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1:魔導士、転生する

「此処は立ち入り禁止だよ」


 家の庭から外を見ながら私はそう呟く。

 空一面に薄っすらと黒い靄が掛かり、視界が非常に悪い。そして、そんな中を野球のボールくらいの黒い塊が家の敷地へと入り込もうとして何かにぶつかり跳ね返されている。そして、跳ね返される度に小さく、小さくなってやがて消えていった。


「まだ小さいけど誰かの悪意がこの家に向けられている?」


 私はポケットから薄っすらと青い透明なビー玉を取り出し、家の庭を回りながらそのビー玉を埋めていった。その際に以前埋めたビー玉の幾つかが割れているのを見て、その割れたビー玉を回収していく。


「ビー玉だと出来る事が限られちゃう。出来れば水晶が欲しいけど高いから」


 まだ5歳の自分のお小遣いでは手が出ない。近くの100円ショップで買って貰うビー玉を使用するしかない。今まではそれでも特に問題なくやって来れた。それも今日まで? 野球ボールくらいとはいえ明確な悪意がこの家に向けられている。その悪意はもしかすると、どんどん大きくなるかもしれない。


「その時にビー玉の数を増やせば対応できるかな?」


 私は手持ちのビー玉の数を頭に浮かべながら溜息を吐く。


「ビー玉買って貰うのもそろそろ厳しくなってきたんだけどな」


 ビー玉を度々買って貰う為、物を大切にするようにと両親からお小言を貰ったばかり。その為、今後の消費具合によっては簡単に買って貰えなくなる可能性は高い。


「何か対策を考えないと?」


 私は首を傾げながら家の中へと入っていった。



 伊藤家の次女という立場で私が生まれたのは5年前。ただ、生まれた瞬間から私には前世の記憶があった。その前世はこの世界で言う魔法や魔物が溢れるファンタジーの世界、残念ながらドワーフやエルフは存在しなかったが世界は魔法を中心に発展していた。誰もが多かれ少なかれ魔力を持ち、その中でも魔力の多い者が魔術師、その魔術師の中で更に優れた者は魔導士と呼ばれていた。

 私自身も同様に魔導士と呼ばれる地位にいた。自分で言うのもなんだけど、そこそこ有名な魔導士であり、10人近い弟子も育てた。晩年は保養地でのんびりと一人暮らしを満喫していたのだが、そこで記憶が無い事から恐らく死んだのだろう。そこに特に何の感慨も無い、なぜなら死亡した時既に200歳は超えていた。あの世界では魔力が多ければ多い程に寿命は延びる。


 それでも、転生が実際にあるとは欠片も思いもしなかった、どうせなら研究してみれば良かったかもね。


 死ねば神の御許に向かう、または精霊や魔物になる。あちらでは誰もがその説を疑っていなかった。徳が高ければ神の御許に向かい、徳が低ければ魔物になる。誰もがこの教えを信じていた為、あの世界はこの世界より遥かに平和であった。魔物の存在を除けばだが。


 まあ、魔物に生まれ変わらなかっただけ良しとしましょう。神の御許に行けなかったのは非常に残念だけど。


 神の御許とはどんな世界だったのだろう。苦しみも悲しみも無い世界とは、その世界で生きる者達の精神はどう育つのだろう、生活は? 生産は? 判らない事だらけで興味が尽きる事は無いが、もしかするとこの思いが悪かったのかもしれない。思わずそんな事を思ってしまう。


 それでも、こんなに汚れた世界に生まれなくても良かったと思う。

 生まれた瞬間、目は見えないながらも自分を取り巻く周囲に様々な悪意が取り囲んでいるのに驚いた。ただこの悪意は自分に向けられたものではなく、周囲に充満するように存在する。


「ふばうばう」


 咄嗟にこの悪意を打ち払う呪文を唱えようとして、そもそも呪文を唱える事が出来ない事に気が付いた。


 何が起きている?


 体が思う様に動かせない。更には目を開けても視界がぼやけて映像として成り立たない。更には手足は動くのだが、まるで自分の手足の様に思えない。ただ、この時になって漸く周囲の音が耳に入って来た。


「※※※、※※※※※※」


 どうやら誰かが私の周囲に居て、会話をしている。その言語は未だかつて聞いたことの無い言語である事は判る。記憶しているどの国の言語にも当てはまる事無く、更には似てすらいない。

 ただ、その声から聞こえる色は、私に対し好意的であり、一先ずの危険は無さそうだった。

 そして、安心した私は、そのまま意識を失った。


 その後、1年経ち、2年が過ぎ、私は次第に自分を取り巻く状況を理解していく。

 この世界がかつての魔法文明ではなく、科学を軸とした文明である事。現状自分が調べた中においては、この世界では魔法が存在しない事。当初私が感じた悪意が、この世界に住む者達からだけではなく、環境破壊などによって齎されている事。そもそも、自然が持つ浄化作用が一切間に合っていない事に驚きを感じた。


「よくこれで平気に生活しているよね」


 世界を覆う悪意は、次第に濃度を増している。私が生まれて僅か5年の間にも、その悪意は人間や生き物に牙を剥き始めている。ただその事に肝心の人間達は気が付いていない。


 2歳になった頃、私は漸くかつての魔法を行使する事が出来るようになった。といっても以前とは比べるまでも無く、それこそ児戯に等しい魔法ではあったがこれも体が成長すれば改善していくだろう。以前のように体の中に魔導回路を構築するのに2年が必要だった。この魔導回路は体の成長と共に育っていく。もっとも、鍛錬すればするだけ成長も早くなり、より精密になる。

 幸いだったのは、比較的早くビー玉に出会った事。小さなガラス玉にまだまだ拙い魔法で浄化結界を刻む。幸いにしてこの世界のガラス技術は以前と比較しても高い。まったく問題無い形で刻みこむ事が出来た。あとはこれを家の四方に埋めるだけだった。


「4個だと足りない。8個はいる」


 さすがはビー玉といった所か、安い分耐久が弱い。その耐久を気にしてビー玉に込められる魔法はかなり弱い為、指向性の無い悪意と言えども浸透を完全に止めるには8個のビー玉が必要だった。


「あとはどれくらい効果が続くかかな」


 ビー玉の耐久性と私の魔力、悪意の濃度、色んな要因がある為一概に判断は出来ないが、出来れば一月はもって欲しい所だけど、たぶん厳しい。それに、家だけを守れば良い訳では無いというか、自分と家族を守れなければ本末転倒だ。という事でお守りの制作に励んではいるんだけど、中々良い素材が見つからない。


「ビー玉だと割れやすいし、周りを何かで覆っても不安。こっちのお守りの中を見たけど、紙が入っているだけなんだもん、効果があるのか検証してみないと何ともだけど、それだと不安」


 という事でプラスチックの玉だったり、木彫りの板や勿論紙を使ってどうにか護符が出来ないか試してみたけど上手くいかない。結局の所家族にはビー玉を綿で包んで、それを糸でぐるぐるに巻いてお守りの袋に入れてある。


 それを定期的に交換しているけど、すっごく面倒。


「う~ん、水晶や宝石が欲しい、魔石なんかこっちでは手に入らないだろうし」


 護符の定番であった魔石は魔獣の核だ。強い魔獣ほど高濃度の魔力を含んだ魔石が採れる。あちらではこれを加工し護符を作るのが定番だった。もっとも、その作業は付与師や錬金術師の管轄で、簡単な知識としては持っていても魔導士の仕事ではなかった。それ故に私の作る護符の効果は今の自分の魔力、技術、素材なども鑑みて気休め程度の効果しかない事は自覚していた。


「もう少し素材を何とかしないと、何にしても必要なのはお金かあ」


 以前にこっそりと覗いた母の宝石箱。そこにあった宝石は粒は小さいながらもビー玉などに比べれば遥かに多くの魔力が使用できる。即ち効果の高い護符が作れると言う訳なのだ。ただ、問題なのは護符は効果が無くなれば砕けてしまう。それ故に母が大事にしている宝石を護符にする事は非常に躊躇われたというか、出来なかった。


「ともかく今はこれでやり過ごそう。その内何か方法が見つかるかもだし」


 この世界には以前の世界には無い物質も多々ある。護符の素材となる未知の物質だってあるかもしれない。今はとにかくこの世界に順応し、知識を貯める時期なんだとそう自分に言い聞かせた・・・・・・ばかりでの今回の出来事。


「指向性のある悪意、誰に向かってたのかを調べないとだよね」


 家の中に入り先程の悪意について私は考えた。

 悪意がこの家に入ろうとした、という事は今家の中にいる人がターゲットとなる。


「お父さんもお母さんもまだ仕事で帰って来てないし、ってことはお姉ちゃんか私しか居ないんだけど私では無さそうだったから向かう先はお姉ちゃんしかいないね」


 ただ我が家はみんな護符のおかげで悪意の影響を受け辛い。というか護符は常に漂う悪意を微量ながらも浄化している。この為、周りからは癒し系だなんだと言われ周囲には人が自然と集うし、好意を向けられることが多い。


「小学校3年生で悪意を向けられるって、闇が深いよこの世界」


 つぶつぶと呟きながらも私は姉の部屋をノックする。


「お姉ちゃん、入るよ~」


「ん~~~、どうぞ~」


 どこかのんびりとした返事が聞こえてくる。私は扉を開けて中へと入る。


「あ、お姉ちゃんごめんね、お勉強してたの?」


 私は机に向かって教科書を開いている姉を見て思わず謝る。昔から研究などで集中している時に誰かに邪魔されるのを私はすっごく嫌った。その気性は今生も引き継いでおり、それ故に逆に姉の集中を邪魔してしまったのではないかと思ったのだ。


「ん~~~、大丈夫、宿題してただけだから」


 いつも通りののんびりとした返答に少し安心する。この感じであれば今の所直接何か被害を受けている事は無さそう。もっとも、嫌がらせや虐めに気が付いていないという事も大いに有り得るのだけれど。


「お姉ちゃん、お守り見せて」


 私のお守り確認は家族にとってある意味、定例と化している行事である。その為、姉は特に何かを気にする事無くランドセルについているお守りを外して私に渡す。

 私が中のビー玉を確認すると、案の定ビー玉にヒビが入っていた。今まで家族のお守りを交換する期間とすればまだまだ問題の無いはず。それなのにヒビが入っているという事はビー玉に負荷がいつもよりかかったという事だった。


「むぅ、お姉ちゃん、学校で何かあった?」


「何かってなに? 特別な事は無いと思うけど、う~ん、試験はまだだし、なんだろ?」


 別に何かを隠している様子は無い。恐らく本人は気が付いていない。それでも、問題はこの悪意の発生源が学校の友達なのか、それとも違うのかだけでも内容は大きく変わってくる。

 ただそれを確認するにも本人がこんな感じでは難しいと思う。


「何か変だなって事があったらすぐに教えてね。誰々ちゃんの態度が変わったとか、知らない人から見られてるとか」


「うん、わかった」


 本当に分かったのかは判らないけど、とりあえず今はこれで良しとするしかないのが辛い。とりあえずお守りの中に入れるビー玉を2個に増やしておこう。これで私は明日また様子を見る事にした。


 それにしてもこの世界は本当に悪意が溢れすぎている。


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