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3:こんにちは、とーちゃん

初回連続投稿四話目!明日から通常投稿になります。



 ノヴァ叔父さんが森から帰ってきたと思ったら養子縁組していた。

 その間祖母とお茶を飲んでいたリンダはあまりにも早い展開に頭が追いつかなかった。プルートは承知の上なのかにこにこしているし、オービットは張り切って「今日は宴だ!」と大喜びしている。


「あらまあ良かったこと。手間が省けたわ」


 ゆったりとソファに座り優雅にお茶を飲んでいたフライヤがのんびり言った。


「あちらもどうやらそのつもりだったらしくて、多少お金はかかりましたけど喜んでサインしてくれましたよ」


 鳥の巣のようなボサボサ頭に無精髭、おまけにツナギ姿に長靴を履いた中年オヤジ。彼こそプルートとリンダの叔父、ノヴァである。森を探索していたそのままの格好でジークズル家に乗り込んだらしい。あちこちに泥や木屑がついたままだった。


 リンダはこの一風変わった叔父が大好きだ。ざっくばらんに接してくれるし、ちょっとくらい乱暴な言葉使いをしても怒ったりしない。リンダが知らない話をしてくれる。その上子供だからとなあなあで済まさない根性の持ち主。まだ数回しか会ったことがないが、とても気が合うのだ。


「あらそうなの? あなたが結婚してくれなくてどうしようかと思っていたけれど、こうなってみると良かったわね」

「そうですね。変人研究者やってた甲斐がありましたよ」

「うむ。めでたしめでたしだな」


 にこやかに笑いあっているが、ようするにジークズル家はプルートとリンダを金で売ったのだろう。笑いに迫力がある。にこやかなのが逆に怖かった。プルートも少し引き気味だ。


「リリャナの嫁入り道具も全部引き上げてきたし、心配いらんぞ」

「母様の髪飾りも?」


 リンダが聞いた。あれは継母が来てすぐに取られてしまったのだ。


「もちろんだよ、ほら!」


 ノヴァが足元のリュックサックを探り、髪飾りを取り出した。プルートのトランクも不思議だったが、このリュックも中に物を入れると縮小し、しかも見た目の大きさより中が広くなる魔法がかかっているという。魔法って便利だとリンダは感心しきりだ。


「ありがとうノヴァ叔父様! でも、継母様ごねなかった?」

「まあ、ごねられたけどね。魔道具は正式な持ち主でないと正しく使えないんだよ。ハーツビートの血を引かず、正当な継承者でもないあの女には過ぎたものだ」

「正当な継承者……」


 免許皆伝みたいなものかな、とリンダは理解した。

 渡された髪飾りを撫でる。

 金色をベースに薄紅や時折緑にも光る宝石が五弁の花びらをかたどっている。桜に似たそれをリンダは見るたびに日本を思い出し懐かしくなっていた。この世界には桜はないらしく、リンダは見たことがない。しょっちゅう眺めていたので羨ましくなったらしい継母に取られてしまったのだ。リンダが唯一奪われたと思ったのがこの髪飾りだった。


「リンダはこれが好きなのかい?」

「うん。綺麗だし、懐かしい」

「懐かしい?」

「うん」


 変なことを言っている自覚はある。前世のことは別に言う必要もないと思っているけれど、心配をさせたいわけではなかった。リンダがそっとノヴァを見ると、髭を撫でながら考え込んでいる。


「叔父様?」

「これは、世界樹の花だと言われているんだ。宝石は妖精の涙という石でね、世界樹に花が咲いた時、感激のあまり妖精が涙を零した。その涙が宝石になったというんだ」

「ふーん」


 妖精とか涙が宝石になるとか、さすがは魔法の世界。リアクションの薄いリンダにノヴァが苦笑した。


「驚かないね?」

「ぜんぜんわかんないもん」


 正直すぎるリンダの答えにノヴァは目を丸くし、次に笑い出した。


「わかんないかぁ。そっか、リンダはまだなにも知らないもんねえ」


 笑われてちょっとむっとしたが、リンダが無知なのは事実だ。家庭教師はいても一般教養レベルのことしか教えられていない。リンダは六歳。無意識に魔法を使っていても、きちんとした理論や系統だった呪文を用いた魔法は使えなかった。貴族の意味もまだ理解できていない。


「まあ、まだ早いかな?」

「早くはないでしょう。リンダは賢い子です。今から魔法について教えておいたほうがいいと思います」


 プルートが善意百パーセントで言った。勉強と名のつくものはことごとく苦手なリンダの顔が引き攣る。


 貴族ともなれば家特有の魔法は親から子に伝えられる。そうでなくても家庭教師が礼儀作法から一般教養、魔法理論まで教えていた。学校に通わせるのはだいたい十一歳。国が運営する魔法学校は入学資格のある者なら身分年齢問わず通える、世界でも最高峰といわれるものだ。魔力が安定しない、あるいは読み書きができなかった子供が大人になってから通うパターンもある。


 ジークズル公爵家の嫡男だったプルートは当然きちんと家庭教師から正式に教えられていた。それでもまだ駆け出しである。六歳のリンダにそう薦めるのはよほどの素質を見出したということになる。


「プルート、根拠があるのか?」

「はい、お爺様。リンダは以前から不思議な言動をとることがありました。妖精と話をしているような。あるいはアカシックレコードの能力者かもしれません」

「たとえば?」

「箒で空を飛ぼうとしたり、魔法を使うのに杖はいらないのかと聞かれたことがありました」

「箒?」

「杖?」


 祖父、祖母、叔父の目がリンダに集中した。

 リンダはむしろ、なぜそれが不思議なのか不思議だと言いたげにしている。


「リンダ。リンダはなぜ空を飛びたいの?」

「魔法使いや魔女は、箒で空を飛ぶものだもん」


 リンダはけろりと答えた。パン屋の勤労少女はたしかにそう言って箒で空を飛んでいたのだ。


「魔法を使うのに杖とは?」

「呪文を唱えながらこうやって」


 右手で杖を振る仕草をするも、祖父母には伝わらなかった。お年寄りに日曜朝の魔法少女は無理があったか、とリンダは思った。

そういえば魔法少女は呪文唱えながら魔法を飛ばしていたが、あれはこれからこういう魔法使うぞと宣言してるようなものではないだろうか。リンダだったら「歯を食いしばれ」と言ってボディを狙うのではなく脛を蹴りつける。敵の意表を突くのは基本だ。


「誰かに教わったのか?」


 オービットがソファから身を乗り出した。キンと空気が張り詰めたことに、リンダだけが気づいていない。


「ううん。ずっと前から知ってる」


 嘘は言っていない。

 リンダが嘘を吐いていないことがわかったのか、オービットたちが顔を見合わせた。


 オービットは嘘が吐けなくなる魔法をリンダにかけた。本人の無意識に作用するもので、心に浮かんだ言葉をぽろりと零してしまう。だからこそ、彼らは困惑していた。リンダを除いた全員が、これはどういう意味なのかと頭を悩ませている。


 嘘ではない。嘘ではないが、理解ができない。まるでそうであるのが当然というようにリンダは言った。これをどう解釈すればいいのかわからなかった。もしかしたらプルートの言ったように妖精と話をしているか、アカシックレコードの能力者なのかもしれない。


 アカシックレコードとは、前世の記憶、もしくは異世界の記憶のことである。この世界とはまったく別の世界の記憶の持ち主、あるいは別の世界が見える能力者のことをいう。こうした能力者が生まれることは稀にあった。それらの記憶の持ち主はこちらの常識が通じず、時に非常識とも思える行動を取るため、異端者と迫害されることも多い。一方でとても勘が良く、なんとなくで行動した結果が後になってみれば最善だったと思うことがよくあった。預言者ともいえるだろう。本人に自覚がないため非常に厄介だが、大切にしていれば利益をもたらす存在だ。


 突然、オービットが声を上げて笑い出した。


「お爺様?」

「いや、すまん。これほどの子を引き取ることができて幸運だと思ったのよ」


 笑いながらオービットが言った。

 リンダは、リンダに自覚はないが、相当強力な魔力の持ち主だ。しかも強力なだけではなく濃密ときている。ハーツビートの始祖は妖精の伴侶であったといわれるが、彼女に近いのだろう。


「たしかに。ジークズルであの継母と義妹に食い物にされる前で良かったですわ」


 フライヤがうなずいた。思えばあの二人の意識がリリャナの遺品やリンダの持ち物に向いていたおかげでジークズルは最悪の事態を免れたともいえる。食い物にされるならまだしも使い物にならないよう潰されたり、あるいは利用されつくしていたら、リンダの危機回避能力は全力でその元凶となるジークズル公爵家を破滅に導いていただろう。運が良かった。


「そうですね。プルートといいリンダといい、僕の子供たちはなんてやさしいんでしょう!」


 ノヴァが笑って胸を張った。

 ジークズルが後悔するのはこれからだ。手放した二人の子供の才能を後になって惜しんでももう遅い。ハーツビートがプルートとリンダに会わせないし関わらせないよう阻止する。


 魔力の源は血統もあるが、本人の資質が大きく出る。プルートとリンダならジークズルを護り支えるのに充分だった。結婚相手に困ることもなかっただろう。しかしもう、ジークズルに二人はいない。


「リンダ、好きなようにやってみなさい。プルートもだ。やりたいことがあったら遠慮せずに言うといい、ハーツビートは君たちの家だ」


 リンダはやりたいことをやらせるのが一番だ。妖精の愛し子やアカシックレコードの能力者を閉じ込めようとしても勝手に出ていく。敵に回せば厄介だが、味方にしておけばごく当然のようにこちらにも最善の道を示してくれる。

 なによりプルートとリンダはノヴァの子供になったのだ。父親は子供を応援するものだ。


「本当? ノヴァ叔父様、箒で飛んでもいいの?」

「リンダ、叔父様じゃないだろう? 僕はお父さんで、リンダは僕の娘になったんだよ」


 リンダはきょとんとして、その瑠璃色の瞳を瞬かせた。純粋に慕う瞳がノヴァを射る。


「お父さん?」


 言ってから「とーちゃんでいいだろ」と思ったリンダはふいっと顔を背けた。わずかに眉が寄る。嬉しくないわけではないが、未婚の叔父さんに二人もお荷物背負わせちまったなぁ、と思うと申し訳なさが先に立つ。ノヴァだってハーツビートの人間だけあって美形なのだ、良い人見つけてやんねえと。

 リンダはそのように考えたのだが、幼女が「お父さん?」と言った後に顔を背け眉を寄せたのを見た大人は、実の父との決別と今まで叔父であった男を父と呼ばなければならない事実に苦悩しているようにしか見えなかった。それは、口に出してはじめて自分は『よその子』になったのだと自覚した子供が、気持ちをなんとか呑み込もうとしているようで、大人たちの同情を誘った。


「ノヴァ父様! 私も森に行ってみたいです!」


 湿っぽくなりかけた空気をプルートが破った。プルートなりにリンダにこれは悪いことではないと教えようとしているのだろう。ハーツビートの家に行くことをリンダも喜んだが、遊びに行くのと養子に入るのとではまったく別だ。


「よし! じゃあプルート、一緒に世界樹を探そう!」

「はい!」


 世界樹はあらゆる病や呪いを浄化する効果があるといわれている。こちらの世界と精霊や神の住まう世界とを繋ぎ、魔力を栄養として育つ。それが世界樹だ。

 平民よりはるかに強い魔力を持つ貴族の役目の一つは、土地に魔力を流すことだ。そうすることで地中から魔力を吸い世界樹が成長していく。魔力が枯渇し世界樹が消滅することは、世界の消滅を意味した。穢れが世界を飲み込みすべての生命が活動を止める。


 だからこそ、貴族はより強い魔力、より濃い魔力を生み出すための婚姻を繰り返していた。ジークズルとハーツビートの婚姻は世界を護る契約でもあったのだ。


 ハーツビート公爵領の森は世界樹の森である。

 しかし、世界樹を見た者はどこにもいなかった。




だんだんファンタジーっぽくなってきます。

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