79:殲滅ですと言ったら殲滅ですよ
誤字脱字報告ありがとうございます。
魔石、もしくは魔石に準ずる存在。それはひよりにとって大きな恩恵を齎した。
前世でひよりが魔導師として研究し、時には実践をしていた際に欠かす事の出来ないのが魔石だった。
魔物の体内から取り出される純粋な魔力の塊。
前世の世界では当たり前に魔石が使用され、その魔石を使用して魔法を行使する。ある意味その技術、即ち魔術が発展しないわけが無く、その魔術は人よりも強大な魔物を相手にする為により早く、正確で効率的にをコンセプトに研究が続けられていた。
「我、今此処に願う、偉大なるユーステリア様の聖名を汚す愚かな者達へ、その汚らわしき身を、精神を、その存在全てを打ち払う怒りをこの身に纏う事を。偉大なる御身に替わり断罪する権限を、その力を、今此処に我が伊藤ひよりの名を持って御身の仮初の代行者とし宣言を行う。神に背けき悪しき者どもよ、『滅びよ』」
手にした比較的大きめの魔石が硬さを忘れたかのように崩れ、砂になって手から零れ落ちていく。
しかし、周囲ではその事に気が付いた者は誰も無く、皆が一様に空を乱舞する雷の光と轟きに身を竦め、蹲り、今起きている異常な状況を必死に遣り過ごそうとしていた。
「ひより、屈んで、早く屈んで!」
お姉ちゃんも周りと同様に地面へと屈み、横に立ち尽くす私の手を引っ張って屈ませようと力を入れている。
そんな中、私は周りから迫って来ていた悪意が一つ、また一つと気配を失っていくのを確認していた。
「愚か者どもが」
最後の気配が消えた時、漸く周囲に飛び交っていた雷が収まり周囲を一気に静寂が覆いつくす。
車の音も、人の歩く音も、日常に発生するすべての音が途絶えたかのような静寂。ただ、そんな静寂もすぐに大きく息を吸う人、思わず零れた声などで破られる。ただ、その中に呻き声が聞こえ、その声を辿れば道に倒れた親衛隊の人達の姿が見える。
「生きてる! お姉ちゃん、早く! 銃で撃たれたおじさん達、まだ生きてるよ!」
地面に屈みこんだお姉ちゃんの腕を、今度は私が引っ張って立たせようとする。
急いでいるのにお姉ちゃんは身を揺するだけで一向に立ち上がる気配が無い。
「ひより、ごめんね、腰が抜けてて立てない」
そう言って情け無さそうに此方を見上げるお姉ちゃんだけど、今はそんなお姉ちゃんに構っている暇はない。ただ、お姉ちゃんから離れるのは本末転倒なので私はお姉ちゃんの腰と両膝の裏へと手を回して持ち上げる事にしました。
「お姉ちゃん、私の首に手を回してね。そうすると安定するから」
そう言って一気に体を起こすと、見事にお姉ちゃんをお姫様抱っこの図が出来上がった。
「ちょ、ちょっと! ひより、ちょっとまって!」
「お姉ちゃん、耳元で騒がないで」
顔を真っ赤にして騒ぐお姉ちゃんを抱っこしたまま、銃で撃たれたおじさんの所へと駆け付けました。
「お姉ちゃん、このポーションを飲ませてあげて」
私はポーチから取り出した中級ポーションをお姉ちゃんに渡しながら、おじさんの魔力循環で異常個所を調べる。
「あれ? 骨折だけ?」
胸部の心臓付近に大きな痣が出来ている。それ以外に肋骨が1っ本骨折しているけど、銃で撃たれたような様子は無い。お姉ちゃんはおじさんの背中を支えながらポーションを飲ませているけど、これ初級で良くない?
「おお、息が楽になった。ありがとう」
おじさんは不思議そうに自分の胸元を触りながら、大きく深呼吸をしている。
でも、そのおじさんが触っていた胸部には確かに銃弾が当たったような穴があるけど、その下にも何か着込んでいるのが判った。
「もしかして、防弾ベストですか?」
私の言葉におじさんは此方へと顔を向けて、一瞬考えた後に答えてくれました。
「ん? ああ、一応身辺警護している者達は最新式の防弾チョッキを着てるんだ」
「ん? 防弾チョッキです?」
「ああ、今回は胸を狙ってくれて助かったな。頭だったらこうはいかなかっただろう。あああ、しかし、油断をした」
そう言って苦笑を浮かべるおじさん。
ともかく、防弾チョッキと言う服を身につけていたようです。防弾ベストとは別物なのかな?
「あ、あっちの人も治さないと、お姉ちゃん行くよ!」
「あ、大丈夫! 立てる、立てる様になったから!」
どうやら漸く腰に力が入るようになったみたいです。そして、私とお姉ちゃんは計3名の親衛隊の人にポーションを与えました。ちなみに後半二人は初級ポーションです、勿体ない精神は大事ですよ?
そんな間にも、周辺はどんどんと人が集まり大騒ぎになってきました。
周辺のビルからも恐る恐ると外へと出てくる人もいるし、周囲から騒ぎを聞きつけてやってくる人もいます。そして、何よりもパトカーが何台も現れ規制を始めます。
「お嬢たちは此方へ、下手に騒ぎに巻き込まれたら厄介です」
そう言って逸早く傍に合った喫茶店へと避難した私達ですが、お店の人は思いっきり顔を引き攣らせています。多分ですが外の様子を見ていたのかな?
「まもなく僧正様達が来られます。それまではここで待機しますので宜しくお願いします」
そう告げると、他の回復した二人の人を多分だけど護衛においておじさんは外へと行っちゃいました。
店の一番奥へと座ったので、残念ながら外の様子は伺えないのです。
「ひより、あのさ、さっきの黒尽くめの人って、死んじゃった?」
何度も躊躇いながら、漸くお姉ちゃんが私に尋ねてきました。
「うん、あのままだと危険だったから」
「そっか」
お姉ちゃんはそれから何かを考えているみたいで、じっと黙っていました。
私もこれ以上何か言う事無く、運ばれてきたオレンジジュースを静かに飲んでいます。
「あ、ひより、ありがとうね。結局私って何も出来なかった」
しばらくの沈黙の後、お姉ちゃんはすっと私へと顔を向けて謝ってくれます。
「ううん、お姉ちゃんがお礼を言う事はないよ、あれは私も、あと私達を守ろうとしてくれた人達も、みんなが巻き込まれた事なんだから。でも、率直に言うとお姉ちゃんが私を怖がるかもって思ってた」
人の生き死にが必然な時を、場所を、世界を知らないお姉ちゃんは、きっと人を殺した私を恐ろしく思うと思った。そこまでいかなくても、助けられたんじゃないかとか非難されるのは覚悟していた。
だけど、お姉ちゃんはとりあえず表情にも、口調にも私へと純粋に助けてもらった感謝が感じられる。
「馬鹿、私がひよりを怖がるはずなんて有り得ないし、今がどういう時かくらい解ってるし覚悟してるよ。こんな頼りないお姉ちゃんだけどね」
そう言って何時もの様に頭をくしゃっと撫でてくれる。
「あああ、でも情けないなぁ、とっさに腰が抜けて動けないなんて。せっかく治癒とか持ってても動けなきゃ助けられないし、それこそ逃げる事も出来ないよね」
そう言って自分の頭を抱え込む。
でも、今も足が震えているのが体の揺れで判る。ここまで死を感じる事なんて今までなかったもんね。
「あれは何を意図してたのかな? お姉ちゃんを拉致するには悪意が思いっきり溢れてたし、仕掛けの割に全体的に雑だったよね」
「そうなの? ひよりが居なかったら多分成功してたと思うよ?」
不思議そうな顔をするお姉ちゃんだけど、結局の所は魔術を使える人が1名というお粗末仕様だった。あの後に出て来たのは先日の襲撃事件の犯人達のように魔力を持たない人達だ。
魔力を持っていればもう少し抵抗したと思うけど、そんな事まったく無かったからね。
ただ、今この周辺では其れこそ大騒動だと思う。死者が10人以上いるから、あれだけ散って配置していたのは恐らく逃走した時に襲撃するつもりだったのだろう。
「お姉ちゃんの結界を破れる人は居なかったよ?」
「え? あ、そっか」
多分こちらでは銃のイメージが強いのかな? 結界で銃弾を防げるとは思わないんだろうし、実際防いだことは無いんだけど大丈夫だと思うんだけどな。一度どっかでテストできないかお爺ちゃんに聞いてみよう。
そんな事を思っていると、喫茶店の扉が開いてお爺ちゃんが入って来ました。
でも、見るからに堅気の人じゃないですよその恰好。
「和服姿でサングラスは止めた方が良いと思う」
お爺ちゃんへの第一声がそんな言葉になっちゃいました。
時間が思いっきりずれてごめんなさい。
遅くなりましたけど、とりあえず投稿します。
ちょっと私事で色々起きていて、明日の投稿も遅くなるかもしれません。
宜しくお願いします。m(_ _)m