16:後悔は先には出来ないんだよ
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
腕を力いっぱい引かれた勢いで、お母さんと一緒に地面に引っ繰り返ります。
そんな私の視線は、それでも高々と舞い、その後地面へと墜落する男から離れません。
「ひより! 大丈夫なの?!」
地面に尻餅をつきながらも、お母さんは私の頭や体を撫でながら、どこかに怪我が無いか必死に確認しています。
ドシャッ!
お母さんの後方で、男が墜落した音が鈍く響きます。
その音を聞いて、お母さんは慌てて後方の包丁男へと視線を向けました。
「お母さん、あの包丁男ってこないだ家に入って来た強盗だよ? なんで此処にいるんだろう?」
ハッキリ言って、あんな犯罪者がそこら中にいるよりは良いと言えば良いのですが、警察に捕まっているはずなのに何でこの場所にいるのか訳がわかりません。
「あの強盗? え? でも、警察に逮捕されたのよね」
私と同様にお母さんも唖然とした表情で男を見ますが、俯せに倒れてピクピクしているので、恐らくお母さんには同一人物なのかは判らないと思います。
「うん、吹っ飛ぶ寸前に顔が見えたから、絶対に間違いないよ」
私は断言しますが、それよりも周囲の人達が騒ぎ始めた方が気になります。
「このままスーパーへ行っちゃったら駄目かな?」
男が包丁を振りかぶる瞬間を目にした人もいたようで、やれ警察だ、救急車だと叫ぶ声が聞こえてきます。ただ、誰も男の傍に近寄って様子を見ようとする人はいません。
「お母さんもそうしたいけど、駄目だと思うわ」
「うん、あっちから警察官が走って来る。でもさ、遅すぎだし、どうやって包丁なんか手に入れたんだろう?」
お母さんとは地面の上に抱き合ったまま座り込んでいると、私達に周囲の人達が声を掛けてくる。
「大丈夫ですか? お怪我とかしていませんか?」
「あ、警察官が来たぞ、おい! こっちだ!」
出来れば目立ちたくないなあ、そんな事を思いながら周囲を見渡すと、何人かの人がスマホを構えているのが見えます。
「あの、私達の事は映さないで貰えますか?」
「おい、すごかったよな、あの男すっげえ空に飛んだぞ」
「俺見て無かったんだよな、でもよ、あの男死んでね?」
「この映像金になるかな? どっかテレビ局が買ってくれるかな」
スマホで自分達を映さないようにお願いするのですが、金髪の、明らかに頭悪そうな若い人達はガン無視ですね。友人同士なのでしょうか、先程の状況を騒ぎながら口にしながら、スマホはあの男のみならず私達にも向けられます。
「おい、お前ら何してるんだ、被害者を映すな!」
「おっさん、邪魔だ。何してくれちゃってんの?」
サラリーマンっぽい人がスマホと私達の間に割って入ってくれます。でも、今度はそのサラリーマンの人に掴みかかりそうな勢いです。
「もういいや、お母さんちょっと私の動きが見えないようにして」
ビー玉を取り出し、その手元が周囲の人に見えないようにしながら、先程の迷惑100%の男に目掛けて雷を落としました。
「サンダーなんちゃら!」
ガガガ~~~ン!
「「ウギャ~~~~~!」」
前世では使えなかった、こちらの世界で作り上げた魔法の初披露です。
雷が発生する原理を学んだおかげで、よりイメージが明確に出来るようになったんです。それと、これは自然現象だから魔法と疑われずに済みます・・・・・・よね?
「ひ、ひよりちゃん? 何かするならお母さんに説明してからにしてほしかったなあ」
「え? 自然現象ですよ? 雷って怖いですね」
私がそう言うと、お母さんはちょっと困った顔をします。
「えっとね、雷は自然現象だけど、普通街中では人には落ちないのよ? 電柱とか、建物には避雷針というのが付いてて、そこに落ちる様になってるの」
ふむふむ、お母さんの説明を聞きながら、 周りを見回すと・・・・・・電柱、ありますね。すぐ横にはビルが建っていますね。
「お母さん、もしかすると駄目だった? また失敗しちゃった?」
「う~~~ん、そうねえ、何か考えないと駄目かもしれないわねえ」
地面に座り込みながら、お母さんとコソコソ密談をします。ちなみに、周囲の人達もある人は地面に伏せていて、ある人は屈みこんで周囲をキョロキョロしています。
「なんだ? 雷か?」
「怖! 街中で雷って落ちるの?!」
「アガガガガ・・・・・・」
「・・・・・・」
二人ほど地面に倒れて痙攣している人もいますが。金髪でアフロは似合わないからやめた方が良いですよ?
「1025、逃亡中の松永容疑者を確保しました! 尚、容疑者、重傷、意識混濁を確認、至急救急車の派遣をお願いします」
すっかり忘れそうになっていましたけど、この最中に警察官はあの強盗を逮捕していたみたいです。でも、逃亡って言ってませんでした?
「名古屋市〇〇区✖✖にいるんですが落雷で男の人が二人倒れてるんです。救急車をお願いします!」
あ、先程のサラリーマンさんが消防署に連絡してるっぽい。よく自分に絡んできた男達の為に救急車呼ぼうとしたなあ。
「混沌としてるから、今が逃げるチャンスだと思うのです」
「駄目よ、絶対に身元特定されちゃうから。後で面倒になるわよ。それに、私達を監視している人もいるんでしょ?」
「うん、今も視線を感じる。でもさ、だんだんイライラしてきたよ」
ここまで騒動が頻発すると、流石の私だってイライラしてくる。面倒な物を綺麗に焼き払いたくなっても仕方が無いと思うんだよね。ほら、この世界では証拠が無ければ無罪なんだよね。あと、魔法って公式に認められて無いから、魔法で殺しましたって言っても証拠にならないんだよね。
「お母さん、ちょっと視線を辿って、それでプチッてしちゃ駄目? シュボッでも良いけど」
可愛らしく頭をちょこんと傾けて、上目遣いでお母さんを見る。これは、お姉ちゃんから教わったどうしても困った時のお願い手段、お姉ちゃんはお父さんに使って連戦連勝だそうです。
「あらあら、小春ね、教えたのは。でもねひより、それを小春に教えたのはお母さんなのよ、だから残念ながらお母さんには効かないのよ」
「なんと! これはお母さんが編み出した技だったんだ」
「あら、違うわよ。お母さんもお婆ちゃんに教えて貰ったんだもの」
どうやらお母さんの家系に伝わる技だそうです。むぅ、そうするとお母さんに対抗する技を今度お姉ちゃんに聞かないとですね。お姉ちゃんならきっとお父さんから聞いているでしょう。
「あ~~~、すまんが良いかな? ちょっと話を伺いたいんだが」
思わずお母さんと話し込んでいる内に、誰かが傍まで来たようです。声が聞こえた方に顔を向けると、そこには警察官の竹内さんがいました。
「あ、竹内さんだ。何でここにいるの?」
「あら、先日はお世話になりました?」
お母さんの返事が、何となく疑問形なのが笑えます。
「先日来で申し訳ないのだが、また署で話を聞かせていただきたいのだが」
竹内さんがお母さんにそう話を続けますが、こういう場合はどうすれば良いのかな? 本音を言えば行きたくないんですよね。
「さっき襲ってきた男ですが、先日の強盗とそっくりだったんですが、気のせいでしょうか?」
お母さんは立ち上がって、服に付いた砂や埃を払いながらも何気ない様子で竹内さんへ尋ねました。
「あ、いやあ、そのだな」
「ましてや、なぜこの様にタイミング良く娘が襲われるのでしょうか? 不自然です。それをご説明頂かないと警察に行く気はありません」
「被害者の証言も聞かなければならないので、ぜひ同行をお願いしたいのだが」
「先程から見ていますと、周辺の方の目撃情報を聞こうとも、身元の確認もせずにいるのにですか? 併せて、まるで事件を見越していたかのように発生してすぐに貴方が此処に来られた。これで貴方達に付いて行けと? こちらの弁護士もいないのに?」
おお、流れる様にお母さんから言葉が溢れて来ています。ただ、先程から手を繋いでいる私には解るんだけど、お母さんの手が小刻みに震えています。だって、つい今さっき娘が殺されそうになったんだもんね、それも警察が何らかで関わっていそうな状況で。
「今回、警察の失態から事件が発生してしまったのは確かだ、謝罪はしよう。ただ事情聴取はしないとならないんだ」
「警部補、パトカーが来ました。ついでに救急車も2台来ました」
最初に見た警察官の一人が、竹内さんの所へと駆け付けてきました。
私達の周辺では、サイレンの音で余計に人が集まって来て、より一層騒然として来て収集が付かないです。スマホの撮影なんてそこら中で行っています。さっきの注意とか意味ないですね。
ちなみに、あの犯人は制服を着た警察官が傍らで立っているだけで拘束されていません。もっとも、手足が曲がっちゃいけない方向に曲がっているみたいなので、そのせいもあるのかな?
「あの強盗さん、しぶといね。ピクピクしてるけどまだ生きてるよ? まるでGみたいだね」
「そうねえ、でもお母さんは一人見たら更に10匹はみたいになるのは嫌よ? 既に2匹目が出てるのだから」
お母さんも結構イライラとしているのが判る。ただ、それでも竹内さんはなぜか任意同行に拘って来る。
「何か可笑しいね。竹内さんは何で今ここでの同行に拘るの? 私達の家も知ってるし、あとで家に聞き取りに来ても問題ないよね?」
私の突然の問いかけに、竹内さんは顔を強張らせる。うん、やっぱり何かあるね。
「いや、別に拘っている訳ではなくてだな・・・・・・」
そう竹内さんが黙り込んだ時、今度はサイレンを鳴らして覆面パトカーがやって来た。そのパトカーを見た竹内さんが、思いっきり顔を顰めるのが判った。
「やあやあ、竹内君、困ったことになったねえ」
その覆面パトカーから降りて来たのは金田だった。
「ああ、あれが来るからその前に移動したかったとか? ならちゃんと言わないと駄目だよ。それならお母さんも妥協したかもしれないのに」
「あ~~~、すまん」
私とお母さんに竹内さんは頭を下げる。そこに金田が歩いてやってきた。
「これはこれは、伊藤さんではありませんか、ひよりちゃんは元気だったかな?」
相も変わらず胡散臭い表情を浮かべる金田に、思いっきり気分というか機嫌が悪くなってくる。
いっそのこと、ここら辺一帯を消し飛ばしたら駄目だろうか?
思わずそんな事を考えてしまうくらいには、私のイライラは高まっている。
「お? 如何したのかな? また超常現象を起こしちゃったんだって?」
この人は何を言ってるのだろうか
「黙ってたら判らないよ? いやあ、これは過剰防衛かな? こまったねぇ」
漸く救急車のタンカーに乗せられ、運ばれていくあの男を見ながら、何か独り言を呟いている。
「申し訳ありませんが、娘に近づかないでいただけますか?」
お母さんの表情も険しくなっていて、私と繋いでいる手は痛い程に力が込められてる。
そんなお母さんを一切無視して、金田は竹内さんの方に顔を向ける。
「ああ、竹内警部補、ご苦労さん。ここは県警が引き継ぐから」
「後から来て何を勝手な事を言ってるんだ」
「署に確認してみな、署長から指示が出ているはずだ、ごくろうさん」
ニヤニヤと笑いながら竹内さんを見る金田、その体からは気持ちが悪くなるくらいに悪意が溢れ出ている。
「これでは、まるで魔物だ。これは人間なんかじゃない」
何時の間にか、私の意識は前世の自分に戻ったかのように感じる。この世界に生まれ、まるで体に引き摺られるかのように考え方も、何もかもが幼くなっていた。私は、それを嫌とは思わずに楽しんでいたのに。
「さて、ここからは県警が引き継ぎますが、我々は所轄のように甘くありませんよ?」
ニタリと顔を崩し、私を見つめる目。それは私を人間としては見ていない、これは人間がする目ではない。
「ご同行願えますかな? 拒否されるのであれば、公務執行妨害での逮捕も致し方ありませんが」
「はあ? 私達は事件の被害者です。何を言ってるんですか!」
お母さんの抗議の声など、金田にとってはどうでも良いのだろう。それこそ、虫や動物の鳴き声と変わらない。
「神よ、我は汝の敬虔なる僕、この煉獄を彷徨う者、御身の慈愛を乞う者、御身に紐づく者、魔を清め、悪意を浄化し・・・・・・」
普段のビー玉では足りない、ポケットへと空いている手を入れ、非常用に持ち歩いていた真ん丸ダイヤを手に持つ。普段の魔法ではこれ程の悪意を消し去ることは出来ない、目の前にいるのは魔物だ、恐るべき悪意を溜めこんだ災害級の存在だ。
私は、かつての世界で唯一行われる、神の御力に縋るべく呪文を唱える。己の魔力を糧に、神の力をこの地に導くべく呪文を紡ぐ。
「んん? ひよりちゃんは俯いてどうしたのかな? さあ、あっちのパトカーに乗ろうね」
「娘に触らないでください! 周りを見なさい、貴方の行動は撮影されていますからね」
私の腕を掴もうと伸びて来た金田の手を、お母さんが振り払う。
「ああ? そんなもん此処まで来たら関係ないんだよ。俺の邪魔するんじゃねぇ」
そう言いながらも流石に暴力を振るう不味さは理解しているのか、恐らく周囲を取り巻く野次馬達に聞こえない、それでいて威圧感を感じさせる声でお母さんを威圧する。
「お母さん、ありがとう」
「ひよりちゃん?」
貴重な時間をお母さんが稼いでくれた。御蔭で呪文を唱え終わる事が出来た。いま、私の体の中には前世で信仰していた偉大なる神の力が、再び満ち溢れていくのを感じる。
私は、真ん丸ダイヤを持った手をポケットから出し、手のひらを開く。
「ユーステリア様の聖名に誓い、悪しき物、悪しき思いは須らく滅せよ!」
魔法の発動と共に、手のひらに置かれた真ん丸ダイヤは、爆発したかのように強烈な光を周囲へと溢れさせた。それと共に私の体からもごっそりと魔力が抜けていくのが判る。
薄れゆく意識にお母さんの私を呼ぶ叫び声と、魔物の断末魔のような叫び声が聞こえて来た。
それを耳にしながら、まったりのんびり隠居生活はもう望めないかなぁ、もっと良い遣り方なかったかなあ、とちょっと私は後悔していた。反省はしないけどね。
ひよりちゃんの暴走が始まりました。
あれ?アイテム作りははどうなった?
うん、ちょっと作ったよ? 活躍は全然してないけど。
でも、ほのぼのが何処か旅に出そうな危うさが出始めてます・・・・・・。
こうなったらいっそ、必殺技でタグにコメディーを入れて力技で(オイマテ