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17:謎と衝撃

好かれ体質はヒロインのお約束ですよね!



 リンダは相棒の箒、命名『カタナ』の手入れを欠かしたことがない。

 柄はあまり乾燥させ過ぎると割れる危険性があるし、箒の藁も風を入れないとカビが発生する。色々試したが、ワックスよりも植物油のほうが相性が良いようで、松脂を塗るようにしていた。滑りが良すぎると摑みにくく姿勢が崩れるのでほんの少し。それを布で擦ると艶が出て実に良い感じになる。藁は定期的に入れ替えた。エンジンオイルを替えるようなものなのか、新しい藁になると心なしかカタナが機嫌が良さそうだ。


 怪奇クラブに入部してからは、寮の門限ぎりぎりまでしか飛べていなかった。


「カタナー! 喜べ、今日から思いっきり飛べるぞ!」


 魔法で呼びよせた箒を抱きしめ、リンダは柄に頬擦りした。これが箒ではなく人形や花であれば美少女なだけに絵になっただろう。翡翠は呆れつつ残念に思った。


「カタナ? 箒じゃん」

「リンダちゃん箒に名前つけてんの? かーわいー」

「箒にしては物騒な名前ね」


 好き勝手な感想を言いつつも先輩三人は興味津々だ。このどう見ても箒が本当に飛ぶのかと観察している。


「ちょっとリンダ。飛ぶのに夢中で本来の目的忘れないでよね!?」

「わかってるって。じゃ、行ってきます!」


 リンダは窓を開けると窓枠に乗って箒に跨り、ひょいと降りた。一階なので怪我はしないだろうが、あまりにも慣れた様子に疑いの目になったタッジーとマッジー、そしてフローレスは次の瞬間目を見開いた。


「え……っ」


 リンダの姿が一瞬で消えたのだ。

 マッジーが窓に駆け寄り、遥か上空にいるリンダを見つける。ピンク色の瞳が歓喜に輝いた。


「す……っ、げぇええええ!」


 マッジーはタッジーのようなオカルトマニアではなく、神秘の追求をしたくて怪奇クラブに入ったくちだ。たいていのことは魔法で解明されてしまうこの世界で、いまだ謎の多い妖精や精霊に、一度でいいから会ってみたかった。


「リンダちゃんマジすげえ! タッジー、あの子本当に妖精かも!!」

「ああ。あれは箒の力なのか? それともリンダちゃんの魔法か?」

「一瞬で空にいたわ……。夢でも見ているみたい」


 部室の騒ぎをよそに、リンダは森の上空で一時停止していた。

 学校の森はハーツビートほど広くはないが木々が濃く、思ったより深そうである。魔法生物の生息地となっている場所もあるせいかあちこちに魔力の濃いところがあった。


「うーん……。魔法生物の棲み処は荒らすなって校則にあるし、とりあえず今日のところは森すれすれで飛んでみるか!」


 いざとなったら逃げればいい。リンダはぱっと降下すると森の中が見える高さで飛んだ。

 そして。


「時々果物投げてくる猿と、やたら踊り狂ってる鳥と、花咥えて走る馬がいた。バラエティー富みすぎて笑い疲れたわー」


 戻ったリンダの報告に、怪奇クラブの面々は唖然となった。


「それって求愛されたんじゃない?」

「めったに出会えないはずの魔法生物にピンポイントで遭遇ってどういうこと!?」


 蒼ざめるフローレスを押しのけてマッジーが突進してきた。リンダの細い肩を摑むやがっくんがっくん揺さぶられる。


「あー、あれ、魔法生物だったんだ? 歌いながら滝ダイブ決めてるのが人魚、くらいしかわかんなかった」

「なんてぇエ!?」


 マッジーが声を上擦らせて叫ぶと崩れ落ちた。リンダの足に縋って「次はぜってー乗せてもらう……俺も見たい……」と懇願している。


「マッジー先輩、絵面がやばいです……」


 翡翠が口元を引き攣らせながらリンダから引き剥がした。美少女の足に取り縋り、下着を覗き込まんばかりだったとなればいかによろしくない構図かわかるだろう。先生に見つかったら減点どころか退学である。


「リンダ! 他には? なにかヒントになりそうな場所はあった?」


 ローゼスタがぽかんとしているリンダに話を振った。マッジーのことはフローレスに任せればいいだろう。


「あ、ヒントかどうかはわかんないけど、見るからにやばそうなとこは何カ所かあった」

「何カ所もあるのか」

「リンダの言うやばいって、どれくらいやばいのよ」

「生き物が全然いなくて、そこだけすんげえ静かなの。あと遺跡っぽいところもあった。降りてみたけど、なにが書いてあるのか読めなかったわ。これなんだけど……」


 リンダはポケットからメモを取り出した。渡されたノートを破って使ったらしい。

 受け取ったローゼスタが眉を顰めた。


「なにこれ? ペンはどうしたの?」

「ペンだとインクが滲むから、土をつけた指で擦って写してきたんだ」

「ああ……。白い部分が文字? なのか」

「文字なの? 模様にしか見えないわ」


 光に透かして見ていた翡翠の顔色が変わった。


「ジェダイト?」

「……読める」

「読めるの!?」


 メモはきちんとナンバリングしてあった。ばらばらにして順番がわからなくなったら、とリンダが気を利かせたのだろう。ミーティングテーブルに順番に並べる。


「我、ココに……友、証として、契約? ……我の子、大樹老、……」


 翡翠が読み上げるのをフローレスとローゼスタが素早く書いていった。

 翡翠がなんとか解読したところによると、こういう内容だった。


『我、ココに×××』

『友の証として契約×××』

『我の子、大樹老、×××、妖精の導き、×××路、写しの水』

『これを結び、この地をフレースヴェルクと名付けることをここに誓う』


 ×××は風化していて読めなかった部分だ。翡翠も正確に読めたわけではなく、単語を繋ぎ合わせてどうにかこうなるのでは、とあくまで推測でしかないと付け加えた。


「ジェダイト、これ何語?」


 聞いてもさっぱり読めないとローゼスタが首を捻っている。

 翡翠はいつのまにか詰めていた息を吐き、汗の滲んでいた額を拭った。


「東大陸にある、神聖古代魔法文字よ。まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかったわ……」


 東覇国では皇族にしか伝わっていない文字である。四角い枠の中に複雑な線が引かれた、記号のような文字だ。あまりにも複雑、かつ種類が多いため、文字ではないかとされているし実際読めるのだが、なにかの飾りのようにも見える。未だに謎の多い言語だった。

 翡翠が覚えたのは兄たちへの反感と意地である。第五妃の子だからと見下されたくなかったのだ。


「つーか、これってさあ」

「学校創立の碑文だね」


 大戦後、ここに学校を築くにあたってこの地の精霊たちと契約した。その記念碑だ。


「よく残ってたわね。貴重な物なのに、どうして森にあるのかしら」

「森に呑まれちゃったんじゃないか?」

「リンダ、これどこにあったの?」

「森。の、えーと東側の真ん中くらい」


 森なのはわかってるんだよ、と翡翠ににらまれ、リンダは慌てて思い出した。


「ちょっと待ってね」


 ローゼスタが地図を取り出した。アルバムを見て書き加えてあり、かなり詳細になっている。


「あ、わかりやすい。んー、人魚がいたのがこの滝だとしたら、これだな」

「このマークなにかと思ったら記念碑だったのね」

「リンダちゃん、猿がいたのはどこ!? 馬には角があった? 足は何本? 鳥はどんなのだった!?」


 マッジーが身を乗り出した。猿は神の使いといわれる猩々、馬は一角獣ユニコーンかスレイプニル、鳥はガルーダだろう。魔法生物は魔力の濃い土地にしか生息できず、しかも気候その他が合わないと繁殖できないためほとんど絶滅寸前だ。マッジーの剣幕に引きつつもリンダは地図を指し示した。


「今日はとりあえず校舎から見て正面、東南方向を飛んだから、明日は西北を飛んでみるね」

「ありがとう、リンダ。それにしても、こうやって調べると本当に怪しい場所がいくつもあるわね……」


 地図を眺めながら、ローゼスタがため息まじりに言った。

 魔法学校なのにというべきか、それとも魔法学校だからというべきか。教師だけではなく生徒も含めて魔力が集中しているからこそ、あちこちに護りを敷いてあるのだろう。そのうちのいくつが七不思議として伝わっているのか、想像すると感慨深い。


「魔道具があるか、魔力だまりになりやすいんだろうな。魔法生物はデリケートだ。魔力がないと生きていけないが、魔力が濃すぎても死んでしまうらしい」


 世界中で魔法生物の生息地が減少しているのに彼らがいなくならないのは、妖精や精霊のようにあちら側では生きていけないからだった。そうでなければとっくに人間を見限って去って行っただろう。だからこそ、人間は彼らを守る義務がある。


「平和なのはいーんだけどさ、人口が増えた結果が森林伐採と大規模開発。それで魔法生物が減ってんだからなぁ……。古き良きお隣さんだったのに、哀しくなるよ」


 マッジーが嘆いた。考えたくないが魔法生物が絶滅してしまえば失われる魔法がいくつかあるだろう。


 翌日、頼みこんできたマッジーを後ろに乗せて、リンダは学校の西北方向を飛ぶことになった。


「マッジー先輩はなにか見つけたら地図に書き込んでください。やばいと思ったら全速力で離脱しますんで、振り落とされないよう気をつけてくださいね」

「わかってるって。しっかし改めて見ると普通の箒だよなぇ」


 念の為、マッジーの腰と箒の柄には命綱を結んである。地図に書き込みしている最中に襲われたら落下の危険大だ。そうでなくともリンダの運転を知っている翡翠とローゼスタが強く主張した。落下防止策があるとなしとでは恐怖感が違ってくる。


「空まではゆっくり行きますから」

「はいよ」


 リンダはやはり部室の窓から出ていくつもりだ。背の高いマッジーは頭をぶつけないように身を屈めて箒に跨っている。いうまでもなく間抜けな構図にタッジーが笑いを堪えていた。

 リンダとマッジーが窓から消えてしばらくすると「ひゃっほー!」というマッジーの雄叫びが聞こえてきた。


「あの子にゆっくりの意味を教えておくべきだったわね」

「あれでもゆっくりのつもりなのよ、リンダは」


 窓から見送っていた翡翠とローゼスタが空を見上げて言った。


「先輩、大丈夫ですか?」

「うん、へーき……」


 浮いていることに感動するまもなく上昇されて重力がかかる。内臓が浮く感覚に慣れないマッジーは気持ち悪さに口元を押さえた。


「じゃ、行きまーす!」

「えっ、ちょ……」


 大丈夫じゃない人の「大丈夫」は大丈夫じゃない。止める間もなくリンダは箒を前進させた。

 掛け声をかけて西北を目指す。マッジーを乗せた箒は「俺の走りについてこれるか!?」とばかりに張り切っていた。


「リンダちゃん、方角わかるの?」

「わかりますよ。空を飛ぶのに方角も読めないんじゃ話になりませんって」

「そっかぁ」


 学校の裏側、西北の森は東南とは雰囲気からして違っていた。植生している木の種類もそうだが、暗くて陰気だ。


「……なんかもう見るからにやばいっすね」

「うん。あれなんか宝の守りスプリガンじゃん。なんで学校にいんの……?」


 黒い犬の群れがリンダとマッジーを見つけて吠えたてた。黒妖犬ヘルハウンドだろう。

 あっ、とリンダが叫んだ。


「先輩アレ! 見て見て!」

「なに!? なにかあったっ!?」

「あの川にいるの、河童です!!」

「……河童?」


 リンダが指さす方向には川があり、緑の肌をした子供の背丈ほどの人型の魔法生物が泳いでいた。よく見れば頭は水平で皿のようなものが乗っている。どう見ても河童。


「やべえ河童いた! 本物はじめて見たー!!」


 げらげら笑うリンダにマッジーが呆気に取られていると、こちらに気づいた河童が騒ぎはじめた。


「キュウリ持ってくれば良かった」


 笑いすぎて揺れる箒を立て直し、リンダが手を振ると、河童も口を耳まで大きく開けて笑い手を振り返してきた。空を飛ぶ人間に喜んでいる。リンダの真似なのか、木の棒に跨ったり、おんぶして川に飛び込む河童もいた。


「殺意高い系多くない? この森」

「河童ですよ?」

「問答無用で溺死させてくるやつじゃん。陸の生き物には恐ろしい相手だよ」


 悪戯したら村人総出でタコ殴りにされたり、坊さんに説教されて改心したりという話はないらしい。

 それぞれ遊んでいた河童たちが一カ所に集まり、リンダを見上げて一度うなずき、それからいっせいに同じ方向を指差した。拝むように手を合わせる河童もいる。


「なんだ? あっちに行けってことか?」

「どうします? 先輩」

「そりゃもちろん行くしかないっしょ!」


 マッジーは上機嫌だ。学校内にこんなに魔法生物が棲んでいるだけでも彼にとって希望だった。ここを例にして、魔法生物保護区を作れるかもしれない。

 河童の示した方向に飛ぶうちに、リンダはぞわりと鳥肌が立ってきた。

 やばい。これ以上は危険だと全身が感じている。


「先輩、スピードあげます。しっかり捕まっててください!」

「え?」


 リンダはやや前傾姿勢をとった。両足でしっかりと箒にしがみつき、集中する。


「行きますっ!」

「っっ!」


 空調で顔を保護しているので呼吸は問題なくできる。風は目を避けていくのでしっかりと見えた。耳元の風音が鋭くなる。

 急加速に驚いたのか、箒の高度が下がる。木の葉が激しくぶつかってきた。


 いつもなら道を開けてくれる木々が拒んでいる。リンダは心臓が早鐘を打つのを感じた。背中に張り付いたマッジーの叫びなど気にしていられない。


「あれはっ!?」


 リンダはさらに加速した。赤黒く染まった一本の大木に、なにかがくっついている。


「ドリアード! いや……っ」


 マッジーは目を見開いた。赤黒い樹木人ドリアードなど見たことがない。あんな――まるで血を吸ったかのような、禍々しい色をしているはずがなかった。森の賢者と呼ばれ、尊敬と崇拝の対象なのだ。


「くっ!」


 リンダが咄嗟に結界を張った。次の瞬間バキッと音がして、木の欠片が飛び散った。


「馬鹿な! ドリアードが攻撃してくるなんてっ!?」

「先輩あそこ!」


 二人を捕まえようと伸びてくる枝を避けながら、リンダは見た。ドリアードに捕まったのだろう男が悲痛な表情でこちらに手を伸ばしている。黒い服、顔は目だけを出した頭巾を被っている。忍者のような姿だった。


「人を食べてる!?」

「なんてこった!!」


 逃げ回るリンダを諦めたのか、ドリアードは代わりに男を枝で包み込み、籠にして閉じ込めてしまった。


「先輩、魔法を」

「ダメだ!」

「なんで!? 見捨てるんですか!?」

「あれがドリアードだとしたらおそらく学校の護りだ! ……あの男は、侵入者だろう。とにかく学校に戻って……先生に報告だ」


 マッジーは真っ青になって震えていた。リンダは一度閉じ込められた男を振り返り、黙ってうなずいた。


 マッジーの言葉は半分は本音で半分は嘘だ。たとえ魔法を使ってもあれには勝てない。ドリアードの幹には今まで取り込んだ人間のものだろう顔が浮かび、人頭型の果実まで成っていた。マッジーは食べられたくない。死ぬのが怖かったから、逃げるようリンダに言ったのだ。

 沈みかけの太陽を背に、二人は学校に戻っていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  好かれ体質の意味が違う!っっw  これが元ヤンキーの魅力(みりょく)ならぬミリキってやつか!w [気になる点]  某ハリーポッターの魔法学園的な七不思議だと先輩たちがおっしゃっているよう…
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