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2:こんにちは、ジジババ

初回連続投稿三話目。



 この世界、空は飛ばないくせにどこでもドアはある。

 好き勝手にどこでも行けたら不法侵入だし、どこぞの風呂や着替えを覗き放題の変態になってしまうため、法律で使用方法が定められていた。

 ノック代わりにドアに魔法陣を描き、目的地側が承認すれば通れる、というものだ。距離によって強い魔力と複雑な陣が必要になるため、使用できる人が限られてくる。魔法陣は魔力で描くので後には残らない。

 のん気なことやっていられない非常時にはその限りではないが、移動に空を飛ぶ必要がないのは事実だった。もちろん趣味で飛ぼうとする酔狂な人間もいない。魔力が尽きたら落下して死ぬ。


 さらにリンダが驚いたのは、魔法使いの定番ともいえる杖がないことだった。俺の知ってる魔法と違いすぎる。現実はこんなものと言われればそれまでだが、じゃあこの記憶はなんだったのだ。


 リンダには前世の記憶がある。


 日本という国に生まれた、我ながら曲がったことが大嫌いで融通の利かない男の人生の記憶だ。

 若い頃は仲間と一緒にバカやって、嫁と子供を愛し、中年にさしかかったところで会社を興した。自分と同じようにバカやってまともな学のない連中を雇い、社会の厳しさを叩きこんでやったものである。笑って怒って泣いて、なかなか良い人生だったのではないかと思っている。


 そんな男が大往生を遂げたと思ったらまさかの幼女になっていた。本が嫌いでゲームなどより仲間と遊んでいる方が好きだったリンダは転生という言葉を知らなかった。しかしそこは家族を愛する男。生まれ変わっても嫁ともう一度結婚したいかという娘の無邪気な問いに、もちろんだ、と即答した記憶があった。


 なるほどこれは生まれ変わったのだな。リンダは周囲を観察して理解した。なら嫁を捜そう。リンダは単純だった。


 魔法については多少の知識があった。娘がガキの頃見ていた日曜朝の魔法少女がそれだ。パン屋で配達のバイトしてる勤労少女も魔女だと言っていた。リンダの知識は偏っているが、訂正してくれる者は残念ながらいなかった。


 ともあれ魔法があるのなら空を飛べるはず。リンダは前世の嫁がこの世界にいることを信じて疑っていなかった。俺がいるんだから嫁もいるのだろうと思っている。リンダは純粋だった。


 転移魔法でハーツビート家に着くと、ジークズル家の噂を聞いて気を揉んでいたのだろう祖父のオービットと祖母のフライヤが二人を待っていた。


「プルート! リンダ!」

「メイから話は聞いたわ。辛かったわね、リンダちゃん」


 あの後すぐメイが鳩を飛ばして事情を説明してくれていたらしい。祖母に抱きしめられたリンダは、心やさしい老人を安心させようと元気いっぱいに応えた。


「お爺様とお婆様がいるから、もう平気!」


 簡潔に事実を述べただけのリンダの言葉はこの事態になにもできなかった老人二人の心を直撃した。一番いたわられてしかるべきリンダが、健気にも祖父母を気づかい、強がってみせている。


 リンダ本人は『お爺様お婆様って言いにくいなぁ。じーちゃんとばーちゃんでいいじゃねえか』などと内心愚痴っているのだけれど、よそ様のお家で勝手気ままにふるまってはいけないくらいの常識はあった。なにより猫を被っていれば安心してくれる。年寄りには親切にするものだ。


「リンダちゃん、疲れたでしょう。お婆様とおやつを食べましょうね」


 フライヤが柔和な顔に笑い皺を刻みながらリンダを誘った。歳は六十を少し超えたところだがまだまだ若い。目元が母によく似ていた。

 リンダがプルートを窺うと、オービットと揃ってうなずいた。


 プルートは父より祖父に似ている。ハーツビート家の特徴である見事な赤毛に深い青の瞳。少し生え際があやしくなってきているが、人間離れした美貌に陰りはない。身内への愛情に満ちた瞳でリンダを見ていた。

 リンダと祖母が手を繋いでティールームへ行くのを見送って、プルートが息を吐いた。自覚はなかったがだいぶ緊張していたようだ。


「プルート、よく頑張ったな」

「お爺様……」


 オービットの大きな手が肩に乗り、そのぬくもりにプルートの瞳が潤んだ。六歳の妹を抱えて九歳の兄が逃げてきた。非常だったし悲痛な思いがあっただろう。血の繋がらない継母と義妹はともかく、父はほんの数年前までプルートの尊敬する父であったのだ。それがたった一人の女にあそこまで壊されるなんて夢にも思わなかった。細く幼い体の孫を、祖父の手がやさしく撫でた。


「なにがあったか教えてくれ」

「はい」


 ソファに座り、メイドがお茶を用意する。一口飲んだプルートはようやく安心したのかどこか疲れた顔だった。

 やがて語り出したプルートの説明は、オービットが聞いていたものとおおむね同じだった。リリャナの死からまもなく父が再婚し、継母と義妹がやってきたというものである。


「なんということだ……」


 違っていたのは後半、リンダが継母と義妹にされた虐待である。


「儂が聞いた話では、継母と義妹はリンダと上手くやっているということだったが……」

「父の目には上手くやっているように見えたのでしょう。今まで日陰の身であった愛人と娘を呼び寄せて、望むものはなんでも与えた。それが母の形見やリンダのドレスやアクセサリーであっただけです。物があるうちはまだいいんです、でもなくなったら? 次はリンダのなにを奪うつもりか……」


 前世の記憶があるリンダの信条は『女子供にはやさしく』である。そもそもドレスにもアクセサリーにも興味はなかった。欲しいというやつに使ってもらったほうがいいだろ、となにも考えずに差し出しただけである。母の形見だけは兄にも相談しろよと思ったが、夫である父が良いと言うのなら良いんだろうとあまり気にしていなかった。物は使いたい人が使うべきであると思っている。


「あのミリアとかいう女は男爵家の出だろう。魔力が違いすぎる。リリャナの魔道具を使ったところで使いこなせるわけなかろうに」


 オービットが呆れたように言った。


 リンダの知らないことだが、公爵夫人ともなればドレスや宝石には護りの魔法が編み込んである。魔力の消耗を防ぎ、穢れや呪いを弾き返すものだ。それらは持ち主専用に調整されているため、他人が使っても意味がない。当然リリャナの宝石はミリアを護ることはない。ただの綺麗な石だ。


「はい。あの様子では貴族の役割すら理解していませんね。まだ六歳の義妹はともかく、公爵夫人ともあろう者があれではジークズルも先が思いやられます」

「ハーツビートの籍に入るか? リリャナの子であれば資格は充分だ」

「……叔父上が承諾してくださるなら」


 プルートとリンダの叔父、つまり母の弟はハーツビートの跡継ぎだ。いきなり姉の子供が現れたら面白くないだろう。そのつもりがなかったといえば嘘になるが、当人を追い越して勝手に決めていい話ではなかった。


「そうだな。形式上はあれの養子になる。あれの承諾がいるわ。誰かある」


 オービットがトントンとテーブルを叩くと、すぐに執事が入ってきた。


「お呼びでございますか」

「うむ。ノヴァに使い魔を飛ばせ。『重大な相談がある、至急戻ってくるように』だ」

「かしこまりました」


 ハーツビート家の使い魔は黒い鷹だ。

 使い魔はその家に長年住む。生まれたばかりは白い体をしているという。歳月をかけて光を吸収し、黒くなるのだ。つまり黒い使い魔のいる家はそれだけ長く続いているという証明になる。ハーツビートはジークズルよりよほど古い家柄だった。


 来たばかりの執事が出ていくと、オービットはソファに体を沈めた。


「叔父上はあいかわらず森ですか」

「うむ。……ノヴァの作る魔法薬は効能が良いと評判だ。ハーツビートは薬学に優れた家だ。プルートもリンダも、ハーツビートの一員となるからには疎かにしてはならんぞ」

「はい」


 しばらく沈黙があった。

 ノヴァが森に籠っているのは仕事だからというだけではなかった。


「間に合わなかったの」

「…………」

「世界樹の森と呼ばれるからには世界樹があるのだろうと……。ジークズルとの結婚に最後まで反対したのはノヴァだった。リリャナほどの魔法使いであれば大丈夫と説得したが……。リリャナが倒れ、一縷の望みをかけてノヴァは森に行った。無念だったろう。儂も無念だ。貴族の定めとはいえ、それでも我が子が先に逝くのは辛い」

「お爺様」


 祖父の声に涙が混じった。

 父親として悔しくて堪らないのだろう。娘が病に倒れた時、オービットは手を尽くして医師を派遣したが結局なにもできなかった。死を遅れさせることはできても食い止めることはできなかったのだ。


「母は私とリンダを生んでくれました。私は母に感謝しています。どうか、お爺様も後悔しないでください」

「プルート……。そうだな。リリャナは逝ってしまったが、お前たちを残してくれた。感謝しなくてはならんの」

「そうです。……本当に後悔すべきは母様になにもかも押し付けて愛人を囲っていたあの男ですよ」


 もはや父とも呼びたくないとばかりにプルートは「あの男」と吐き捨てた。

 リリャナとドヴェルグが結婚したからプルートとリンダがいるのだ。それはわかっていても怨みは消えない。愛人がいるのは別に良い、誰だって心が迷うことがあるだろう。公爵の重さから逃げるのに必要だったというのなら、一時の慰めであれば認めることもできたのだ。

 だが、ドヴェルグはジークズルの責務をリリャナに押し付けた。それがどういう結果に繋がるか、わからなかったはずがない。あの男がリリャナを死なせたのだ。

 だからこそ、プルートにはジークズルを捨てることに迷いはなかった。



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[一言] 『我ながら曲がったことが大嫌いで融通の利かない男』 ①妻子ある人間(ジークズルの父)の不貞。 ②後妻と異母妹による遺品の取り上げ。 曲がった事が嫌いな割に、何も言わない。 自称、『曲がっ…
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