10:練習の大切さを痛感しました
誤字脱字報告ありがとうございます。
すっごく助かっています。
さて、空き巣さんもしくは強盗さん、とにかく悪い人は既に家の中に侵入を果たしています。問題は、1階で満足してくれるか、それとも2階までやってくるかが問題です。
「2階に来ないって可能性は無さそうですけどね」
お母さんが買い物に出かけたのは知っています。だから焦って1階だけの物色で帰っていく事はまずないでしょう。ましてや、あの悪意の強さから言っても余程の意志の強さです。弱い悪意であれば我が家の結界を突破できないのです、それくらいの強度はあるんですけどね。
「あ、しまったかも、居間の作業そのまんま放置しちゃってた」
魔法の杖を作る為にショリショリして、そのまんま放置してました。道具もそのまんま、切り屑もそのまんまです。空き巣さんがその状態を見たらどう思うでしょうか?
ガタガタガタ、バタン
「くそ、ガキが残ってたか?」
下の音が激しくなっていました。どうやら気が付かれてしまったようで、どうせならそのまんま逃げてほしいのですが、残念ながらそうはなっていないみたいです。
「二階にいるのか?」
判断が早いですね、嬉しくも何ともありませんが。
ダダダダダダ
階段を駆け上がって来る音が響きます。
「今度お母さんに寝室には内側から鍵を掛けれるように進言しましょう」
今更バリケードなど不可能です。といってクローゼットに隠れてもどうにもならないでしょう。
「さて、時間はありませんね」
ここまで追い詰められた感があるのはいったい何時ぶりでしょうか?それこそ前世のまだ魔法など碌に使えなかった頃に遡りますが、今とあの時では大きな違いがあります。
「魔法とは何か、それを知ると知らないとでは出来る事に大きな差があります。それと、今回の勝利条件は?」
私は2階の寝室にあるベランダへの窓を開け外へと出ました。そして、窓を閉め、そこでまだ魔法を込めていないビー玉を取り出します。
「岩戸となりて全てを閉ざせ」
所詮ビー玉、そこまでの強度はありませんし、一時的な効果しか無いでしょう。ただ、それでもその一瞬に大きな意味があります。
「さて、では大きな声で叫びましょう」
部屋の中を覗きながら、寝室の扉が開かれるのを待ちます。そこはやっぱりお約束ですよね。
「此処か!」
バタンという大きな音を立てて寝室のドアが開けられました。やっぱり内側に鍵が欲しいですね。
そんな事を思いながら、寝室に入って来た30歳ぐらいの男の人と目があいました。目がやたらと血走っててうん、正気じゃないですね。体から悪意が立ち登っていますが、何がこの人をここまで追い詰めたのでしょう?
「キャアアアアアアーーー、誰か助けてーーーー、強盗がおうちにいるのーーー」
思いっきり叫びます。男は慌ててベランダに通じる窓を開けてこっちへと来ようとしますが、扉は魔法でビクともしません。
「くそ、何だ、何で開かない」
普通ならこの段階で逃げる物だと思うのですが、すでに状況判断が出来なくなっているのか執拗にドアを開けようとしています。
「誰かーーー、こわいよーーー、助けてーーー」
私の叫び声に、近所の家からガタガタと扉や窓が開く音がします。そして、この時漸く遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めました。
「あ、こういう時ってサイレン鳴らしてくるんだ」
そんな事を思いながら、冷静に私は男の表情を見ます。
「おじさん、パトカー来るよ、わたし警察にもう電話したもん。サイレン聞こえない?」
周囲の人からは怯えてベランダの隅で立ち竦んでいるかの様に、そして男には隙を見せない様にとちょっと難しい挙動をしながらも、ジッと男を威嚇するように睨みつけました。ここで怯えた様子を見せるのは悪手です。下手すると人質にされたり、最悪は殺されちゃうかもしれません。
「逃げた方がいいんじゃない?」
こちらの言葉をとても理解している様に思えない男の様子に私は舌打ちをする。
「ちょっと想定外ですね、これで逃げると思ってたんだけどな」
所詮は空き巣と侮っていた事は否定できない。もう少しぶつけられた悪意の強さを気にするべきだった。
「あなた、すでに誰か殺しちゃってるね」
私の問いかけに、初めて男の表情が動いた。それはそれは最悪な、身震いする笑いを顔に浮かべる。
「快楽殺人者兼強盗っていう所かな? 最悪」
ポケットに入れてあった予備のビー玉を取り出して私は身構える。この男の頭にはもう逃げるっていう判断はないだろう。
「自分用のアイテムも、もう少し作っておけばよかった。何となくこの世界に毒されちゃってたかな」
悪意の濃さ云々は別として、日常においてこの世界は非常に平和だ。それこそ交通事故などに注意しておけばまず身の危険は無い。ましてや自分は魔導士だ、まだ、かつて程の力を発揮できずとも何とかなると思い込んでいた。その結果が今この状況。
「まあでも何とかなるでしょう」
このまま睨み合いで時間が過ぎるのかと思った時、男は背負っていたリュックから小さなハンマーのような物を取り出した。
「あ、見た事ある。あれ車の窓割る奴だ」
お父さんの車の中に常備されているのを以前に見た事がある。何に使うのか良く判らずに聞いたことが有るんだよね。まあ窓を割る為の工具としては優秀なのかもしれない。
ガシン! ガシン!
「くそ、何だこの窓、防弾かよ!」
男はそれでも懲りずに数回ハンマーを窓に叩きつける。すると、だいたい10回目くらいで窓が粉々に砕け散った。
ガシャン!
「きゃあああああーーー」
家の周辺で悲鳴があがって思わず外を見ると、周辺の人達が家の前に集まってきている。
「ひよりちゃん、ベランダから飛び降りるのよ!」
お隣の南出さんがこっちへと叫んでる。
「しまった、そっか、ベランダから飛び降りて脱出すればよかったんだね」
この男が逃げなかったことで何となく頭の中が戦闘モードになってしまっていた、その為ベランダから飛び降りて逃げると言う発想は出てこなかった。
「くそったれ、ポリの奴らも来やがった」
どんどんと大きくなっていたサイレン、そして漸くパトカーの姿が此方から見える所まで来た。
「もうおじさん終わりだよ? 観念したら?」
するわけがない事を解っていながら私は男に向かいそう告げる。
「煩い! ガキ、貴様のせいだ!」
男は手にしたハンマーをそのまま私へと叩きつけようと振りかぶる。
「「「キャアアアアーーー」」」
「風よ、悪しきものを退けよ」
周囲が悲鳴で溢れかえる中、私は手にしたビー玉を男に向かって叩きつけた。
ドゴ~~~ン!!!
「ぐふぅ」
「ふえ~~~~~~」
まだ自分の中の魔力は少ない為、すでに魔力を込めたビー玉の魔力を起点として風の塊を叩きつける。
初歩中の初歩の魔法であるけれど、これでも弱い魔物などは吹き飛ばす事が出来る。それこそ、身構えてもいない、ド素人さんなどこの魔法で吹き飛ぶ事間違いなし、ただ使用する場所は考えた方が良かったかもしれない。
男は風の魔法を真正面から受け、ベランダの壁に叩きつけられた。あの勢いから考えると肋骨の一本や二本は折れているかもしれない。
ただ、問題は私だった。壁にぶつかった風がその威力のままに拡散、ついでにこちらへと噴き上げるように戻って来て、そのまま私を空へと打ち上げてくれちゃったのだ。
周囲には更に叫び声が起こっていたけど、私はそんな事を気にしている余裕などない。それこそ、ビルの5、6階くらいの高さまで飛ばされたので、このままだと大怪我間違いなしです。
「ふえ~~~~~~~~~」
叫び声を上げながらも、頭の中ではどうしようか、どう対処すると良いのかを必死に考えている。
幸いなのは仰向けに飛ばされた訳ではなく、前から掬い上げる様に俯せに飛ばされた事。おかげで着地地点の様子が何とか確認できる。
「地よ、大地よ、優しくその慈悲をもって我を受け止めよ」
幸い真上に噴き上げられたため、落下地点は庭の土のある場所になりそうだった。その為、土をクッションのようにして私を受け止めさせる。
「ぐへ・・・・・・、あぅ、思ったより柔らかくない・・・・・・がくっ」
距離の問題なのか、魔力の問題なのか、理由は定かではないけどクッションというには硬い地面に私はお腹から落下した。まだ男がどうなったか判らない危険な状況なのに、私はその衝撃で意識が暗転してしまいました。
そして、次に目が覚めるとどうやら病院のベットの上のようです。
「見たことの無い天井なのです」
これはこの世界に来てから覚えたお約束? 誰もが一度は言ってみたい言葉ランキングの上位だそうです。それは兎も角として、周りには誰もいませんね。
「一人と言うのも寂しいですね、ところで今は何時なのでしょう?」
部屋の暗さから言ってもう夜でしょうか?
「うん、体はどこも痛くない。顔面から落ちなくて良かったです、顔がブルドックさんみたいになる所でした。幼児体型に感謝ですね」
顔を手でペタペタしていますが、これといった傷が有るようには感じられません。恐らくカエルのようにべチャっと落ちたと思うのですが、お腹も内臓も大丈夫そうですが、一応治癒しておきましょうか。
「治癒」
体の内側から暖かい物が溢れてくる感じがします。そして、何か引っかかる感じもしない事から特に怪我は無い事が判ります。
「思ったより地面のクッションが優秀だったのかな?」
落ちた時の衝撃からはそうは思えなかったのですが、まあ結果が良ければそれで良しです。
自分の状態を確認していると、聞き覚えのある話し声が此方へと近づいてきました。
「まだ目が覚めないのかな、大丈夫かな?」
「こっそりあの子のポーションも飲ませたし、大丈夫よ。お医者さんも大きな怪我はないって言ってたでしょ?」
お母さん達の声が扉の前まで来て、扉を静かに開けます。
「あ、ひより目が覚めた、よかったよ~~~」
ベットの上で体を起こしている私を見て、お姉ちゃんは飛びついてきて抱きしめてくれます。
「よかった、ごめんね、危ない目に遭わせてしまって」
見上げるとお母さんも何か泣き笑いの表情で私の頭を撫でてくれます。
「ごめんなさい、心配かけちゃって、もう少し上手に出来るつもりだったのに失敗しちゃった」
今思えばもっとやりようはあった気がする。もっとも、そう思いながらも心のどこかでまあ及第点かなと思う自分もいる。より一層悪い結果になった可能性だってあるし、すべては結果が出てからの事。
「ひよりはしっかりしているからって家に一人にして買い物に行ったのが悪いの、一緒に連れて行ってればッて今更後悔しても遅いのにね」
お母さんは目尻に涙を浮かべている。
「でも、私たぶん行かない、家で一人で作業してるって言ってたと思うから、駄目だったと思うよ?」
「うん、私もそう思う。ひよりってあんまり一緒にお買い物とか行かないもんね」
私の言葉にお姉ちゃんが大きく頷く。さすがお姉ちゃん、私の事を良く判っているね。
「そうね、そうだったかもしれないわね。でも、ひよりが無事で本当に良かった」
私の頭を撫でながら、お母さんはほっとした表情を浮かべている。
「でも、これからちょっと色々あるよたぶん。ひよりの怪我ポーションで治しちゃったし、ひよりがベランダから吹き飛んで、あの犯人がベランダで叩きつけられる映像がスマホで撮影されちゃってたから。あ、ちなみに犯人は肋骨4本折ってたって、あれひよりがやったんだよね?」
お姉ちゃんが興味津々で私の顔を覗き込む。
「うん、魔法を使ったの、でも咄嗟で今まで使った事無い事したから加減も判んないしで、でも映像に残っちゃったのは不味いよね」
あれはどうみても自然現象には見えないと思う。でも、そっか、この世界って映像記録出来ちゃうんだった。あんな場面で映像を撮ってる人がいるとは。
「それもなんだけど、ひよりも結構酷い怪我してたのよ? でも、小春が可哀そうって気がついたらポーション飲ませちゃって傷が消えちゃったから」
「だってひよりが痛い思いしてるのなんか嫌だもん」
眉を顰めてお姉ちゃんを見るお母さん。お姉ちゃんは頬を膨らませて怒っているけど、確かにそれも不味いよね。ちなみに、お母さんは携帯電話でお隣の南出さんから連絡を貰って、そこから買い物そっちのけで慌てて家に帰って来たそうです。ただその時には既に私は救急車で病院に運ばれていった後で、お母さんは警察の人に捕まって事情聴取?事情説明?を受けている間にお姉ちゃんは学校から帰って来てと、もうすっごい大変だったみたい。
「とにかく今日はこのまま入院して、明日精密検査してから退院になるからね。小春もお母さんもこのまま病院に泊まるから安心しなさい」
安心の意味がよく判んないけど、とりあえず今日はこのまま入院だそうです。でも、明日からの事をちょっと考えないとだなあ。