39:そこにロマンはあるか
ハーツビート家から光臨祭に来ているのは、リンダの兄プルートと義父のノヴァである。
ノヴァは結婚もせずにふらふら森で遊んでいるように見えるがこれでもハーツビート公爵家の次期当主。きちんと仕事をしている。ハーツビート製薬会社とその研究機関、傘下の薬草農家など多岐に渡って責任者であるのでこれでけっこう忙しいのだ。プルートは研究機関に就職して魔法薬学の研究を続けていた。
光臨祭に来たのも遊びではなく、優秀な生徒のスカウトであったり、フレースヴェルク魔法学校の結界に変化はないかの調査のためでもある。
しかし二人がもっとも気にしているのがリンダだ。突拍子もないことをしでかすことに定評のあるリンダが、よそのお子さん相手になにかやらかしてやいないか、二人は内心びくびくしていた。
「どうやら平和に過ごしているようですね……」
「そうだね。ちょっと安心した」
後輩が在学しているプルートは声をかけられるたびにリンダの動向を聞いている。全学年で知らぬ者がいないのは気になるが、「食堂のメニューが増えた」「たまに空飛んでる」「怪奇クラブのやばさが増した」「スカートで飛ぶの最高」など、おおむね好意的だった。安心していいのかわかりかねるコメントが一部あるものの全員笑顔なのでまあ大丈夫だろう。
「マンドラゴラの水耕栽培は驚いたな」
「まだ試験段階ですけど、魔力の変化による薬効の違いが確認できれば研究所でもやりましょう。根がどうやって育つのか観察してみたいです」
「そうだね。雄株と雌株がどこで決まるのか気になるし」
「魔法薬クラブはがっかりしました。ラインシャフトさんに押し付けて楽をしようだなんて。誰が作ったかばれないとでも思ったのでしょうか」
「イーゴ師が黙っているわけがない。ふるいにかけられたと気づくのは、何もかも終わった後だろうね」
イーゴもハーツビートもズルをする者にやさしくない。苦しんでいる者のためとわかっていて薬学に手を抜くような人材などいらないのだ。
「っと、リンダのクラスはここですね」
一年生の教室だというのに人だかりができていた。
その中でもひときわ目立つ、真紅の巻き毛の少女にノヴァが声をかける。
「リンダ!」
「父様! 兄様!」
振り返ったリンダがパッと花が咲くような笑みを浮かべた。
問題児な部分にさえ目をつぶれば、リンダは間違いなく美少女だ。魔力を宿して燃えるような赤い髪、夜空を切り取ったような瑠璃色の瞳は星を浮かべて輝き、雪のように白い肌に薔薇色の頬、ふっくらと愛らしい唇から出る声は透きとおってうっとりと聞き惚れてしまいそうになる。
そんな少女がいかにも嬉しげな笑みで父と兄の元に歩み寄る。周囲の人が自然と道を開けた。
「久しぶり、元気そうだねリンダ」
リンダはいつの頃からか「ノヴァ父様」と呼ぶのを止めていた。ジークズル家を吹っ切った、ノヴァだけが父だと認めるようになったのだろう。そうやって娘になったリンダがノヴァはたまらなく可愛い。
「お久しぶりです、ノヴァ様、プルート様」
「ジェダイトも久しぶり」
「リンダの面倒を見るのは大変だろう? いつもありがとう」
「そうだ、ジェダイトちゃん。リンダが迷惑をかけている子がいたら教えてくれるかな。後でお礼の品を贈らなくちゃ」
「もー! 父様まで!」
翡翠もやってきて挨拶を交わした。リンダと並ぶと翡翠の背が伸びているのがわかった。
艶やかな黒髪に象牙色の肌、凛とした意志の強さを感じさせる黒い瞳。まごうことなき美少女が実は少年であるなんて、誰も想像しないだろう。ノヴァは完璧な礼をしてみせる翡翠にほっとした。
人目があることと、名目上ハーツビートの遠縁の娘としてあるので翡翠に敬語は使わない。あくまで下位の少女に対する対応だ。
ローゼスタは友人としてノヴァとプルートに挨拶したが、本物の貴族に固まっている家族を紹介し、あまつさえ一緒に回ろうと言えるだけの度胸はなかった。君子危うきに近寄らずだ。
「リンダ、私は家族の案内をするわ。クラブの当番もあるし。後で合流しましょ」
「あ、そうだね。ごめんね、ローゼ」
「また後でね」
この後は東覇国の皇帝も来るだろう。そう思ったリンダは引き止めなかった。祭りの無礼講といっても平民の彼らは貴族と一緒では楽しめない。少しの淋しさはあったが、仕方がないことである。
眉を下げて手を振るリンダの頭をぽんと一撫でして、ノヴァが明るく言った。
「そうだ、お土産があるんだよ!」
「お土産?」
いつものリュックより綺麗な肩掛け鞄からノヴァが取り出したのは、細長い箱だった。赤いリボンが斜めにかけられている。
「これ……」
乱雑にリボンを解き、箱を開けたリンダが目を瞠った。
「リヴァイくんがリンダのために作ったんだ。リンダの杖だよ」
ノヴァは嬉しそうだ。リンダが更生を信じたリヴァイが、その信頼に応えようとしたことがノヴァには嬉しかった。
リンダの杖は長さ二十センチほど。先端に蒼く光る石が付いて、全体に魔法陣の回路が張り巡らせてある。リンダが持つと回路が金色に光った。ぽっ、ぽっ、と光りが昇っていき、蒼い石に光が宿る。リンダの魔力にもびくともしなかった。
「綺麗……。この石は何?」
「海竜王の鱗だよ」
杖から目を離せないリンダに笑い、ノヴァはそっと背中を押して歩きだした。ただでさえ目立つ赤毛一行なのに廊下で固まっていたら邪魔になる。
「僕たちまだ怪奇クラブに行ってないんだ。ジェダイトは怪クラと冒険だったよね?」
「はい。怪奇クラブのほうが話しやすいと思います」
雰囲気づくりのためにスペースは広くとってあるが、怪奇クラブの部室半分は余っている。備品や本などをそちらに移動させてあった。
「リンダ、杖の説明をするから怪奇クラブに行こう」
「うんっ。ぜひ仮想体験していって!」
怪奇クラブ渾身の恐怖体験をまだ知らないノヴァとプルートは、張り切るリンダに微笑ましくなった。
ぞろぞろと歩くリンダたちをやってきていた保護者が振り返る。リンダは杖をたしかめるように魔力を流したり、上下に振ったりしていた。
「振り回したら危ないよ」
「うーん……」
「気に入ったかい?」
「うん! ただけっこう長いから、持ち歩く時どうしようかなって」
杖を見ていた翡翠もそれは考えたのだろう。リンダの手を摑んで振るのを止めさせ、長さを見て眉を寄せた。
「けっこう細いから鞄に入れたら奥に紛れ込みそうね」
「ホルダーを作って腰に下げてみる?」
「腰か、こう、刀みたいに抜くのかっこいいかも」
「腰だと座る時邪魔にならないかな。肩からサスペンダーみたいにつりさげるのはどうだろう?」
「あーそれも拳銃みたいでかっこいい」
二十センチはそれなりに長い。リンダの言う「刀」「拳銃」が何かはわからないが三人は流した。余計なことを言って余計なことをされたらたまらない。
リンダは真剣に考え込んだ。そういえば魔法少女の杖っていつの間にか持ってたりしてどこから出すのか詳しく知らない。
「やっぱり杖を出す時って一種の見せ場だと思うんだよね。腰から抜いても脇から抜いてもいいけど……あ!」
ここでリンダが閃いた。三人は嫌な予感がした。
「そうだよ、戦う美女の見せ場といったらやっぱここじゃん!」
叫ぶや否や、ぺろんとスカートをめくって白い太股を晒した。
ノヴァがブッと噎せ返りプルートが目を見開いて凍り付き、翡翠がリンダの手を叩いてスカートを戻させた。学校生活ですっかり慣れた様子に苦労が偲ばれる。
「リンダ! 何が「ここじゃん」なの! 足を見せたりしちゃダメだろう!?」
「なに言ってんの、お約束だろ?」
「そんな約束知りません! よ、嫁入り前の娘が人前でそんなところを見せるなんて破廉恥だ!」
翡翠はもう真っ赤である。見てしまったリンダの足の白さが網膜に焼き付いて、怒鳴っていないと鼻血出して倒れそうだった。
「見えるか見えないかのギリギリの線で攻めるのがロマンじゃんかよ」
魔法少女の見せ場にちょっとしたお色気があるのはお約束だ。たいていの魔法少女はミニスカートだし、変身シーンがシルエットになっているものだし、ジャンプしても見えない演出には嫁も感心していた。なおタイツを履いているものもある。大人も楽しめるようなストーリだし、大人になっても子供の心を忘れない大きなお友達がグッズを買ってくれるのだ。サービスシーンくらいあってもいいだろう。
したり顔のリンダの解説に、真っ赤になって口をぱくぱくさせていた翡翠は、背後から聞こえてきた低い声に固まった。
「――ほう」
ギギギ、と錆びついたロボットのようなぎこちなさで翡翠が振り返る。
絶賛ロリコン疑惑の男、東覇国の皇帝が護衛に囲まれて立っていた。
皇帝陛下を案内していた校長先生はヴェールで隠れた顔を両手で覆っている。
リンダの熱い主張を笑って見ていた生徒たちも、ここでの登場に時を止めていた。あまりにもタイミングが良かったため狙っての登場だと確信し、リンダを嫁にと言いだすのではと固唾を飲む。
誰もが真っ青になって時間が止まったかのように固まる中、動いたのはリンダだった。
リンダはさっとローブをひるがえすと同時にスカートのポケットに杖を突っ込み、それは見事な所作でカーテシーをしてみせたのだ。
「日出大陸よりようこそいらっしゃいました。東覇国の皇帝陛下におかれましてはごきげんうるわしゅう。お初にお目にかかります、ハーツビート公爵家が娘、ルーナ・リンドバーグ・ド・ラ・ハーツビートでございます」
普段のリンダとのあまりの変わりように、廊下で固まっていた生徒たちですらほうっと感嘆のため息を吐いた。しかもリンダが話しているのはラグニルド語ではなく、流暢な東覇国語である。そういえば公爵令嬢だったと思いだし、さすがは公爵令嬢だと見直していた。
リンダに続いてノヴァとプルートも頭を下げる。
「ハーツビート公爵家、ノヴァ・フージーン・ド・ラ・ハーツビートでございます。皇帝陛下にお目にかかれて光栄でございます」
「同じくハーツビート公爵家、プルート・ジャン=バティスト・ド・ラ・ハーツビートでございます」
リンダが礼を崩さないままさっと周囲に目を走らせる。ハッと我に返った生徒と保護者が慌てて頭を下げた。
「そしてこちらが――」
リンダはそっと後ろに引き、翡翠の腰を押して前に出した。
「ハーツビートに連なる者で、ジェダイト・リリーでございます」
「ジェダイト・リリーと申します。皇帝陛下にお目にかかれたこと、望外の喜びでございます」
リンダに促された翡翠がカーテシーで皇帝に挨拶した。声が掠れて震えたのは緊張のためだと周囲は思ってくれるだろう。
とんでもないタイミングだったが、父に会えた喜びで翡翠は震えていた。話したいことがたくさんある。東覇国を離れ、リンダと出会い、冒険をしたこと。友達もできた。あのまま後宮に隠れていたらできないことだった。
聞きたいこともたくさんある。母のこと。後宮のこと。兄のこと。父と国は今どうなっているのか。翡翠がいないことで、何か不都合なことが起きていないか。
そして――あのドリアードに喰われた刺客の名を、父に言わねばならなかった。
皇帝は翡翠の言葉にわずかに目を見開き、それからゆっくりと微笑んだ。
それは離れて暮らしていた父と息子の感動の再会だったのだが、あいにくそれを知っているのは本人たちとハーツビート家、そしてハジムアベル校長だけだった。護衛たちですら後宮の奥深くに守られていた『翡翠公主』の顔を知らない。しかも翡翠は女装して女子生徒として学園に通っている。
真実を知らない生徒と保護者の目に、この光景がどう映ったか。
過去に学園の生徒を嫁にしたロリコンが、再び女子生徒をロックオン。
目撃した大多数の人間がそう思った。
再起動したものの蒼ざめて注目している保護者にそれを察知したハジムアベルはそっと腹部を押さえ、ともかくこの場をなんとかしなくてはと口を開いた。
「ハーツビートのみなさん、皇帝陛下、別室でお話しましょう。ルーナ・リンドバーグ、陛下は若き日のお母君のことをご存知なのですよ」
やや音声が大きくなったのは、皇帝は思い出を懐かしむだけで他意はないと聞き耳を立てている人々に教えるためである。ハジムアベルは必死だった。
「ルーナ・リンドバーグ。母君によく似ておるな。リリャナも見事な赤毛であった。……燃えるような、苛烈な女性だった」
皇帝はこのような言葉でハジムアベルの提案を了承した。
ぎこちない校長と緊張感漲るハーツビート家、瞳を潤ませてリンダに寄り添う翡翠。
理事長室に移動する面々を、すれ違う人々はまるで生贄を連れ去るような慄きの目で見守った。
やはりスカートの下だと思うの。




