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32:波紋の行方



 リンダが怒りの手紙と共にハーツビートに送りつけた魔法の杖は、様々な波紋を呼び起こした。


 まずはハーツビート家である。


 リンダの手紙には「強盗が持ってたんだけどどういうこと?」「ちょっと使っただけで壊れた不良品」「販売するなとはいわないが品質保証はしろ」と、真似されたことより粗悪な不良品を売っていることへの怒りが窺えた。


 細かいことは気にしない、リンダらしいといえるがハーツビート家には寝耳に水だった。リンダが考案した魔法の杖を販売などしていなかったからだ。


 そもそもあれはリンダがトリトのために作った完全一点物だ。完成直後にちょうど遊びに来ていたトリトに渡されたが、その後の微調整によりトリト専用にカスタマイズされている。


 魔法植物であるドリアードが使われているため、魔力を流し過ぎないようにストッパー機能と、魔力が正しく人魚の鱗に辿り着く魔術式。そして魔力が安定する調整魔術。人魚の鱗には特定の魔法が発動する魔術式が組み込まれている。

 なにより重要なのは、トリト以外の魔力では使えないようになっていることだ。盗難防止の魔法もかけられていて、たとえ盗まれたりなくしたりしても一定時間離れていると戻ってくるようになっていた。


 なにしろ素材がドリアードと人魚の鱗だ。組み込む魔法にもよるが、はっきりいって国宝クラスの魔道具である。トリトがこれをもって嫁いでくるのでなければオービットが待ったをかけてもおかしくなかった。


 それほどの魔道具が模造された。しかも本来の目的とは異なるものとして、粗悪品が出回っている。

 トリトの婚約者であるプルートを飛び越えてハーツビート公爵当主が出てくるのが当然であったし、呼び出されたクリーネ侯爵当主が平身低頭するのも無理のないことであった。


「……ハーツビート家が未来の嫁女殿に贈った品を模造、しかも悪質な不良品だ」

「……は」

「当家では杖の量産、販売は計画すらしていない。特許を取ろうにも肝心のルーナにそのつもりがないのでな。なにより魔術式が複雑すぎる。――そちらでも解析したのでしょうが、完全には読み取れなかったのではありませんか?」

「…………」


 オービットの言葉にクリーネ侯爵家当主アプラスは黙り込んだ。

 彼の言う通り、数人の魔法使いに解析させたが、どうやって作ったのか見当すらつかないと匙を投げられてしまった。


 リンダの勘と気分と想像力、そして魔力。その結晶なのである。

 ようするにリンダが適当に作ったわけだが、そこまで言う必要はない。何事もはったりは大事だ。


「世界に二つとない魔道具。当家はトリト殿とクリーネ家への親愛と信頼の証として、ルーナ・リンドバーグが贈ったわけですが、ずいぶん軽く見られたものですな」


 オービットは「当家として」「ルーナ・リンドバーグが」贈ったと言った。

 リンダはハーツビートを名乗っているがジークズル家の生まれだ。養子であることは誰もが知る事実である。

 オービットの発言は、ルーナ・リンドバーグは正式なハーツビートの姫だと認めている、という意味だ。情や損得だけでなく、公爵家の継承権を持つ姫君。


「そんなことはありません!」


 アプラスは強く否定した。

 喧嘩を売るならハーツビート家の総力を挙げて相手になる。

 公爵家の当主に言われて焦らない者はいないだろう。


「杖のことを知る者は限られている。婚約式で見かけたものは別として、ハーツビートは屋敷の者とルーナの学友くらいだ」


 ハーツビート側は同じ物は作れないと結論が出ている。怪奇クラブの面々は杖の有効性を理解していなかった。貴重な素材を使って作るのが玩具か、とがっかりされたくらいだろう。


 杖に魔力を流すだけで魔法が発動する魔道具。あらかじめ魔法を組みこんでおけば、どんなに難しい魔法でも何回も撃てるのだ。

 これがどれほど恐ろしいことなのか、おそらくリンダでさえ理解していない。


「と、当家は……」

「トリト殿は誰かに見せびらかしたり、貸したりはしないでしょう」


 オービットは救いの手を伸ばした。

 トリトは杖の凄さをよく知っている。あの杖こそトリトの魔力を安定させ、病弱だった彼女の体を治癒したのだ。誰よりも実感している。

 リンダは命の恩人、トリトが裏切るはずがない。


 だが、彼女の身近にいる人間、たとえば家族であれば使う場面を目にするだろうし、何気なく触っても不自然ではない。興味があると解析に挑んでも無駄だと知っているだけに気軽に貸しもするだろう。


 該当する人物はいる。オービットとアプラスの頭には一人の男が浮かんでいた。

 何の確証もなく口には出せないし、確証があっても相手の面目を潰すことを口にはできなかった。


「……当家としては、この模造杖の出所を確かめ、犯人を捕らえていただきたい。決着がつくまで豆腐の事業は凍結させていただく」

「わかりました。この件はこちらで必ずや対処いたします」


 世界中に広がるハーツビート家の力を使えば犯人を特定することは可能、こうして今日アプラスを呼び出したのは、確たる証拠を摑んだということに他ならない。

 トリトを無関係に置くことで、ハーツビート家は婚約を維持する姿勢を見せた。

 クリーネ家への最大の譲歩である。アプラスはオービットの意を正しく受け取った。


 気がつけばアプラスの背中は汗でびっしょりと濡れていた。クリーネ家に一任されてようやくひと息つくことができ、背中の不快感に気がついた。

 驚きと焦りはあるもののしっかりとした足取りで帰っていくアプラスを見送って、オービットもまたひと息ついていた。


 今回の一件は落としどころが難しい。下手を打つとプルートとトリトの婚約にも影響する。最悪、婚約は破棄だ。


 リンダは偽物の粗悪さに怒っていたが、ハーツビート家はそれどころではなかった。魔術情報の流出は重大で悪質な問題である。


 まったく同じものは不可能でも、似せて作ることは可能だと粗悪品が証明してしまった。偽物は本当に子供だましで、少し強い魔力を流しただけで壊れてしまったが、杖は杖だ。

 ハーツビート家の姫が兄の婚約者に自ら杖を作って贈ったことは、婚約式の出席者から美談として広がっている。それが病弱なトリトを劇的に回復させたことも含めてだ。味噌と醤油の衝撃でさほど注目を集めていないと思っていたが、甘かったようだ。

 ただし、伝わっているのは杖であることと魔力を安定させたことだけで、素材や形状、魔術式についてはいっさいが秘匿されている。


 それでも魔法の杖が販売されたら当然ハーツビートを連想するだろう。ハーツビート家が後押ししたと取られるのが普通だ。

 たとえハーツビート製ではなくともそんな粗悪品が広がれば、ハーツビート家の信用に関わる。放置はできなかった。


 アプラスには匂わせるだけだったが、すでにハーツビート家で調査が入っている。販売しているからには試作しただろうし、粗悪品であろうともこうも形になっているからには魔道具専門の錬金術師の工房に依頼したはずだ。


 同時に特許管理局にも確認を取った。ひと儲けを企む者なら必ず特許を申請する。技術と特許は二つで一つだ。そうしておかないと後々技術を盗まれて大変なことになる。今のハーツビートがまさにそうだ。


 読みは見事に当たっていた。杖の有効性をよく知り、金儲けに走りそうな人物。加えてリンダの名と実を掠め取ることにためらいのない者など一人しかいない。


 ――リヴァイ・オロクーン・ニーラ・クリーネ。クリーネ侯爵家の次男だ。


 工房に依頼できるコネと金があり、特許の必要性を理解しており、リンダには個人的な恨みがある。

 おまけに彼はフレースヴェルク魔法学校の卒業生だ。魔法使いとして優秀な部類に入る。


「結局、リンダの予言通りか」


 オービットがため息を吐いた。

 初対面の時の酷評は的を射たことになる。浅慮で軽薄、その気になりやすい性格では、目先のことに捉われて肝心なことを見抜けず失態を犯してしまう。

 リンダとトリトはリヴァイと親しくする気がなかったが、プルートやハーツビート家はそうはいかない。親戚になるからには色々なしがらみがついて回ってくる。

 オービットの見たところではそんなに素行が悪くなさそうであった。少し虚勢を張る傾向はあるものの、若者特有の意地だと思えば可愛いものだ。こんなことをしでかすとは思っていなかった。


 執務室で調査報告書を睨みつけているオービットの元に、ノヴァが入ってきた。


「失礼します」

「なにかあったか?」

「ええ。リンダから追加の手紙です」


 追撃ともいう。

 苦笑気味のノヴァからは、そう悪い内容ではないことが伝わってきた。

 口頭で説明せずノヴァは手紙をオービットに差し出した。

 さっと一読したオービットはもう一度、今度はゆっくりと熟読し、顎に手を置いて考え、それから顔を上げた。


「……これは、可能か?」

「素材によりますが、おそらく可能です」


 リンダの手紙には、杖の改善案が記してあった。

 しかも設計図付きである。


 リンダはトリトの杖をドリアードと人魚の鱗で作った。どちらも貴重で希少な素材である。ハーツビート家であろうとおいそれと入手はできなかった。


 量産するなら魔力を通しやすいトネリコなどの素材で、中に心材を入れて先端の石に流れるように工夫すればいいとあった。芯に魔術式を組みこんで安定性と流れを調整し、石には発動させる魔法を組み込んでおく。そうすれば体内の魔力暴走を安定させられるかはともかくとして、魔法の杖としては機能するだろう。

 リンダの大雑把な設計図にはそう書いてあった。


「リンダはよほど粗悪品が許せないようですね。石の色がくすんできたり、割れが入ったら耐久限界とか、開発者らしい意見です」


 製品開発において、劣化は避けて通れない問題である。

 木材であろうと金属であろうと、使用し続ける以上限界は必ず訪れる。

 耐久性をあえて捨てて全開で使えるようにするか、そこそこを維持しつつ長く使えるようにするか。開発者のプライドと現実のせめぎあいだ。ついでにプライドが高い職人気質の者ほど妥協をしないことを付け加えておく。


「そういえば先の手紙には製作者は品質保証をしろと書いてあったな。怒るのはそこかと思ったが」

「怒りのポイントがずれてますね」


 オービットとノヴァはリンダの真心を汚されたことに怒っているが、リンダはどうも違うようだ。

 リンダに聞いたらこう答えるだろう――開発に真似は付きもの、と。


 ドレスだろうと魔道具だろうと、車だろうとテレビだろうと、良いと思った物は真似されるものだ。そしてより洗練され、より使いやすくなっていく。そうやって技術は育っていくのだ。


 そもそもリンダの杖は「魔法少女には魔法の杖!」という発想からはじまっている。たまたまこの世界の魔法使いが杖を使っていなかっただけで、リンダだってパクリなのだ。文句を言える筋合いではなかった。


「それで、どうしますか? 量産はともかくとして、販売できるものならしたいですね。売れますよ、これは」

「特許はあの男が申請してしまっている。クリーネ家がどう始末をつけるのかだな」


 ハーツビート家が正式販売してリヴァイの面目を潰すのはアリだが、特許料として何割かが彼に持っていかれるのは気に食わない。それはリヴァイの手柄だと認めることと同義だ。

 クリーネ家が取り消すか、特許権をハーツビート家に譲渡するか。あちらの出方しだいだ。

 そうこうしている間にリヴァイの息がかかった第三者が新たに申請してしまうかもしれず、時間的問題もあった。


「……いっそのこと出力を弱くして、本当に子供の玩具として売り出しましょうか。で、特許出願中! と広告を打つんです。使える魔法は光あれ(シーゲンディ)でも魔力が暴走しがちな子供の基礎教育に使えるかもしれません」


 大人向けの本格的な杖は機能性とデザインを重視したオーダーメイドにして、子供の玩具とは一線を画す。高級路線で売り出すのだ。

 冗談めかしてノヴァが言った。

 それもいいなとオービットは思った。


「子供向けか、いいかもしれん。クリーネ家しだいだがリンダと相談してみよう」

「えっ、いいんですか?」

「体内の魔力を安定させ発散させるのが当初の目的だったろう。機能目的が違えば販売ルートが被ることはあるまい」


 教育のための杖ならリヴァイの杖とは別物だ。あくまでリヴァイが抵抗するならハーツビートにも考えがあると示す、良い手段になる。


 後日、ノヴァが『子供向けの玩具の杖』案を書いてリンダに送ったところ、すぐさま返事が届いた。


「えー、「先端の石をハート型や星形にして」「ボタンいっぱいつけて光の色が変わるようにしよう」「シャラーンとかキラーン、ドッカーンとか音が鳴って」「それに合わせて杖が震えるのはどうかな」と、要求が増えました」

「リンダ……」


 追加のエフェクトが多すぎる。たしかにそれがあったら子供は喜びそうだ。


「あと、コンパクト型の魔道具でボタンを押すと化粧ができたり、着せ替えができるものが作れないか、という新たな考案が出されました」


 もちろん、大雑把な設計図付きだ。

 大雑把なくせにやけに具体的でなんとかできそうと思ってしまうところが憎たらしい。こんな魔法具があったらそれこそ国宝だ。

 リンダの思わぬ才能をうっかり発掘してしまったオービットとノヴァは、どうやってそれを理解させようかと揃って頭を抱えたのだった。




魔法少女代表の例のアレ。

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