28:キツネは幻でした
あけまして、おめでとうございます。
「すごい門だね。ドラマとかでしか見た事無い」
「ほ、ほ、ほ、まあそうじゃの。何せ古くから続く名門じゃからな」
お爺ちゃんはそう言って笑うけど、今からここに入るのは躊躇するよね。時代劇にある武家屋敷とか、極道さんとかのお家ってこんな感じなのかな?
「ぱっと見だけど、悪意も見えないし、どちらかと言えば奇麗だよこの辺」
さすがに、我が家や神社クラスとは言えないけれど、普通の町中に比べれば悪意は驚くほどに薄い。
「自然が多いからなのかな?」
「ほ、ほ、ほ、残念ながら自然のおかげではないの。どちらかと言えば、旧家というものは、時代を経るごとに恨みや妬みは増えるの。それを我々のような者に依頼して散らしているだけじゃ。まこと残念な事だがの」
ふむふむ、という事は伊集院さんの所はお爺さんのお得意様という事かな。
「ほれ、扉が開くぞ」
お爺さんの車の運転手さんが、扉横のインターホンで中の人と会話をしていたら、扉が開き始めました。
そのまま車で中に入るのですが、結構先に玄関が見えます。歩くと数分は掛かりそうですね。私だと10分は優に掛かると思います。
「さすがに門から何十分も車で走らないと玄関が無いという訳ではないのですね」
「一応こんな所でも、都会じゃからのう」
ただ、それでも目の前には、非日常的な感じの日本家屋のお屋敷があります。まるでどこかのお寺みたいです。
車から降りると、大きな玄関の前に数人の人が待ち構えていました。この家のご主人かな? という人と、奥さんっぽい人。あとは使用人ですよって感じで後ろに控えている男女数名。
「僧正様、この度はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
ご主人も、奥さんも深々と頭を下げる。やっぱり顔見知りみたいだね。横にいる私には気が付いていないのか、ぜんぜん視線を向けないけど、見るからに焦燥感漂うお二人です。奥さんなんて今にも倒れそう。
その後、お屋敷の中に招き入れられ、私はお爺ちゃんの横にちょこんと座っている。
そこで漸く私の事に気が付いたのか、紹介を求められました。
「伊藤ひよりです。小学校5年生です!」
うん、ちゃんとご挨拶が出来ましたね。小学5年生だったら、だいたいこんな感じでしょう。
「今回の主役じゃな、うちではちと手に余りそうじゃったからの。適任者を連れてきたわい」
「はあ、伊藤さんかな、私は伊集院恭介で、この家の主人です」
「家内の美紀子と申します」
お二人とも怪訝な顔をしながらも、自己紹介をしてくれます。ただね、私なんで呼ばれたのか今回は何にも聞いていないんだよね。
「お爺ちゃん、私は何で連れてこられたの?」
「ふむ、ひよりちゃんや、この屋敷の中で瘴気を感じるかな?」
「まったく感じないよ? まるで神社とかみたいにすっごく綺麗。もしかして結界?」
「うむ、そうじゃ結界が張られてるの。それだけかな?」
なんか試すようなお腹の中が真っ黒な笑いを浮かべながらこちらを見るお爺ちゃんですが、うん、何を言いたいのかわかりません。
私が首を傾げていると、お爺ちゃんはどこか納得したように頷いて、伊集院さんご夫婦へと向き合いました。
「どうやら中の結界も正常に働いているようですの。もっとも、それでは何の解決にもなりませんがの」
お爺さんの言葉に悲しそうな表情を浮かべる伊集院さんと、縋るような表情を浮かべる奥さん。
「さてさて、では見させて戴きましょうかの。ひよりちゃんや、付いてきなさい。今回は憑き物落としじゃ」
「え? 憑き物です? コンコンとかのですか?」
この世界では、結構メジャーな狐憑き。童話なんかでも見ますし、割と多いのでしょうか? ただ今まで実際に見たことが無かったのでちょっと楽しみです。
「さてのう、何に憑かれたのやら」
お爺ちゃんに着いていくと、目の前にお札がベタベタ貼られた扉が見えてきた。どうやら中のものを出さないようにする為のお札のよう。ついでに、お坊さんが2名その扉の前で座っているのは見張りかな?
「ほれ、扉を開けるぞ。その方らは飛び出して来ないよう注意せよ」
そう一声掛けたお爺さんは、本当に無造作に扉を開ける。っていうかお札は? 物理的な物には効果がないの? と思わず疑問が先に立っちゃいます。
「ほれほれ、ひよりちゃんも早うきなさい」
いつの間にか手にごっついお数珠を持ったお爺ちゃんが、そのお数珠をぶんぶんさせながらお部屋の中に入っていきます。うん、あれで叩かれたら大ダメージを受けそうです。
「おじゃましま~~~すよ? 狐さんは何処ですか?」
軽い口調でいますが、扉を開けたとたんに外に溢れ出てきた悪意にちょっと尻込みしそうです。お爺さんがお数珠をぶんぶんさせて浄化していますが、見るからに力業ですね。
部屋に入ると、奥にベッドがあります。天蓋付きのベッドで、更には床はフローリングなんですが、思いっきり日本家屋の中にこれです? 違和感すごいですよ?
「洋風の豪華な部屋って、思いきり無理がありますよね?」
「ほれ、狐さんがおるぞ」
お爺さんは私の感想にはまったく反応せず、部屋の主を注視している。
その視線の先の天蓋ベッドの上に、恐らく10代前半と思われる少女が座っていた。ただ、その顔は歌舞伎の隈取のようなものに覆われており、少女の顔を伺うことは出来なかった。
「凄いですね、歌舞伎役者さんの様です。でも、似合ってないですよ?」
「あれはの、憑き物に憑りつかれている証拠じゃ。何に憑りつかれたかは知らぬが、憑き物を落とさぬ限りもとには戻らん。という事で、ひよりちゃんやお願いできないかのう」
「お爺ちゃんの所では無理だったのですか?」
「うむ、儂でも厳しかろう。さてさて、何が憑りついたのやら」
大袈裟に溜息を吐くお爺さんですが、多分やろうと思えば出来るのだと思う。ただ、以前に聞いた話では、お爺さん達が使用する法術と呼ばれる魔法は力業的な要素が多くて、今回のようなケースでは不向きだという事です。前にも此処までではないケースでしたが、お爺さん自身が法術を使用するのを見させてもらったことがあります。実に興味深い魔法でしたが、確かに今回のような場合は向かなさそうですね。
「う~~ん、やっても良いけど、お爺ちゃん、あの子から悪意は沸いてないよ? 多分だけど悪霊とかそういうのじゃないと思う」
「なんじゃと! では、あれは神霊の類か!」
すっごく驚いた表情を浮かべるお爺ちゃん。だけど神霊ですか、言いたいことは解りますが前世の知識ですと良く解りません。
「神霊って何ですか? ともかくまずは色々と試してみますね」
魔導士魂というか、研究者魂といいますか、見た事もない対象にワクワクしてしまいます。
「悪意ではないから、効かないかな? まあ初手としては『浄化』」
悪意を打ち消すイメージで、魔法を発動します。ただ、案の定効果は見られませんね。
「やっぱり浄化は効果が無いです。次ですね、ぬふふふ」
次はどのような方法を試そうかと思うと、思わず笑いが零れてしまいます。
「楽しそうじゃのう、ただ、どうやら敵と認定されたんじゃなかろうかの?」
先程まで気だるげな様子でベッドの上にいた少女は、しっかりと体を起こして此方を威嚇するかのようにシャーシャー言っているのが見えます。
「コンコンじゃなくシャーシャーですよ。狐じゃないですよ」
「狐は別にコンコンとは鳴かないと思うがのう」
「え? そうなんですか!思いっきり騙されていました!」
前世も今生も、キツネを見たことはありません。だから鳴き声を直接聞いた事などありませんが、あれ程テレビや絵本でコンコンと言うのに、実際は違うなんて恐ろしい情報操作です。
「まさか、キツネの鳴き声がシャーシャーとは盲点でした」
「ぬ? いや、シャーシャーと鳴く狐も見たことはないのう」
「ほえ? では、あれは何なのです?」
「なんじゃろうなあ、蛇かのう?」
なんと! 狐のコンコンは嘘で、蛇のシャーシャーは真実なのですか。真実と嘘の、なんと見極めの難しいことでしょう。
「蛇は得意ですよ、以前に食べたこともあります」
「・・・・・・伊藤家は結構ワイルドじゃな」
前世の記憶での話でしたが、お爺さんは勘違いしちゃったみたいです。ただ、まあ此方でも蛇くらい普通に食べると思いますから問題ありません。
「障壁!」
ガツン!
お爺さんとまだ敵対生物の分析を行っている状態にも関わらず、此方へと飛びかかってきた蛇少女に対し、私は障壁で対抗しました。どうやら蛇少女は透明な障壁を視認できなかったようで、顔面から思いっきり衝突し跳ね返されました。
「あ、鼻血を出していますね。でも、手があるのに顔面から衝突するとは・・・・・・器用です」
噛みつこうとでも思ったのでしょうか? 手があれば飛び掛かって来るにしても、普通は手が前に出ると思うのですが。ともかく、障壁を突破したり、擦り抜けたりする技術は無さそうで安心です。こっちの世界では壁抜けが結構メジャーらしいので、ちょっと緊張していました。
「結界! あ~んど・・・・・・何がいいでしょう? よく考えたら少女を殺さない魔法でって私も浄化以外は無いかも? 首飛ばしたりしたら駄目ですよね?」
「だ、駄目じゃのう」
「シャ、シャーーーー!」
「何か思いっきり非難されている気がします」
「うむ、しているんじゃろうな」
困りましたね。悪意の浄化や魔物の盗伐でしたら得意なんですが。
「火で炙ってみたらどうでしょうか?」
「燃えたりせんかの?」
「大丈夫です! 足が炭化するくらいで止めます」
「・・・・・・止めておこうかのう」
「シャ、シャーーー」
火は駄目ですか。そうすると、水が良いでしょうか?
「水で囲ってみたらどうでしょうか? 苦しくて出て来ませんかね?」
「溺れたりしそうじゃのう」
「はい、でも外傷はありませんし、治癒もありますし大丈夫だと思いますよ?」
「や、止めとこうかのう」
「シャ、シャーーー」
贅沢ですね。蛇少女も何かすっごい非難する眼差しを向けてきますが、私じゃなくて貴方が悪いのだと思うのですが。
「ちと、人選を間違えたかのう。神霊じゃったら榊あたりが良かったのかのう。成功報酬は高いのじゃがのう」
く、小さな声で呟いている風を装っていますが、明らかに私に聞こえるように言ってますね。確かに、今回のアルバイトは確か1000万円でした。今までと桁が違いますし、それだけあれば研究用の宝石やら何やらが沢山買えそうです。でも、明確な手段が思いつかない・・・・・・ふむ。
「温めて駄目なら冷やしたらどうでしょうか? 蛇は冬眠しますし、頭を除いて凍らせてみるのはどうでしょうか? 霜焼け程度であれば治癒で治ります」
「ふむ、それでいってみるかの?」
「シャ! シャーーー!」
蛇少女は、何処かへと逃げようと暴れていますが結界に阻まれて身動きが出来ていません。ただ、先程から思っていたのですが、この蛇少女こちらの言葉を理解していませんか?
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ただ、誰得の蛇少女になっちゃいました・・・なぜ?