13 不機嫌
ザクザクザク、ザクザクザクとアーデルが玉ねぎを切る。その音は何処か荒ぶっているようだった。というのも、アーデルは家に帰ってきてからずっと不機嫌なのだ。
自分にも手伝わせてくれ、と言っても
『良いから。座ってて』
の一言で一蹴されてしまった。
「あ、あの、アーデル?」
「何」
「やっぱり、何か手伝わせてくれよ。こうやって、ただ椅子に座って待ってるだけだと申し訳ないからさ」
「私が手伝いは必要ないと言っているの。テモチブサタなら、風呂が沸いているわ。入ってきたら?」
トゲトゲとした口調でアーデルは言う。こんなにイライラしている彼女を見るのは初めてだった。
「いい加減、機嫌直してくれよ......。そんなにアデーレさんと俺が話していたのが嫌だったのか? 確かに二人でお前のことをからかったのは悪く思ってるけど」
「別に、元から私の機嫌は悪くないわ」
「いや、明らかに悪いだろ」
しかし、怒った様子のアーデルを俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。学校の男共がアーデルに夢中になる気持ちも分からなくはない。
「あまり、見つめないで」
俺の視線に気付いたアーデルが小麦粉を冷蔵庫から出しながら顔をしかめて言う。
「悪い、悪い。やっぱり、アーデルって容姿に恵まれてるなって思ってたんだよ」
苦笑しながら俺がそう言うと、彼女は顔を紅くした。
「あまり、そういうことを軽々しく言うのは良くないわ」
「でも、別にお前は慣れてるだろ。可愛いとか言われるの」
「っ!」
アーデルは歯を食いしばりながら地団駄を踏んだ。
「え、何お前、もしかして本気で恥ずかしがってる?」
「……うるさいわね。そうよ。当たり前じゃない。名前も知らない男子に容姿を褒められるのと、貴方に容姿を褒められるのとでは全く違うわ」
頬を少し膨らませながらアーデルが言った。
「つまり、アーデルは俺のことを異性として見てくれてるって認識で良いのか?」
「見、見てない! 見てないから! 姉さんの冗談を真に受けないで!」
俺がそんな風に茶化すとアーデルは必死にそれを否定した
「そんなに激しく否定しなくても良いのに」
「......やはり、今日の私は調子が悪いわ。冗談も受け流せないなんて。これだとまるで、私だけ貴方のことを意識してるみたいで嫌だわ」
先程からずっと機嫌が悪い理由はそれか。
「別に意識してくれても良いんだぞ?」
「貴方は時給アップが目当てでしょう」
「それもある」
「全く......。じゃあ、冷蔵庫からひき肉を出してそこの材料と混ぜ合わせて。ビニール手袋の場所は分かる?」
溜め息を吐きながらも少し、機嫌を治した様子のアーデルは俺にそう言ってくる。その言葉は何処か投げやりで、ぶっきらぼうだった。機嫌を治したというよりもやけくそなのかもしれない。
「一応、俺の家だからな。因みに何を作るつもりなんだ?」
言われた通りにビニール手袋を引き出しから取って手に着けて、玉ねぎを初めとする材料をひき肉と混ぜ合わせながら言った。
「Maultasche。いえ、マウルタッシェよ」
わざわざ、日本語風の発音に直してくれるアーデルさん好き。
「マウルタッシェ?」
「China......日本語ではどう言うのかしら。Chinaは分かる?」
「ああ、中国のことだろ?」
中国って、ドイツ語ではヒーナって言うのか。
「そう、それ。チュウゴク料理のギョウザにマウルタッシェは似ているわ。肉と野菜を皮で包んで茹でて、スープに入れるの」
「要するにスープ餃子のドイツ版か」
「そういうこと。きっと、気に入ると思うわ」
最近、ほぼ毎日俺の家に来て料理を作ってくれるアーデルのお陰で様々なドイツの家庭料理を食べるという貴重な経験をすることが出来ている。ウチの学校で俺ほどドイツ料理を食べたことのある奴は他にいないんじゃなかろうか。
「なあ、アーデル」
「何」
「明日の土曜日、久し振りにシフトが入ってないんだ」
俺は肉と材料が完全に混ざるように肉をしっかりとこねながら言う。
「そう。あ、もう、そのくらいで良いわ。冷蔵庫にキャベツとニンジンがあるから、それで鶏ガラスープを作って」
「了解。......でだ、その、お前が良ければ、暇だしどっか行かないか?」
俺は冷蔵庫から出したキャベツをザクザクと切りながら彼女を誘った。
「デート?」
「日時や場所を決めて男女が会うこと、って意味ならそうだな」
「何故、私なの?」
アーデルが首を傾げた。
「お前以外に相手が居ない。俺の交友関係舐めんな。誘いに乗ってくれる可能性がなきにしもあらずなソ連は明日、バイトだしな。......嫌か?」
「いえ、是非、行きましょう。場所は決めてあるの?」
「無難にショッピングモールとかにしようかなって思ってる。そんくらいしかこの辺り、遊ぶところ無いし」
「悪くないわね。日本のショッピングモールは行ったことがないわ。楽しみにしてるから」
こうして、無事に約束を取り付けることが出来た俺はアーデルと共にマウルタッシェを作り、頂いた。味はやはり、スープ餃子やラザニアに近くとても美味しかった。
「ケイ、今日は泊まらせて貰って良いかしら? マウルタッシェ作りに時間が掛かって遅い時間になってしまったし。それに、明日出掛けるなら丁度良いでしょう?」
「おう、好きにしろ。......当たり前のように俺の家にお前の着替えとマイ枕が有ることも本来は可笑しいんだけどな」
「最近、よくケイの家に泊まるから仕方ないのよ」
「危機感ゼロかよ......。言っとくが、俺も人畜無害じゃないんだからな?」
俺だって健全な男子高校生だ。少しくらいなら大丈夫だが、こう何度も美少女に自分の家に泊まられると自制心が抑えられなくなる可能性もないこともない。
いや、俺はそんなことをするつもりもなければ、出来るとも思っていないが。
「ケイに襲われたら、逆に襲い返すだけだから大丈夫」
「襲い返すカッコボウリョク止めろ」
「分かっているなら、頑張って抑えることね。私は風呂に入ってくるから」
……ぐぬぬ。




