102 オリーブの木
更新遅れてしまってすみません!
「や、やあ......君達。瑠賀の友達だね? か、歓迎するよ。さあさ、奥のテーブル席に座ってくれ」
井立田の案内で彼の親が経営しているレストランに行く運びとなった俺達は引きつった表情の彼の父親に迎えられた。かなりの大人数なので予約なしでは席が取れないのではと思ったが、奥の方の大きなテーブル席が空いていたようで其処へ通されることに。
「わー! ルカ君のお店初めて来たね! こんな感じなんだ。店名は?」
「オリーブの木、ですわ」
と、蜂須賀の問いに答えたのは井立田ではなくヴィクトリアであった。
「ヴィクちゃんはやっぱ、此処の常連なの?」
「ええ。岬川の文芸部は定期的に来てますの」
「......ここの店主もウチに定期的に来てますよ」
ボソッとソレンヌが呟いたその言葉は彼女の隣に座っていた俺にしか聞こえなかったと思われる。
「オススメは何? やっぱり、ピザかしら」
「ま、そうだな。因みに俺はピザならロマーナが好きだ。後、ピザ以外ならこのゼッポレ、ってやつがかなりオススメ。揚げたモチモチのパンに青のりが練り込まれてる奴」
「あーーー、あまりにも種類多すぎて何が何だかわっかんね!」
「アズアズに同意」
メニュー表を見ながら叫ぶ蜂須賀に霊群が同調する。確かにこの店のメニューはピザだけでも20種類程あり、もう何が何だか分からないことになっていた。俺は結構こういう、よく分からないメニューを読むの好きだが。
「じゃあ、俺が皆でシェア出来そうなメインの物は決めてやるよ。他に頼みたいものがあったら自分で頼んでくれ」
「あ、じゃ、じゃあ、ウチはこのピザとニョッキと後このビスコッティと......」
一体、この娘の食欲は何処から来るのだろう。
「お前、さっき団子食べてたよな?」
「花より団子、団子よりイタリアンです」
その理論で行くと、花も食物として認めることになるが......いや、月見里、花の蜜とか吸ってそうだな。
「注文!」
井立田がそう言って店員を呼ぶと、彼の父である店主直々に注文を受けにきてくれた。井立田が皆で分け合うためのピザやサラダを頼み、その後、それぞれが食べたいものを個別に注文していく。全員が注文を終えると、彼の父は『ちょっと、ちょっと......』と俺とソ連の二人を呼び出した。
俺達二人は何となく何について呼ばれたのかを察しながら大きなピザ窯のある厨房まで連れて行かれた。
「今日はウチの店を利用してくれてありがとう、君達。大切な息子の友達だ。サービスするよ。......ただ、その代わりと言っちゃなんだが」
彼は人差し指を自分の口の前に持っていき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いつもその......なんだ.....えーと」
「ワタシのお店に来て私とお喋りしていることは伏せていて欲しいという話デスカ? それなら大丈夫デス!」
急に凄い笑顔でニコニコしながらソ連がそんなことを言い出した。そうか。井立田父にはまだ、接客モードのソ連しか知られていないのか。
「あ、ああ......ありがとう。五六君も、そうしてくれるね?」
「あ、は、はい。勿論」
「ありがとう......いや、あの店にたまに行くことは息子にも妻にも知られているんだが、ソレンヌちゃん目当てに行っていることは知られていなくてね。いつもソレンヌちゃんにデレデレしていることを息子に知られたら僕は......」
「ワタシ目当てで来てくれるんデスカー!? 嬉しいデス! また、お待ちしていますネ! じゃあ、ワタシ達は戻りマスネ」
ソ連はそう言って上手い感じで話を纏めると、厨房から出て行った。俺も井立田の父に会釈をしてそれに続く。彼女のこういう世渡り上手なところは本当に尊敬する。
「よくやるなお前」
「んー、何のことデスカ?」
「もういいよそれ」
「......いつ、あの人に会話聞かれるから分かんないでしょ。食事中は無言貫くかこれで行きますから宜しく」
と、彼女は元の席に座りながら俺に耳打ちをした。因みに彼女の席は俺の右隣。左隣がアーデルである。本来なら女子に囲まれて少し居心地悪く感じるところだが、家族みたいな二人なので逆に安心する。
「正気か?」
「はい。こちらもブランドイメージってヤツがあるのです」
「だってさ」
俺は左隣に座っているアーデルに言う。勿論、先程のソ連の声はアーデルには聞こえていなかったので彼女はキョトンと首を傾げた。
「何のこと? というか、どうして貴方達は呼ばれていたの」
そう彼女に問われた俺は直ぐ様、ソ連の方に視線を飛ばした。こういうのはソ連の方が上手く説明してくれる。
「別に大したことじゃないデスヨ。ただ、最近、たかさごに行けてなかったから近いうちに行かせてもらうネー、って言われただけデス」
「ふーん。で、何その話し方?」
「触れないでおいてあげてくれ」
暫くすると少しずつ注文した料理が運ばれてきた。数種類のピザにサラダ、パスタ、そして、謎の球体の形をした食べ物、ゼッポレ。その他にもアーデルの頼んだ生ハムや月見里が頼んだニョッキなど幾つもの食事が並び、最後の晩餐か何かかと思うほどに豪華な食卓となった。
「あのー、皆のお財布大丈夫ですかねコレ。私、伝票を見るのすっごい怖いんだけど」
「ん、大丈夫だって。ウチの店、そもそもそんなに高級志向じゃないし、俺の知り合いってことで割引もあるから」
「お、マジー!? じゃあ、遠慮なくガンガン注文しちゃおー! 店長ー、ワイン持ってきてー!」
「うちの親父に未成年飲酒禁止法を犯させるな」
そんなやり取りをする蜂須賀と井立田を見ながらアーデルがポツリと呟いた。
「凄く赤ワインが、欲しい......。こんな美味しい生ハム、ワイン無しで食べろとか何かの縛りプレイじゃない」
懐かしい。昔、アーデルと初めて日本のスーパーに行った時、彼女が当たり前のようにビールを買おうとしていたのが。ドイツじゃ16歳から蒸留酒以外の酒を飲めて、14歳からでも親が同伴していれば飲めるとかだったか。
「そういや、ドイツに行った時アーデルをベロンベロンに酔わせてその様子の動画を撮るという一番俺のしたかったことをし忘れたな」
「そんなこと考えてたの貴方......。次、二人でドイツに行くのと私が成人を迎えるの、どちらが先に来るかしらね」
「俺はもう一度、落ち着いてドイツ旅行をしたいな」
「そう」
「まーた、そこはイチャついてるな。マヒマヒちゃんの気持ちも考えてあげなさい」
「いや、月見里は俺のことなんて見てないぞ」
俺はそう言いながら月見里の方に視線を向ける。一心不乱にピザやら何やらをモグモグと食べていた。もう少し落ち着いて食べれば良いのに。
「あ、本当だ......」
「後ほら、俺達よりあっちの方が酷い」
と、俺が次に視線を向けたのはルミと北里のカップルの方。先程から凄い大胆なイチャつき方をしている。
「はい、ナツマ、あーん」
「......やめてくれ、恥ずかしい」
「あーん」
「......いやその」
「口を、開けて」
「......ん」
と、渋々口を開けた北里の口の中にルミがピザを入れる。めっちゃチーズ伸びてますけど。
「あー駄目だ見てられない。甘すぎて目に毒。これと比べればアーデルハイド=フノボリ間の熟年夫婦みたいなノリのいちゃつき方の方が良いね」
「ちょっと待ってくれ。俺は別にしたくてやってる訳じゃ......!」
「これだけの人数の前でそこまで堂々イチャつくとは、貴方達も中々ですわね」
「え、なあ、これ俺が悪いのか!?」
「間違いなく北里が悪い。何故ならお前が下手にルミのあーんを拒むせいで余計に付き合いたてのカップルみたいな初々しさが生まれている」
ボロクソに叩かれる北里に対し、何一つ文句を言われないルミ。これが世界の不条理というものか。
「......イタリアン、良いデスネ。ワタシ達もピザくらい出せるようにしましょうか」
黙々と食事を続けていたソ連が不意にそんなことを言い出した。
「ピザ窯とか用意しないといけないし大変なんじゃないか」
「ケーキ用のオーブンじゃダメデスカ?」
「さあ......」
「今更感あるけど、私もたかさごでアルバイトしてみたいわね。楽しそう」
「やめろ。ハイジが来ると私のアイドルの座が奪われ......」
と言いながら途中でソ連は自分の口に慌てて手を当てた。やはり、店以外の場所で『たかさごのアイドルソレンヌ』のキャラを維持するのは難しいらしい。
「言われてみればアーデル、喫茶店のバイトとかめっちゃ向いてそうやな。やってみたら? どうせ、今年の俺、夏頃からは受験勉強で忙しくなるだろうからシフト減るだろうし」
「そうね。ケイと一緒に働ける日もあるだろうし。前向きに考えてみるわ」
「え、良いな良いな。私もたかさごで働こっかなー」
「お前は俺と同じ受験生だろうが」
「付け加えると、アズアズは結構なお嬢様なのでわざわざバイトをする必要はないと思われる。家めっちゃ広いし。なんか家行くだけで毎回、凄い高級そうなお茶菓子と紅茶出てくるし。あれ美味かったなあ」
と、口を挟んだのは霊群だ。今は大学付近に引っ越してしまった霊群が以前、蜂須賀の家の近くに住んでいた時の話なのだろう。彼は言葉の後、過去を懐かしむようにうんうんと頷きながら小さく溜息を吐いた。
「何それ初耳だな。お前より英国お嬢様っぽいエピソードじゃねえか」
「まさかの此処に来て、梓に紅茶キャラとお嬢様キャラが付与されるとは思わなかった。私の存在意義とは......これで梓が髪を金髪に染めて、ですわとか言い出したら私のアイデンティティはもはや完全に瓦解するじゃん! どーしてくれんの!?」
「ちょちょちょ、ヴィクちゃん落ち着いて! お嬢様言葉崩壊してるから! 梓みたいな奴にですわとか似合わないし! 紅茶も家にあるの勝手に出してるだけだから!」
最近、ヴィクトリアがお嬢様キャラという自らのアイデンティティに対して異常に過敏になっている気がする。何だか大変そうだ。
「またアズアズの家も行きたいな。何かあのアパートに暮らしてた頃が懐かしくなってきた」
「......よりにもよって、それを言っちゃいますか貴方が」
「ん?」
「や、ナンデモナイデス。是非来てください。梓の家の扉はいつも開かれている」
「あら、じゃあ、私とかも行っても良いのかしら?」
「もち! アーちゃん達もガンガンウチに来て! どっかの誰かさん達が引っ越したせいで暇なの! あー、暇だな! どっかの誰かさん達は新居でイチャイチャしてんだろな!」
と、ここぞとばかりに霊群に対して攻撃を仕掛ける蜂須賀。彼女も彼女で結構、ストレスが溜まっているようだ。こうやって直接、本人にぶつけられる機会が来て良かったのかもしれない。
「引っ越して悪かったな。単純にあの家からだと俺も不知火も大学に通うのに時間かかり過ぎるんだよ。ま、いつかまた遊びに行くよ」
「楽しみに待ってまーす。あ、彼女さんも連れてきてね」
「不知火なら連れて行ってやる」
そんな会話をダラダラと続けること約二時間。誰も酒など飲んでいないのに全員が酒に呑まれたかのような興奮がこの空間を支配し続ける。そして、騒ぎに騒いだ俺達はラストオーダーの時間になると全員疲れ切ってぐったりとしていたのだった。




