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幕間:その頃のジークズル公爵家

幸せ()一家。



 ジークズル公爵家といえば、呪われた深淵の封印である。

 なにが封じられているのか、今となっては定かではない。代々の当主のみが知る秘事であったが、現当主は家を継いだものの役目を妻に押し付けたからだ。


 そして妻は死んだ。


 リリャナは魔力の強い女性であったが、正式な当主ではない身では負担が大きすぎたのだろう。


 貴族の当主は必ず直系でなければならない。貴族とは、その地の精霊、あるいは神との、血の契約なのだ。彼らとの契約は絶対である。もしも破ればどんな災いが起きるかわからない。


 貴族は働かずに贅沢をしていれば良いというものではなく、他の者には耐え切れない重荷を背負っているがゆえに、贅沢が許されている存在だった。それがわかっていなかったり、無責任に他人に任せたりすると大変なことになる。


 ジークズル公爵家当主、ドヴェルグ・シーク=レオルス・ロン・ジークズルも、若い頃は理解していた。リリャナと結婚し、プルートが生まれてしばらくして、今の妻であるミリアに縁談が来てから彼はおかしくなっていった。


 ミリアは学生時代の恋人だった。男爵令嬢で魔力が薄く、公爵家の跡継ぎであるドヴェルグの妻になれないことは互いにわかりきった恋だった。ままごとのように現実味がなかった。だからこそ、夢中になったのだ。


 男にとってはじめての女は別格である。はじめて同士であればなおさら、自分以外を知ってほしくない独占欲が芽生える。リリャナと結婚し一度関係が切れても、ドヴェルグの心にはミリアがいた。ミリアが困窮していれば援助し、とうとう縁談を断れなくなった時には攫って愛人にするくらいには愛していた。


 すでにプルートが生まれて安心していたというのもある。後継者はすでにいるのだ。いざとなったらプルートを当主にしてリリャナを後見人に立ててしまえばいい。


 ミリアに泣きつかれたドヴェルグはそれを実行に移した。リリャナは嫁入り道具に護りの入った魔道具を山ほど持ってきていたので大丈夫だと過信したのだ。


 リリャナが死に、ミリアを正式な公爵夫人としたのも、それらの護りがあるからだった。

 だからその護りも、おまけに息子と娘もいなくなった今、この家がどうなってしまうのか。ドヴェルグにはもう大丈夫だと無責任に言うことはできない。


「ねえ、お父様、お母様。もうあいつらは帰ってこないのよね? この家のお姫様はユーフェだけよね?」

「そうよユーフェちゃん。あの意地悪な魔女も、魔女の子供たちもいないわ! お父様がやっつけてくださったのよ」

「お父様、ありがとう!」


 大喜びで抱きついてくる愛娘は淡いピンクゴールドの髪に紫色の瞳。金髪に青灰色の瞳のミリアと、赤茶の髪に青紫色のドヴェルグの血を引き継いだ色だ。


 どちらかというとミリアの血のほうが濃い。魔力の薄さ、乏しさがその現れだ。


 リリャナの後釜としてミリアを据えたことを分家や他の貴族に納得させるのは骨が折れた。学生時代、恋人でありながら結婚しなかったことは貴族なら誰もが知る事実であり、結婚に耐え切れないほどミリアの魔力が薄いのも事実だったからだ。結局王に取り成しを頼み、莫大な金をばらまくことで認めさせた。


 このラグニルド王国は島国である。貴族が土地を守護し、王はその貴族のいわば纏め役にすぎない。形式上王と呼ばれているが、貴族連合の盟主であった。現在の王が盟主として立ったのは二代前のこと。それまでラグニルドは群雄割拠の戦国時代が繰り広げられていた。血の穢れを危惧した貴族たちがなんとか終戦を取りまとめた。王の力が弱まれば、またぞろ貴族たちが蠢きだすだろう。支配力の弱い王がドヴェルグに金を要求したのにはこうした事情がある。


 ミリアを妻にするために金を支払ったせいで、ジークズル公爵家の金庫は空っぽになった。そこにリリャナの実家からプルートとリンダを引き取りたいとの申し出。渡りに船とばかりにドヴェルグは我が子を金で売った。


 ただし、リリャナの嫁入り道具は引き渡しを渋った。あれらがなければミリアは当主夫人の役目を果たせない。渋るドヴェルグに、元義父と元義弟は鼻で笑った。


「リリャナの物はハーツビート家にしか正しく扱えん。お主の妻では道具に呑まれるだけよ」

「そうそう。下手に売ったり捨てたりしたら呪われるよ? 特にあの髪飾り。いわくは知ってるよね? 災いが起きる前に引き取りに来てあげたんだから、むしろ感謝して欲しいなあ」


 義弟のノヴァはリリャナとドヴェルグの結婚に最後まで反対していた。ミリアのことがあったから、というわけではなく、ひたすらドヴェルグが嫌いなのだと面と向かって言われたものだ。


「これで二度と顔を合わせなくて済むんだし、大人しく返してよ」

「後妻には新しく作ってやればよかろう。死んだ女の形見など不吉なだけではないか」


 薄ら笑いを浮かべる二人は言外に「呪うぞ?」と言っている。たしかに、間違いではない。リリャナの形見の正当な継承者はリンダだ。ミリアとユーフェミアが持っていていいものではなかった。


「ああ、もしかして、お金が欲しいの? 子供たちは今までの養育費と謝礼の名目があったけど、遺品の形見分けでそれって……。うわあ」

「ジークズル公爵家も零落れたものだな」


 これ以上渋ったらジークズル公爵家の悪評が明日にも貴族中に広がる。ただでさえミリアとの再婚は白い目で見られているのだ。使い魔という手段がある以上、誰かに『相談』でもされたらあっという間だ。


「……お気づかい、ありがとうございます。リリャナの形見はリンダに返すべきだと妻と娘を説得しているところでした。どうか、持って帰ってください」


 ドヴェルグの言葉に待ってましたとばかりに二人が動いた。ノヴァが足元に無造作に置いた泥だらけのリュックサックを開き、オービットが魔法でリリャナの遺品を引き寄せる。それが当然であるかのごとく収納されていく魔道具たちに、ドヴェルグは苦々しい思いを噛みしめた。

 幸いなのはユーフェミアが王都見物に行っていたことか。幼いユーフェミアはそれらの意味を理解せず、取られるくらいなら壊してしまえと暴れただろう。ユーフェミアはリンダから奪った物を大切にしていたわけではないが、戦利品としてこれ見よがしに飾っていた。


 ジークズルの使用人たちは誰ひとりとしてオービットとノヴァを止めなかった。料理人はプルートとリンダの好物だというレシピを書き写して渡してきたし、プルートとリンダの勉強道具を執事のソールが、メイはリンダのために刺繍したリボンを渡した。刺繍には護りが籠められていた。


 ドヴェルグはミリアとユーフェミアには見せない忠義をプルートとリンダに向けている彼らを見て、罪悪感がちらりと過ぎった。泣きそうな顔で「これで良かったのだ」と笑う彼らをいかにリリャナが正しく指導していたのか窺える。失ったものの大きさが、そのままジークズルの呪いになる。


「あの子たちはもうハーツビートの子だから、二度と関わってこないでね」

「一応父親だから契約まではしないでおいてやる。だが、こちらに迷惑をかけるな」


 帰り際、二人が言った。事実上の絶縁だ。


 ジークズルに限らず、公爵家は古い血筋だ。先の戦でも血と地を護り、家を存続させた。貴族の家一つの消滅はその領地や屋敷にかけられていた結界の消滅である。精霊魔法や古代契約はそのほとんどが歴史の闇に沈み、復活させることはもはや不可能といわれている。家が消えるのは魔法が消えることと同義なのだ。


 だからこそ、濃く強い魔力の血筋で繋いできた。魔力の薄いミリアとユーフェミアではとてもジークズルを保てまい。プルートとリンダを手放したことを知れば弟たちや分家がドヴェルグに引退を迫るだろう。そしてミリアとユーフェミアはそれを絶対に認めない。


「お父様、わたくし新しいドレスが欲しいわ!」

「私の髪飾りもよ。まったく、なにもかも奪っていくなんて、まるで強盗ね」


 愛しい妻とかわいい娘がねだってきた。なにも知らない無邪気さにドヴェルグの頬が緩む。


「ああ、そうだな。お古なんかじゃなくてきちんとしたものを揃えなくては」


 ドヴェルグの言葉に二人が満足そうに笑った。

 ジークズルの深淵がなにか、ドヴェルグも知らない。古すぎてもはや誰にもわからなくなっていた。ただ侵食する呪いだけは確実に伝えられていた。




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