10 蜂須賀梓
ウ○娘たのちい。
「最近、友人が出来たの」
アーデルが俺の家に来て料理を作ってくれるようになってから約二週間程の時が経ったとき、夕食を食べながら彼女が不意にそんな言葉を口にした。
「マジで? 男?」
アーデルが日本食を作る練習、ということで作ってくれた味噌汁を啜りながら俺は聞いた。うん。美味しい。サツマイモが入っているのも良き。
「男からしか人気がないみたいに言わないで頂戴。女よ」
「いやだって、お前女からは虐められてるって言ってたし。昨日もその相談に乗ったばかりだし」
「何事にも例外は存在するものよ」
お、名言。
「名前は?」
「蜂須賀梓。貴方と同じ学年だから知っているんじゃない?」
「知らん」
「そう」
「俺は同じクラスの谷口でさえ、下の名前を忘れる男だぞ」
俺はドヤ顔でそう言った。まあ、クラスメイトなんて話す機会もなければ関わる機会もないのだから名前くらい知らなくても仕方がない。
......おいそこ、ぼっちとか言うな。友人ならほら、マスターとソ連がいるからぼっちじゃないし。
「谷口って、ああ、この前の男ね」
「そうそう。お前が心身共にボコボコにしちゃった哀れな谷口さん」
「失礼ね。ただ、私の友人である貴方をリフジンに傷付けてハンセイのハの字も見せなかった愚か者に軽くセイサイを与えただけよ。それに、私を理由に勝手に暴れたことにも腹が立ったし」
何と言うか、凄く頼もしい。
「ま、谷口のことはどうでも良いとして、その蜂須賀って奴はどんな奴なんだ?」
俺の質問にアーデルは焼き鮭を口に運んで、考え込んだ。
「そうね......常にネットスラングを連発していてテンションが可笑しい頭のネジが数本外れているような娘よ」
折角出来た同性の友達、それも先輩に滅茶苦茶辛辣なこと言うやん。
「何それ会ってみたい」
「面白い人よ。ポニーテールの尻尾の部分をブンブン回したりするし」
「何それめっちゃ会ってみたい」
俺の中で姿も知らぬ、蜂須賀梓という少女への興味がどんどん膨らんでいった。
「明日、タカサゴに連れていくわ」
「お、さらっと宣伝あざっす」
☆
「ということで、例の少女を連れてきて貰った訳だが」
「え、ちょっと待って何この娘可愛い。え、何人? あ、ボンジュールって言ってたからフランス人か」
「O、Oui。私、ソレンヌって言いマス」
「お人形さんみたいで可愛いですなあ。それにこの髪。アーデルちゃんとはまた違う美しさがあるうううう!」
「やってくれたなお前」
俺は顔を引きつらせてアーデルに言った。
「私は友達をカフェに連れてきただけなのだけれど」
「その友達が明らかにヤベー奴なんだよ。見ろよアレ」
蜂須賀梓という名前らしいそのポニーテールの少女は目を輝かせながらソ連を襲っていた。
「はあはあ、この娘可愛すぎいッ! 自分、撫で回しても良いっすか?」
「あ、あの、困りマスよ......」
「その拙い感じの日本語も最高に好き。天使は此処に居たか。はっ、つまり此処は天国?」
「お客様、ご注文をお伺いします」
俺はそんなやり取りを続けようとする蜂須賀のテーブルに行って彼女にそう言った。
流石にソ連が哀れだったので助け船を出してやることにしたのだ。
「誰だね。私とソレンヌちゃんのイチャラブを阻止しようとする者は。百合の間に男が入るのは良くないと習わなかったのか?」
「突然、真顔になって馬鹿みたいなことを仰有らないで下さいお客様。ご注文を」
「何気に酷いことを言うねチミ! 五六渓君、だっけ。アーデルちゃんから話は聞いているよ。何でも、彼女に通い妻をさせているんだって? 羨ま、もといけしからん!」
あ、この人駄目な人だ。
「俺がさせてるんじゃなくて、アーデルがしてくれてるんですよ。さっさと注文せんかい」
「ほいほ~い。んじゃあ、このアールグレイティーで良いや」
「ご注文、承りました。んじゃあ、ソ連は引き続きお客様の相手を頼んだぞ」
蜂須賀や他の客の手前、暴言を吐くことは出来なかったらしくソ連はただただ悔しそうに此方を見つめていた。
「なんか、また新しい娘が騒いでるんだけど誰アレ」
俺が注文された紅茶を淹れていると、マスターがそんなことを聞いてきた。
「アーデルの友達らしいです。ソ連のことを気に入ったらしく、ペロペロしてます」
「お、百合?」
「百合ですね」
「ちょっと見てくる」
そう言うとマスターは他の客に頼まれたコーヒーを素早く淹れて、それを運ぶという名目で厨房から出ていった。あの人も大概だよな。
そして、他の客が全て帰り、居るのは俺達五人だけになったカフェで一人の少女が大きな叫び声を上げた。
「あああああああああああああっ、もう我慢の限界なのです! Merde! Ferme ta gueule! une connasse!」
ソ連の荒れっぷりは凄まじく、先程まで彼女に抱きついていた蜂須賀はたちどころに彼女から離れた。言葉は分からずとも、彼女の怒りは伝わったらしい。
「......これは酷い」
その様子を見ていたマスターが引き気味に呟いた。
「意味分かるんですか?」
「うん。フランス語はそこまで得意じゃないから正しいかどうかは分からないけど多分、『クソが! その汚ねえ口を塞げ馬鹿女!』って感じだと思う」
確かに酷い。
「ヒンセイを疑うわ」
「お前が言うなノーパンハイド」
俺は溜め息を吐きながら蜂須賀を見る。突然、殺意を剥き出しにしたソレンヌに怯えているようだった。
「え、あ、あの、ご、ごめ......」
「ごめんで済んだら内務人民委員部は要らねえんですよ! 粛清しますよ!?」
ソ連に寄せていってるやん。
「サーセン!」
「あまり怒ると自分の器が小さいことを露呈しているようなものよ? それくらいで良いんじゃないかしら」
「うっせえ黙ってろ!」
「......Ja」
あのアーデルハイドを黙らせるとかソ連恐ろしい娘。
「ちょ、ソレンヌちゃん落ち着いてクレメンス」
「ああんっ!?」
ソ連はドスの効いた声で蜂須賀を威圧すると、彼女の頭に拳を押し付けてグリグリした。
「ひ、ひぎいっ! らっ、らめええええええええ!」
「良い声で泣きやがるじゃねえですか。もっとその悲鳴を私に聞かせるのです。グヘヘ」
そんなやり取りをしている二人を横目に俺達三人は無言で帰宅したのだった。
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