19 手紙
アーデルとのデートを終えた翌日、何時ものように俺はバイトをしていた。
「Bonjour! どうぞ、此方のお席に!」
店に入ってきた客をソ連が案内する。相変わらず、あざとい。
「今日もソレンヌちゃんは元気いっぱいだね」
猫を被ったアイツの笑顔に頬を緩ましているお客様を見ていると何だか悲しくなってくる。というか、何だかイケナイ商売の片棒を担がされている気分だ。
「Merci Beaucoup! あ、今のは日本語で言うところのありがとうって意味デス! ソレンヌは元気いっぱいで働くのでこれからも宜しくお願いしマス! ご注文は何に致しマスカ?」
「じゃ、じゃあ、ショートケーキとコーヒー......」
「カッコ良い叔父様には特別にパンケーキを割引させて貰いマスガ要りませんカ? ソレンヌのオススメなのデス」
「え、えへへ、それならパンケーキも貰うよ」
酷い。あまりにも酷すぎる。毎日見ている光景だが、えげつなすぎる。
「てことで、私の独断で割引したから伝票でパンケーキを割引しとけです。5%offくらいで良いですよ」
「すっくな。もっと下げてあげろよ」
「ウチにそんな余裕はねえんですよ。あのお客様も美少女に褒めて貰うのが目的で来てるんですから大丈夫なのです」
「此処はキャバクラかよ......」
そんなこんなで何時も通りアルバイトをしていると先程、ソ連が相手をしていた客が会計をしに来た。何やら伝票の他に別の紙を持っている。
眉が濃く、何処となくスペインやイタリアのようなラテン系の人に見える。外国人なのだろうか。
「あ、お会計ですね。870円となります」
「ああ、うん。それと、君が五六君で良いのかな?」
誰。
「え? は、はい。五六は私ですが?」
「君は雲雀丘高校の文芸部の部員として実話を元にした小説をネットに上げているだろ? 僕の息子は隣町の岬川高校の文芸部の部員なんだが、君の小説が気に入ったらしくてね。これは息子からの手紙だ」
そう言って彼はその手紙を俺に手渡した。
「は、はあ。では、私にこれを渡すためにわざわざご来店を?」
「いや、うん。ああ。そうそう。君の小説の中に出てくるカフェが此処をモチーフにしていて、此処で君が働いていると小説の後書きに書いてあったからね。実は僕も君の小説を読ませて貰っているんだ。ソレンヌちゃんを毒舌にしたようなキャラの子も出ていて面白かったよ」
いや、其処は元ネタに忠実に書かせて頂いています。
「あ、ありがとうございます」
「うん。じゃあ、またね」
「は、はい。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!」
俺が店を出ていく彼に深々と頭を下げると、ソ連がゆっくりと近付いてきた。
「あの人、妻子持ちだったんですね。常連なんですが」
「え、いや、え? 今日、初めて来たみたいな感じのことを言ってたぞ?」
「思いっきり嘘ですよそれ。あの人、週一で通われていますし。来なくなると困るので敢えて言いませんでしたが。妻子持ちなのに女子高生にデレデレしてて良いんですかね」
「ま、まあ、色々、あるんだろ。多分......」
何だか、知ってはいけないことを知ってしまった気分である。
「その手紙、何て書いてるんですか? 読ませやがれなのです」
「ああ、うん」
来店する客も減ってきたので良いかと思い、俺は手紙を開いてみる。すると、其処には可愛いイタリアの国旗とその町並みが描かれた便箋にはびっしりと文字が書かれていた。
「『雲雀川高校文芸部部長、五六渓様へ。私は貴方がお書きになられている小説を拝読し、その読みやすい文章と大変面白い内容に感銘を受けました。私は岬川高校の二年生で、文芸部に所属しています。近日中に雲雀川高校の文芸部に伺わせて頂きます。井立田瑠賀より』だそうです。井立田って、珍しい名字ですね。振り仮名がなければ読めませんでした」
ソ連がそうやって音読した手紙の内容は衝撃的なものだった。
近日中に雲雀川の文芸部に伺わせて頂きますだと?
「え、何これ、この人が俺らの部活に来るってこと? 勝手に? アポ無しで?」
「そう書いてるじゃねえですか。日本語は五六の母国語でしょう。こんくらいの文章も読めねえんですか?」
「いや、だってさ。え? 俺、この人のこと全く知らないんだけど」
「知ってるでしょう多少は。岬川高校文芸部所属井立田瑠賀。父は妻子を持ちながらフランス人の少女にデレデレ。キャバクラ通いと言っても差し支えない」
「前半は分かってるし、後半は大事なお客様なんだからやめて差し上げろ」
俺はソ連にツッコミながらも手紙を何度も読み返し、顔をしかめていた。
☆
「んで~? その井立田君は何時来んの~?」
月曜日の放課後、キーボードから手を離して背凭れに凭れ掛かりながら霊群が聞いてきた。
「さあ? 近日中にって行ってたから、正確な日時は分からん」
「五十六番も何か大変だね。ただでさえ、アーデルハイドちゃんとレイグン様という問題児を抱えているというのに」
「俺としては入部届けも出していないのに何故か、よく居るお前も二人と充分良い勝負をしていると思うんだがな」
「ケイ、冷やし甘酒をどうぞ」
「何でんなもん持ってんだよお前は」
「ジャパニーズカルチャーを楽しむため」
「......さいですか。まあ、頂くけど」
アーデルが何らかの菓子を買ってきたり、作ってきたりするせいで最近、俺達は毎日のようにこの部室で飲食をしている。
冷やし甘酒と同じようにジャパニーズカルチャーを楽しむためと称して七輪を部室で使おうとした時は流石にキレたっけ。いや、その後、家の庭で存分に楽しんだんだが。
「あ、五十六番ズルい! 私の分は!?」
「俺も欲しい!」
「勿論、用意しているわ」
しかし、アーデルが手を伸ばした机に冷やし甘酒の姿はなかった。
「......あれ、確かに先程まであそこの机に置いていた筈」
アーデルがしゃがみながら机の下を探していると突然、机の下から声が聞こえてきた。
「うーん......! It's good! マジで蒸し暑い夏にはこれですわね!」
聞き覚えのない声だ。
「貴方誰」
アーデルがごもっともな質問をする。どうやら、女性のようだが机の下に居るので俺からは姿が見えない。
「おっと、申し遅れましたわ。My name is Victoria Kennedy!」
「「「「「は?」」」」」
彼女以外、全員の声が重なった。
「あ、翻訳すると今のは、私はヴィクトリア・ケネディですわ、という意味ですわ」
ドヤ顔で机の下から現れた少女は俺達にそう言った。身長はアーデルよりも幾等か低く、金髪でイギリス国旗が描かれたリボンで髪をツインテールにしている。
「いや、それは分かるのだけれど」
「ヴィクトリアちゃんはどこのどちらさん?」
「マ、マイネームイズ、ソウタマムラ! ナイストゥミートゥ!」
「霊群、初歩中の初歩みたいな英語をネイティブの発音で話されただけでキョドるなよ。いや、マジで誰? 井立田瑠賀さんじゃないんでしょ?」
「テメエの正体を教えろです」
俺達は口々にヴィクトリア・ケネディを名乗る少女に詰め寄る。というか
「何でソ連が此処に居るんだよ!?」
ヴィクトリアの胸ぐらを掴んでガンを飛ばしているフランス人に俺はツッコミを入れる。しかも、その片手には冷やし甘酒の瓶が握られていた。
「ん? ああ、マスターが風邪で寝込みやがったんでバイトが無くなったんですよ。此方が気を使って看病に行ってやろうとしたのに風邪を移したら悪いからってアホマスターが断ってきやがったのです。んで、暇だから来てやった訳なのです。あ、冷やし甘酒ご馳走様です」
「ヴィクトリアちゃんが両方、飲んだのかと思ってたら片方ソレンヌちゃんが飲んでたの!? というか、二人とも何時来たのさ!?」
驚きと疑問の感情に支配されている蜂須賀が声を荒らげて聞く。
「私もソレンヌも2~3分前に来ましたわ。ほら、扉が開いているでしょう? 皆さんがパソコンとにらめっこをしている間に二人で甘酒を奪って、机の下に隠れながら飲んでいたのですわ。防犯対策がガバガバですわね!」
「バイトが無くなって暇だったから文芸部に遊びに行こうとしてたらコイツが文芸部に案内しろとか言ってきやがったから連れてきたのです。でも、私自身、コイツが誰なのかは全く知らないのです。名前も、さっき知りました」
混乱して頭が可笑しくなりそうだ。
「あ、急に居なくなったと思ったら先に行ってたのかよヴィクトリア!」
「私達だけ、滅茶苦茶、迷った」
「......あの、ホント、何か、すみません。急に押し掛けちゃって」
そして、気が狂う手前の俺の精神状態を知ってか知らずか神は俺を更に混乱させたいらしく、見慣れない三人組が部室の扉から顔を覗かせた。




