9:思わぬところから事件は発生しますよ
教室で悪意が溢れて困っちゃう事件から早くも3か月が過ぎました。
お姉ちゃん発案の対処療法で今のところどうにか抑え込んでいるって感じかな?
あの後、やっぱり教室の雰囲気だんだんと悪くなってきて、お姉ちゃんが定期的に浄化の魔法を使用したり、私が教室に行って浄化の魔法を使用したりとしていたんだけど、これではまずいってなったの。
そこで、お姉ちゃんが以前から仲良くしている友達、即ち美穂ちゃん他のお守りを持っている子達に話をして、真ん丸ダイヤモンドをビー玉の代わりに持ってもらう事にしたの。
「だって、毎日のようにビー玉が粉になっちゃうんだよ? みんな変だな、怖いなって思ってたもん」
お姉ちゃんから話を聞いて、なるほどって思っちゃいました。そもそも、去年はオカルトブームだったしね。あとは岸田さん、あの子にもお守りをあげたんだって、私が気にしてたからって。
同じ塾だったし、受験と健康のお守りって言って渡したみたい。そのおかげか悪意の濃度は改善されました。しかも、お守りで悪意が抑えられたのか成績が伸び悩んでいた岸田さん、先日の塾の模試で鳳凰学院の合格圏内まで成績が改善したみたいでびっくり。悪意が出るほど精神的に追い詰められちゃっていたんだけど、それが改善して勉強に集中できるようになったのかな?
それと、内田君のことは知らないふりをするそうです。
好きな子の持ち物が欲しいっていう思春期特有の思いですか、う~ん、お姉ちゃんが良ければそれで良いのですけど、まあお友達の美穂ちゃん達も知ってるので大丈夫かな?
内田君の成績ではとても鳳凰学院は無理だそうで、何とか今のうちに告白しないとって焦りがうんちゃらかんちゃら? こないだ遊びに来た美穂ちゃん達が色々言ってたけど女の子は容赦がないね。
「内田のおバカさんじゃね~」
「まずは美形に生まれなおしてから来い」
だそうです。お姉ちゃんは思いっきり苦笑していました。
「もうじき夏休みだけど、塾の夏期講習もあるからお休みって気がしないよ」
受験生にとって夏休みは大事な時間らしいです。お盆には毎年家族でどこかへ出かけていた今までがすっごく懐かしいです。それがたとえ宝石探しであったとしても、ちなみに真ん丸ダイヤモンドが出来てからは宝石探しはしなくなりました。あれ、結構楽しかったんですけどね。
「ひよりは夏休みはどうするの? 何か計画はあるの?」
「今年は魔法を使う為の杖を作ってみようかと思う」
「魔法の杖! なにそれ、すごいよ!」
今までは護符系統の開発に力を入れていました。でも、先日の浄化で杖なしの魔法行使に負担が大きい事を痛感したんです。そこで、庭で育った木を使って杖が作れないかって、ビー玉の粉の御蔭で結構あり得ない成長をしていますから。
「まだ上手くいくか判らないよ? 木工なんかやったことないし、でも夏休みいっぱい使えば出来ないかなって思ったの」
「いいなあ、わたしも早く受験終わって魔法の練習したい」
「お姉ちゃん治癒は前よりすっごく上手になってるよ?」
「だってしょっちゅう使ってるもん、受験勉強なんか治癒なかったら無理、みんなすごいよね」
お姉ちゃんが自分の成績を友達たちに自慢したりしないのは、自分が魔法の補助を受けてるからって負い目があるんだよね。でも、使えるものは何でも使うよっていう強かさも持ってるのがすごい。
ついでに、内田君の件からも判るようにお姉ちゃんって美容クリームも使ってるので思春期のニキビなんかもなくってお肌もつるつるのプニプニ。身内補正もあるかもだけど、すっごい美少女になっちゃったよ。スカウトなんかが来てもおかしく無いと思う。もっとも、そのせいで6年生になってから何回か男の子から告白されたみたい。小学生なのにすごいね、ただお姉ちゃんは今のところ恋愛にはまったく興味がないみたい。
「だって遊んでる時間なんかぜんぜん無いんだよ? そんな時間があるんだったら魔法の練習したい」
だそうです。
そして、あっという間に夏休み、私は彫刻刀なんかを駆使して杖つくりの真っ最中。
「杖の頭に真ん丸ダイヤを入れるところも作らないと、あ、でも形を考えると根本のほうが良いのかな」
まずは完成した杖をイメージしたデッサンをしているところ。最初は前世の杖を再現しようかと思ったんだけど、長さ的に無理で断念。こっちの映画や漫画を見てイメージを固めようと苦戦中。
「持ち運びも考えると、短いほうがいいよね。でも、シュパッって取り出せるようにするのは無理っぽい」
日常的に杖を持ち歩いている小学生なんか見たことないし、学校へ持ってくことはまず無理だと思う。
ランドセルに入れられる杖ってどうなんだろ? リコーダーの袋に入れておけば大丈夫かな?
そんな試行錯誤をするのも、それはそれで楽しい。
「ひより、宿題は進んでるの?」
居間で絵を描いていると、お母さんが様子を見に来ます。夏休みの計画表は作ったのでその通りとは言わないけど、午前と午後に宿題をする時間を設けている。
「算数は終わったよ、あと今日は午後に読書感想文の本を読むの」
「ちゃんとしているなら良いわ、でもダラダラしちゃだめよ、お母さん買い物に行ってくるからね、ちゃんとしてるのよ」
「は~い、わかった~」
お母さんに軽く返事を返しながら、私は今度は彫刻刀でシャリシャリと目の前の木を削っていく。そんな中、玄関の扉が開く音がしたから、どうやらお母さんは買い物に行ったみたい。着いて行ってもよかったかなっと思いながらも彫刻刀を動かす事に集中する。まだまだ子供の力なので無理をせず、丁寧に丁寧に削っていく。
「結構時間かかりそう」
魔法を使えればまた違うのだろうけど、今の魔力ではあっという間に魔力切れを起こしちゃう。
シャリシャリととりあえず無駄な出っ張りである枝葉を切り取り、跡を滑らかにする。完成品は細い指揮棒のような形にしよう。そんな事を思いながらシャリシャリと木を削っていた時、突然家全体が揺れるような衝撃を受けた。
ドドドーーーーン!!!グラグラグラ
「え? 何、何事?」
実際に家が揺れている訳ではない。原因に思い当たった私は、慌てて庭へと飛び出す。
ドドドーーーーン!!!グラグラグラ
再度空間が揺れる。家の周囲に張り巡らせた結界に何かがぶち当たっている。
「何、なんなの!うわ、何あれ、あんなのこっちにいるの!」
飛び出した先の家の庭から玄関の方を見れば、黒い顔のようなものが結界へと張り付いているのが見える。結界を揺らすほどの濃度を保ち、恐ろしく歪んだ男の顔が悪意の靄に取り囲まれるようにして見えた。
「とりあえず結界を強化しないと!」
今や真ん丸ダイヤを8個使用し作られた結界、それ故に破られることはないとは思う。ただ、いまだかつて此処までの攻撃を受けたことがない。その為、どこまで耐えられるか今一つ自信がない。
まずは家の四隅に真ん丸ダイヤを新たに埋め、先に張られている結界に連結させる。本当はこの攻撃で弱った個所の真ん丸ダイヤを交換したいのだけど、その為には一時的に結界を解除しないとなので今は無理。
「強化したから揺れは小さくなったけど、なんだろこれ」
私は玄関の前に行き、目の前に浮かぶ黒い悪意の塊へと視線を向ける。
「知らない人だよね、うん、こんな人は見たことない」
それにしても、この悪意は家族の誰かへと向けられているようには見えない。感じ取れるのは家全体への悪意、それ故に私は当初首を傾げる。なぜなら、ここまでの指向性が強い悪意などこの世界で初めて見る。
「あ、もしかして」
悪意の様子をしばらく見ていた私は、この悪意が何かに思い当たった。
「誰かが我が家に何かしようとしてる?」
ここ最近私たちが住んでいる町で空き巣や強盗といった事件が増えていると言ってた。子供や老人しかいない家を狙った強盗まがいの事件も起きていて、巡回パトロールの車が注意を呼び掛けているのも聞いた。
「これ、不味いかもしれない。ひよりちゃんピ~ンチ!」
悪意を遮断する結界は、別に物理的な結界なんかではない。それでも、悪意を向けられにくくする効果はあるし、誰かの悪意を浄化することはできる。
ただ、どちらかというと犯罪抑止に近い。その為、実際に盗賊や魔物に襲われた時には効果は無い。
慌てて家に入って窓のカギを締める。そして、走って玄関のカギを確認する。
「うん、カギは締まってる」
次に出来ることと言えば電話だろう。まだ小学生の私に強盗さんを撃退するなんて不可能だ。どこぞの外国の子供の様に悪知恵なんか湧いてこないよ。
「こんなことなら警備会社に入ってて欲しかったかも、せめて家の前が見れれば、あ、そっか」
今そんなことを言っても意味は無いけど、そう思ってしまうのも仕方がないと思う。なぜなら、あれ程の大きな悪意の塊であれば人に危害を加えることに恐らく躊躇はしないだろう。
「危険なのはやっぱり玄関と庭に面した窓だよね。どうしよう、たぶん時間はそんなに無い」
ワイヤレスの電話機を手にして慌てて2階へと駆け上がる。そして、カーテン越しに外の様子を伺う。
「あちゃ、やっぱり来ちゃった、あの人だね」
若干周囲の状況を伺うようにしてこっちへと歩いてくる30代くらいのおじさん。ただね、スーツを着ているけど靴はあれ運動靴だよね、白いもん。
以前テレビで見た空き巣なんかの不審者の姿そのまんま?もし運動靴でスーツを着たサラリーマンの人がいたら盛大に文句を言われそうな事を心の中で思いながらも、その挙動を注視してみる。
ピンポーン、ピンポーン
お母さんが出かけるのをどっかで見ていたんだろうな、そんな事を思いながら私は手にした電話で110番をする。
「はい、こちら〇〇警察です、どうされましたか?」
女性の声が受話器から聞こえてくる。
「えっと、お母さんがお買い物に出かけてて、家に変なおじさんが入ってこようとしてるの」
「え?えっと、お家に知らない人が入ってきてるの?」
「うん、扉をガチャガチャしてるの」
出来るだけ幼く、怯えている様子で電話口のお姉さんに話をする。
「お名前と、お家の住所を言えるかな?」
「いとうひよりです。えっと、名古屋市〇〇区〇〇町※※です」
「良く言えたわね、偉いね、ひよりちゃんはかくれんぼ出来るかな?お姉さんたちがすぐ行くから、それまでかくれんぼしよう、その男の人に見つからない所に隠れるの、できるかな?」
「うん、できる」
お姉さんの電話の向こうでは怒鳴り声が聞こえている。すぐに最寄りの警察官とかがこっちに来てくれそうだけど、問題はそれまで見つからないでいられるかだね。
「電話の声が聞こえちゃうと不味いから、一回電話切るからね。じっと隠れているのよ」
「うん、早く来てね」
我ながらあざといと思うのだけど、ともかく警察の方には奮起していただこう。という事で、どこへ隠れるかと思ったら、庭に面した窓が開く音が聞こえてきた。
「トイレに籠城するのも良かったかも」
警察官が来るまで、どうかな10分?15分?とにかくその時間をどうやって稼ぐかだね。今更この部屋を出られないし、うん、入る場所間違えたね、これは困ったかも。