66:小春ちゃんピンチですよ
誤字脱字報告ありがとうございます。
桜花さんと会話をしているうちに目の前に宿泊先のホテルが見えてきました。
「さて、みんな、毎度のことだけど一応連絡しておくね。明日は7時から一階でバイキング形式の朝食、9時までにチェックアウトしてロビーに集合。9時に出発しますよ、遅れたら置いていくからね!」
ホテルのロビーでは木村先輩が全員を集めて明日の段取りを説明します。
ちなみに、大きな荷物は纏めて会場から郵送済み、こまごまとした物はキャンピングカーで持って行ってもらったので帰りはすっごく楽です。コスプレした衣装なんかもキャンピングカーですね。
ホテルの受付で各自手続きを行って部屋のキーを受け取ります。私は佳奈と二人部屋なのですが、此処で桜花さんがこっちに来ました。
「一応、気をつけてね。流石に部屋割りまでは判らないから安全だとは思うけど油断は禁物だからね」
当初は部屋替えや佳奈と桜花さんが代わるという提案もされたんですが、それはどうかとお断りした。
さすがに知り合ったばかりの人と相部屋は佳奈も嫌だと思うし、私も遠慮したい。
「妹から貰った結界アイテムもありますから」
そう言って私は佳奈と連れ立って部屋へと向かう。
ちなみに、魔女の花園の皆さんは私達とは泊まる部屋の階が違いました。
「今回は魔女の花園の人達と交流が持てたのが凄いよね。小春さまさまだよ」
「うん、まさかルビーさん達が佳奈達が知ってるようなサークルに所属しているとは思わなかった。今まではお祭りで遭わなかったよね?」
「それじゃあ、寝坊しないでね~」
「「は~い」」
ドサッ
私達の部屋よりも手前の部屋だった木村先輩が私達に声をかけてくれた。私達も返事をして自分達の部屋へと向かおうとすると、何か背後で人が倒れるような音がした。
「え?」
私がその音に違和感を感じて後ろを振り返ると、木村先輩の部屋の扉からスーツ姿の男達が現れた。
「え? 嘘、何?」
「小春、どうした、きゃああああああああ~~~~」
私が状況が判らなく戸惑っている間に、佳奈が背後を見て大きな悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞いて私は漸く今の状況が理解できた。
「け、結界!」
腕に嵌めたブレスレットを触り、結界を発動させる。
ひよりに幾度も反復練習させられたのが幸いして、頭は未だに混乱していても体は覚え込ませた動作をしてくれた。
ガキーーーン!
私と佳奈を覆う様に広がった結界に対し、スーツ姿の男は戸惑う事も無く何時の間にか手にしていた杖を叩きつける。
「佳奈、このまま下がるよ!」
「判った!」
じりじりと後退する私達に追従するように結界も下がる。自分達の部屋へと逃げ込もうとしていた私達は、背後でドアが開く音がしてその目論見が脆くも崩れ去ったのを知った。
「駄目、後ろからもスーツがくる!」
「か、佳奈、ウィンディーネさんに連絡して、私はお爺ちゃんに連絡する」
震える手を必死に抑えながらポケットから携帯を取り出した。そして履歴からお爺ちゃんの番号を押す。
「だ、駄目だ・・・・・・」
電話はコールしない。携帯を見ると電波が来ていない事が判った。
「こっちも駄目、電波が阻害されてる、アンテナ立ってない」
私だけでなく佳奈も同様だった。
「一瞬で意識を刈り取るつもりでしたが失敗しましたか。ふむ、小春さんは貴方ですね? 結界を解いて私達と同行していただきたいのですが?」
前方から来たスーツ姿の男がそう言って私に声を掛けてくる。
「お、お断りします」
先日の一件でひよりは結界の強化に相当力を入れていた。そのひよりが言うには今回のブレスレットはこれ単体で先日の八重垣クラスの結界らしい。それに、恐らく電波を阻害する何らかの方法を行ったのだろうけど、同じホテルにいる桜花さん達がこの異常に気が付かないはずがない。
「あんた達馬鹿? わざわざ結界を解くわけ無いじゃない」
佳奈も思いっきり反論する。ただその声は思いっきり震えているので効果は今ひとつだと思う。
「貴方が結界を解かなければお友達がどうなるか判りませんよ?」
無表情に薄っすらと笑みを浮かべる男。その視線の先には別の男に木村先輩や一年生が気を失った状態で廊下へと連れ出されるのが見えた。
「卑怯者! あんた達そんな事して小春が言う事を聞くと思ってるの!?」
佳奈が目の前のスーツの男を睨みつける。
しかし、男は一向に堪えた様子も無く、薄ら笑いを浮かべるのみだった。
「さあ、どうされますか? 結界を解かれますよね?」
思いっきりぶん殴ってやりたい。
ここまで腹立たしい顔は今までの人生で一度たりとも見た事が無い、そんな思いでいっぱいではある。ただ、今この状況での問題は実は別の所にあった。
「出来ません」
想像以上に硬い感情を感じさせない声が私の口から零れました。
「ほう、つまりはお仲間を見捨てると?」
スーツ姿の男の表情から薄ら笑いが消えた。それでも、私には結界を解除する事なんか出来ない。
「この結界は、一度展開したら私では解除できません。私の性格を知っているお爺ちゃんがそう指示し作らせました」
「・・・・・・それを信じろと?」
「信じようと信じまいとそれが真実です。あと、貴方達はなんでそんなに余裕な顔をしているのですか?」
目の前の男が私の言葉に眉を顰める。その間にも、私は横にいる佳奈の手首をしっかりと掴みます。
「お仲間を傷つけてみればあなたが言っていることが本当か判りますかね」
私の表情から真偽を読もうとしているのか、気持ちの悪い視線が私に飛んでくる。
なぜこの男達が結界を破壊しようとしないのかは不明だけど、もしかするとその手段を持っていないのかもしれない。
「佳奈、全力で前に走るよ!」
「ふぇ?」
私の言葉に佳奈は訳が判らないなりに追従してくれます。こうなれば木村先輩達を守るためにも前に出るしか方法は無さそうです。
「何をかん、うおおおお!」
私の移動と共に後方へとズリズリと後退を始める男。ただ、こうなると力比べとなる為、出来れば転倒して欲しかったがそれは叶わなかった。
「佳奈、ごめん、私を後ろから押して!」
「判った!」
私と佳奈の二人の力でズリズリと前に移動していく。しかし、この状況に気が付いた後ろの男が駆けつけ私達を押し込み始めました。
「駄目、力が違う」
実際の腕力勝負となると、私達に勝ち目はありません。相手が魔法を使ってくれれば反射もありうるのですが、どうやら魔法を使用する様子が無い為ジリ貧です。
「馬鹿者、こっちは良いから倒れている者をこっちへ連れてこい。我々が遊びではない事を教えてやる」
横で力押しに参加していた男に対し、目の前の男が最悪の指示を出す。
「小春、不味いよ!」
出来れば一気に先輩達の所へと行き結界の中へと取り込むか、または壁となって侵入を防ぐ事が出来ればと思ったけど完全に失敗に終わっている。
「判ってるけど他に方法が無いの!」
焦る私を余所に、男の一人が木村先輩達へと向かっていくのをただ見ているしかない。
ギリギリと噛み締める歯が鳴る音がする。
「絶対に、絶対に地獄を見せてやる!」
倒れている先輩達へと辿り着く男を見て、絶望に駆られながらも目の前にいる男を睨みつけた。
足早に進み倒れている先輩へと手を掛けようと男が屈んだ瞬間、男の後ろのドアがガチャリと音をさせて開いた。
単純にその部屋に宿泊していた人が廊下の騒動で外へと出て来たのだろうか?
携帯の電波すら妨害していた男達がそんな単純な事を許すのだろうか?
ただ扉は私達の方へと向かって開かれる為、その相手がどういった人なのかは私達からは見えない。
「なぜ扉が開く?」
私だけでなく、目の前の男も先程までの無表情な顔に驚きを浮かべ背後へと顔を向ける。そして、木村先輩達へ手を延ばそうとしていた男も同様に不安定な態勢のまま振り向き、そのまま先輩達の部屋へと吹っ飛んでいった。
ドゴーーーン!!!
重低音の衝突音が今まで無音だった廊下に響き渡る。
「ほ、ほ、ほ、ホワイトマスク此処に参上、じゃな」
扉の影から姿を現したのは、真っ白なタキシードと真っ白なマントをバッサバッサと無意味に翻すぽっこりお腹の誰かだった。アイマスクをしている為、たぶんお爺ちゃんだろうけど、もしかしたら別の誰かかもと思い、小春も断言できなかった。
ひより:「何でお爺ちゃんって断言できなかったの?特徴ありすぎだよ?」
小 春:「うん、だけどね、コスプレ会場に似たような人いっぱいいたの」
ひより:「・・・・・・お爺ちゃんみたいな人がいっぱい?」
小 春:「うん、中にはもっと危ない人も」
ひより:「ううう、見たくないけど見てみたいような」
小 春:「・・・・・・」