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30:町におつかい



 リンダがドリアードから新しく作った箒『カタナ・改』には、真っ赤なリボンがついている。

 なにをかくそう、これは転落防止の魔道具だ。

 柄にはすでにクッション性を持たせる魔法と、体重移動や手の動きで速度と方向を調整する魔法がかけられている。

 そこにさらに魔法を重ねがけすると、全部台無しになりかねないため、リボンにしてオプションとして追加したのだ。


 真っ赤なリボンを付けた箒に乗った赤い髪の魔女は、学校周辺の町ですっかり有名になっていた。


「リンダちゃーん!」


 今日も放課後に空を飛んでいると、地上から声をかけられた。


「ケリーさん、こんにちは」

「良かったよ会えて。この間のお礼がしたかったんだよね」


 リンダがふわりと降りたつと、リンダに手を振っていた女性ががひょこひょこ近づいてきた。

 明るい茶髪に水色の瞳を持つこの女性は、フレースヴェルクに一番近い町ギムリットに住む妊婦のケリーだ。

 先日リンダが町に来た時、大きな腹を抱えて前が見えないほどの大荷物を持って歩いていて、見かねて助けに入ったのだ。


「その後、どう?」

「おかげさまで、お義母さん反省したみたい。店の手伝いしてくれてるわ」


 ケリーの家は一家で店を経営している。パン屋ではなく町の定食屋さんといった、こぢんまりした食堂だ。

 店主で料理長がケリーの夫のローリエ、ケリーは店で給仕をやっている。そして夫の母、ケリーにとっての姑との三人暮らしである。


 リンダがケリーを後ろに乗せて荷物は魔法で浮かせて家まで送っていくと、出てきたのがこの姑だった。姑はいきなり現れた見知らぬ少女に目を白黒させていたが、事情を聞くとリンダに頭を下げケリーを罵ったのだ。


「妊娠は病気じゃないってよく言われたけど、病気と違って治しようがないんだから大事にしてやれ、なんて言われたのははじめてだったよ」

「あのばーちゃんも子供いるんだからわかってるはずなのに、なんだろうね、アレ?」


 意図せず嫁いびりの現場に立ち会うことになったリンダは、姑と、店の厨房で仕込みをしていたローリエを呼び出して怒鳴りつけた。誰の子供が腹にいると思っている、母になろうとする嫁に対し、その態度はなんだ、と。


 子供のリンダに正論を言われて腹が立ったのか、姑が言い返したのが「妊娠は病気じゃない」だった。嫁いびりする姑の定番である。


 異世界であっても嫁いびりはあるのか。もちろんリンダは怒った。妊娠は病気じゃないし、病気にしてはならない。妊娠中毒やマタニティーブルーなど、妊婦はどんなに気をつけていても倒れてしまうことがある。悪阻で味覚が変わり、水を飲んでも吐いたり、風邪にかかったからといって薬を飲むこともできず、感染症の中には胎児に影響を及ぼすものだってあるのだ。大事にしすぎていけないものではない。


「負担にならない程度に体を動かすのは良いのよ。出産には体力が必要だし。でも無理はダメよ、疲れたら休む。これ大事! 旦那をうんと扱き使ってやろう!」

「リンダちゃんの言う通り! 産むのはあたしだけど、二人で親になるんだから!」


 リンダに叱られる姑と夫を見て、ケリーは強くならねばと覚醒したようだ。

 店に着くと、店のロゴマーク入りエプロンを着た姑があっと口を開けた。


「あんたー、リンダちゃん連れてきたわよー」


 カラン、コロン、とベルを鳴らしながらケリーが厨房に声をかけると、ガタン! と大きな音がした。


「リ、リ、リンダさんっ」


 でかい図体に見合わぬ気弱な男が慌てた様子で出てきた。コック帽を毟り取り、ぺこぺこと頭を下げる。


「よーう、ロン。元気だったかぁ?」


 姑がそんな息子に眉を顰めたのを見て、イラッと来たリンダは斜めに構えて下からローリエの顔を覗き込んだ。いわゆるメンチを切る姿勢だ。

 リンダ的には怖い顔をしているのだが、いかんせん美少女なので絵面がやばい。頭を下げている大男を冷ややかな笑みで見上げる美少女だ、さては痴漢か盗撮か、といったやばさがあった。


 ローリエは男の本能で、この逆らってはいけない少女を苛つかせたと察した。慌てて飛びずさり、席を勧める。


「ひぇっ。お、おかげさまで! お手数とらせて申し訳ありませんがなにとぞお礼をさせてください!」

「よぅ、ばーちゃんも元気ぃ?」


 リンダはまったくローリエを無視して姑に話しかけた。姑の眉間にますます皺が寄る。


「……おかげさまでね」

「ま、嫁いびりするくらいなんだから元気有り余ってるよな!」

「リ、リンダちゃん!」


 さすがにケリーが止めに入った。味方してくれるのは嬉しいしありがたいが、一応姑には謝ってもらい和解が済んでいるのだ。

 リンダはにっと笑って親指を立ててみせた。


「エプロン、似合ってるじゃん。暇してるからつまんないこと考えちゃうのよ」

「ふ、ふん! 働いたことのない小娘が偉そうな口を!」

「子供は食べて寝て遊ぶのが仕事ですぅー」

「勉強はどうしたの勉強は!? 学生でしょ!」

「あれは強制労働」

「んまぁっ。まったく、親御さんはどんな教育をしているのかしらねっ」


 リンダも姑も、笑いながらの応酬だ。姑はリンダの親に礼をひと言伝えたかったのだろう。しかし、その言葉は地雷だった。


「残念。母ちゃんは死んじゃったし父ちゃんは別の女と再婚してる。今は別の子の親やってるよ」


 リンダが事実だけをさらっと言った。さすがに両親がいないとは思わなかったのか、姑が気まずそうに黙り込んだ。


「お、お母さんは黙ってて! リンダさんにお礼したかったんでしょう!?」


 ローリエが姑を叱り飛ばし、リンダに言い訳する。母親の嫁いびりに気がつきもしなかった男だが、少しは言えるようになったらしい。


「そっか。悪いわね」

「いいえ! ケリーに捨てられなかったのはリンダさんのおかげですから!」


 ケリーはローリエのこのやさしさに惚れたと言っていた。やさしさは過ぎれば優柔不断になる。

 ローリエと結婚し、店主だった舅が亡くなり、彼が後を継いだ途端に嫁いびりがはじまった。

 夫が死んで、寂しかったのだろう。息子と嫁は新婚で仲良く幸せそうにしているのに、自分は。嫉妬と寂しさで悪いほう悪いほうへと流れていったのだ。

ローリエは口煩くケリーを扱き使う母を、店を支える妻の心得を教えているという母親を信じたのだ。

 リンダに叱られなかったら、ケリーは腹の子を守るためにローリエと離婚していただろう。


「あ、でも、おつかいの途中だからお茶くらいでいいよ」


 この店は町の大通りではなく住宅地にある。仕事帰りの人や家族連れが来るような、本当にちいさな店だ。それこそ悪評が立てば潰れてしまうような。

 礼とはいえそんな店でおごってもらうのは悪い。


「ふんっ。子供が遠慮なんかするもんじゃないよっ」

「お義母さんが考えた新メニューなの。食べていって」


 姑が声を張り上げればケリーがこっそり教えてくれた。余計なこと言うんじゃないと怒るのは姑の照れ隠しだ。

 どうやらこの家族はこれで上手くまとまりそうである。リンダはほっとした。


 姑が考案したメニューは、コーンポタージュだった。

 野菜がたっぷり入ったポトフやシチューはすでにある人気メニューだ。


「コーンのみのスープというのはびっくりしたんですよ。贅沢ですからね」


 ローリエが感心して言った。コーンは安価で入手しやすいが、それだけのスープというのは庶民には贅沢品だ。というより、安くて腹が膨れる美味い飯を提供する店ではあまり使わないメニューだと言う。


「うん、美味しい! やさしい味がする。これなら子供でも飲めそうだね」


 リンダの感想にローリエとケリーがハッと姑を見た。離乳食にするつもりだったのだろう。姑はふんとそっぽを向いた。耳が赤くなっている。

 帰り際、ローリエが小声で言った。


「リンダさんは魔法学校の生徒なんですよね? 最近、あそこの生徒を狙った強盗が出てるらしいですよ」

「強盗?」


 どうやらカツアゲという言葉はないようだ。ローリエは眉を顰め、ついでに大きな体を屈めてさらに声を潜めた。


「魔法学校の一年生で、貴族の子ばかりが被害に遭っているようなんです……。いっくら魔法があったって、取り囲まれて力で抑えつけられちゃあ敵いません。リンダさんなら飛んで逃げられるでしょうが、女の子ですからね。気をつけてください」

「……女も狙われてんのか?」

「はい。なんでも男ばかりの集団だそうで」


 魔法学校の生徒、しかも貴族なら金を持っている。集団ですごまれたら荒事とは無縁の貴族はそれだけで恐怖だろう。女の子ならなおさらだ。


「警察も動いているそうですが……」

「ばらけて逃げられたら追えないな」

「そうみたいです」


 あまりにも酷くなれば学校側も生徒に注意喚起するはずだ。それでも光臨祭の準備で町に買い出しに行くことが増える時期である。行くなとは言えない。

 おそらくは学校と警察が警戒しているのだろう。


「ありがとう。……ま、やるってんなら返り討ちにするだけだけどね」


 自分の学校の生徒に手を出された怒りはあるが、直接被害をうけたのはリンダではない。

 貴族の子供が被害に遭ったのなら彼らの家が黙っていないはずだ。

 ここでリンダがしゃしゃり出て、貴族の面目を潰すわけにもいかない。リンダは引き下がった。ここはおとなしく、事態が収まるのを待つべきだ。わざわざ探し出して喧嘩を売るメリットはない。


 しかし、そんなリンダの思いを嘲笑うかのような事件が起きた。


 催眠香は難易度の関係でタッジーとマッジー、そしてフローレスの上級生三人が作ることになっていた。その材料の買い出しにフローレスが行き、荷物持ちとしてマッジーが付いていった。

 フローレスは伯爵令嬢である。

 彼女の魔力は、見る者が見れば貴族のそれだと知れた。

 魔法薬や素材を扱う店は、日光が当たらない地下や、目立たない裏通りにある。

 二人はそこを狙われたのだ。


「マッジー先輩が!?」


 学校に戻ってきたフローレスは、暴力の痕こそなかったが、懸命に逃げてきたのだろう。泣き崩れて髪も顔もぐちゃぐちゃだった。

 店を出たところで五人の男たちに襲撃され、かろうじてマッジーがフローレスを逃がしたのだという。


「いっ、いきなり後ろから襲われてっ。マッジー先輩が結界で守ってくれたのっ。マ、マッジー先ぱっ、目も口も塞がれてっ、私、わたしっ」

「フローレス、もういい。無事で良かった」

「タッジー先輩、ごめんなさいっ」

「謝らなくていい、マッジーは正しいことをしたんだ。女の子で後輩の君を守るのは当然だ」


 フローレスの話を聞いた学校はすぐさま警察に通報。その頃、マッジーは路地裏で発見されていた。

 魔法使いにとって大切な喉を潰され、目は薬品をかけられたのか火傷のように爛れていた。右腕にはヒビが入っているという。

 ここまでの重傷となると魔法や回復薬による急激な治癒では反動が大きく出る。後遺症が残ることも考えて、病院に入院することになった。

 マッジーの病室に駆けつけたリンダたちは、ほとんど全身に包帯を巻いたマッジーの姿に思わず目を反らしたほどだった。


「これ見よがしに財布が置いてあったそうよ……」

「ひどい……。なんの恨みがあって……、リンダ?」


 いつも元気で飄々としているマッジーの変わり果てた姿が目に焼き付いた。

 マッジーは呼吸こそ正常だが、気絶したまま一度も目を覚ましていなかった。

 こんな時、真っ先に怒りだしそうなリンダが静かなことにローゼスタは不思議に思った。リンダの顔を覗き込んだ彼女は蒼ざめ、つい後ずさる。


 リンダは怒っていた。


 マッジーはリンダの先輩であり、仲間である。

 その仲間をわけもわからず傷つけられた怒りが頂点に達していた。もはや他人事ではない。リンダの仲間に手を出したのだ。


 病室の窓には夕暮れが広がり、西の空から黒い雲が嵐を呼ぼうと黙々と膨らんでいった。




リンダが怒ると嵐を呼ぶぜ!

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[一言] 強盗の犯人たち物理的に嵐の中野宿でもしたの?って見た目になりそうですな
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