127:黄泉の世界での戦闘
誤字脱字報告ありがとうございます。
私達が黄泉の国にある神社に落ち着いてから半日ほど過ぎたころ、突然遠くで何かの叫び声が響き渡りました。交代で睡眠を摂る事になった私は真っ先に眠る事になったため、その叫び声で正に飛び起きる羽目になりました。
「な、何が起きたのです!」
私が起きた事に気が付いたお姉ちゃんは、振り向いて口元に指を当てる動作をしてからまた神社の外の様子を伺っているようです。
「どうやら外の連中がやって来たようですね」
私と同様に先に寝ていた神主さんも起き上がって外の様子を探っています。
そんな神主さんへ日坂さんがやってきて状況を説明します。
「少し前から周囲が騒めいていました。その後、多くの黄泉の住人たちが此処の前を通り黄泉比良坂の方へと移動していきました」
「そうですか。狩りが始まったようですね」
そう告げる神主さんは、懐から紙片を取り出して空へと放つと烏の姿に変化して黄泉比良坂の方へと飛んでいきました。
「この地では普通の術は打ち消されてしまいますから厄介なんですよ」
その後、神主さんは目を閉じて瞑想状態へと移行したのがわかりました。
「声の感じからして勢子に追われているようですね。となると、伊勢の者は同行していないか、または別行動なのか」
日坂さんが言うには、伊勢の者達なら曲がりにも黄泉の国の知識を持っているので、此処まであからさまに追い立てられる事は無いそうです。
「どうやらアメリゴも能力者が中心の部隊の様です。火と土を操る者が確認できました。あと、愚かにも銃を所持しているようですが、この世界では無意味な事でしょう」
先程の叫び声を聞いた住人達が嬉々として移動して行きますが、残念な事にその数は増えこそすれ減る事は無いみたいです。
「さて、生きたまま喰われるか、死んでから喰われるか、黄泉比良坂の前は既に押さえられたようですから早々簡単に撤退は難しそうですね」
恐らく先程の烏を使って状況を見ているのだと思います。時々、遠くで甲高い音が響いているのは銃を発砲しているのでしょうか? ただ、黄泉の国で死者を殺すのは並大抵な事ではないと思うのです。
「ほう、どうやら貴重な探索魔法持ちまで投入していましたか。ここを発見したようです」
「え? それって不味いですよね?」
何気ない言葉ですが、ここへ来られたら私達も巻き込まれます。
「小春嬢、ひより嬢、この人型に息を吹きかけて頂いても宜しいですか?」
神主さんが取り出した人型に、意味は解らないのですが何かあるのだろうとお姉ちゃんと二人で息を吹きかけました。その人型を、神主さんは鷹の姿をした式に持たせ、神社から飛び立たせます。
「先程の人型は、もしかして身代わりなのです?」
「はい、代々伝わる術の一つですね。呪いを回避する為の術の一つですが、術が発動している間は息を吹きかけた人の気配は薄くなり、人型は濃くなります。まあ黄泉の国でどこまで持続出来るかは判りませんが」
飛び去る鷹を見ながら、良く考えれば黄泉の世界など前世でも訪れていない、もしかすると生まれ変わる際に通過していたかもしれないけど記憶にない不思議世界にいることに私は気が付いてしまった。
これって、目に魔力を纏わせたら何か見えるかな?
死者の国のはずが、なぜかこの世界に入ってから悪意を欠片も見る事は無かった。どちらかと言えば悪意に溢れている場所だと勝手に思い込んでいました。
「おおう、これは・・・・・・やっぱり間違いなく死者の国なんだ」
目に魔力を纏わせて外へと視線を向ける。すると、そこにはボロボロの服を纏った骸骨がぞろぞろと移動して行くのが見える。
死者の国とこれ程までに簡単に行き来できるという事実に、私は逆に恐ろしくなります。
「ひより嬢、あまりこの世界を見過ぎないように注意してください。下手すると気づかれます」
「え?」
神主さんに突然話しかけられて、私は目に纏わせていた魔力を霧散させます。
「ここには少々厄介な御仁がおいでです。その方に目を付けられると流石に分が悪くなりますから」
そう言って苦笑する神主さんですが、この時、遠くで叫び声が上がるのが聞こえました。
「えっと、早口の英語なので何を言ってるか判りませんね」
まあ叫び声と言っても、結構遠い為に聞き取り辛いですしね。別に私が英語教育を疎かにしている訳じゃないのですよ? ただ、そんな事よりも聞こえた方角からして黄泉比良坂とこの神社の延長線からは大分ズレているような気はしました。
「無事に上手く誘導が出来たようですね。もっとも、ここの住人の罠からも脱出できたようですが、何処まで持ち堪えますか」
相変わらず悪い笑みを浮かべていますが、それは置いといて黄泉の事で気になった事を尋ねました。
「あの、あちらの世界で死んだ悪い人達もこの世界に来るのですよね? あの人達の仲間とか、私達と敵対した人達もこの世界にはいるのではないのです?」
「・・・・・・そうですね、いても可笑しくはありませんね。ただ宗教観がどう死後に影響するのか」
神主さんが何やら考え込んでいますが、良く判らないのでしょうか?
ただ、まずは先程の人型の事です。
「ちなみに、先程の人型や、式とかは陰陽師とかの技術では無いのです?」
「あ、そういえばそうね。前にドラマとかでもやってたわね」
この日ノ本では清明さんが人気なのです。ただ、そのドラマでは出雲大社は出てこなかったので良く判らないのですが。
「人型にケガレを移したりと神道でも人型は使われます。まあ平安の世で色々と混じりましたから、何処からが純粋な神道で、どこからが陰陽道なのかなど曖昧になっていますが。賢徳殿の密教もそうですし、山岳信仰からの山伏なども、それこそ八百万の神々を祭るのが神道ですから」
何かすっごく卑怯な宗教に聞こえて来たのは気のせいでしょうか? 何でもかんでも八百万の神々に入れてしまえば無敵な気がします。
そんな中において、次第に神社の前を通過していく住人たちの中に蛇やムカデ、ネズミなどの生き物が混じり始めます。
「どうやら根の国からも陽の気を求めて集まり始めましたか。根の国は素戔嗚尊がおわす国、大国主命も何かと苦労されたお方ですので、出来れば距離を置きたかったのですが」
「まさかと思いますが、大御所が出張って来られるかもでしょうか?」
お姉ちゃんの表情が引き攣っています。うん、私が知っているお話でも、結構乱暴な神様でしたよね。
「この神社の結界は大丈夫だと思うのですが、気が付かれずに済むに越したことはありません」
私達は社殿の中ほどに集まって、そこに神主さんが更に結界を展開しました。
私の結界だとこの黄泉の国では逆に目立ってしまう可能性が高いそうなのです。
「カハッ」
私が神主さんが囮として式を操っている様子を見ていた時、突然神主さんが吐血しました。
「え? 何! 治癒!」
慌てて治癒魔法を唱えると、神主さんは口元に流れた血はそのままに両手を床に付けた状況で必死に息を整えています。
「すみません、式を潰されました。それと、式を通じてこの場所と私を見られました」
神主さんが悔しそうに何が起きたかを教えてくれますが、どうも式を潰された反動が跳ね帰って来たそうです。
「アメリゴの人達ですか?」
「いえ、この黄泉の国の住人です。油断した訳では無いのですが、まさか見破られるとは」
ゴゴゴン!
その時、神社に張られている結界が一気に撓むのが判りました。
神社の扉から外へと視線を向けると、神社の鳥居の前に2メートル近い不思議な衣装を身につけた女性が神社へ踏み込もうと鳥居の下を殴りつけているのが見えます。
「拙いですね、あれは平安より更に古い衣装です。恐らくですが名のある神の一柱かと」
「あの金色の目と、ボサボサの髪とか思いっきりヤバいんだけど、金色の目は人に非ずでしたっけ?」
神力などを使用する際に目は金色に輝くとも言いますが、ともかく見るからに人ではないですね。そもそも古代の人だとしたら身長が2メートル近いとかおかしいですよね。
「まさか黄泉醜女ですか、それ程の大物がいるとは」
神主さんを含む出雲のメンバー達が顔を見合わせますが、私達には何が来たのか、何が起きているのかがまったく判りません。ただ、ちょっと状況が切迫して来ているのは感じ取れました。
「有名なのですか?」
「そうですね、神話級と言っておきましょう」
「でも大柄だけど醜くは無いのですよ?」
「ああ、昔の名付けは色々ありまして、醜いではなく凄いとか、強いと言った意味なのです」
問いかけに反応を返してくれるのですが、その間にも神主さん達が必死に神社の結界を維持しようと魔力を注いでいます。でもどう見ても旗色は悪そうです。
ただ、私の索敵はこの時思いも掛けない存在を感知しました。
パパン! パパパン!
銃声が鳴り響きました。そして、その銃声の元である銃から放たれた弾丸は目の前の黄泉醜女へと的確に着弾し、更に驚いたことにその銃弾は確実に効果を表している様に思われました。
「囮の人型が壊れたから居場所が判ったのかしら? それにしても、良く生きていたわね」
お姉ちゃんがそう告げるのも可笑しくないくらいに、アメリゴの精鋭部隊の装備は見るからにボロボロです。そんな中に合って銃弾が効果を表しているのは驚き意外に表現できません。
「当初見た時より人数は減っていますね」
「流石に黄泉をあの人数で強行突破する事は無理だったのでしょうね。ただ、何か変な、誰かを守りながら戦っていますね」
お姉ちゃんの言う通り中心に明らかに非戦闘員っぽい人が居ます。体力的にも限界っぽいのか、その人の動きは他の人達に比べると思いっきり悪いです。
「もしかすると遠見の術者なのかもしれませんね。本来は相手の居場所などを探る人員ですから、戦闘は専門外でしょう」
「でも、良く弾が持つのです。それに効いてはいるみたいだけど、倒す所までは難しそうなのです」
何と言いますか、鬼に豆? 痛いから嫌だけど、それで死にはしませんよみたいな感じなのです?
「黄泉の国ですから、そもそも此処で死んだ者というのは伝承でも思い浮かびません」
「そうよね。死者の国で死んでも、またすぐに復活しそうよね」
「ゾンビアタックですか、嫌すぎなのです」
そんな私達も一見のんびりとしているようですが、実際には神主さん達は汗を流しながら結界に力を注いでいます。ただこれも、一時的に目の前の黄泉醜女さんを退散させるには力不足っぽいのです。
黄泉比良坂の黄泉と、泉津醜女の泉津もヨミと読むみたいで、名前が結構交叉するのですよね。
この時代の神様って同じ名前でも文字が違ったり、別名で呼ばれたりと大変です><