29:光臨祭に向けて
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怪奇クラブ部長、タッジー・ストルイングは薄暗い部室で不気味な笑いを漏らしていた。
「うっひひひひひ……。ひひひっ……っ」
光臨祭の出し物を決める会議ということで部室に顔を出したローゼスタは、無言でドアを閉めた。
「待って待ってローゼちゃん!」
「おかまいなく」
「理由があるのよこれでも!」
タッジーの双子の弟マッジーと二年生のフローレスが慌てて引き留める。翡翠とリンダはまだ来ていないようだ。
ローゼスタは暇ではない。生活快適クラブと魔法薬クラブも光臨祭で忙しいのだ。他の部員に頭を下げてこちらに来たのに、部長の奇行を見せられるだけなら帰りたくもなる。
「理由? 新しい怪談のネタですか」
「光臨祭のことだから!」
その時リンダが窓から入ってきた。なにやら大きな枝を抱えている。
「あ、ローゼ来た!」
翡翠も冒険者クラブが終わったらしい、廊下を歩いてくる。
「ローゼ。マッジー先輩にフローレス先輩も、どうかしましたか?」
二人の登場にマッジーとフローレスは助かったと息を吐き、ローゼは舌打ちしそうな顔をした。
「光臨祭の予算が出たのよ」
「なんと怪奇クラブ史上最高額! いやあ、笑いが止まらんね!」
予算書のプリントで顔を扇ぐタッジーはまだ頭に花が咲いたままのようだ。
ひとまずローゼスタを部室に引き入れ、フローレスの淹れた紅茶でひと息ついた。
「ドリアードの件があったからね」
「なんか今年は魔法薬クラブと魔術研究クラブがピリピリしててさ、一触即発。その隙にもぎ取ってきちゃった」
ようやくタッジーが戻ってきた。なるほど、とローゼスタがうなずく。
「さっきまで魔法薬クラブにいたけど、そういえば雰囲気が悪かったわ。魔術クラブに喧嘩売られたからだったのね」
なにをするにも予算は必要だ。
それは学校のお祭りであろうと同じである。部の面目がかかっている光臨祭ともなれば予算会議は紛糾する。
「あそこはもともと仲悪い上に新入生でモーブレイ殿下が魔術クラブに入ったでしょ。だから余計にね、ギスギスしてるのよ」
さらにいえば、魔法薬クラブはリンダを逃している。プルートが在学中の活躍を思えばなんとしても入部して欲しかっただろう。期待した分落胆は大きく、ラグニルドの王太子殿下が入部した魔術研究クラブにバカにされたのだ。
「魔法薬クラブはなにやるの?」
マッジーが訊ねた。だいたい毎年変わりはないが、生徒が代われば内容が微妙に変わってくるものだ。
「毎年恒例だという魔法薬各種の販売と薬膳料理の店です。あとはイーゴ先生がマンドラゴラの水耕栽培研究発表を予定しています」
別に隠すことでもないのでローゼスタは即答した。出し物が被らないように、決まったところから先生の承認を得る。どうせばれることだ。
「マンドラゴラの水耕栽培ってなにそれ!? って思ったけどさ、イーゴ先生やるじゃん」
リンダは結局イーゴに丸投げした。空を逃げ回るリンダを捕まえられず、イーゴが涙を呑んだのだ。悪い生徒である。
「魔術クラブは時間割で魔法パフォーマンスよね。衣裳も凄いし、予算かけてるわ」
「パフォーマンス? 部員多いのに時間足りるんですか?」
翡翠が疑問を口にした。時間割であってもあの人数ではとても間に合わないだろう。
「一年生は知らないか? 魔法パフォーマンスって、いわゆるショーなのよ。その年その年で違う演出だけど、演劇みたいになるの」
「あそこ個人主義謳ってるくせに団結力あるんだよな。眺めてるぶんには面白いけど、俺ああいうノリ無理」
フローレスとマッジーが説明する。普段仲良しではない部が、光臨祭では一致団結してショーをやるらしい。
「他のクラブのことより、うちはなにをやるんですか?」
リンダがつまらなそうに訊いた。
売られた喧嘩なら買うが、他人の喧嘩に口出しなどしない主義だ。筋が通らない喧嘩は大嫌いでも、それは他人がどうこうする問題ではない。
「うちはもちろんお化け屋敷だ! 今年は予算あるから豪勢にできるぞ!!」
なるほど、タッジーの頭に花が咲くわけである。タッジーだけが楽しい企画だ。
「……ま、伝統よね」
訂正、タッジーが入部するに足る伝統だった。フローレスがまたか、と言いたげに苦笑する。
「来賓には卒業生や入学を目指してる後輩候補も保護者と来るわ。伝統を守ってることもアピールになるのよ。それをどう新しいものにしていくかもね」
「守破離ってやつですか。いいですね、そういうの」
リンダが言った。リンダがやりたいのは空を飛んで仲間を増やすことだ。伝統もなにもないが、そうやって受け継がれていくものへの敬意はある。
「シュハリ?」
「なあに、それ? どういう意味?」
聞いたことのない言葉にローゼスタが喰いついた。
「守っていうのは伝統や教えを守り、破はそれだけじゃなくていろんなことを取り入れて、離で独立するって考え。免許皆伝じゃなくて『俺流』を作っていく感じかな」
守破離の考え方は実業家の間で流行した。断捨離と言葉は似ているが、意味は異なる。
守破離とはようするに、常識を知り尽くした者でないと常識は破れない、という考えだ。先達への筋は通しつつ、邪道といえるものも取り入れて、新しい道を切り開く。
ITからAIへと技術が新しくなるにつれ、日本流の終身雇用は流行らなくなった。企業自体の体力がなくなり、社員を守っている場合ではなくなっていったのだ。リストラの風が吹いて義理と人情は薄くなっていった。それでも生き残らなくてはならなかったのだ。新しい道を切り開いていくには、どう進むのか、どれほど困難なのか、なにが待ち構えているのか、準備万端にしておかなければならない。
「ふーん。なんだかリンダらしい考え方ね」
そう翡翠が言えば、ローゼスタもうんうんとうなずいた。
「守って破って離れるなんて、まさに魔法使いのためにあるような言葉だわ。タッジー先輩、せっかく予算があるんですし、みんなの度肝を抜くようなお化け屋敷にしましょう!」
ローゼスタは俄然やる気になった。
翡翠も「どうせやるなら恐怖の心髄を味わってもらいましょう」と不敵な笑みを浮かべている。
「おお、三人ともやる気じゃん。じゃあ、まずはどんなコンセプトで行くか、アイデアある?」
タッジーが怪談好きなのは、なにもただ人の怖がる顔が見たいからだけではない。
恐怖に陥った人の恐慌状態にこそ、その人の本質が見えると思っているからだ。
人は他人の話に「自分だったらこうするのに」と簡単に言う。それはたしかに正論なこともあるし、そうしていたら事態は解決したかもしれない。
しかし、いざ自分がその立場になったら、はたしてそんな考えが浮かぶものだろうか。むしろ偉そうに上から目線で後になってアドバイスする人のほうが、土壇場でなにもできず、最悪の選択をして新たな怪談を生むのではないか。
タッジーは人の深層心理こそもっとも複雑怪奇な神秘であると考えている。怪談は、その謎を解くための手段だ。
「そうだ! 予算があって、タッジー先輩が収集した怪談が山ほどあるんだから、アレできないかな?」
リンダがぽんと手を叩いた。迷宮に行ってからずっと似ていると思っていたのだ。
「アレ?」
「リンダちゃん、なにか良いアイデアあるの?」
対象者の言動から適切な敵を導き出し、現実と錯覚するほどの臨場感を味わわせる。
「仮想現実!」
仮想現実は、リンダの前世では最先端の技術だった。
ゴーグルから映し出される映像と周囲のスピーカーから発生する音で、まるで現実にその場にいるような錯覚をさせる。リンダはやったことがなかったが、ゲームやスポーツなど、危険だけどちょっとやってみたいことを体験させるものは実用化していた。
ただし、あまりにもリアルすぎるものは危険だとリンダは危惧していた。ゲームで死を錯覚させて、本当に心臓が止まったらシャレにならない。
「でもさ、それこそ時間がかかりすぎて無理じゃない? 一人ひとりにそんな複雑な魔法かけてられないよ」
「そうね。お化け屋敷に一人で来る人は滅多にいないもの。それこそ現実的じゃないわ」
マッジーとフローレスの言い分はもっともだ。
リンダは人差し指を立てて、チッチッと横に振った。
「そんなことはわかってます。グループでいいんです。というか、グループでないと楽しくないでしょ」
お化け屋敷の醍醐味といえば女の子を誘っての嬉し恥ずかしハプニングだ。そういうお楽しみと下心がなければ楽しくないといっても過言ではない。
「リンダ、まさか迷宮を再現する気?」
無茶が過ぎると翡翠も止めに入った。雲外鏡は迷宮に固定されている。移動させることは校長が許さないはずだ。それに、迷宮と塔は冒険者クラブが使用許可の申請をすでに出している。
「そこまで難しく考えないでよ。お客さんに幻影を見せて怖がってもらうだけだってば」
タッジーがようやくリンダの言わんとすることに気がついた。
「催眠でその場にいるように思わせるんだな?」
「あー、なるほど。催眠呪? それとも香?」
マッジーもからくりが読めてきた。
「催眠呪だと強力すぎるので、お香にしときましょう。嘘だってわかってないと戻ってこれなくなりそうですし、お化け屋敷って怖いとわかってて楽しむものですからね」
リンダたち一年生はまだ催眠呪を習っていない。
対象の精神に強力な暗示をかける、呪術のひとつだ。
例をあげると麻酔手術中に楽しい夢を見せたり、反対に終末期医療の患者に夢を見せたまま最期まで眠りにつかせたりと、医療関係に用いられる。精神病の患者の治療に継続的に使われることもあった。これの重要なところは、必ず同意を得るという点だ。同意のない催眠呪は犯罪行為である。
催眠呪の上位になるのが服従呪だ。
「催眠香なら許可が出るでしょ。ここだけの話、魔術クラブのパフォーマンスでも使われてるっていうし」
「そうそう、コンサートとかね。観客を熱狂させるくらいの効果しかないし。雰囲気に呑まれやすくなるっていうの? 授業でも習うしね」
香はせいぜい気分を高めて集中力を上げる程度だ。魔法ほど深く精神に作用しない。安全が確保されている。
「導入にお香使って怪談の世界に入ってもらって、魔道具で音と映像出して体感してもらいましょう」
「……うん、それならできそうだな」
「学校、森、川、迷宮もあれば町も近くにある。怪談の舞台には困らないな」
タッジーとマッジーが考えながらうなずいた。
魔法カメラは動画が浮き上がって音声まで流れる優れものだし、催眠香の効果と合わさればよりリアルにできるだろう。
「じゃあ今年は体験型お化け屋敷で決定ね! 部長と副部長はまず申請を出して、どの怪談にするか厳選しましょう。私たちは催眠香と魔道具作り。リンダちゃんはカメラ撮影お願いしていい? 編集と録音はとりあえず後回しでいいわよね」
フローレスがぱんと手を打ってまとめた。
次期部長は二年生のフローレスになる。廃部にならないためにも光臨祭では目立っておきたい。ドリアードで増えた新入部員は儚い夢だった。
もしも来年、新入部員が一人もいなかったら、リンダ、翡翠、ローゼスタが部を背負っていくことになる。しかしローゼスタは生活快適クラブと魔法薬クラブとの掛け持ち、翡翠も冒険者クラブに入っている。残るはリンダだ。はっきりいって、不安しかない。
「ねえリンダ、その枝どうするの? また箒?」
「そう! 光臨祭で、飛行体験しようと思って! 今度の箒はトネリコ製だよ!」
不安だ。
リンダが部長になろうものなら怪奇クラブが飛行クラブになってしまう。いや、リンダは不義理なことはしないだろうが、活動内容に怪奇が消える。
フローレスは着々と増えていく箒に、背筋に寒気が走るのを感じた。
文化祭の準備って楽しいですよね。




