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幕間:あの女には手を出すな

ストックがなくなりましたのでここから不定期更新になります。



 七不思議騒動が終わっても、リンダ、翡翠、ローゼスタの三人は怪奇クラブを辞めなかった。

 ローゼスタは部室の蔵書目当て、翡翠は魔法生物や神秘の恐ろしさに触れたことで思うところがあったらしい。入部時の宣言通り在籍を希望した。

 リンダはというと、箒で探検するのが日課になっていた。


「で、やっぱり窓から出ていくのね」


 ローゼスタが諦めたように言った。


「わざわざ玄関まで行くの面倒なんだもん」


 放課後、部室にやってきたリンダは先輩に挨拶してから飛びに行く。怪奇クラブの窓はすっかり離着陸用になっていた。


「リンダちゃんはワイルドだね」

「玄関まで戻るの面倒なのわかる。俺も早く空飛びたいなぁ」


 マッジーはリンダとの二人乗りですっかり空の虜になった。ただしリンダの後ろは遠慮したいので自分専用の箒を作っているところだ。

 

「リンダ、自分が飛ぶだけなら良いけど、広めるつもりなら安全対策はちゃんとしないと、校則で禁止されるわよ」

「む。それはまずいな」


 リンダの箒はドリアード製だ。難しい素材のため、日々改良に励んでいる。おかげで箒は部室に置きっぱなしだった。


 ドリアード発見の功績があるから禁止されていないが、クラブ発足できなかったことを考えれば先生方が良く思っていないのはたしかだ。箒作りはリンダが教えるしかないため、マッジーの失敗はリンダの責任になる。


「それに、魔力の坩堝の件もあるし、リンダの目が届かないところで火を付けられたりしたら終わりでしょ? 箒だもの」


 ローゼスタが言いにくそうにその可能性を訴えた。

 あの男子生徒はローゼスタに因縁つけてきたが、リンダにも反感を抱く生徒がいてもおかしくないのだ。なにしろ魔力は飛びぬけているし、一年生ながらにドリアードを助け、礼にと枝を譲り受けたことは学校中が知っている。おまけに祖父は学校の理事だ。


 恵まれ過ぎた者が妬まれるのはどこの世界にもある話だった。リンダが能天気だからこそ、余計に苛立つ者がいるだろう。

 自分が妬みの対象になるなど考えもしなかったリンダは純粋に驚いた。


「まじか。目立つことなんかしてないわよ?」

「リンダって、なんだかんだいって育ちが良いわよね……」


 ローゼスタがため息を吐いた。


「リンダちゃんはもう少し自覚したほうが良いわね。ちょっとした悪戯、嫌がらせがとんでもない事件を引き起こすことだってあるのよ」


 フローレスも言う。恨み妬み嫉みは呪いの源になりうる負の感情だ。そこから怪談が爆誕することだってある。研究しているだけあってフローレスはその手の話に詳しかった。


「ええー……。喧嘩なら売ってくれればちゃんと買うのに」


 そういう問題じゃない。いまいちわかっていないリンダに、翡翠たちは頭を抱えたくなった。



 ◇



 怪奇クラブが危惧したように、リンダの存在を面白く思っていない生徒がいる。


 魔術研究クラブだ。


 顧問は古代魔術教科担当のトレカ・ターニング。とはいえ名ばかり顧問でクラブ運営は部員に一任されている。

 魔術研究クラブにしてみれば、リンダの活躍は目障りなのだ。一度部長が勧誘に行ったが飛行クラブを作ると言って断られている。


 箒で空を飛ぶ。誰も考えつかなかったことをやってのけ、そこにさらにドリアードの一件だ。そうしたことは魔術研究クラブの分野なのに、廃部寸前の怪奇クラブなんかに手柄を持っていかれてしまった。


 妬ましくて仕方がない。


 魔術研究クラブの部長はシーヴ寮三年生、ユミル・アーシェスカ。彼女は同寮の先輩だったリンダの兄、プルートに片恋を募らせ拗らせていた。

 ずっと好きだったのに、プルートはユミルを顧みることなくトリトと婚約してしまった。ユミルの恋は木の影からこっそりねっとり見守る系の消極的なもので、そもそもプルートの視界に入ってすらいなかったのだが彼女はそれを知らない。いつかプルートがユミルにひざまずき、ずっと見守っていてくれたよね、ありがとう、結婚してください、と言うはずだったのだ。ユミルの中では。

 それでもユミルは諦めなかった。魔術研究に必要なのは根気と粘り。粘着質な感情を、彼女は研究にぶつけた。


 ユミルの研究テーマはずばり『恋』だ。いわゆる惚れ薬、相愛呪を完成させるべく、日々研究に励んでいる。


 リンダからすればとばっちりというかやつあたりだ。しかし、リンダもまたユミルの存在を知らなかった。というか、勧誘されたことを忘れていた。

 なので、ユミルの嫌がらせなど、リンダにはまったく効果のないものだった。


「ここね……」


 ユミルは放課後に一人、怪奇クラブにやってきた。

 門限間近。クラブや課題で学校に居残っていた生徒も慌てて寮に帰っている時間帯だ。人っ子ひとりいない別校舎は不気味に静まり返っている。

 部室のドアには鍵がかかっていた。魔法で解錠し、音を立てないよう体を滑りこませる。

 沈む寸前の赤々とした太陽の光が濃い影を作りだしていた。ユミルが目を凝らして部屋を見回すと、ドリアードの枝から削りだされたリンダ愛用の箒が本棚に立てかけてある。部室に置きっぱなしというのは本当だったらしい。


「…………」


 ごくり、と喉が鳴った。

 手には発火薬の入った瓶。これを塗れば魔力に反応して火が付く、キャンプやバーベキューなどでは必需品だ。乾燥した木材など簡単に燃えるだろう。

 ドリアードはユミルにとって垂涎の素材だ。それを箒なんかにしてしまえるリンダの無神経さがこうして実際に見ると余計に怒りを煽る。リンダへの怒りでドリアードを燃やそうとしている自分の責任を転嫁した。


 空に飛び立った瞬間に箒が燃え上がったら火傷くらいはするかもしれない。怪奇クラブには三年生がいるのだから簡単な怪我はすぐに治してもらえるだろう。だが、ドリアードを燃やしたとなれば騒ぎになるはずだ。

 そこでユミルがリンダを庇ってやればいい。恩を着せてプルートとの仲を取り持ってもらうか、頼りになるお姉様としてトリトではなくユミルと結婚してと言わせるのだ。


 自分の妄想にぐふっと笑い、ユミルは箒に手を伸ばした。


 びよん。


「……は?」


 危険を察知した箒が自ら飛び跳ねてユミルを避けた。実は忠告を受けたリンダが自己防衛魔法をかけていたのだ。箒はまるで意思があるようにユミルの手からびよんびよんと逃げる。


「ちょ……っ。待ちなさいよっ」


 ユミルが追いかけ、箒が逃げる。箒だけに塗って他に被害が及ばないようにと考えていたユミルだが、頭に血が昇ってついに瓶を投げつけた。


 カキンッ。


 見事に打ち返され、発火薬の入っていた瓶はユミルの鞄に落ちた。


「あっ、あ――っ!?」


 ユミルは絶叫を飲み込んだ。こんなことで新たな七不思議になりたくない。

 発火薬があるのだから当然消火薬もある。万が一溢してしまった時に備えてユミルはちゃんと用意していた。

 ただ、この二つの薬は液体なのである。

 鞄の中には教科書とノートが入っていた。

 濡れて、乾いた紙がどうなるか。

 優等生を自負するユミルはワカメ状態になった教科書にリンダへの逆恨みを募らせていった。



 ◇



 ユミルは部員数最大を誇る魔術研究クラブの部長である。一度の失敗くらいではめげなかった。

 個人主義の魔法使いの卵たちをまとめ、部の運営ができるほどの手腕を持っている。先生方の評判も上々。その上伯爵家の出だ。髪だってハーツビートに似合いの赤茶色。自分こそプルートの嫁としてふさわしいと思い込んでいる。思っていただけでなにもしなかった――わけではない。


 惚れ薬。相手の心を意のままにできる薬が完成しさえすれば、プルートに愛されるのだ。その思いを胸に、ユミルは研究に没頭していた。

 そしてついに薬が完成する。


「ふふふっ、ついに、ついにできたわっ!」


 一人残った部室で喝采をあげたユミルだが、はたと気づいた。

 理論上完成した薬だが、効能の確認はしていない。あくまでコレは惚れ薬(仮)だ。しかも飲み薬なので飲んで確かめなければならない。

 ユミルは完成のことばかり考えていたので、味は二の次だった。


「…………」


 見た目は薄いピンク色。匂いもあまりしない。薬草から抽出した液体なので体に悪いものではないはずだ。ただし魔法さえかかっていなければ、という注釈が付く。

 恋という、精神に強力に作用する魔法薬。自分の体で人体実験する気にはとてもなれなかった。


「そうだわ。あの子に飲んでもらえばいいのよ」


 飲んではじめて目に映った人物に恋をするはずだ。もしその時に例の男子生徒二人がいたら、さぞ愉快なことになるだろう。

 ユミルはすっかりその気になり、根本的な疑問に突き当たった。


「……どうやって?」


 学校内は基本飲食禁止だし、ユミルはシーヴ寮、リンダはテュール寮で寮内で会うこともない。そもそもほとんど面識のない人から貰った怪しげな薬品を飲むことなどないだろう。お菓子をあげると言われても知らない人にはついていっちゃいけません、は世界共通の防犯認識だ。


「いえ、ここで諦めちゃダメッ。頑張るのよユミル、あなたはできる子でしょう!」


 ユミルは自分を励まし、機会を待った。

 薬品瓶なのでユミルが持ち歩いていても不自然ではなかった。魔術研究クラブでは時間ごとに経過の確認が必要な実験をすることがある。休み時間にいちいち部室まで通っていられないため、持ち歩く部員もいるくらいだ。

 ユミルはそんなクラブの部長。教室ではまたなにか変な実験をやってる、くらいにしか思われなかった。


 そして、ついにその時がやってくる。

 光臨祭の練習のために、一年、二年、三年の合同授業がはじまったのだ。


「今日は光臨祭のための模擬戦を行う! 一年生は怪我のないように! 二年は昨年のおさらいのつもりでやれ! 三年生、気を抜くな!」


 チェスター他の先生も集まって、生徒に怪我がないように見守っている。

 光臨祭本番ではランダムで組み合わせが行われるため実力差がつく場合がある。慣れていない一年生はもちろん、気を抜くと三年生でも怪我をする。そのための救護所まで用意してあった。


「毎回思うけど、決闘ルールのトーナメントって一年には酷だよね」

「練習でも先輩は本気でかかってきたからね……。いくら結界があるっていっても怪我はするしさぁ。出場希望者だけでやればいいのに」

「こっちも迷惑だよ。魔法薬クラブは光臨祭に備えて回復薬の作成があるんだから」

「魔術研究クラブもだよ。一年生は基礎の復習も兼ねて回復薬作りが義務」


 愚痴を零すのはおもに三年生だ。トーナメントは祭りの華だが、すべての魔法使いが戦闘を得意としているわけではない。むしろ研究に没頭して引きこもりたいと思っている者のほうが多いだろう。戦争が遠ざかり、平和を謳歌している平民ほどそういう傾向が大きかった。


「アーシェスカ、回復薬の準備はできているな?」


 チェスターが救護所に顔を出した。ユミルたちは用意された救護用テントの中で回復薬を並べている。どの学年にも必ず魔術研究クラブ部員がいるためこうして雑用を言いつけられることはしょっちゅうだ。


「はい。とりあえず五十本用意しました。塗り薬も念のため用意してあります」


 ユミルはさりげなく一本ポケットに入れていた。中身は惚れ薬と入れ替えてある。あとはこれをリンダに飲ませるだけだ。


「ご苦労。まあ、今日はルールの説明と軽い練習だけだからそう怪我人は出ないと思うがな」


 偉そうに言いながらもチェスターの顔色は良くない。彼は背後を振り返ると一年生の列を見やった。ひときわ目立つ真紅の髪。リンダは教師陣の胃痛の種である。

 そうとも知らないユミルはひと通り練習が終わると戦闘に慣れていない一年生に優先して回復薬を配って回った。五十本の中からランダムで選んだ一本に見せかけて、惚れ薬をリンダに渡す。

 衆人環視の中の完全犯罪にユミルの緊張はピークに達していた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


なんの疑問も抱かず、ユミルを見ても特に反応のないリンダに、ためらっていた気持ちが吹き飛ぶ。

 回復薬を作ったのは魔法薬クラブと魔術研究クラブの一年生、たとえ失敗作であってもユミルを疑う者はいないだろう。

 怪我なんかしてないのに、とぶつくさ言うリンダを隣の翡翠とローゼスタがせっかくの好意なんだからとたしなめる。薬嫌いとは子供っぽいところがある。三人はせーので飲み干した。

 次の一年生に回復薬を配りながらリンダが飲んだのを目の端に捕らえたユミルは、ぞくぞくした快感が体を走るのを感じた。


「あれ……?」

「リンダ?」

「なんか、体あっつい……」


 やった、とユミルはリンダの状態を確認すべく振り返った。多分に私怨を含んでいるが、惚れ薬の効能を見るのが本来の目的である。

 リンダは真っ赤な顔で目を潤ませ、ふらふらとした足取りでよろめいた。翡翠とローゼスタが咄嗟に支える。


「リンダ!? しっかりして! 先生! 先生、リンダが!」


 ローゼスタが異常に気づいて叫んだその時。


 ぼふっ。と、音がして、リンダの耳と頭上から煙が噴き出した。


「……へ?」

「うわっ!? リンダが爆発した!?」


 リンダが口を開けるとそこからも煙がぷかりと浮いた。爆発としかいいようのない現象に翡翠が泣きそうな顔になる。


「らぁいじょおぶれしゅよぉ~ってんだぁっ」


 あきらかに呂律の回らない口調でリンダが笑った。喋るたびに煙がぽぽぽぽっと吐き出される。


「どうした!? 今度はなにをしたハーツビート!?」


 チェスターが血相を変えて走ってきた。ローゼスタから説明を聞いて眉を顰める。

 リンダがしでかしたこと前提。日頃の行いの大切さがよくわかる対応だった。


「回復薬でこうなっただと? ……その瓶はどこだ!?」

「かいふくやくってぇ~すんげぇ元気になっちゃうんれふねえ~。ひっく、うぃ~。あははっ、げんきひゃくばぁいリンダーぱーんち!」


 リンダが飲んだ薬瓶に鼻を近づけ匂いを嗅いだチェスターは、先生らしく「これは回復薬ではない!」とシリアスに断言していた。そこに、リンダのふらふらパンチがぽすんと襲いかかる。


「ええい、じっとしておれハーツビート! 貴様酔っているのか!?」

「じぇ~んじぇん酔ってましぇんよぉ~」

「酔っぱらいはみんなそう言うっておばあちゃんが言ってたわ」


 ローゼスタが焦りながらも冷静にツッコんだ。


「リンダ、先生相手に暴力はだめでしょ。チェスター先生、すみません」


 翡翠がチェスターの腹に押し付けたままだったリンダの拳を離そうとした。


「……なんのつもりだハーツビート、ジェダイト・リリー?」

「……? は、離れない……?」

「んっ?」


 リンダは拳を握ってパンチした。チェスターの腹に当たっているのは指の背と手の甲の部分である。チェスターの腹を摑んで離れない、というわけではなかった。

 翡翠もなぜ離れないのか不思議なようで首をかしげている。何度もリンダの腕を叩くがびくともしなかった。


「リンダ、ちょっとごめん」


 翡翠はリンダの腹に腕を回してがっちりホールドすると、そのまま引っ張った。


「うんとこしょー、どっこいしょ! ほりゃがんばれがんばれぇ~!」


 リンダが笑いながら励ます。まるっきり他人事だ。

 翡翠が引っ張ってもリンダの拳とチェスターの腹はくっついたままだ。いきなり引かれたチェスターが前につんのめった。


「なんだこれは!?」

「く、くっついて離れない!? どうなってるのこれ!?」


 異変に気づいたウノや他の生徒たちも集まって、両方から引っ張り合う。しかしやはりリンダとチェスターはくっついたままだった。


 二人がくっつく惚れ薬がまさかの物理効果だったユミルは失敗に遠い目をした。どうしてこうなったのかはさっぱりだが、とりあえずまた一から出直し確定だ。

 離せ! というチェスターの叫びには焦りが混じりはじめている。


「ええぇっ!? くっついたままって、トイレはどうなるの!?」


 誰もが頭を過ぎったがあえて黙っていたことを、ローゼスタが叫んだ。



 ◇



 二回続けて失敗したユミルはもう失敗できなかった。

 これでも優等生で通っているのだ、先生に疑われてはいない。だが、このところピリピリしているユミルを部員たちが怪しみはじめた。さらに先日の回復薬すり替え事件では、魔法薬クラブと魔術研究クラブは揃って減点されてしまった。慎重を期すべき薬品の中身を間違えるとは何事だ、と魔法薬学のイーゴ・テンゲンの雷が落ちたのである。回復薬の瓶は両クラブとも同じものを使っていたので結局犯人はわからず、両成敗となったのだ。

 しっかりものの部長。個人主義の部員たちをまとめる有能な部長が大量失点をもたらした。今までこんなことはありえなかった、部長はどうしてしまったのだろう。ユミルを見る部員たちの目にはそんな疑惑が宿っている。


「部長、現場にいたんですよね? 犯人を捕まえてやりましょうよ!」


 正義感溢れる王子様モーブレイが完全に善意で言ってきた。どうやらユミルが苛立っているのは部員の連帯責任で減点されたからだと思ったらしい。たった一人の失敗でこうなったのなら、犯人に責任を取らせるべきだ。


「え、ええ。でも、薬はひとまとめにされていたから、どちらの部が作ったかなんてわからないわ」


 犯人を捕まえるもなにも、ユミルである。


「魔法薬クラブでしょ。あいつらいっつも文句言ってるもの」


 副部長が吐き捨てるように言うと、そうだそうだと声があがった。ユミルは背中に冷や汗が流れるのを感じた。これはまずい。絶対にばれるわけにはいかない。


「ハーツビートの姫を怪奇クラブに取られた腹いせかもしれませんね」

「魔法薬の大家だもんな」

「そうなると、これからも狙われる可能性高くないか? 回復薬は牽制かもしれない」


 魔法薬の中身がすり替えられていると気づかなかったことを嗤っているのかもしれない。回復薬は基本だが、それでも手慣れていないと難しいし魔法薬学の授業でまず習うのは短時間でできる抽出や練り薬だ。素材に魔力をこめる感覚は慣れるしかなく、初心者にはまずできない。そこからはじめるのだ。

 だいたい怪我をしてもリンダなら周囲が魔法で癒してくれただろう。回復薬は魔力を持たない人か、回復魔法に費やす魔力も惜しい場合などに使われる。怪我を治すだけで魔力や体力の回復はできないのだ。魔力回復薬や体力回復薬とは別物だった。


「なんと卑怯な。ハーツビート家の姫に恥をかかせて辱めようというのか」


 モーブレイが義憤に燃えている。ぐさぐさとユミルに突き刺さった。


「みんな、落ち着いて……」

「魔法薬クラブなんかに負けてたまるか! 魔術研究クラブの名誉挽回してやりましょう!」

「そうですよ部長! 犯人見つけ出してやりましょう!」


 ここにいます。

 とも言えないユミルは頬が引き攣らないようにするので精一杯だった。こんな時だけ無駄に結束を固めないで欲しかった。企画・製作・実行犯のユミルはあまりの展開に目眩がしてきた。

 どうしてこうなった。犯人なのに探偵役に抜擢されてしまったユミルは、リンダに手を出すのではなかったと後悔した。




ユミル(やることが…やることが多い……!)

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