132:黄泉醜女さんは神様です
誤字脱字報告ありがとうございます。
「誰かあれに肉弾戦挑める猛者はいる?」
「馬鹿なこと言わないで、居る訳が無いでしょ」
佳奈お姉ちゃんの言葉にお姉ちゃんが答えますが、視線はずっと黄泉醜女さんに向いています。
今もし視線を逸らせでもしたら、恐らくはあの肉の鈍器がまっしぐらに飛んでくる事になると思います。
「神主さんの方を見れないのですが、誰か視界に入っている?」
死角からの攻撃で怖いのは、もう一柱の黄泉醜女さんも同様です。
その為、本来ならそちらへも注意を割きたい所ですが、目の前の状況が怖すぎて出来ないのです。
「無理、ただ音がしているから戦っているんだろうなくらいしか判んない」
「わたしも同じよ。というか、この状況で視線を逸らすなんて出来ないわ」
私とまったく同じ感想ですね。
「この状況で魔力回復何て無理だわ」
「うん、全然気が休まらないよね」
「私、これが終わったら絶対に師匠に攻撃魔法教えて貰うんだ!」
「「なんでフラグを立てる(のよ)!」」
お姉ちゃんと思わず返事が被っちゃいましたが、まるでそれが合図かのように黄泉醜女さんは私達に向かって前進を始めました。
「ヤバい、じわじわ来られる方が怖い」
「逃げ場がないわよ! リーチの差がこんなに厄介だなんて!」
「大振りしないのです。そのせいで隙がないのです」
恐らくですが、これが本来の黄泉醜女さんなのでしょう。今までは思いっきり私達を舐めていたんだと思います。ただ、どうせなら最後まで油断していてほしかったのです。
私達は下がり、黄泉醜女さんは近付いて来る。ジリジリと出来るだけ距離を維持しようと私は右へ、お姉ちゃんは左へと移動を始めた時、唐突に黄泉醜女さんは視線を動かします。
「どうしたの? フェイントかな?」
そんなお姉ちゃんの言葉が聞こえて来ましたが、私はその動きで此方へと近づいて来る集団を察知しました。ただ、明らかにお爺ちゃん達ではありません。
「何かが来る。これは・・・・・・軍隊?」
規則正しく動く様子が感じられます。だいたい20名くらいの集団でしょうか?
「アメリゴ軍の増援かも、銃弾が厄介かも、お姉ちゃん達は注意してね」
すでに魔力が尽きている私達は、ある意味一般人と何ら変わりません。銃弾で撃たれても結界で防ぐ事も出来ないのです。護身用のお守りすらどれだけの効果が残っているのかが不明なのです。
「人数が多いからそっちを気にしてるのかも」
黄泉醜女さんは私達よりも近づいて来る集団が気になるようです。
「お姉ちゃん、そっちは射撃の射線に掛かりそうだからこっちへ来て」
この場所への入口となる道と、黄泉醜女さんを結ぶ射線は注意が必要だと思います。
見ていた限りでは命中した弾は潰れて勢いを無くすために脅威ではないと思いますが、外れた弾は怖いのです。
「可能な限り散開しろ、この先に強い反応があるぞ!」
聞こえて来た声は日ノ本語です。
その為、私達は首を傾げるのですが、入り口付近に見えた姿はアメリゴ軍と大きな違いは感じられない服装でした。
「目標発見、状況レッド!」
「レッド了解! 前方の未確認生物! 各自の判断にて発砲用意!」
恐らく指揮官の指示なのでしょう。ただ、ここには民間人もいるのですが?
「民間人らしき存在を確認! アメリゴ軍らしき兵士壊滅状態を確認!」
「よし、民間人を保護し撤退する!」
あ~~~、うん、何しに来たのか判らないけど、まあ妥当な判断なのかな?
援軍と言えば援軍なんだろうけど、どう見ても近代兵器のみな武装なのでどこまで黄泉醜女さんに対応できるのか不安がいっぱいです。
「そこの民間人、此方へ急いできなさい!」
「無理です!」
そもそも、私達の間にドド~~ンと黄泉醜女さんは居るのです。傍に寄った段階で手にした人間棍棒で薙ぎ払われちゃいますよ。
「第二分隊、民間人の退路を確保せよ。水野上等兵、アメリゴ軍の生死を確認せよ」
こういう所は軍隊なのですね。ある意味キビキビと動いていますが、ほぼ同じ装備のアメリゴ軍が壊滅している事に何も思わないのかな?
「この状態を利用して魔力回復しましょう」
幸いにも黄泉醜女さんはあちらに気を取られてくれました。
日ノ本軍をどうこう言うつもりはありませんが、勝てるとはとても思えないので魔力回復を急ぎたい所です。
私達は更に後ろへと後退して、地面に座り込んで休息を取る態勢に入ります。
出来れば瞑想に入りたいのですが、この状況で目を瞑る勇気はありません。
「は、発砲開始! 民間人に当てるなよ!」
接近する黄泉醜女さんに対し、日ノ本軍は威嚇発砲などせずに射撃を開始しました。
パパパン! パパパン!
「こ、効果ありません!」
「頭を狙え!」
胴体を狙っての発砲を、効果が無いと感じてすぐに顔を目掛けて発砲する判断力は流石だなと思います。
ただ、問題は着弾しているように見えて厳密には着弾していない事かな? ほら、麻で作られているみたいな衣装もぜんぜん損傷していませんよ。
「グレネードの使用を許可する! 外すなよ!」
「え? マジですか? ちょっと、退避よ退避!」
佳奈お姉ちゃんが大慌て、私とお姉ちゃんは良く判らないのですが、佳奈お姉ちゃんの指示に従って近くにあった樹の後ろへと逃げ込みます。
そして始まる爆音と爆風、石や砂、色んな物が飛んできます。
もっとも、あれで黄泉醜女さんが倒せるとは欠片も思いません。何と言っても太古の神様なのです。
「民間人がいるのに何考えてんのよ!」
「負けちゃったら意味無いから、仕方が無いと言えば仕方がない?」
爆音に消されそうになりながらも、佳奈お姉ちゃんが怒鳴りつけます。
佳奈お姉ちゃんは身も蓋も無い事を言いますが、まあ確かにその通りではあります。そもそも牽制くらい出来ないと民間人の保護すら出来ない訳で、でも、民間人を危険に晒しての攻撃なので、判断が良いか悪いかは微妙な所だと思います。
「とにかく私達は少しでも魔力を回復させましょう」
どうしても視線は神主さん達の様子や、新たに来た軍隊の様子が気になってキョロキョロしちゃいます。
「ひより、まずは回復よ」
「うん、ごめんなさい」
「判らないでは無いわ、私だって同じだから」
そう言って笑うお姉ちゃん。
シルバはそんな私達の前でジッと黄泉醜女さんへと視線を注いでいます。
そんな私達の前で、兵士の人達は次第に散開していきます。そもそも、彼らの攻撃はグレネードを含めダメージを与えているようには見えません。その為、攻撃を回避している内に次第に散開してしまったようです。
「き、君たち、早く逃げるんだ!」
そして出てくる邪魔なおじさん。散開していく過程で、私達の方へと押し出された感じです。
此方が必死に魔力回復しているのに、それを思いっきり邪魔してくるのですが、善意だから質が悪いです。
「邪魔をしないでください。今、私達はあの神様と戦う為に、魔力を回復させようとしているんです」
佳奈お姉ちゃんが私達へと近づいて来た兵士の人と私達の間に立ちふさがってくれます。
佳奈お姉ちゃんに対応を任せて私とお姉ちゃんは思い切って目を瞑り、瞑想状態へと入り魔力回復を急ぎます。
「馬鹿な事を言っていないで、我々が押し留めている間に避難しなさい!」
「静かにして下さい。こちらに向かってきちゃいます」
佳奈お姉ちゃんは必死に小さな声で押し留めようとしますが、兵士の人はそもそも地声が大きいのでしょうか、ついでに私達が指示に従わないからでしょうが段々と声が大きくなっていきます。
「一般人が此処にいては危険だと言っているのだ! 避難を」
「いい加減に声を押さえて!」
ついに佳奈お姉ちゃんが怒鳴りつける。私とお姉ちゃんも瞑想から目を開けると、佳奈お姉ちゃんの背後で黄泉醜女さんが此方へと視線を向けるのが見えました。
「ヤバいのです! 回避、回避~~~!」
手にしたアメリゴ兵をぶんぶん回して明らかに此方へと投擲する気満々です。
しかも、すでにその周辺にはまともに立っている兵士さん達は一人もいません。
「ちょ、馬鹿~~~!」
佳奈お姉ちゃんは慌てながらも、投擲先を見極めようとしています。そして、 私とお姉ちゃんは急いで樹の後ろへと回り込んで黄泉醜女さんの挙動を伺います。今の状況では流石に魔力回復をする余裕はありません。
「どう? どれくらい回復した?」
「通常の浄化1回はいけるかな。でも、それだと倒すまではいかないかな」
「ひよりは回復が早いわね。私は1回すらギリギリかしら。出来ればもう少し何とかしたいところね」
呼吸法でも多少は回復速度は上がるので、少しずつでも回復促進に努めます。
「少しずれて後ろに下がるから、指示をよろしく! 後ろ見る余裕がないの」
佳奈お姉ちゃんはじりじりと後ろへと後退ります。
パパパン パパパン
その私達の動きに一切連動しないのが、唯一取り残された兵士さんです。銃を腰だめに構えて射撃を開始しますが、効果は一切ありませんね。強いて言えば苛立たせるくらいでしょうか?
「ヴォオオオオオオオオ!」
多分鬱陶しかったんだと思うのですが、雄叫びを上げて手にした元アメリゴ兵士を銃を撃つ兵士へと投擲してそのまま一気に前進してくる黄泉醜女さん。鈍い音をさせて吹っ飛んだ兵士はそっちのけで私達の方へと進んできました。
「ジュエリーフラワー!」
佳奈お姉ちゃんが黄泉醜女さんの視界を遮るように花を降らせて突進を妨げますが、今までの黄泉の国の住人とは違い、花に気を取られることなく進んできました。
「佳奈お姉ちゃん、避けて!」
幸い武器となっていた物を手放している為に、先程までの驚異的なリーチは無くなっています。
それでも佳奈お姉ちゃんは出来る限り余裕をもって左へと回避しました。そして、私とお姉ちゃんは樹の陰から飛び出して右へと回避します。
ドゴッ!
「うわ、怖い! っていうかこんだけ煙り出しててタフだよね!」
「日光さんもう少し頑張ってほしいのです」
佳奈お姉ちゃんと私の愚痴が供に零れますが、このパワーは当たれば即エンドなのです。
「ヤバいね、また武器手にしたわ。しかも新品?」
跳ね飛ばされて気絶している兵士さん。そのままお肉の棍棒的な立ち位置へとジョブチェンジしちゃいました。ただ、私達にとっては歓迎したくない状況です。
「神主さん達も決め手に欠けてるみたいね。でもあっちは4人なんだし、大人なんだから何とかして欲しいわっね!」
横殴りに振り回された肉の棍棒を咄嗟に後ろへと下がって回避します。
ただ、ここまでくれば何処かで賭けに出るしかないのですよね。
「回り込むね」
深くは言いません。まだ言葉を理解している可能性は欠片くらいは存在するのです。
それ故に背後へと回る動きに油断はありませんよ。
「そろそろ30分以上は過ぎてるわよね。援軍はまだなの!」
あえてお姉ちゃんが援軍の事を口にします。
黄泉醜女さんと言う存在が良く判らない中、無駄であっても可能性があるなら打てる手は打ちます。
私が背後へと回り込もうとすると、黄泉醜女さんは私とお姉ちゃんを視界に入れようとするかのように体の向きを変えます。明らかに自分に対しての脅威は私とお姉ちゃんである事を認識しています。
右へ左へと移動しながら接近されることのない様に、膝の動き、足の動き、上半身の溜めに注意を払い一足飛びに近寄られることのない様に、またお姉ちゃんの方へと向かった際に援護が出来るようにと動き続けます。
「ヴオオオオオオオ」
そんな時、大きな声が響き渡りました。
「神主さん達が倒したよ! 頑張って!」
絶叫の先に視線を向ける事の出来なかった私達に、佳奈お姉ちゃんの声が状況を教えてくれます。
そして、黄泉醜女さんへと何かが飛び掛かるのが見えました。
「ガルルル!」
先程までお姉ちゃんの周りを守るようにして移動していたシルバが、一転攻勢に出たみたいです。
ただ、残念ながらダメージを与えているようには見えませんが、足元で噛みつきや体当たりをする事で素早い動きを封じようとしているように見えます。
「お待たせしてしまいました」
そう言って駆け寄ってくる神主さん達の様子も、当初とは違い埃まみれです。
「少々自分を過信していました。まったく、修行のやり直しが必要です」
そう言いながらも神主さん達は当初手に持っていた太刀は壊れてなくなったのか、些か原型を無くした笏や、鈴などを手に持って黄泉醜女さんを中心に囲むように四方へと位置を変えました。
「しばらくは受け持ちますので、勝手ではありますが魔力の回復をお願いします」
魔力を辿ると、4人でどうやら結界のようなものを張り巡らせたように感じました。
私達が黄泉醜女さんから目を逸らすことのできない状況が、漸くこれで緩和され魔力回復どころかへたり込みそうなんですが。
「し、しばらくお願いするのです」
「ひより、こっちへ!」
よたよたとお姉ちゃんの所へと辿り着いて私は地面にべったり座り込むのでした。
次で一応このドタバタは決着です。
ただ、後始末がもう大変そうですし、そもそも問題の根底は解決されてない?