106:襲うなら、相手を見たほうがいいですよ?
誤字脱字報告ありがとうございます。
あの後、神主さんに送ってもらい我が家に戻ると、お母さんもお父さんも既に帰って来ていました。
「一応、状況は随時聞いていたけど大丈夫だった? 第一報で銃撃戦なんて聞いて心臓が止まるかと思ったわ」
お母さんが私達を抱きしめると、そのままリビングへと移動します。
流石にもう中学生なので、抱えられることは無いのですが、逆に何か移動し辛いですね。
「お父さんは大丈夫? これからしばらく出雲に行く事になるみたいなんだけど、お仕事は?」
会社勤めしていて、突然何日も休みを取る事が出来るとは思えません。
お母さんはそういう意味では良い職場に就職したというべきなのでしょうか?
「そこは何とかなる。流石に自分や家族の命が掛かっていて仕事を優先なんて出来ないぞ?」
そう言って笑うお父さんですが、無理に笑っている様子は無いのでお仕事の方は大丈夫なのでしょうか?
さて、出雲への移動と言ってもこの状況下では簡単には行かないのです。
奈古屋から向かうにも、鉄道を使うと中々に不便なのです。また、関係ない人達が多数いる場所で襲撃などあれば目も当てられません。飛行機は飛行機で密閉空間になる、最悪撃墜されかねないなど恐ろしい言葉が飛び交って、結局の所は車での移動となりました。
「結局は、全員が揃っている方がという事で観光バスに決まったけど、大丈夫なのでしょうか?」
バスが各家庭まで移動して拾うのは流石に断念したそうで、集合場所は奈古屋の出雲大社の分所になりました。思いっきりピリピリした雰囲気での出発でしたが、とりあえずは全員が揃って乗車することは出来ました。
「バスを覆う様に対物、対術の防御結界を設置しました」
これで突然のバスガス爆発などは起きないと思います。
「このバスってガスで動いているんじゃないよね?」
「ガソリン車ですよ」
運転手さんからすかさず返事が来たのでびっくりですが、爆発の危険は回避できましたね!
「辻本さんですかな、いつもうちの小春やひよりがお世話になっております」
バスが早々に出発してから、お父さんとお母さんは佳奈お姉ちゃんのご家族にご挨拶へと向かいました。
高速道路に乗るとシートベルトをしないと駄目なので、それまでの短い時間に皆さん思い思いに移動してご挨拶しています。もっとも、お婆ちゃんの所の人達は思いっきり色物枠で、特に辻本さん家族からは奇異の視線を浴びていますが。
「佳奈お姉ちゃんはまだ変身しないの?」
すでに変身済みのレッドさん達と違い、まだ思いっきり私は普通ですよ~と猫を何匹も被っている佳奈お姉ちゃん。もっとも、佳奈お姉ちゃんはまだまだ戦力外の為、変身しても多少防御力が上がるくらいだそうですが、その多少で明暗が分かれたりしますからね。
「ひよりちゃん、変身なんか出来ると思う?」
うん、何か視線が怖いです。冗談すら欠片も通じ無さそうと言うか、普段の佳奈お姉ちゃんから想像も出来ないくらいに余裕の余の字もないですね。
「佳奈の御両親も、まさか佳奈が今騒がれている銃撃事件に娘が巻き込まれているなんて思ってもみなかったでしょ? 実際の所、良く避難を了承してくれたわ」
「うん、原因を全部鳳凰学院に押し付けた。この事件が一段落したら転校させられるかもしれない」
詳しく聞くと、鳳凰学院の一部のお金持ちの生徒達が麻薬に手を出して、その取引現場をお姉ちゃんと佳奈お姉ちゃんが偶然目撃した事になっているそうです。
「私達は何をしているのか判らなかったけど、目撃された人達が私達を排除しようとして師匠達に助けられたことになってる」
「榊さんは警察関係者だと思ってる。まあ政府関係って濁してるけど、一緒に竹内さんも来てくれたからね。110番して実際に警察署に在籍している証明までしてくれたから」
その肝心の竹内さんは、バスの前を走っている覆面パトカーに乗って先導してくれています。
もちろん後方にも覆面パトカーが付いてきていますが、防弾チョッキに防弾ヘルメットまで付けて運転しています。
「警察官の人達も、あんな恰好で休憩なしで出雲までとか大変だね」
公務員も大変ですね。一応、覆面パトカーにも防御用の結界を設置しています。ただ、新型のカードタイプを媒介にした結界とはいえ、魔力の補充が出来ない使い捨てなので自ずと限界はあります。
「暴徒鎮圧用のゴム弾タイプの銃を装備しているそうだから、もっとも撃てればなんでしょうけどね」
トパーズさんというレッドさん達の姉弟子さんが私の横にやって来て座ります。まあ最後尾のシート席を一人で占拠しているので左右どちらも空いているんです。
「やっぱり襲撃はあると思うのですか?」
「そうね、面子という物は意外に大切なの。この世界ではお互いに面子を守るために愚かな戦いをする事もあるけど、面子を重視するからこそ要らない争いが起きず犠牲が少ない面もあるの。今の状況は日ノ本側の面子が穢された状態だわ。また、相手もそれだけの覚悟をして今回の事を起こしているはず。だからこそ罠と思っていても襲撃は必ずあるわ」
「やっぱり罠なんです? 私達は囮ですか?」
私の言葉にトパーズさんはニッコリ笑うだけで答えは無いです。ただ、このバスに居る面子だけでも相当強固なメンバーだと思うんですよね。ちょっと見ただけでも相当な実力者っぽい人が居ますし。
「襲撃されるとしたら出発直後とか思ってたけど・・・・・・来ないわね」
索敵に特化した人達が常時周囲を警戒していますが、今の所は特におかしな兆候は無いみたいです。
もっとも、襲撃するなら高速道路に乗ってからの方がこちらの動きが制限できるので、まだまだ油断が出来る訳では無さそうです。
「そもそもの目的が何なのか、今ひとつ私には解らないのですが」
前の座席に座っているお姉ちゃんが、お婆ちゃんと話をしているのが聞こえて来ました。
「そうさね、魔道具の販売なぞ幾ら高額であろうと高が知れてるさね。恐らく狙いは人だろうさね」
「人ですか? 鳳凰学院の生徒の事でしょうか?」
「それはあくまでも切っ掛けさね。日ノ本の中心に入り込むための入口さね」
お婆ちゃんの話が漏れ聞こえて来ますが、恐らく同様の事が他でも起きている様に思えます。
今回の事が試験的なものであったのなら、こうまで頑強な抵抗にならないだろう。でも、それは私の関知する事ではない・・・・・・と言えれば良いのだけど、そうも言っていられないのが現状な気がします。
「よし、どうやら獲物が引っかかったようだ。私達はこの間に先に進みます」
間もなく高速道路の入り口と言うところで、遠くからパトカーのサイレンの音が複数聞こえて来ます。
どうやら獲物が掛かったと言うのはこの事でしょうか?
「シートベルトの着用をお願いします。併せて、不用意な座席移動も注意してください」
運転手さんからそう声が掛かります。
あとで聞いた事ですが、この運転手さんは普段は機動隊のバスを運転されているベテランさんだそうです。
「今の所は予想範囲内ですね。あとは高速の各入り口から更に追加が来るのか来ないのかですか」
予定通りの為か、皆さん非常に落ち着いています。
佳奈お姉ちゃんの御両親も何の話をしているのかは判りませんが、うちの両親と共に穏やかに会話をされてますね。
そして、そんなのんびりバス旅行がそのまま無事に終われば何の苦労も無いのですが、そんな奇跡が起こる訳も無くですね、出雲へと向かって山陰道と呼ばれる高速道路に入った途端、敵の襲撃に遭遇しました。
「前方から何かが高速で接近中。接敵まもなく!」
「何か? 前から?」
片道通行の高速道路で前方からという事は登り車線でしょうか? ただ、それだと一瞬ですれ違うだけかなと首を傾げていると、言葉にたがわず思いっきり進路前方より何かが此方へと向かってきました。
「あれ何? 生き物?」
最前列の席にいたルビーさん、ただその問いかけに誰かが答える暇すらなく訳の分からない物は、前方を走行している覆面パトカーと衝突し、鈍い音と共に高々と撥ねられました。
「うわ! すごいね、思いっきり吹っ飛んだ」
撥ねあげられてバスの頭上を通過しているその何かは、悲鳴すら上げる事無く後方へと消えていきました。
「油断するんじゃないよ! まだまだ来るよ!」
トパーズさんの言葉に前方を見ると、それこそ先程の敵と同様な存在が此方へと向かって来るのが見えた。
「あと何回か突進されたら前方のパトカーに張った結界が持たないと思います!」
「竹内警部にバスの後方へと回る様に指示します!」
グリーンさんが慌てて前方の覆面パトカーへと連絡を入れます。
その間にもパトカーは2匹? 2体? とにかく2回の体当たりを跳ね飛ばしました。
そして、そこで漸く追い越し車線へとパトカーは移動し、その間に私達が乗るバスはパトカーの横を通り前へと移動しました。
「さてさて、いったい何が向かって来ているのさね」
そう言いながらもお婆ちゃんは何かの準備をしているようです。
私も前の席へと移動して非常事態に備えますが、お婆ちゃんを見ていて素朴な疑問が湧いてきました。
「ねえ、お婆ちゃんは変身しないの?」
「「「「「ブフォ」」」」」
「ん?」
音の出所を見ると、レッドさんを含めお婆ちゃんのお弟子さん達が、ある人は顔を下に向け、ある人は口元を手で覆って、ただ共通している事は全員が肩を震わせています。
「そうさねえ、久しく変身はしてないさね、ふぉふぉふぉ」
軽やかに笑うお婆ちゃんですが、まあ確かにお婆ちゃんがパステルカラーのヒラヒラミニスカ衣装を着たとしたら、全方位無差別攻撃になるかもしれませんね。
前世の自分が同様の衣装を着た姿を想像して、思わず身震いをしてしまいました。
「まあ、これも呪いの一種さね、ほれ、呪い返しをしんしゃい」
お婆ちゃんの号令で、お弟子さん達が一斉に何かを唱えます。
その様子を見ながら、今回もまた向かってくるものに悪意が見えない感じないの不思議に首を傾げました。
「これって、悪意が感じられないのは何でだろう?」
系統が違うのか、質が違うのか、実に興味深く研究してみたい対象ですね。
「そうさね、あれは仙術の派生から来ておる、そこに何かあるのかもしれんさね」
「仙術かあ」
お婆ちゃんの回答を聞きながら、仙術に関する事を思い浮かべます。でも、陰陽道も仙術の派生だったかな? そう考えると私と仙術関係は相性が悪いのでしょうか?
そんな最中に会っても敵の攻撃は続いており、バスの全面が平べったいからなのかぶつかって来た物が跳ね飛ばされずにバスの前面にへばりつきました。
「「「「「ターンカース!」」」」」
お弟子さん達が一斉に呪い返しを発動しますが、皆さんが手にした杖からハートや星が飛び出して実にファンタジーです。
「佳奈はやらないの?」
「出来るわけないでしょ! まだ杖だって貰ってないわ!」
うん、でも姉弟子さん達は兎も角、レッドさん達の杖は思いっきり魔女っ娘ステッキですね。
中々に心を抉る物があるような気がしますが、お婆ちゃんも、なぜか我が家のお母さんも嬉々として撮影しています。ただ、お父さんは見ちゃいけない物みたいな感じで顔を逸らせていますが、横目で思いっきり見ているのがバレバレですよ?
まあそれは置いておいて、ぶつかって来た何かは来た時の速度の倍の勢いで来た方向へ帰って行きました。
うん、何か色々無敵な集団な気がしてきました。
この集団を襲撃するって、何を考えているのでしょう?