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31:暁に飛ぶ

今回暴力表現があります。苦手な方はご注意ください。



 リンダは怒っている。


「リ、リンダ? 落ち着いて!?」


 マッジーは先輩であり、リンダの空飛ぶ箒に喜んで乗ってくれた人、大切な仲間だ。

 空は雲に埋め尽くされ、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。今にも落ちてきそうな空模様は、リンダの握った拳のように堪えていた。


「仲間やられて黙ってろってのか?」

「だ、だめよ! 学校も警察も犯人を捕まえようと動いてるわ。私たちになにができるっていうの!?」

「そうよリンダ。やみくもに動いたってどうしようもないじゃない!」


 マッジーの病室から飛び出して殴り込みに行こうとするリンダを、ローゼスタと翡翠が引き留める。

 タッジーは駆けつけた両親と共に医者から怪我の説明を受けていて、フローレスは先生と事情聴取に応じていた。リンダを止められるのはローゼスタと翡翠しかいない。


 常識的に考えて、十二歳の女の子が強盗を相手に立ち回れるはずがなかった。しかも向こうは五人、たった一人で、魔法使いとはいえ不利なのは目に見えている。

 ローゼスタはマッジーも大切だが、この友人が傷つくのが怖かった。暴力に免疫のないローゼスタにはマッジーとフローレスが襲われただけでも衝撃だった。


「はぁ? そいつらがグズグズしてっからこんなことになったんだろーが」

「リンダ!!」


 リンダはローゼスタと翡翠を振り払うと窓から飛び降りた。すぐさま飛んできた箒、リンダの『カタナ』が主人の意を汲んで黒雲を切り裂く白煙をあげる。


「ああもう! リンダ一人でどうしようってんだ!!」


 翡翠が被っていた猫をかなぐり捨ててリンダの後を追った。

 翡翠には、リンダの気持ちもローゼスタの気持ちもわかる。

 東覇国の皇子として命の危険に晒されてきた翡翠は、自分の代わりに散っていった命があることを薄々察していた。名前も顔も知らないが、時々変わる警備兵にそれがわからないほど愚鈍ではいられなかった。教えられないことが両親と周囲の、斎薇たちの愛であることも。

 だからこそ、無駄死になどせず生き抜きいつか皇子の名乗りをあげるのが彼らへの報いになると思っている。それでもできることなら自分の力で敵と戦いたかった。一発殴ってやりたかった。


 だが、実際の暴力を見て体が竦んだ。恐ろしい、と純粋に思った。こんな危険なことをしたくないし、させたくない。ローゼスタと同じように安全な場所で震えていたかった。


「ジェダイト、ダメよ!!」


 それでも翡翠は男なのだ。リンダが、親友が戦うことを選んだのなら共に戦ってやるのが友というものだ。理屈ではない、ただがむしゃらに突っ走らなければならない時がある。そうしなければ自分の大切なものが折れてしまう気がした。


 ローゼスタの引き留める声を背に、翡翠は走り出した。


 ローゼスタは迷ったが、まずは先生と警察に知らせるのが先決だと病室を出ていった。



 ◇



 ぽつ、と水滴が頬を打った。とうとう雨が降り出してきた。温い風がリンダの真紅の髪を揺らす。


 リンダは空から町を見下していた。


 誰かを襲おうとする人間は独特の匂いがする。緊張感と恐怖、そして蛮勇が全身から滲み出て挙動が不審になるのだ。

 一人ではなく集団、フローレスの証言では強盗は五人という話だった。だが、いつもつるんでいるわけではないだろう。ターゲットを探すにしても五人連れでは非効率だし警戒される。

 魔法は使われずに暴力のみだったが、魔法使いだとリンダは確信していた。魔法陣か魔道具で合図を送り、仲間のところに移動しているに違いない。魔法が使えない者の仕業に見せかけているのだ。


「!」


 ユーフェミアとモーブレイが突然の雨に店の軒先で雨宿りしていた。今日は急遽生徒は呼び戻されているはずだが、誰もあの二人に教えなかったらしい。

 ユーフェミアは夏休みが開けてすっかり入学時の頃の体形と性格に戻ってしまい、また遠巻きにされていた。ユーフェミア自身違和感を覚えつつもなにが違うのかわからず、よそよそしくなった友人への淋しさからモーブレイへの依存を強めている。モーブレイは夏休み中ユーフェミアから解放されていたため、うんざりしつつも罪悪感から突き放せずにいた。ユーフェミアの事情はわからずとも、自分を素直に慕う少女を突き離せないやさしさは持ち合わせている。

 二人で寄り添いあっている姿は微笑ましい。ユーフェミアは甲斐甲斐しくモーブレイの体についた水滴をハンカチで拭いていた。


 リンダがほっと笑った時、二人にウノ先生が走り寄っていくのが見えた。

 放課後で制服のまま町に出た生徒はともかく、ユーフェミアとモーブレイのように私服だと魔法学校の生徒だとわかりにくい。人海戦術で探して回っているらしい。


「……っ、翡翠」


 そこに翡翠と、翡翠の後をつけているらしい見知らぬ男を見つけた。

 翡翠はウノから隠れるように細い路地に入り、ユーフェミアとモーブレイはウノと別れて急ぎ足で公園まで走っていった。

 男は変わらずに翡翠をつけている。

 仲間に合図を送ったのか、男の周囲にフッと人影が現れた。


「ふーん……そうくるか?」


 金目当てならいかにも貴族のユーフェミアとモーブレイを狙うはずだ。ユーフェミアは見るからに甘やかされた令嬢だし、モーブレイなら金持ち喧嘩せずを選びそうだ。大通りを進んでいるが、仲間が五人もいればいくらでも誘導できる。


 しかし男たちは翡翠しか見ていなかった。ユーフェミアたちに気づいていたのに迷いなく翡翠の後をつけた。制服姿の翡翠をだ。

 リンダは見つからないようにそっと近くに降り立つと、魔法で姿を消して男の後ろに立った。


「東覇国第八皇子とお見受けする」


 男たちは翡翠を逃がさないように前に二人、後ろに二人と道を塞いでいる。一歩進み出たリーダー格らしき男が言った。

 翡翠は囲まれたことに気づいて身構えたが、自分の素性を言い当てられて金色の目を見開いた。


「…………」


 返事はせず、翡翠が結界を展開する。

 すっと男たちが腰に手を伸ばし、ホルダーから杖を取り出した。


 トリトのためにリンダが作った物と似ている。三十センチほどの長さで先端に石が付いているのも同じだった。

 と、いうことは、おそらくだがあらかじめ魔法が組み込まれている。魔力を流すだけで固定された魔法が発動するのだろう。

 翡翠の結界に動揺しなかったことから攻撃魔法だと見ていい。


「五対一ってのは卑怯じゃねえのかい?」


 黙って見ているわけにはいかなかった。こいつらは、リンダの獲物だ。

 姿を現したリンダが声をかけると同時に雷が鳴り、雷光が魔女の細い姿を一瞬照らし出した。驚いた男が振り返る前に箒を頭に振りかぶる。

 バキッと音がして男が倒れ、不発になった魔法が杖から散った。

 リンダは杖を拾って懐にしまう。


「リンダ!」

「なっ、なんだこのガキ!?」


 一瞬で沈んだ男に隣の男が驚愕して翡翠からリンダに体を向けた。その隙を見逃さず、顎に掌底を食らわせ倒れたところでさらに顎を蹴飛ばして完全に意識を刈り取った。


「ルーナ・リンドバーグ! てめえらにオトシマエつけに来たぜ!!」


 リンダの名乗りに呼応して、風が強く吹き荒れた。雨を吸って重くなったローブを邪魔だと脱ぎ捨てる。


「リンダ! こいつら……」

「うん」


 翡翠だとわかって襲ってきたということは、東覇国と繋がりがある。

 ただ、はじめから翡翠を狙っていたのか、フレースヴェルク魔法学校の生徒を襲う彼らを誰かが唆したのか、背後関係が不明だ。

 翡翠と背中合わせになり、箒を構えたリンダに、あっという間に二人をやられた男たちも警戒したようだった。


「ルーナ・リンドバーグ? ハーツビートの姫までお出ましか」

「おうよ。よくもうちの先輩をやってくれたなぁ? おまけに友達まで狙いやがって、どこの誰だか知んねえが覚悟はできてんだろうな」


 リンダの理性はすでにぶち切れている。普段は抑えている男言葉が自然と口から出た。

 公爵令嬢の思いがけない啖呵に、男がニヤニヤ笑った。


「お姫様、強がるのはけっこうですが、状況わかってますかい?」

「そこの皇子をハーツビートが匿っていた証拠ですぜ?」


 リンダの足元に風が渦を巻いた。

 ドォンと音を立てた落雷が地面を揺らす。

 空はいよいよ暗く、風雨は嵐にと変貌していった。

 リンダが言った。


「それがどうした?」

「リンダ……」


 雨に濡れた真紅の髪が頬に張り付き、血のように見える。爛々と光る瑠璃色の瞳がぐっと濃さを増していた。


友達ダチが困ってんのを助けるのは当然だろうが」


 言って、リンダが跳躍した。男が杖を向け、魔法を撃ってくるのをカタナで振り払う。

 避けもせず向かってくるとは思わなかったのか男が目を見開いた。ドンドンと撃たれる魔法をすべてカタナで払ったリンダはパッと手を放して箒を投げた。


「なっ!?」


 男の頭を両手で摑み、渾身の頭突きをした。脳震盪を起こした男の胸を両足で蹴って壁に叩きつけ、着地する。くるくるっと回転しながらカタナが右手に戻ってきた。


「い、家がどうなっても」

「知るか! カンケーねえだろ!!」


 リーダー格の男がハーツビートを盾にしようと言ってきたがリンダは切り捨てた。


「俺様も舐められたものだな。こんな小物五匹とは」


 リンダと同時に飛び出していた翡翠が魔法を撃つ男の攻撃を結界で弾きながら間合いを測る。男は自分の魔力では敵わないことに焦ったのか、ひたすら同じ魔法を撃つだけだ。


「くそっ、この野郎……っ」

「翡翠を割るには、百年早い!」


 瞬間移動のように男の懐に入り込んだ翡翠の拳が男の顔面に埋まった。鼻の骨が折れたのか、鼻血を撒き散らしながら目を回した男が倒れる。びしゃっと水滴が散り、血が雨に染まるが空が暗くて見分けがつかなかった。

 残るはリーダー格一人だ。


「おお、やるじゃん」

「これくらいはな」


 こんな子供に倒されたことが信じられないのか、リーダー格は愕然としている。


「翡翠殿下! こんなことして――」

「黙れ」


 リンダがカタナで喉を突いた。

 喉を押さえて男が咳きこむ。さすがに加減はしたが、男は涙と鼻水まみれで苦しそうだ。


「家とか国とか、()()()()()はどうでもいいんだよ」


 男の鳩尾にリンダの蹴りが入った。

 くの字になった男の頬に拳がめり込む。


「げほっ」

「痛ぇだろ」


 リンダが鼻水のついた手を振りながら膝をついた男を見下した。


「理不尽な暴力ってのはそういうもんだ。オメーらは、よってたかってそれをうちの先輩にやってくれたんだよ」


 男の肩を蹴飛ばして、地面に押し付ける。

 ざあざあと降る雨の中、リンダの瞳だけが光って見えた。


「仲間とダチをやられたんだ。オトシマエはつけさせてもらうぜ」


 実際にやってみて、彼らが喧嘩慣れしていないことがわかった。集団で子供を取り囲んで脅迫するなんてロクなもんじゃないと思っていたがその通りだ。

 あやうくユーフェミアまで被害に遭うところだったのだ。きっちりやらせてもらう。

 パキポキと指の骨を鳴らしてすごめば、痛みに泣きながら男は逃げようとした。


「待てよリンダ。こいつら俺様を狙ってきたんだ。俺様にやらせろ」


 それもそうか、とリンダが場を譲る。翡翠が雨に打たれて腫れ始めた男の顔の前にしゃがみこんだ。


「お前、この名前に聞き覚えはあるか?」


 ドリアードに捕食された刺客の名を告げるも、男は顔を振るだけだ。チッと舌打ちし、立ちあがる。


「翡翠、いいのか?」

「ああ。こいつらは警察に突き出そう」


 翡翠は少しがっかりした。そうだろうと思ったが、こいつらは単なる雇われだろう。

 東覇国の皇子が留学していることを知るのはごく一部だ。翡翠を襲撃して東覇国と問題を起こすも良し、あるいは誘拐脅迫して金をせしめるも良し、と唆されたのかもしれない。


「家だの国だの言いだすってことは、こいつらも大事にはしたくないんだ。東覇国の皇子を攫おうとしたなんて知られたら、自分だけじゃなく家族まで暗殺されるぞ」


 こんなくだらないちょっかいを兄皇子が出すとは思えなかった。東覇国の者が主導したのならもっと徹底的に狙ってくるはずだ。

 東覇国は失敗に厳しい。ただの下っ端の命など、小石よりも軽いのだ。


「聞いているな? お前たち、死にたくなかったら俺様のことは言うな。学生狙いの強盗ということにしておけ」

「誰が黒幕か吐かせなくていいのかよ」

「こんなやつらに依頼するような人物が黒幕を知っているとも思えない。ラグニルドとの国際問題になるよりましだ」

「思ってたけど、お前んとこの国おっかねえのな」

「リンダに言われたくないよ」


 リンダは東覇国の慣習に引いているが、魔法を使わずに大の男を倒してのけたリンダに翡翠は引いている。なんだ、あれ。喧嘩慣れしすぎだろう。

 リンダは男たちから杖を拾い集めた。懐にしまう。これの出所を確かめなければならない。


「…………」


 なにか、自分の知らないところで大きなものが蠢いている気配がして、リンダは眉を寄せた。気に食わない。有無をいわさないものに腹の中が苛立っていた。


 警察までは魔法で数珠つなぎにした男たちを箒にぶら下げて運んだ。雷雲は去り、雨は小降りになってきている。雲の切れ目から星が見えた。


「そーれ、ローリングだー」

「やめろリンダ!!」


 途中で目を覚ました男たちがぎゃーぎゃーうるさかったので軽く曲芸したらまた気絶した。リンダの後ろに乗っていた翡翠が半泣きで叫んだ。

 警察署の前に男たちを置いて、リンダと翡翠は再び夜の空を飛んだ。


 雨が洗った空の空気は湿り気を帯びて微かに甘い。すっかり晴れた空には星が瞬いている。

 この世界の星座は知らなくても、方角を見るのでリンダは空をよく見ていた。夏の星は去り、秋がリンダに行く道を囁いている。


「すっかり夜だな」

「そうだね」


 リンダはしばらく無言で飛んでいた。

 この感じには覚えがある。


 頭に昇っていた怒りが暴力で発散されて、体に痛みが戻ってきた。高揚感の名残と、爽快感。そして「やっちまった」という、誰にともつかない言い訳めいた想いに胸が痛んだ。

 リンダには難しいことを考える頭などないのだ。ただがむしゃらに、自分の大切なものを守るために、自分が行きたいように生きるために、意地を突っ張り通すことしかできなかった。


「寮の門限すぎちゃったね」

「うん」


 きっと、翡翠もそうだろう。翡翠は国に母親という人質がいる。黒曜妃は皇帝に守られているが、翡翠になにかあったら首を刎ねられてしまう身だ。

 大人が押し付けてくる理不尽を堪えながら、それでも叫びたい思いを必死で見つめている。折れないように懸命に立っている。

 共鳴してくれる友人がいてくれるのが嬉しかった。


「ローゼ、怒ってるだろうなぁ」

「あはは、きっと今頃カンカンになってるな」


 リンダは吹く風に目を細めた。魔法で防御していない眼球に、上空の風は冷たく痛む。瞬きをすると睫毛が雫を弾いた。


「翡翠」

「んー?」

「朝まで飛ぼうか!」

「門限破りに朝帰り!? ワルだな!」


 翡翠は笑った。リンダも声を出して笑う。背中にかかる重さとあたたかさが楽しかった。

 翡翠が前を指差した。


「行け、リンダ号!」

「よっしゃ! そんじゃ、一番星に向かってしゅっぱーつ!」


 空が暁に染まるまで、リンダと翡翠は飛んだ。



魔法を忘れて手が出ちゃうのがリンダ。

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