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34:笑って遊んで、喧嘩して


 前世での心残りがあるとすれば、高校時代に部活動をやらなかったことだろう。

 放課後はバイクとバイトと時々喧嘩の青春は楽しかった。愛する嫁と出会い、子供も生まれ、なかなか良い人生だったと思っている。


 ただ時々、もったいないことしたな、とも思うのだ。嫁ちゃんが懐かしそうに部活の話をしている時、同じ部に入っていればもっと早くに出会って、話を理解することもできたのに。


 今、リンダは怪奇クラブに入っている。先輩のパワハラや意味のわからない部則などはなく、各々好きなことに全力を尽くすこのクラブが気に入っていた。


 一時期重傷で入院していたマッジーは無事に回復し、学校に戻ってきている。

 夏休み明け早々の事件に光臨祭の開催を危ぶむ声もあったが、生徒も保護者も楽しみにしている『祭り』を中止させることは、フレースヴェルク魔法学校の権威が揺らぐことを意味する。きちんと祭りを行い守護の力を高め、魔法の神髄を内外に示そうということになった。


「お揃いのTシャツってないの?」

「逆に聞くけど、なんのために作るのよ?」


 文化祭といえばクラスのTシャツだ。

 この世界にもTシャツはあるがリンダは着たことがなかった。Tシャツというより貫頭衣に似たそれは最下層の者が着る服という認識で、はっきりいえば囚人服である。


 ドレスにワンピース、フリルやレースのついたブラウスしか着たことのないリンダはTシャツのデザインを出してこれが着たいとねだったことがあったのだが、フライヤにとんでもないと叱られた。

 そんな服を、わざわざ金を払ってまで作るのか。ローゼスタの疑問は当然だった。


「宣伝になるし、クラスの一体感とか、思い出に」

「思い出って……。Tシャツなんか着たら宣伝は逆効果だし、一年間しかいないクラスで一体感なんて意味ないわよ」


 ローゼスタはばっさりと切った。

 進級したらクラス替えになる。

 リンダと翡翠はセットで扱われるだろうが、ローゼスタとは別クラスになるかもしれないのだ。他のクラスメイトとも、同じクラスか別クラスになるかわからない。


 平等を謳っていることもあるが、クラス分けは身分や成績など関係なく決められている。

 優秀な者ばかりを集めたクラスを作っては差が開くばかりだし、身分で決めたら差別が生まれるからだ。

 むしろ互いに切磋琢磨して全体に刺激し合うことを目的としてクラスが作られていた。


 ローゼスタの言い分はもっともだが、せっかく同じクラスになったのだ。縁あってクラスメイトになったのだし、力を合わせて一つのことを成し遂げるのを楽しんで悪いものではないだろう。

 なにより祭りだ。祭りというのは、普段付き合いのない人とも一体となって盛り上げていくものだった。地域で揃いの法被きてわっしょいわっしょい。そういうものだと思っている。


「そんな言い方しないでよ。せっかくの祭りよ? お祭りってみんなでやるものでしょ」

「一日しか着ないTシャツ作って、予算はどこから出すのよ。クラス予算で作ったらそれだけですっからかんになっちゃうわ。まさか自費? 私はイヤよ。そんな無駄遣いして、Tシャツなんか作るの」


 翡翠と他の生徒もローゼスタにうなずいている。

 Tシャツのあまりの不評にリンダはがっかりした。

 だが、それにしてもずいぶん棘のある言い方だ。


 夏休み明けのテストでは、リンダたち三人は高得点だったが、他の生徒はそこそこだった。平均点では一年生クラスで二位。予算はそれほど多くでていなかった。


「ローゼさあ、最近なんか苛立ってるよね」


 結局今日もクラスの出し物は決まらず時間切れになった。光臨祭までまだ時間はあるものの、このままでは作業時間が足りなくなる。


「うん。テストのことでもぶつぶつ言ってたけど、マッジー先輩が怪我してから目に見えて怒ってるよな」


 寮の部屋に戻り、教科書や文房具を机に放り投げたリンダにもう見ないふりをしつつ翡翠が同意した。何度言っても放り投げるので諦めたのだ。


「女の子だし、やっぱりショックだったのかな」


 椅子の背凭れを前にして腕を乗せ、そこに顔を置いたリンダが眉を下げた。


「リンダだって女の子だろう」


 翡翠は衝立でリンダの視界を塞ぎ、着替え始めた。これから冒険者クラブだ。制服のローブは必須だが、冒険者クラブでは動きやすい服を着られる。翡翠は髪を一つにまとめ、冒険者らしいパンツスタイルになった。

 魔法学校だというのに鎧を着る生徒や、やたら露出の多い防具の生徒もいて、ちょっとしたコスプレショーだ。


「そりゃそうだけど。私はほら、慣れてるから」

「なんでだよ」


 公爵令嬢が喧嘩慣れしているとは、どんな教育だ。


「今日はもうローゼはクラブに来ないかもしれない。私は冒険者クラブに行ってから顔を出すから、リンダも支度しなさい。発案者でしょ」

「……うん」


 物事には順序がある。ローゼスタのことやクラスの出し物も気になるが、まずは決定している怪奇クラブの準備を終わらせるのが先決だ。

 リンダがちょっぴり拗ねたように怪奇クラブのある別校舎に行くのを見送って、翡翠も部屋を出た。


 その日、ローゼスタはクラブに来なかった。

 次の日も、その次の日も。


 生活快適クラブと魔法薬クラブで大忙しらしい。放課後のおしゃべりタイムはなくなり、走って教室を出ていってしまう。

 その間にリンダはタッジーと怪談のための動画撮影と編集をしていた。

 ローゼスタが急につれなくなったことを先輩三人に相談するも、しょうがないよと言われてしまった。


「生活快適と魔法薬でしょ? 両クラブが光臨祭にかける情熱はすごいもの。一年生だって忙しいはずだわ」

「特に三年は就職や進学がかかってるからな。ローゼちゃんほど優秀なら、戦力として期待されてると思うぜ?」

「ノルマあるしね。ノルマ達成できないと先輩に怒られるし、プレッシャーだろうなあ。今年の一年がハズレだったらローゼちゃんの肩にかかっちゃってるかもよ」


 魔法薬クラブは魔法薬の販売と薬膳料理。薬だけではなく料理があるのはハーツビートへの憧れとアピールだろう。ハーツビートの研究所や系列会社にスカウトされることもあるのだ。


 生活快適クラブは魔道具の販売だった。ここはポーカリオンと錬金術のタオ・シドミノが顧問に名を連ねていて、美容グッズから寝たまま食事ができる魔道具の開発まで幅広く研究をしている。

 ちなみに寝たまま食事ができる魔道具だが、自分が魔法を使わないことが条件になっており、これでなかなか難しい。パンと果物程度ならできるようになったがスープ類が難問で、これを毎年楽しみにしている来賓もいるくらいだ。真剣に大真面目に笑える研究をやっている。


「でも、なんでか怒ってるんですよ」

「そりゃ放課後クソ忙しいのにのん気にクラスの出し物決まらな~い、なんてやってりゃ腹立つわな」

「その時間返せって感じ」


 困っているリンダを慰めているつもりなのだろうタッジーとマッジーだが、なんの解決策にもなっていない。むしろからかっている。


「もしかしたら、ローゼちゃんやりたいことあるんじゃないかしら? でもクラスのまとまりがないから言い出せないとか」


 理由もわからず友人に突き放されるのはつらい。フローレスがやさしく言った。


「そうなのかな……? 私のこと、嫌いになっちゃったのかな」


 三人の中でなにか言いだしたり、やらかすのはいつもリンダだ。

 付き合いきれない、もう離れたいと思ったから距離を取りはじめたのかもしれなかった。いつものローゼスタならリンダと翡翠に打ち明けて、どうしたらクラスを協力させるか相談くらいはしてくるはずだ。

 しょんぼりとなったリンダに、フローレスとタッジー、マッジーは顔を見合わせた。想像以上にリンダは思いつめている。


「リンダちゃんらしくないなあ。それなら直接聞いてみればいーじゃん」

「ローゼちゃん、単に気まずくなってるだけかもしんないよ? いやそりゃTシャツはどうかと俺も思うけどさ、はっきりダメって言っちゃって言いすぎたと思ってるかも」


 公爵令嬢のリンダはただ世間知らずなだけなのだ。非常識とは思わず言ったことを頭ごなしに否定してしまい、ローゼスタは謝るタイミングを逃しているだけかもしれなかった。往々にしてこの手のことは時間がかかればかかるほど謝りにくいものである。


「同寮なんだもの、いつまでも気まずいままじゃ良くないわ。きちんとお話してらっしゃい」

「うん……」


 フローレスに頭を撫でられ、リンダは弱々しくうなずいた。


 リンダと、翡翠とローゼスタにも意外だったのは、周囲の反応だ。

 ローゼスタに避けられ続けたリンダがしょんぼりと肩を落とし、自分が彼女になにかしてしまったのかと悩んでいる。

 見た目だけなら美少女のリンダだ。明るく闊達でいつも元気で先生が手を焼くほどのリンダが落ち込む姿は周囲の同情を誘った。

 大方の生徒、クラスメイトやテュール寮生はどうせリンダがローゼスタを怒らせたんだろ、と日頃の行いから判断していたが、その他の生徒はそんなの知りようがない。リンダに同情し、ローゼスタを咎める生徒が出始めてきた。


 彼らは決まって「なにがあったか知らないけど」と言う。知らないならほっといてくれ、とローゼスタの苛立ちは行き場を失っていた。


 一方のリンダも辟易している。

 リンダが弱っている今がチャンスと思ったのか、男女問わず言い寄ってくる生徒が増えたのだ。

 別に、弱みに付け込むのが悪いとは思わない。失恋には新しい恋というように、友達を新しく作るのもいいだろう。人が増えれば世界が広がる。


 だが、リンダが求めているのは新しい友ではなくローゼスタと仲直りする方法なのだ。リンダを公爵令嬢と知って、それでもはっきり言ってくれるのはローゼスタがはじめてだった。嬉しかったのだ。


 こんなことでは諦められない。

 フローレスの言う通り、話し合ってみよう。

 リンダはまずローゼスタに手紙を書いた。顔を合わせてもすぐにどこかへ行ってしまうか目を反らされてしまうので、このところ会話もあまりない。それに人目のある所では本音を話しにくいだろう。


 夕食が終わった自習時間。翡翠には席を外してもらえるように頼み、リンダは部屋にローゼスタを呼び出した。




いつか書こうと思っていた話。友達三人組って必ず一人余るんですよね。話しかける順番とか、相談事とか。写真撮る時誰が真ん中になるかで揉めたり。この三人組だとローゼスタが残り一名になってしまうわけです。

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