119:出雲と言う土地の特殊性
誤字脱字報告ありがとうございます。
「榊よ、その方、今の発言がどういう意味を為しているか理解しての事か?
お爺ちゃんが詰問しますが、そこには普段ののほほんとした感じも、言葉遣いもありません。
それに同調する様に、お婆ちゃんも神主さんに圧力をかけているのかな?
「お爺ちゃん、意味って何ですか?」
判らない事は素直に聞くのが私の美点ですよ。お爺ちゃん達が何に怒っているのかも全然判りません。
「出雲で神託を行えば、ほぼ間違いなく神々に目をつけられるさね。どの神に目をつけられようと平穏な生活は恐らく送れず波乱万丈さね」
「おおお、それは嬉しくないのです」
我が家の望みはひっそりと静かに家族みんなで笑顔で美味しい物もいっぱいで、ぬくぬくすやすや暮らす事です。あれ? 何か色々増えている気はするけど、うん間違いは無いからいいよね。
そんな望みから一番遠いのが波乱万丈ですよね? 誰もそんなワクワクドキドキスリル満点なんて望んでいませんよ?
神主さんに対し、え? マジです? そんな事を考えてたんです? みたいなドン引き眼をお贈りしたら神主さんがテーブルに両手をついて項垂れました。
「私達も何もひより嬢の夢を壊すつもりはありません。今後も最大限の助力はさせて頂きたく思います。ただ、この神託を行う事により日ノ本の神とのつながりは更に強化されます。これにより大陸からの干渉を弱める事も出来るのです」
何やら神主さんが説明をしてくれるのですが、現代において神との繋がりを新たに持つことが出来る術者というのは確認されていないそうです。まあ、自称神の御子やら代弁者やらはおいでになるそうですが、実際の所それで世界の神域が変化したという話も無い為、おそらくは真実ではない、もしくは錯覚と思われているそうです。
「実際の所、信託の儀や神降しとなどと呼ばれる儀式には幻覚作用のある麻薬はつき物じゃでの」
お爺さんが身も蓋もない事を言いますが、そう言う意味ではこの世界の神々はすでに旅立って久しいのかもしれません。
「出雲においても同様です。伊勢も、日ノ本の仏教界においても同様だと思います」
神主さんがそう言ってお爺さんを見ますが、お爺さんは否定も肯定もしません。
「まあ間違いではないさね。ただ絶対ではないで、気を付けるが良いさね」
「まあ貴方方の崇める自然崇拝、精霊などを神に加えるとなると全てではありませんね」
神主さんの言葉にお婆ちゃんや魔女のお姉さん達の視線が厳しくなります。はっきりと睨みつけていると言っても良いですね。
「全部が全部とは言わないが、少なくとも私達がお慕いする大地の女神は貴方達が軽んじても良い神格では無いと警告しますわ」
トパーズさんの声も表情も怖いです。ただ、自分達の信仰を蔑ろにされて黙っているようでは魔法など使えませんからね。そもそも、皆さんの魔法も、私が使う魔法も発動する為には神々への信仰が必要なのです。こんな私であっても神の存在を疑ったことなど欠片もありません。
「質問を宜しいですか?」
何かを考えながら聞きに徹していたお姉ちゃんが、ここで初めて発言しました。
「はい、構いません」
「そもそもですが、なぜ私達姉妹なのでしょうか? 他の方では不可能なのですか?」
「単純に魔力の量と質の問題さね。小春ちゃんとひよりちゃんの魔力量と質なら若しかすると神々まで届くのではないかと期待しての事さね」
お婆ちゃんの言葉に納得する所はあるのですが、ただ私は最初っからこの提案最大の問題があるような気がするのです。
「この出雲って古来からの神域なんですよね?」
「え? あ、はい。ここは大国主命が太古よりお住まいになる日ノ本最古の神域です」
うん、そのお話は私も聞いた事が有るのです。兎さんやら、黄泉の国やらとこの国の神話を調べた時に色々と物語を読みました。ただ、この物語がまた問題なんですよね。
「あと、大国主命が神譲りをされた地でもあるのですよね?」
「はい、細かな事は省きますが、無益な争いをされず、壮大な神殿を作る事を条件に神譲りをなされた場所です」
私が何を言いたいのか判らない神主さんは、私の質問に答えるたびに私の表情から何かを読み取っているのか答えながら次第に表情が消えていきました。
「ひより嬢、今更ながらにお尋ねしますが、貴方や小春嬢に魔法を授けた神とは何方なのでしょうか?」
何時の間にか会議室では雑談などもされず、誰もが真剣に私の事を注視していました。
今までの私と神主さんの遣り取りで、最大の問題がどこにあるのか、私が何を心配しているのか気が付かない者はこの場には居なかったから。そして、神主さんのこの質問の答えを、みんなは固唾をのんで見守ります。
「私の、私の崇める神は、私に力を与えてくれた神の名は・・・クトゥルブヒャーーー!!!」
背中に思いっきり氷を突っ込まれ、更には電気をビリビリ流されたような何かが私の全身を駆け巡りました! それはもう、体中に何かが這いずり回るような気配も追加された段階で、私は床に五体投地してユーステリア様に許しを請いました。
「クトゥルブヒャ? 聞いた事の無い神様ね」
うん、素でボケるのは流石はお姉ちゃんです。というか、貴方は私の崇めている神様を知っていますよね? 貴方だって日々感謝の祈りを捧げていますよね? そこでそのボケは中々に凄いです。
「名前を告げるだけでも危険な神なのですか。クトゥルブヒャ、いったいどこの国の神様なの? というか私達が口に出しても大丈夫なの?」
「ルビー、ボケるのは大概におし。ひよりちゃんが馬鹿な冗談を言おうとして神の怒りに触れたのは一目瞭然さね」
先程までの視線から一転、呆れた様な、可哀そうな子を見るような、何とも言えない眼差しを私に向けるお婆ちゃんです。ただ、私は必死にユーステリア様に慈悲を請うているので気がつきませんが。
時間にして数分だったのか、実はもっと短かったのかもしれないのですが、漸くお許しを頂いて身を起こした私の顔は涙と鼻水塗れになっていました。
ユーステリア様はマジで鬼畜です。ちょっとしたお茶目じゃないですか。可愛い可愛い信徒のブラックユーモアですよ?
そんな事を思った瞬間、また寒気がしたので慌てて再度土下座をします。
「ごめんなさい、ごめんなさい、お許しください、お許しください」
私のあまりの状況に、周りはみんな顔を引き攣らせてドン引きです。
怖いんですよ、うちの神様って。何か途中から性格が変わって鬼畜になったって有名ですもん。ただ、これ以上考えるのは非常に危険なので、とりあえず頭の中を空っぽにします。
「・・・・・・ひよりが壊れたわ」
「うん、何というか、神様って怖いのね」
お姉ちゃんと佳奈お姉ちゃんが何かを言ってますが、とにかく今はまず心を空にするのです。
「これは、安易に神託や神降しを行うのは危険ですか」
「というか、こんなに簡単に神罰落せる神様よ? 態々そんな儀式しなくても呼んだら来そうじゃない?」
「トパーズのお姉ちゃん。怖い事を言わないでください」
思わず呼んだら目の前に現れるユーステリア様を想像して背筋が凍りつきますよ。
ただ、私がこの身を犠牲にまでした説得によって神主さんを含め出雲の人達は儀式を行う事を見送ってくれることになりました。
「あと、なんで私達の神様の名前は聞かなくて良いの? 知りたいんでしょ?」
「あ~~~、ほら、神様の聖名は軽々しく口に出して良いもんじゃ無いし。ましてや力ある神様だと色々と問題が起きる事もあるから」
「そうね、私達の崇める女神様との絆が細くなると怖いし、魔法が使えなくなったら目も当てられないから」
魔女のお姉さん達も皆さん思いっきり腰が引けてます。
むぅ、もしかすると信者獲得のチャンスだったのかも、ただこれはある意味ユーステリア様の自爆と言えない事も無いですよね? 私の責任じゃ無いですよと自己弁護しておくのです。
ただ、ここに来て神主さんの言っていた神降しの儀式にがぜん興味が湧いてきました。
「するしないは別として、神降しの儀とはどういった儀式なのです?」
私の質問に、神主さんは丁寧に答えてくれます。
そこで漸く納得できたのは、この出雲と言う場所の異常性です。
「八百万の神々が集まると聞きましたし、須佐之男命も奥に祭られています。この出雲って大国主命を祭っていますが、それだけでなく特定の神様以外の神様の神域でもあるのですね」
そして、ここで問題となって来るのが八百万の神々という言い方なのです。日ノ本に住む人達は、この八百万の神様を明確に認識しているのですが、それはすべての神様と言う意味での認識です。
「精霊や自然神も、付喪神もみんな神様なんですよね。成程、実に興味深いです」
そして、先程なぜユーステリア様が私に力を行使出来たかと言うと、おそらくこの場所が原因なのです。そう、ユーステリア様も八百万の神様の一柱と認識できちゃうんですよね。
「・・・・・・お爺ちゃん、この出雲ってすっごい大きなセキュリティーホールな気がしてきました。大丈夫なのでしょうか?」
だって、どの神様であろうと八百万の神様ですもんね。
うん、なんかだんだんひよりが樹に近くなっていく気がします。
南辺の書く主人公って結構みんなおまぬけさんキャラになっちゃうのは何故でしょうか?