンヌは、フランス料理とイタリア料理、美味しいのはどっち、だと、思う?」
「そりゃあ、フランス料理に決まってるでしょうが。馬鹿じゃねえんですか」
「え、イタリア料理でしょ。アフリア、正気?」
井立田が真顔でソレンヌに言う。
「井立田、父親がイタリア人で母親が日本人のハーフなんだ。ルミはイタリア人とフランス人で美味しいのはどちらの料理か論争をさせたかったらしい」
困惑する俺に溜め息を吐きながら北里がそう言ってきた。成る程。昨日、ウチのカフェを訪ねてきた井立田の父親はイタリア人だったのか。道理で外国人っぽく見えた訳だ。
てか、おい、ルミティカちゃん、何てことしてんだ。
「美食の国フランスの料理にイタリア料理風情が勝てる訳ねえじゃねえですか」
「お? お? やんのか?」
「因みに私はイタリア料理派よ」
「私はフランス料理派ですわ!」
おい、止めろ。話をややこしくすんな。
注釈1:ユニオンジャック
スコットランドとイングランドの旗が合わさって出来たイギリスの旗。現在は更に北アイルランドの国旗も取り込んでいる。




