16:七不思議を探せ!
怪奇クラブ二年、フローレス・ドロップは言う。
「怪奇現象なんて嘘っぱちですわ。すべての不思議は解明できましてよ」
フローレスは伯爵令嬢。学校の気風にだいぶ染まっている彼女は、わざとらしくつんと澄ましてそう言った。
怪奇クラブの部室はあいかわらず不気味で、湿っぽい雰囲気だ。体育系クラブの生徒たちが走っているのが窓から見える。どことなくノスタルジーを感じる風景だった。
「つまり、フローレス先輩は怖いから真相解明したい、と」
「魔法使いらしからぬ心意気ですね」
「ネタバレ肯定派かぁ」
上からローゼスタ、翡翠、リンダである。
「違います! 信じるに値しないと言っていますのよ!」
早くもボロが出た。人前で、しかも身分が上の公爵令嬢に対して怒鳴りつけるなど、レディとしてやってはいけないことである。慌てて口元を隠したが、もう遅かった。
「取り繕わなくていいのに」
「学校では平等ですしね」
「そのほうが親しみやすいです」
上からリンダ、翡翠、ローゼスタである。
せめてリンダの前ではレディでいるべきだと思っていたフローレスはふてくされた。先輩としての意地もある。せっかく女の子の後輩ができたのだ、ちょっとくらいかっこつけたかった。
「でも……」
「気にすることないですよ、先輩。私もこんなですし。それより先輩が信じてないほうがびっくりです」
「そう……? そうね。入部までしておいてと思うでしょうけど、私が信じてないのは部長のせいよ。だいたいの怪談って聞いた人に不幸が降りかかるとか、ほいほい人が死ぬんですもの。そんなことで死人が出てたら役所が出てくるでしょ?」
もっともな理由だった。解明されていない怪奇現象で人が死んだら、神祇省の出番である。呪いのスペシャリスト。
「神秘の追求こそ魔法使いの真骨頂。なのにはっきりさせないなんて、なにか理由があるに決まってるわ」
「……言われてみれば」
「隠された謎があると先輩は考えているのですね」
「真実はいつも一つ! ってことか」
学校が七不思議の噂を知っていながら放置しているのならば、必ず理由がある。納得する三人に、フローレスは満足げにうなずいた。
「もちろん、なんでもかんでも魔法のせいにするつもりはないわ。でも、学校に七不思議なんてものがあるほうが不思議よね」
「アホなガキが大喜びしそうですもんね」
「ちょっとリンダ。それじゃあここにいる全員がアホになるじゃない」
「あ、ワリィ」
ローゼスタのツッコミに、リンダは素直に頭を下げる。そんなリンダを、フローレスは残念そうに見た。いくら学校が平等でもリンダほど見た目詐欺してくる令嬢はいなかった。理想の後輩像にヒビが入る。
「ま、まあそういうわけで、七不思議なら私に聞いてちょうだい」
フローレスの研究テーマがまさに七不思議解明なのだ。ローゼスタが尊敬のまなざしで先駆者を見つめた。
「はい、先輩! 早速ですが魔力の坩堝について教えてください!」
「ふふっ、いいわよ!」
フローレスが鞄からノートを取り出した。一冊ではなく七冊以上あった。
「魔力の坩堝は他と比べてデマが多いわ」
そう前置きしてノートを開き、語り始めた。生き生きとしているあたり、彼女も怪奇クラブの正規部員なだけある。
「魔力の坩堝で一番有名なのが、開けた者は魔力を吸い取られて死ぬって話ね。あなたたちが食堂で話していた、賢者の石やカンタレラは最近出てきた話になるわ」
ノートには噂を聞いた日付までちゃんと記されている。どの寮から広がったのかも調査の一つなのだ。
「魔法使いの血肉を材料にしていると言われているけど、そんなものを学校が作るはずないし、作らせるのもありえないわ。いわく付きすぎて購入したなら履歴に残りそうだけど、それもなし」
「え……」
「じゃあ、魔力の坩堝自体がガセネタ?」
「それとも退学者が言い訳にした?」
フローレスは首を振った。
「フレースヴェルクは名門校なのよ。退学者なんてめったにいないし、いたとしても転校になるはずよ。魔力の枯渇による退学、なんてことになったら入学基準はどうなってるんだって大問題になるはずだわ。かといって、まったくのでたらめってわけでもなさそうなの」
これを見て、といってフローレスが開いたノートには、学校周辺で不審死として発見された事件の、新聞記事のコピーが貼り付けてあった。事件なのか事故なのか記事にははっきり書かれていないが、他の町と比べて多いのは明らかだった。
「いずれも身元不明。そして、学校について聞き込みをしていたそうよ。そのせいで何回か先生たちが事情聴取されたみたい」
「学校を?」
「保護者なら面会許可出るし、やばい匂いがする」
考え込んでいたローゼスタが、やがてはっとフローレスを見た。
「もしかして、魔力の坩堝って学校の防衛システム? 守護の一つなのでは」
「そう思うわよね? これは学校に侵入してきた敵を攻撃するものだと私は考えてるの!」
「わざわざ怪談の形にして伝わってる意味は? 生徒を怖がらせて近づけないため? でも、怪奇クラブはある」
リンダが疑問を口にした。防衛システムなら隠す必要はないだろう。リンダが言ったようにアホなガキが喜んで探しに行きそうである。
フローレスがチッチッチ、と指を振った。
「ここは学校よ? 堂々と置いて生徒が壊しちゃったらどうするの。それに、侵入者に解析されて突破されたら大変じゃない。だから、見た目は学校にあってもおかしくないもの。生徒を攻撃せず、侵入者だけを排除するもの。そういう類のもののはずだわ」
「……なるほど、考えたうえで七不思議として伝えて警告しているのですね」
侵入者に思い当たる節のある翡翠が蒼ざめた。おそらく過去にも身分を偽って学校に隠れていた貴人がいたのだろう。翡翠と同じように、命を狙われていたに違いない。
「推測だけどね」
「でも、そうなると探しちゃダメなんじゃないでしょうか?」
「先輩が調査できるなら平気だろ。本気でやばかったら先生が止めるはずだ」
俄然魔力の坩堝が真実味を帯びてきた。問題は、それがどういう形をしていて、どこにあるかだ。しだいに明らかになっていく謎にリンダが期待を込めてフローレスを見た。
「対侵入者用の罠なら発見しやすい塔かなと思って、試練の塔に登ってみたんだけど、最上階にはそれらしきものはなかったわ。学校で一番高いのはネブカドネザルの塔だけど、あそこはね……」
「ああ……」
チラッと翡翠を見て嘆息したフローレスに、なるほど、と翡翠はうなずいた。冒険者クラブにも所属している翡翠は、当然その二つの塔について知っている。
「そのネブなんたらの塔って、あのレンガ造りのぼろい塔だろ? なんかあるの?」
リンダは名前こそ知らなかったが学校で一番高い塔は知っていた。古くて危ないから立ち入り禁止になっている塔だ。
「あれは昔、冒険者クラブの部員が造ったんだ。いや、造っているというべき?」
「どういうこと?」
まさか卒業せずそのまま住みついているわけではあるまい。苦笑まじりに翡翠が説明すると、こういうことだった。
昔、西方諸島からの留学生ネブカドネザルは冒険者クラブに入り、そこではじめて足を踏み入れた試練の塔に感銘を受けた。当時の西方諸島にはこれといった資源もなく、彼は魔法使いが塔を作る場所を提供しようと考えたのだ。魔法使いを誘致して魔法を発展させれば島も潤う。なにしろ島にはなにもないから研究に没頭するには最適だ。ネブカドネザルはまずは自分でも塔を建ててみようと学校に許可を取り、建設に着手した。
「授業中も就寝中も造っていられるように、自力で成長する機能をつけたんだ」
冒険者クラブのやらかしに、翡翠はちょっと恥ずかしそうだ。
「未完成なのよ。設計にこだわりすぎて、ネブカドネザルが卒業してもまだ完成してないの」
「しかも時間が経ちすぎて一部の機能が壊れたらしく、うっかりしてると通路が塞がれたりするそうだ。方向がわからなくなるし、壁を壊して脱出するしかない。けど、下の階は古いから一度壊れたら崩壊するかもしれなくて……」
「厄介よね。面倒すぎて一度で懲りたわ」
一応フローレスは行ってみたらしい。うんざりしたように言った。
変に成長しすぎて学校一の高さだし、壊すには危険と判断されてそのままだという。
「空から探そうか?」
話を聞いていたリンダが言った。
「空?」
フローレスが首をかしげ、翡翠とローゼスタが蒼くなった。
「その手があった、けど」
「わ、私はイヤよ! リンダの後ろはもうこりごり!」
翡翠が横目でローゼスタを見るも、ローゼスタは手を振って拒否した。リンダだけが楽しい空中散歩は断固拒否だ。三半規管が死ぬ。
「あ、いたいた」
「魔力の坩堝、探すんだろう? フローレス」
そこにタッジーとマッジーが部室に入ってきた。部長と副部長が揃って今日は遅いおでましだ。
「遅かったじゃない」
「図書室でコレ探してたんだ」
「学校のアルバム。創立から去年まで、本校舎はともかく寮や別校舎はちょくちょく増改築されてるし、今の地図と見比べてみたらなにかわかるかもよ」
タッジーとマッジーが借りてきたのは、図書室でも閲覧数がダントツに低そうな卒業アルバムだった。
「アルバムかぁ。たしかにこれならどの年になにがあったか書いてありますよね」
この世界にも卒業アルバムが存在していることに驚きつつ、リンダは一冊手に取って開いてみた。
<<楽しかった光臨祭!!>> <光臨祭!>
いきなり声がして、ページから写真が浮かび上がった。それだけではなく写真の中の人が動いている。
「うぇっ!?」
<<みんなで挑んだ試練の塔!>> <死ぬかと思った!>
バタン、と勢いよくアルバムを閉じる。タッジーとマッジーが腹を抱えて笑い出した。
「そーなるよねぇ」
「知らねえとびっくりするよな!」
魔法学校のアルバムはノリが『卒業生を送る会』だった。なぜか後からコールが入ってくるアレだ。
「写真もこんな感じで思い出語ってくるから家族にも見せにくいし、捨てにくいって評判」
「なんて恐ろしいアルバムなんだ……」
この時期の子供なんてむやみやたらと壮大な夢を思い描き、俺カッケーと信じたことが大人になるといたたまれなくなるものである。人によってはそれをノートに記して悦に浸り、ばれないところに隠したつもりが母親に見つけられ、家を出て数年後に「アレどうするの?」とニヤニヤしながら言われるパンドラの箱。
それが自動でしゃべって動くとか、最終兵器がすぎる。
自分にも身に覚えのあるそれに、リンダは冷や汗を流した。
「ま、学校周辺の地図は普通だから」
「どこになにがあるだけでも上出来でしょ。創立号はなかったけど、開校三年目のはあった」
「創立号と二年目がないってなにか理由が?」
翡翠の疑問に答えたのはフローレスだった。
「学校創立当初は戦争をやっていて、ここは子供たちの避難所だったのよ。面倒を見てた大人が勉強と魔法を教えて、その流れで学校ができたの」
「学校の護りが固いのもその名残な。ラグニルド史に残る大戦争だったからさもありなんって感じ?」
アルバムの最終ページにある地図を広げて並べていたローゼスタが言った。
「それなら七不思議が護りになっていたと考えるのはおかしくないですね。そもそも七不思議っていつ頃からあるんでしょう?」
「いつのまにかあるし、年代で時々変化してるんだよねぇ。終わりのない廊下なんて完璧俺らへのあてつけじゃん? 怪奇クラブは怪奇作成クラブじゃないんですけどぉ」
マッジーが憤懣やるかたない、とばかりに吐き捨てた。タッジーとフローレスも強く同意する。
「終わらない廊下はともかく、他は物騒なのばっかりですよね。トイレの花子さんとか、四時四十四分のモナリザとか、動く人体模型と骨格標本とか、走る二宮金次郎とか、平和だったんだなぁ」
定番の七不思議を思い出しながらリンダはしみじみした。なぜか時折ブームが来て、リンダも友人たちと真夜中の学校に忍び込み、そしてしこたま怒られたものである。幽霊などより生きた人間のほうがよほど怖いと思い知ったものだ。
「そのハナコサンはなんでトイレにいんだよ」
「四時四十四分になにか意味でもあるわけ?」
「人体模型と骨格標本が動かなくてどうするのよ」
「ニノミヤキンジローって人が走るの好きなだけでしょ」
「それのどこが怖いのか知りたい」
魔法のある世界の住人なんてこんなものである。これだから魔法使いはロマンが通じない、とリンダは自分を棚にあげてため息を吐いた。
「とにかく私たちは昔の地図を調べてみるから、リンダは空から観察をお願いね。気づいたことがあったらメモしておいて」
さりげなくローゼスタが空中散歩から逃げた。ノートとペンをリンダに押し付ける。
「え、いつのまにか俺らも協力することになってる? まぁいーけどさ」
「それより空飛ぶ箒の子ってリンダちゃんだったんだ。今度乗せてよ」
タッジーとマッジーがそっくりに笑った。リンダたちを逃せば自分が卒業した後、本当に廃部になってしまう。ここらで一旗揚げて怪奇クラブを再起させたかった。
「おっ、マッジー先輩行きますか!?」
「や、やめといたほうがいいですよ!?」
「トラウマになりますって!」
翡翠とローゼスタが思いとどまるよう口々に言った。いくら怪奇クラブの副部長でもあれは恐怖の種類が違う。生命の危機だ。
友人の忌憚のない感想に、リンダはふてくされた。
あの後追いコールって全国共通なんだろうか……。今思うとホストっぽいけどどっちが先なんだろう。