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101 写真


「......狭いのです」


「ま、まあ座れるところがあったんだし良い方でしょ。ねー、皆」


「いや、そもそも、レジャーシートが狭いのです」


「......だったら皆も持って来てよ! どうして梓だけが責任を負わなきゃならんのだ! この公園を紹介したのも梓なんだぞ!」


 と、文句を漏らすソ連に対して怒りを露わにする蜂須賀。ソ連の気持ちも分からないではないが、蜂須賀を責めるのは酷である。蜂須賀の持って来てくれたレジャーシートはかなり広い方なのだ。ただ、あまりにも花見の参加者が多すぎるだけで。


「やれやれ、狭い世界で生きている奴らは余裕が無さそうで駄目だな。お前らも自然と直に触れ合えよ」


 と、若干湿り気のある土の上に寝転がりながら言うのは霊群である。正直、ちょっとアリだなとは思いながらも俺にはこの狭いシートから出ていく勇気が今一つ足りなかった。


「この地面の匂い......友達と近所の公園でプロレスしてた子供時代を思い出すわ」


 そしてもう一人、アーデルも早々にレジャーシートから逃げ出し、霊群の横で地面に寝そべっていた。


「意外。アーデルハイドって結構、やんちゃしてたんですのね」


「ええ。今じゃかなりインドア派だけど、子供の頃はよく外で駆けずり回って遊んでいたわ。足の速さや力比べじゃ、近所では負けなしでね」


 誇らしそうにアーデルはそう語る。確かに今の所、俺もアーデルとの力比べで勝てた試しがない。


「野蛮ですねー。私は子供の頃からずっと、家でゴロゴロしてましたよ」


「だから、そんなに捻くれた性格になったのね」


「殴り飛ばすぞなのです」


「そう言えば、皆の少年少女時代のこと、私達何も知らないね」


 蜂須賀が不意に呟く。確かに俺達は互いの過去をあまり知らない。高校の友達なんてそんなものかもしれないが、いつも一緒にいるアーデルやソ連の過去すらあまり知らないのは少し奇妙な感じがした。


「あー、やります? 昔話。五六のなら出来ますよ」


「何で俺のなんだよ。話すなら自分のこと喋れ。それにお前の知ってる俺の『昔話』って二年前のことだろ」


「んぐ......何やかんや、先輩が昔、やさぐれていたという話は周知の事実となりつつありますけどね」


 三色団子をもぐもぐしながら月見里が言う。夕食前だと言うのに、桜の下で一本、二本と団子を頬張る彼女の姿は正に花より団子、という感じであった。


「でも、ケイが小学生や中学生だった時のことは皆、知らないんじゃないかしら?」


 アーデルが少しだけニヤニヤしながら言う。そういや、彼女は俺の実家で俺の卒業アルバムを読んだことがあるんだった。


「知らなくて良いの。過去のことより未来のことを話そうぜ」


 それはそうと、いつかアーデルの卒業アルバムは見せて貰いたいが。


「だなー。俺も昔のこと話してたら色々と黒歴史を思い出しそうで怖い」


「あら、貴方は現在進行形で黒歴史書を編纂中ではなくて?」


「現在進行形でお嬢様言葉で『ですわー』とか言ってる奴よりはマシだと思うが。お前、来月にゃ18になんだろ。いい加減、恥ずかしくないの?」


「あ、あああっ......! そ、それだけは! それだけは言っちゃ駄目でしょ!? 馬鹿! アホ!」


 井立田がヴィクトリアに向けて放ったカウンター攻撃は効果テキメン。彼女は半泣きで取り乱しながら、井立田に殴りかかった。


「え、えげつないのです。......私ですら触れないでおいた急所を抉りにいきましたね」


「ソレンヌも、ヴィクトリアと同じで変な喋り方だもんね。いつ治すの?」


 そのルミの言葉は、傍観者ぶっていたソ連を戦場へ引きずり出すには十分であった。


「よしお前殺すのです」


「ナツマ、助けて」


「いや、自分で蒔いた火種なら自分でどうにか......ソ、ソレンヌもそんな怒らないで」


「お前ら纏めてぶっ飛ばすのです」


 北里を盾代わりに使うルミと慌てふためく北里、そして血走った目で二人を睨むソ連......の横ではヴィクトリアと井立田がぐちゃぐちゃに絡み合いながら戦っている。


「さあて! カオスになって参りました! やっぱ、花見はこうじゃないとな」


「いや、レイグン様にとっての花見......何?」


「何かこのメンバー、揃うといつもこんな感じになってますよねー」


 月見里は急に上半身を倒し、胡座をかいていた俺の足に頭を乗せて来た。


「何」


「先輩膝枕」


「俺、どっかの誰かさんが逃したインコの飼い主探しでかなり疲れてるんだけど。本来、膝枕をしてもらうべき存在は俺なんじゃなかろうか」


「先輩はいつも、フォーゲルさんにしてもらってるでしょ」


「それとこれとはあんまり関係ない気がするが......なあ、アーデ」


「右脚貰うわよ」


 いつの間に動いていたのだろう。さっきまでレジャーシートから少し離れた地面の上でゴロゴロしていたアーデルが突如、俺の右脚に頭を乗せて来た。左脚に月見里、右脚にアーデルの頭......流石に重い。そして、体勢的にかなり無理がある。


「両手に花ね」


「どちらかと言うと、両脚に花。そして、重い」


「せんぱーい、頭乗せにくいんで正座してもらっていいですか。もうちょっと、枕さんサイドも寝る側に配慮して頂きたいです」


 花かすら怪しくなってきた。


「やだよ。さっきからずっと、正座してる蜂須賀の所に行け」


「いや私、今からレイグン様に膝枕して貰うつもりだから駄目」


「何それ聞いてな......いって!」


 勢いよく頭を脚へ落としてくる蜂須賀に霊群が叫ぶ。


「梓たんは石頭なのだ」


「久しぶりに霊群先輩に会えて機嫌良さそうですね、蜂須賀先輩」


「はああああ!? そ、そんなんじゃねーし!? 梓たん、レイグン様のこととか今日再会するまで忘れてたし?」


 月見里の言葉に蜂須賀は明らかに動揺しながら叫ぶ。照れ隠しなのだろうが、中々に酷いことを言っている。


「傷付くなおい。俺はアズアズ元気かなーってずっと思ってたのに」


「い、いや、流石に冗談ですケド......その何というか......私は......」


「すまん、電話。......あー、もしもし? 悪い。そういや、連絡忘れてたな。今日はちょっと帰るの遅くなる。うん。はい、それじゃ。......悪い。何の話だっけ」


 霊群は突如、着信音が鳴り出したスマホを手に取り、幾つかの相槌と簡単な返答をすると直ぐに電話を切った。


「はぁぁぁ......話す気なくなりました。電話誰から」


「大学の友達」


「大学の友達に『帰るの遅れる』とか言うんですか」


「......親とか言うのが正解だったかー」


「馬鹿ですねー。で、誰から? 恋人さん?」


「彼女というか、彼女じゃないというか......あの、アレ。不知火」


「あ、復縁したんだ」


「偶然、大学が同じでな。仲直りした」


「絶対、偶然じゃない気がするなーそれ......」


 はたして、霊群は蜂須賀の好意に気付いているのか、気付いていないのか、はっきりしないところはあるが、どうも霊群とその周りの関係もかなり拗れているらしい。

 

「あっちも大変そうですねー、先輩。こっちも大概ですけど」


「分かってるならさっさと、貴方の方から手を引けば良いのに」


「嫌ですー。何度も言ってるけど私は私の中で諦めがつくまで一生、粘ります。一度きりの人生、後悔の無いように生きたいじゃないですか」


「本当にそれで後悔はしないの?」


「......前言撤回。もしかしたら、するかもしれないです。けど、それでも、ちゃんと受け入れられる気がするので」


「そう」


「人の脚の上で複雑な話しないで貰える?」


 俺は軽く溜息を吐きながら視線を天の方へ向けた。優しいオレンジ色の光でライトアップされた桜が視界いっぱいに広がる。そういえば、これは花見なんだったと思い出した。折角来たんだし、写真の一枚でも撮っておこう。

 ポケットからスマホを取り出し、そのレンズを上へ向けた。脚の上で二人が寝ているため、地味にやりづらい。パシャリと、一枚桜の写真を撮ると、シャッター音に気付いたらしいソ連が声を掛けてきた。


「あー、それ後で私にも送ってくれなのです。......ふん」


 スマホのカメラと視線を声が聞こえてきた方に向ける。


「ソレンヌ、強い......」


「下手に抵抗して怪我させちゃ悪いからこうするしかなかった」


 北里とルミを地面に押さえ付け、鼻を鳴らしているソ連の姿があった。ルミはソ連にシンプルに力負けし、北里は人の良さから無抵抗であったため、ソ連の勝利で終わったらしい。記念に一枚撮らせて貰った。


「おい、何勝手に撮ってんですか。私の写真は有料ですよ」


「キャバクラか何かかよ。後でこの凶暴なお前の姿を写した写真も皆に共有するから」 


「よっしゃ、次はお前を捻り潰すのです」


 と、向かってくるソ連から目を逸らすと、何かよく分からない体勢で足や腕を絡め合いながら寝転んでる井立田とヴィクトリアが居た。


「珍しいイチャつき方してるなお前ら。何が起きたらそうなるんだ」


「こう、お互い寝技を掛け合ってたら身動きが取れなくなった」


「体力回復中ですわ。あー、疲れた。紅茶飲みたいですの......」


「なんか、楽しそうだなお前ら」


 また一枚、パシャリと写真を撮る。後ろからソ連に『写真消せなのですー』と背中を殴られながら、俺は霊群と蜂須賀の方にもレンズを向けてもう一枚パシャリ。気付けば、桜よりも人間の写真の方が多くなってしまっている。


「ケイ、私は撮らないの?」


 不意に足下、というか脚の上のアーデルが尋ねてきた。


「あー、うん、撮るよ撮る」


 と言いながら俺は彼女にレンズを向ける。流石、アーデル。抜群の写真映りの良さである。そういえば、俺達はあまり頻繁に写真を撮り合わない。カメラ越しの彼女をこんなにもゆっくり見るのは初めてかもしれない。


「どうかした?」


「ああ、いや......はい、チーズ」


 またパシャリ。撮った写真に映るアーデルをよく見た上で、現実のアーデルの方を見る。凄い。写真の中にしか居なさそうな美少女が目の前に居る。


「見惚れすぎなのです」


 先程からずっと写真を消せ消せと後ろからせがんてきているソ連が溜息を吐きながら言う。言われて気付いた。俺はアーデルに見惚れていたのだ。


「妬きますねー。私の写真は良いんですかー?」


「月見里のは良いや」


「何で!?」


「いや、なんか、月見里の写真をスマホに入れてたら色々と駄目なことをしてる気分になるから......」


「つまり、それはまだ先輩にとって、ウチを恋愛対象として見る余地があるということですね」


 沈黙。こういうときは沈黙を貫こう。アーデルが俺の腕をつねってきているが沈黙だ。


「あー、何かお腹空いて来ましたねー。全然、花見した覚えないですけど、そろそろご飯行きませんか」


「マヒマヒちゃん、さっきまで団子食べてたよね? お腹空いたのは同意だけど」


「そんじゃ、お前らウチの店来いよ。何やかんや、雲雀川勢はウチの店来たことないだろ?」


 と、井立田が提案をする。そういえば、彼の家はレストランなんだった。


「え......お前の店って......あー、私は遠慮しておきましょうかね」


「井立田のお父さん、たかさごの常連だもんな」


 そもそも、岬川高校の奴らと俺達の橋渡しをしてくれたのも彼の父である。


「良いじゃない。レストランでは猫被っておけば。得意でしょ」


「ぐぬぬ......」


 その時、またあの清々しい寂しさが俺の心に戻ってきた。楽しい時間から急に身体を掴まれ、現実へと放り出されるような感覚。このメンバーが次に集まれるのはいつになるのだろう。これから受験期を迎える俺達にとって、こうやって集まることは日毎に難しくなっていく。あの文芸部も、来月や、再来月には無くなっているかもしれない。そんな想いがブワッと溢れてきて、身体がクラクラとした。


「大丈夫? ケイ。何か顔色悪いけど」


「いや、明日も普通に学校あるんだよなあと思って」


「そうね。......また明日から頑張らないとね。そうやって頑張っていれば、またこうやって楽しいことがあるわよ。そうやって一緒に乗り越えていきましょう」


 妙にその彼女の言葉が頼もしかった。

 そうだ。寂しく感じるのは今が幸せだからだ。だから、俺はこの幸せな時間を写真に収めたくなったんだ。


「月見里」


「どうしました?」


「やっぱり、写真撮らせてくれ。アーデルとツーショットで。アーデルも良いよな」


「勿論」


「てことで、ソ連取って」


 自分の左右の脚に乗っている二人をカメラで同じ画面に捉えるには俺の座高がかなり足りない。そう思い、俺はソ連にスマホを渡した。


「んー、はい撮りますよー。CuiCui」


 パシャリ、とシャッター音。


「何今の。キュイキュイ?」


「フランス流のはいチーズ、なのです。ほい」


 俺の質問に端的に答えると、ソ連はスマホを俺に返してきた。


「あれ、自分の写真消さないのか。てっきり渡したタイミングで消されるものと思ってたんだが」


「見逃してやる気になっただけなのです」


 スマホにはソ連の珍妙な合図に驚いた様子のアーデルと月見里の姿が映っていた。

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