128:黄泉比良坂は帰りは登り坂なのです
誤字脱字報告ありがとうございます。
「問題は、あのアメリゴの人達を助けるかどうか、このままだと全滅ですね」
お姉ちゃんが指摘する様に、アメリゴ部隊の後方からは続々と黄泉の国の住人達が集まってきているのがわかります。しかも、明らかに兵士と思われる者達が混じり始めました。
「黄泉の国の軍隊ですか、神話として知ってはいましたが目にしたのは初めてですね」
そう告げる神主さんですが、日坂さんは背負ってきたリュックの中から何かを取り出しているのが見えます。
「伊弉諾尊の故事に倣う訳ではありませんが、脱出の準備をしませんと。彼らを助けるなどは論外です。大国主命の加護があるとはいえ、黄泉の国では流石に分が悪すぎますな」
そもそも大国主命は偉大な神様の一柱とはいえ、黄泉の国に勢力をお持ちではありません。この為、まずは無事にこの地を脱出しないといけないのですが、来た早々に戻るのは何とも間抜けな事ですね。
「イカヅチの神がいつ現れるかも問題ですし、黄泉醜女も同様にあと7柱は存在すると思っていてください」
「ここに来てまた雷の神様なのです? 雷は厄介なのです」
まず速度が速いですし、避ける事は至難の業です。避雷針でもあれば多少は緩和されるのかも知れませんが、無い物を羨んでも欠片も意味は無いのです。
その間にも外では戦闘が激化しているようです。
ただ、私達はその状況を利用して脱出するタイミングを計ります。私達の存在を認識されてしまった以上、ここに留まる事は不可能との判断です。
「来た時と同様です。比礼はしっかりと巻き付けてください。前に居る人の注連縄は放さないように」
神社の裏側へと周り、外への脱出の機会を伺います。その際に式よりも強い人型を神社内に残して私達の脱出をカモフラージュします。
「神社の結界が生きている限りは誤魔化せると思います。あと、余程の事が無い限り会話は禁止します。呼気は陽気を含みますので、浅く浅くお願いします」
神主さんの指示を頼りに私達は後方にあった木戸を抜けて結界の外へと踏み出しました。
表の喧騒が嘘のように静まり返っていますが、逆にその事が不気味に感じられます。そんな中を神主さんが先頭で進んでいますが、私は既に方向感覚が麻痺してきました。
「そんな簡単には行きませんか。此処からは駆け足で行きます。諄いようですが注連縄から手を放さないように、あと、万が一ですが逸れた場合は黄泉比良坂を目指してください」
無茶を言いますね。そもそもどっちに向かえば黄泉比良坂かなんて既に判らないのです。ただ、足を速める神主さんは、腰に付けた袋から何かを取り出して後ろも見ずに後方へと放りました。
「髪飾りだったね」
神主さんが放り投げた物は手元では髪飾りだったのですが、なぜか葡萄の樹に姿を変えて、美味しそうな房を実らせています。
「ウマウマ、ウマウマ」
黄泉醜女さんや住人さんは私達を追いかけるのも忘れて競う様に葡萄に群がっています。手も顔も汁でべたべたですね。威厳の欠片も感じられないのはどうなんでしょう?
その間にも私達は必死に坂を登るのですが、しばらくすると又もや後ろでワイワイと騒がしい音が聞こえ始めました。すると、神主さんがまた後ろへと何かを放ります。
「櫛だったわね」
思わずその放り投げた物へと視線を向けると、櫛がなぜか筍に早変わりです。
「・・・・・・なぜ筍なのでしょうか?」
「えっと、櫛だから?」
ただ、後方では又もや筍の奪い合いが始まっているようです。
もっとも、数が葡萄より少なかったのか、先程よりも更に早い時間で後方から騒がしい音が近づいてきました。
さらに進むと神主さんがまた何かを放りました。
「桃のドライフルーツだったね。うん、時期じゃないもんね」
ただ、何時からか聞こえてくる大きな足音は、次第に近くなってきているような気がします。
「ドライフルーツが一口サイズだったのが敗因なのだと思うのです」
「そうねぇ、走りながらだって食べられるわね」
「皮を剥かなくてもいいから、普通の桃は皮剥かないと食べられないよ。少なくとも私は無理かな」
うん、別に現実逃避している訳では無いのですが、どうやら状況は厳しそうです。
「私から行くわね」
そう言うと、お姉ちゃんは注連縄を持っている反対の手でポケットに入れていた桃のドライフルーツを取り出して後方に投げました。
「どんな感じ?」
「音で聞く限り奪い合いしてるっぽいかな? 転ぶのが怖いから後ろ見れないけどね」
佳奈お姉ちゃんが言う通り、背後で何か叫び声や鈍い打撃音が聞こえて来ました。
よっぽど飢えているのでしょうか?ただ、所詮は数個の小さなドライフルーツです。口に入れたもの勝ちで勝者が決まったのか、またドタバタ足音が聞こえて来ました。
「次は私が投げますよ」
そう言うと、私もポケットに入れたドライフルーツを下手投げのような感じで後方へと放ります。
すると、先程と同様に背後で争うような音が聞こえて来ました。
「神主さん、あとどれくらいで到着しそうですか?」
前方にいるお姉ちゃんが先頭を走る神主さんに尋ねますが、どうもお返事いただける余裕が無さそうです。実は先程から神主さんは前方に対して何かを行っているのです。
ついでに、移動速度はすでに早足くらいまで低下しています。
「前方に待ち伏せ多数。左舷はひより、右舷は私、佳奈は左右のどちらかから声が掛かったら支援して」
お姉ちゃんの指示の下、私達は一応準備していた物を左手で取り出します。
「これ、思いっきりじゃむりそう。そもそも弾の規格があってないよね」
「一応の改造はしてあるのです!」
私は反論をするとともに、左から現れた古代の土偶の恰好をした人に対し空気銃を発射します。
そして、空気銃から発射された弾に当たった土偶さんは、そのまま後ろに引っ繰り返りました。
「効果あり!」
私の言葉を待たずに、お姉ちゃんも右側から現れた土偶さんに発砲します。
「よかったわ効果があって、大豆をカチカチになるまで炒ってあるから中で砕けないと思うけど」
「一応お祓いして貰ってるから」
パシュパシュと発砲しながら進むのですが、ただ元々の球数も20粒くらいしかありません。
そろそろ目的地に到着しないと厳しそうなのですよね。
「お待たせしました。前方に黄泉比良坂の入口が見えましたが、ちょっとまずいですね」
神主さんの不穏な言葉はそのまんま目の前に見えている光景を意味しています。辿り着いたのは良いのですが、入口に問題があるように見えるのです。もう思いっきり多種多様な方々が総出で歓迎してくれています。
「うわぁ、後ろからついて来るごつい美女さんの御姉妹? そっくりさんが3人もいるのです」
「あの電気をバチバチさせているのが噂の神様? 会いたくなかったわね」
うん、思いっきり待ち伏せされています。ついでに後方からも来ますし、挟撃されちゃいました?
「大豆で何とかできそうには無いね。私の空気銃はまだ20粒そのままあるけど」
佳奈お姉ちゃんが空気銃を撃つ必要があるほど緊迫した状況ではなかったのですが、こうなると多分ここへの誘導の為に左右は圧力をかけただけだった気がします。
ただ、前方に待ち構える皆さんの目と言うか、口元なんか涎が見えてる人もいます。
特に私やお姉ちゃん達を見る眼差しがもう、燃えるようなと言いますか、丸々と焼いて食べたいようなと言いますか、とにかく子ぶ・・・えっと、小鹿ちゃんを見るような眼差しなのです。
「お姉ちゃん、前方へ浄化魔法を撃ってください。こうなれば手段云々は言ってられません」
「了解、浄化!」
「あ、まっ」
神主さんが何かを言う前に、お姉ちゃんが前方に向けて浄化魔法を撃ちこみました。
うん、それはもう、最初から言ってますけど、要はこの世界も、住む人達も、簡単に言うと穢れなんですよね。即ち、浄化で消し去ることが出来るのです。
「おおお、阿鼻叫喚とはこの事ですね」
「あああ、これで妥協点を探る事が・・・」
神主さんが何かを言っていますが、この状況で何を夢見ているのでしょうか? どう考えても話し合い何て不可能・・・ですよね? 別に私が暴走した訳じゃ無いですよね? まあとにかく始めてしまったものは仕方が無いのです。
「シルバ、神獣の名に懸けて前に道を作ってください!」
「ヴォン!」
「うげ! ちょ、ちょっと!」
「あ、シルバとお姉ちゃんは注連縄で結んであった。ちょ、ちょっとまって!」
流石は神獣ですね。お姉ちゃんをものともせず、思いっきり前方に突撃しました。
恐らくは何もさせてもらえなかった鬱憤でも溜まっていたのでしょうか? シルバは全身を光らせて頭突き、前足での薙ぎ払い、もちろん噛みつきなど大暴れ。
「浄化結界! 防御結界! あ、あああ~~~、浄化!」
そのままズンズンと突っ込んでいくシルバに引き摺られて行くお姉ちゃんですが、自分とシルバを守るために必死に結界や浄化を乱発しています。
「このまま突破するのですよ! 佳奈お姉ちゃんは周囲にお花を降らせてください! 神主さん達も行きますよ!」
「へ? 花って、あのフラワーシャワー? え? え?」
「佳奈お姉ちゃん、急いで、あと走りますよ」
混乱する佳奈お姉ちゃんを後ろから押します。この状況で混乱して足を止められちゃうと大変困るのです。ただ、そんな佳奈お姉ちゃんの後ろでは日坂さん達が後方に何かを投げて足止めしているみたいです。
佳奈お姉ちゃんが何とか魔法で周囲に花を降らせ始めました。佳奈お姉ちゃんはまだ攻撃魔法とか身につけていないのですが、ある意味このフラワーシャワーは黄泉の国では絶大な威力を発揮すると思います。
「おお、予想通りなのです!」
お姉ちゃんを追っかけながら周りの状況を見ると、降り注ぐ色とりどりの花に黄泉の国の住人が挙って群がっているのが判りました。
お花に戯れる姿、ほのぼの感が全く無いのは涎のせいですか? それとも、目が血走っているからでしょうか? キャッキャウフフはどこにもありませんね。
「この花は陽の気ですから絶対に群がると思ったのです。これぞ猫の前にチュー〇戦法! 猫まっしぐらの地位はすでに奪われていたのです!」
思わず自分の作戦に酔いしれてしまいそうになります。
ただ、そんな私を正気に立ち戻らせるのはいつもお姉ちゃんなのです。
「ちょっと~~~、シルバ止まって~~~」
圧倒的な突進力なのです。すでにお姉ちゃんは黄泉比良坂へと突入しています。
私達は慌ててお姉ちゃんを追いかけますが、後方から一際大きな叫び声が聞こえて来ました。
「ひより嬢、このまま来るときに休憩した場所を走り抜けてください。私は仕掛けを稼働させます」
神主さんが仕掛けの場所まで凄い速さで走って行きました。
私は必死に走ってはいますが、流石に疲れて来てるのもありますし速度はどうしても落ちてきました。
「はぁ、ふぅ、ちょっときついのです」
そもそもこの黄泉比良坂は結構な勾配の登り坂なのですよね。
「ひよりちゃん、頑張って!」
私の前方を走る佳奈お姉ちゃんですが、最近なぜかお婆ちゃんにランニングやら筋トレやらさせられていると言っていただけあってまだ余裕そうです。魔女っ娘ってやっぱり体力も重要なのですね。
「あ、浄化結界!」
時々後方に向けて真ん丸ダイヤさんを中心に浄化結界を作動させて後方に転がします。
背後から何やらすごい叫び声とか聞こえて来ましたが、よく考えると黄泉の住人さんにとっては坂道で大岩が転がって来るみたいな感じでしょうか? 下手すると浄化されちゃいますもんね。
「・・・・・・結構容赦ないですね」
何か後ろでそんな呟きが聞こえて来ましたが、とにかく今は前に向かって進むのです。
「ひより嬢、あと少しです。頑張ってください!」
前方に神主さんの姿が見えました。
あそこが休憩した場所の様です、シルバもチョコンと座っていて、その横でお姉ちゃんが座り込んでいるのが見えます。
「やっとだぁ」
最後の一頑張りと駆ける足に力を入れた私ですが、まさにその瞬間に後方から何かが結界に突き刺さり、周囲は真っ白な光に包まれました。
ドドドーーーン!
「ふぎゃ~~~~~!」
魔法防御が有効だったのか、浄化結界で助かったのか、ただ完全に防ぐ事が出来ず体が微妙に痺れています。この感じは恐らく雷攻撃なんだと思いますが、私は地面にそのまま突っ伏しました。
「ひよりちゃん!」
「ひより!」
佳奈お姉ちゃんは幸いな事にダメージは受けなかったみたいで、私の所へと駆けつけて来てくれました。
ただ、問題なのは後ろに居たはずの日坂さん達です。ゆっくりと後ろを見ると、倒れ伏した4人の姿が見えました。
「うぅ、浄化結界!」
浄化結界を掛けたビー玉を後方に投げます。坂を転がり落ちていくビー玉で少しでも時間が稼げればと思いますが、痺れて動けない私をお姉ちゃんの治癒魔法が包み込みました。
「浄化結界! ひより、大丈夫!」
「お姉ちゃんありがとう。魔法防御結界!」
いつ先程の攻撃が来るか判らない状況です。ただ、私達で日坂さん達4人を移動させるなんて無理なのです。
「お姉ちゃん、治癒魔法をお願いします。佳奈お姉ちゃんは治癒出来た人達から目を覚まさせてほしいです。私達では移動させられないのです」
「治癒!」
私の言葉とほぼ同時にお姉ちゃんは日坂さん達へと魔法を飛ばします。
その間にも、私は後方に向けてシールド魔法を発動します。そして、まるで待っていたかのようなタイミングでシールドに稲妻が突き刺さりました。
ドドドーーーン!
まさに威力が違います。これが言われていたイカズチの神様の力なのでしょうか?
ひより:「伊弉諾尊に逃げられてるのですから、黄泉の住人さんも学習していますよね」
小 春:「それはそうなのだと思うわ。でも、私達は伊邪那美さんに何にもしてないのよ?」
ひより:「でも、逆恨みで一日1000人の人を殺す宣言した神様だよ?」
小 春:「それを言われると何も言えなくなるわね」