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幕間:幸福な姫君



 ユーフェミア・エリザベート・ジークズルは得意の絶頂にあった。

 母を日陰の身に追いやっていた女は死に、図々しくも居座っていた女の子供も出ていった。行った先がジークズルと同じ公爵家というのは気に食わないが、引き取られたところで死んだ女の子などお荷物になるのは決まっている。


 わたくしがジークズルの姫。わたくしこそ世界一幸福になるべき姫なのだわ。ユーフェミアは自分の妄想にうっとりと酔いしれた。


 ただし、妄想と現実は、いつだって哀しいほどかけ離れている。


「お母様、わたくしそろそろ新しいドレスが欲しいわ」


 優雅なティータイム。バルコニーから眺める庭はユーフェミアにふさわしい薔薇の花が咲き誇り、薫風をそよ風に乗せて届けてくれる。

 生クリームとベリーのたっぷり乗ったケーキを一口食べて、ユーフェミアはいつものごとくおねだりした。


「そうね。ユーフェちゃんは発育が良いから。お胸がきつそうだわ」

「嫌ですわお母様ったら。お下品ですわよ」


 口の中のケーキをくっちゃくっちゃいわせながらユーフェミアがぶるんと胸を揺らした。その拍子に下の腹肉もたゆんと揺れた。


「ほほほ、そうね」


 ひと息で紅茶を飲み干したユーフェミアのカップに新しい紅茶を注ぎ、二口で食べられたケーキを新しく皿に乗せる。メイドたちは思った。


 現実見ろよ。

 ほんとそれ。


 目線だけで会話しながら黙々と給仕を続ける。ここで顔に出そうものならミリアがヒステリーを起こすからだ。


 たしかにユーフェミアの発育は良い。それはもう、縦にも横にも立派に育った。そこにレースやフリルのついたドレスを着ているものだから、座った姿などふわっとした球体にしか見えなかった。華奢な椅子の足がみしみしと音を立てている。


 あきらかな肥満体なのに自分は男の理想の姫だと思っているのだから、メイドとしては溜まったものではなかった。


 プルートとリンダが去ってから、この家はなにもかも変わってしまった。


 前妻が使っていた家具を使いたくない気持ちはわかるが、ミリアはこの家に古くから伝わる絵画や装飾、置物まで一新した。いつからあるのかわからないが昔からある、という物は、迂闊に動かすべきではないのは常識だ。ミリアとユーフェミアの散財が激しいせいでジークズル家は火の車、ドヴェルグはミリアが捨てようとした物のいくつかを売却して補う有り様だった。そして新しく購入したのは、誰の目にも成金丸出しの下品さだ。なにをどうすればこれを買うに至ったのか理解できない。


 ドヴェルグがミリアとユーフェミアを溺愛しているせいで、ジークズルの凋落は著しく、分家が大忙しで補佐に回っている。当主への風当たりが当然強くなっているのにドヴェルグは微風にしか感じていないようだ。


「そうだわ。ドレスもだけど、そろそろ制服も仕立てなくてはね」

「魔法学校の制服ね!」


 三つ目のケーキを食べていたユーフェミアが紫色の瞳を輝かせた。

 魔法学校の入学が十一歳からなのは、ある程度の学力を要求されるからだ。まず教科書が読めなくては話にならないし、薬学や錬金術には数学が使われている。家庭教師のいる貴族はもちろん、平民でも幼等学校は五歳から十歳まで通って修学する。つまりは幼等学校卒業程度の学力と財力、そして魔力が必要となるのだ。魔法学校なのだから当然だが、魔力の資質で入学資格が決まる。選ぶのは学校だ。


 ユーフェミアにも数人の家庭教師が付いていた。リンダの教師だった者は全員解雇され、ユーフェミアに合った者に代わっている。常にユーフェミアを褒め、ちやほやしてくれる、絶対に叱らない教師だ。ユーフェミアは学習意欲はあるものの飽きっぽく、間違いを認めようとしない。そしてできないと癇癪を起こして泣くので教師というより子守りか道化だ。子守り役だったメイはリンダがハーツビートに引き取られてすぐにクビになっている。やはりリンダの子守りだったから奪っただけだろう。


「お父様とお母様は魔法学校で恋に落ちたのよね? わたくしにもそんな素敵な出会いがあるかしら?」


 夢見るようにうっとりと染まった頬に両手を当てるユーフェミアは、頬袋いっぱいにどんぐりを詰めたハムスターだ。

 ミリアはそんな愛娘に目を細め、とっておきの秘密を打ち明けるような声で囁いた。


「もちろんよ。……今年はラグニルドの王太子殿下がご入学なさるわ。きっと、ユーフェちゃんをお目に留めるわよ」

「そんな、王太子様がわたくしを……? どうしましょう!」


 きゃっとユーフェミアが跳ねた衝撃に耐えきれず、椅子にべきっとヒビが入った。

 魔法で強化してあるのに壊れるとは、ユーフェミアの体重が凄いのか魔力が凄いのかどっちだろう。それでも頑張っている椅子にメイドは心の中でエールを送った。


 公爵令嬢が十一歳まで婚約していないのは珍しいことだ。どこの貴族も魔力の強い高位貴族と血を繋げたがる。リンダが生まれた時など縁談が殺到し、中にはまだ生まれておらず性別も判明していない相手もいたほどだ。

 ドヴェルグはそれらの縁談をすべて断っていた。まだその時は彼も子煩悩な父親だった。父親の憧れ「将来パパと結婚する」を言ってもらうまでは婚約させんと言い張って、リリャナを笑わせていた。


「ああ、でも、あの娘も入学するのよね。ユーフェちゃん、気をつけるのよ」

「魔女の娘ね。大丈夫よお母様。わたくしには王太子様がついてるもの!」


 メイドの目に一瞬嫌悪が浮かんだ。メイドとはいえ彼女たちはジークズルの分家、貴族なのである。中にはミリアより身分の高い子爵家や伯爵家の令嬢もいた。本家で働いているのは理由あってのことで、この二人に忠義を誓ってのことではけしてない。


 前妻に敬意を払わず、家のことをなに一つ成さずに享楽に明け暮れ、あまつさえ正統な跡継ぎであるプルートとリンダを追い出して恥じない。こんな女が当主夫人だなんてどうかしている。メイドたちは実家に本家の現状を詳細に報告していた。危機感を覚えた分家がなんとか奮闘しているが、ドヴェルグの目は未だ醒めない。


 どうしてここまで無神経に夢を見ていられるのだろう。不思議で仕方がなかった。現実が目に入らず、諌言は耳を素通りする。ユーフェミアはすっかり王太子のお妃気分だ。母娘揃って耳障りな声で笑っている。


 ユーフェミア・エリザベートは幸福である。すべての男は彼女に傅き、邪魔者はみんな周りがやっつけてくれる。そうして王子様と恋をして、結ばれるのだ。それを信じている。


 夢の中のお姫様だった。




こうして丸くなっていく……。

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