12 姉
「んで、霊群」
「どした」
「そのツンデレ娘は今日、連れてきていないのか?」
俺の質問に霊群はかぶりを振った。
「アイツが俺の誘いに乗ってくれる訳がねえだろ?」
まるで俺をモグリとでも言うかのような言い草だ。
「いや、知らんがな」
そもそも、その人の姿も名前も知らないしな。少し、どんな人なのか興味はあるが。
「誘いに乗ってくれる訳がないってそれ多分、ホンカクテキに嫌われているわよ? 普通、イセイにつれない態度を取る人でも心の底で好意を持っていればその人の誘いを突っぱねるようなことは出来ない筈だもの」
アーデル、さっきからよく分からんが霊群に容赦ないな。え、何? 嫌いなの? 霊群のこと。
「い、いや、そ、そんな筈はない! だってアイツ、余った料理とかを持っていってやったら受け取ってくれるもん!」
「受けとるだけなら誰でもやってくれるだろ。問題は向こうが持ってきてくれるかだ」
「......持ってきてもらったこと、一度もない。なんなら、料理を渡しに行くたびに『余って人に渡すくらいなら初めから作る量を考えなさい』って怒られるし」
それだけコミュニケーションが有るということは一応、仲良くはしているのだろうか。
「まあ、それでもレイグン様と私には心を開いてくれている方だと思うけどね。あの人、美人なのに放っている圧倒的な敵愾心と不機嫌そうな表情のせいで殆どの男子が手を出せずにいるんだぜ? まあ、隠れファンは一定数いるみたいだけど」
「喋り掛けんなオーラをロコツに放っても私は男子がわんさかと寄ってくるというのに......。一体、どれだけ恐ろしいのよ。その人」
アーデルが苦い顔をしながら言う。やはり、下心が丸見えの異性が何人も自分に擦り寄ってくるのというのは精神的にくるのだろう。
後、霊群のことを蜂須賀がレイグン様呼ばわりしていることについては敢えて無視することにした。
「まあ、そのツンデレさんには何時か会わせてもらうとして、霊群」
「おう?」
「小説を書くために文芸部に来たとのことだったが、小説の執筆経験は?」
「無論、ゼロだ。小説の書き方を教えてもらうためにこの部活に来たんだからな! はっはっはっはっ」
霊群は清々しいほどに断言した。
「アーデルと一緒か」
俺がそう言うとアーデルが俺の肩をツンツンとつついた。
「違うわ。私の方が二、三週間程先輩よ」
「そうでちゅか~アーデルちゃんは凄いでちゅね~」
「ふふっ。当然よ」
何で今ので得意気になれるんだよ。
「俺も別にプロって訳じゃないし、良い物を書いてる自負もないが執筆歴だけならかなりあるからな。少しくらいなら教えてやるよ」
と言っても、小説の書き方を教えるというのはあまり口出しをし過ぎるとその人の作品の個性がなくなったりして中々、難しいのだが。
「サンキュー五十六番! なら、早速書こうぜ!」
「おう。お前の分のパソコンがないからひとまずは俺のパソコンを使え。後でジョン先生にもう一台貸してくれって言っとくから」
「文芸部なのにパソコン二台しかないって、どうなってんねんこの部活......」
蜂須賀が引き気味に呟いた。
「ただただ、部室にするための部屋と顧問が余ってるから何やかんや生き残ってるだけの部活だからな。何時、この部活の扱いが会議に挙げられて廃部にされるか分からん。いや、自分で言ってて笑えてきたわ。何だこの部活」
「笑い事じゃないでしょう......」
「じゃあさ、もっとポスターとか作って勧誘したらどうだ?」
「いや、これ以上お前らみたいな変な奴が来たら嫌だからやらない」
俺は静かでリラックス出来る環境で執筆をするために文芸部に入っているのだ。頭の可笑しいドイツ人や大阪生まれの俺顔負けのネタの塊と付き合うためじゃない。
「そうね。確かにタマムラは騒がしいわ」
「俺はお前らって言ったからな? 当然、複数形な訳だからお前も入ってるからな?」
「......ニホンゴハムズカシイワネ」
「俺は自分が変であることを誇りに思ってるから否定はしない!」
本当にもうやだこの部活。
「いやあ、五十六番も大変ですなあ」
「蜂須賀、お前も何やかんや言って最近、たかさごに入り浸ってるだろ。アレも俺を困らしてる原因だからな。お前のせいでソ連が最近、やさぐれてるし」
「あれはソレンヌちゃんが可愛いからしゃーなし。勿論、アーデルちゃんも可愛いよ?」
☆
そんなこんなで部活動をし終え、家が逆方向の霊群と蜂須賀と別れた帰り道。思わぬ人物に出会ってしまった。
「Ach! Adelheid!」
金髪で緑色の瞳をした、アーデルよりも身長が幾らか高い女性だった。Achは確かドイツ語で『ワオ!』的な意味合いだった気がする。
この前、アーデルに教えて貰ったのだ。ドイツ語を使えて、アーデルの名前を知っているということはこの女性の正体は恐らく......
「あ、あ、あ」
アーデルの母親か姉なのだろうな、と思ってアーデルを見ると彼女は体を硬直させていた。
「どうしたんだよ、アーデル。あ、どうも」
俺はアーデルの様子を見ながら女性に言う。
「Guten Abend! ワタシはAdeleデス! Adelheidの姉デス!」
アーデルとは対照的に明るい雰囲気のアデーレと名乗った彼女はやはり、アーデルの姉だったらしい。アーデルとは違って此方はジョン先生のようなカタコトだ。
「あ、五六渓です。アーデルの友達的なのをやってます」
「Adelheidと仲良くしてくれてアリガトウコザイマス」
アデーレさんと俺が自己紹介をしあっているときもアーデルは黙ったままだった。そんな彼女の顔を覗くと、今にも泣きそうなくらいに顔を真っ赤にしている。
「どうしたんだよ、アーデル。何か喋れよ」
「……家族とケイが喋っているこの状況、何だか恥ずかしくて」
「いや、分からんこともないけど」
俺も知人と一緒にいるとき、母と会って気まずくなったことがある。まあ、母の住む大阪から遠く離れた神奈川に住んでいる今の俺には縁のない感覚だが。
「Adelheid、ニホンに行くことを嫌がってマシタ。でも、チカゴロは明るくてとても私は嬉しいデス。恐らく、ケイさんのお陰デス」
「い、いや、そんなことはないと思いますけど」
「Adelheidの言ってた一人暮らしの友達ってケイさんのことデスカ?」
中々、際どい質問をされてしまった。恐らく、アーデルの両親はアーデルが世話をしに行っている祖父を亡くして独り暮らしを余儀なくされている友人というのは女性だと思っている筈だ。それが男と知ったらどんな反応をされるか分からない。だが、嘘を吐く訳にもいかないだろう。
「えっと......」
「ち、違うわ。私が世話をしに行っているのは女の子よ」
俺が正直に答えようとすると、アーデルがそれをさえぎって必死に否定した。
「別に、お母さんやお父さんに言いつけたりしまセンヨ」
そんなアーデルに優しくアデーレさんは言った。彼女には全てお見通しらしい。
「もうやだ。ベルリンに帰りたい......」
アーデルが半べそをかきながら言う。
「Adelheidの生まれはリンツじゃないデスカ」
すると、アデーレさんがすかさずツッコミを入れた。
「何でちょっと盛ったんだよ。......というか、リンツって確かオーストリアだろ。ベルリンどころかドイツですらねえじゃねえか」
「う、生まれはオーストリアでも育ちはミュンヘンだもの」
「それでもベルリンではないけどな?」
「Adelheidはケイさんに良いところを見せたいんデス。ケナゲなオトメの気持ちを察してあげてくだサイ」
アデーレさんは笑いながら言う。え、何。アーデルの中ではリンツよりもベルリンが上なの? オーストリアの人に怒られろ。
「ケイとはそういうのじゃないから」
アーデルが苛立ったような口調で訂正した。
「ンー? そうなんデスか? でも、ケイさんの家に行ってお世話をしてるんデショ? そんなことは好きな人にしか出来ないと思いマスヨ? ケイさん、フンイキで分かるけど良い人みたいだからお姉ちゃんはカンゲイしマス」
「だから、違うの! 姉さんに私の気持ちが分かる訳ないでしょ!? 大体そういうことを言われるとケイが困るから止めて!」
アーデルが未だかつてないくらいに感情を露にして叫んだ。こんなにも困り、慌てた様子の彼女は見たことがない。
「お前ってそんなに、感情の籠った声を出せたんだな。新鮮だ」
「可愛いデショウ? Adelheidって結構、ジュンジョウなんデスヨ」
「コイツ、この前俺の家でノーパンでしたけど。しかも、勝手に俺のパジャマを穿かれたし」
「そういう、ちょっと抜けているところも可愛いデス」
姉バカ、という奴だろうか。
「まあ、分からないこともないです」
俺がそう答えてアーデルを見ると、彼女はげんなりとしていた。
「......ああもう、やっぱり、家族と友人の間に挟まれると調子が狂うわ。ケイ、今日のバイトは休みでしょう? 帰るわよ」
そう言うと、アーデルはガシッと俺の手を握って歩き始めた。
「ちょ、おま、急だな。あ、さようなら。アデーレさん!」
「仲が良いデスネ~。サヨウナラ!」
霊群とかいう騒がしいのが入部してきたが、アーデルの意外な一面が見れたのでまあ、悪くない一日だったのではないだろうか。
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