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15:合同授業は大真面目



 結局怪奇クラブ入部初日はタッジーによる怪談を満喫させられただけで終わった。


「いやー、なかなか楽しかったな」


 すっきり顔で言ってのけたのはリンダだ。翡翠がジト目で睨みつける。


「一番叫んでたじゃないの。おかげでこっちまで釣られちゃったわ、恥ずかしい」

「怪談なんて絶叫してなんぼだろ」


 事実リンダは叫びまくった。タッジーの語りがまた上手く、意味ありげなところで句切ったり、声色を変えたりと恐怖を煽ってきたのだ。趣味と言い切るだけあって語り慣れている。


「マッジー先輩もフローレス先輩も止めてくれないし……」

「でも良い人みたいじゃない? 私の事情を知っていたからか、七不思議に関係ありそうな話ばっかりだったわ」


 ぐったりとなった翡翠に比べ、冷静なのがローゼスタだ。彼女は絶叫するリンダに驚いていたものの、落ち着いて怪談に聞き入っていた。


「そうだけど……。はぁ、寝るのが怖いなんて久しぶり」

「おねしょすんなよ?」

「しねえよ!」


 リンダと翡翠のやりとりを笑って見ていたローゼスタだったが、翌朝目の下にクマを作っていたのは彼女だった。


「おはよう、ローゼ。どうしたの?」

「え? ローゼ寝られなかったの?」


 あんなに平気そうにしていたくせに。意外そうなリンダと翡翠に、寝不足も手伝ってローゼスタは喚き散らした。


「ベッドに入ったら急に色々考えて怖くなっちゃったのよ! なによ、リンダなんてあんなに怖がってたくせにグースカ寝れたの!? ああもう、授業中に居眠りなんかしちゃったらどうしてくれるのよ!!」

「意外。ローゼなら謎解きしそうなのに」

「まさかの一番怖がりだったとは」

「もー!!」


 キャンキャン騒いでいるローゼスタに、ざまあみろと笑う者や、気の毒そうな目が向けられる。


「よう、早速怪奇クラブの洗礼受けたって?」

「怖かったら辞めてもいいんだぜ~?」


 そこにニヤニヤしながらやってきたのは例の二人だ。とたん、ローゼスタが通常運転に戻る。


「ふんっ! あんたたちには感謝するわ。あそこは古い魔導書や絶版本の宝庫よ! 先輩たちだって協力的だし、絶対に見つけてあげるから首を洗って待っておくのね!」

「あなたたちこそ、探して欲しくないのなら早めに言ってね?」


 腰に手を当ててびしっと二人を指差す。ローゼスタに加勢した翡翠も冷ややかに二人を睥睨した。ローゼスタはともかく翡翠は男子二人よりほんの少しだけ背が高い。高貴な者の迫力にぐっとたじろいた二人にかまわず、リンダがローゼスタの袖を引いた。


「ねえ、そんなことよりなにか気づいたの? ローゼだもん、ただでは起きないでしょ?」


 リンダの純粋な信頼にローゼスタは気を取り直し、そんなこと扱いされた二人は顔を歪ませた。


「ええ、もちろんよ! 昨日のタッジー先輩の話は魔力を吸い取られた人の末路や、闇のアイテムを作りだした話だったわよね?」

「うん。コドクの箱、ずげー怖かった」

「魔力を持つ子供に殺し合いをさせて、残った一人を使う……、だもんね」


 翡翠は恐怖のおすそ分けをした。静かな声が教室に響き渡った。

 より正確には魔力を持つ子供を集めて閉じ込め、生き残った一人、だった。中でなにが起きていたのか想像に難くない。タッジーがまたいい感じに咀嚼音を出すものだからより想像が膨らんだ。孤独の箱、あるいは蠱毒の箱。


「コドクの箱は開けば闇の力で人々の魔力を吸い、吸い取った魔力を使って願いを叶えるとその後使用者が死んでしまう。反対に、箱を祀り鎮めればいずれ箱に封じられた魂は浄化され、天に昇ることができる。つまり、悪しき者であれば魔力を吸い取られて、善なる者であればなにもない、そういう類じゃないかしら」

「あの怪談からそういう発想できるのがローゼよね」

「グロ話が多かったもんね」


 それが怪談というものである。


「あら、ありがとう。だからね」

「面白そうな話をしてるけど、もうチャイム鳴ったよ。席に着いて!」


 ローゼスタの解説を遮ったのは、防御担当のウノ・ドロワーズだった。生徒たちがあわてて席に着く。


「全員いる? いるね。休み時間におしゃべりが弾むのは仕方ないけど、チャイムは聞いとけよ」


 リンダはウノの授業が好きだ。まず話し方が親しみやすいし、身を守るためならなんでもあり、という考えに共感が持てる。なお、最初の授業でウノの心をぽっきり折ったことをリンダは知らない。


「今日は防御結界応用編だ。五十二ページを開いて」


 防御結界は魔法を弾く魔法の壁だ。攻撃の威力が結界より強ければ破られてしまうこともあるため、いかに工夫するかが防衛戦では重要になる。


「大規模戦闘はもちろんだが、魔法使いの決闘でも相手が連続して魔法攻撃をしてくる場合がある。ラグニルド歴千八百五十二年、シェルバーンの決闘では山火事が発生した。助っ人が結界を張ったが足りず、魔法の火が燃え移ったんだ。いついかなる時も結界を使えるようにならなくては、周囲にも被害が及ぶ」


 攻撃と防御の授業にはちょくちょく歴史が混じっている。争いの少なくなった世代では実感が薄く、地味な防御より攻撃魔法に目が行きやすいのだ。地元や知っている逸話であれば実感が湧くだろうという配慮である。


 シェルバーンは海辺の町だ。これといった観光は特になく、漁業で生計を立てる者がほとんどの、どこにでもある漁師町。魔法使いの決闘はギャラリーが集まってのお祭りになった。隣の町からも見学者が来たというのだから決闘が一種の娯楽であるのは間違いない。

 魔法使い同士の命を賭けた決闘はどちらも譲らず、攻撃魔法の応酬で結界の隙間をすり抜けた炎が山に飛んで行った。火は一昼夜燃え続け、怒り狂ったシェルバーンの人々に決闘の二人と助っ人、立会人はぼこぼこにされた。おまけに立会人は地元に決闘を誘致した張本人だったため村八分に遭い、一家離散したという。未だにシェルバーンでは語り草になっている。


「防御の基本は意識と集中だ。目の届かない死角、たとえば背中などは魔法に集中していると意識しにくい。意識しなくても防御範囲に入るよう、イメージに慣れていこう。次の実習授業はチェスター先生の攻撃実習と合同でやるから、班を作ってどう防ぐか作戦を考えてみよう」


 ウノの号令で生徒たちが立ち上がって友人のところにそれぞれ移動した。リンダは当然のように翡翠とローゼスタと班を組んだ。他の生徒が羨ましそうに見てきたが、気の合わない連中と組むつもりはなかった。


「ローゼ、よろしく」

「他の班はみんな五人か六人で組んでるわね……。向こうのクラスもそうでしょうね」

「数の暴力で来られるとまずいわね」


 ローゼスタは「ごめんね」と言おうとして言葉を飲み込んだ。リンダも翡翠も、ローゼスタと組むのは当然、という顔をしている。謝ったりしたら二人に失礼だ。


「三人で球体の結界を張れば、と思うけど、向こう側もそれに対抗してくるわよね。誰もが考えそうなことだもの。力押しされたら危ないわ」

「向こうが攻撃を諦めればいいんだよね?」

「攻撃した瞬間狙って落とし穴でも作る?」


 リンダの案に翡翠とローゼスタが手を打った。

 防御は自分の身を守ることが最優先なので、敵が降参すればこちらの勝ちだ。


「いいわね。でもそれだと一人だけよね? 残りのメンバーがムキになりそう」

「あー、それはありそう。逆上して攻撃してくるかも」

「ズボンとパンツのゴム切っちゃう?」

「女子だったらどうするのよ」

「男でも心が死ぬから止めよう」


 聞き耳を立てていた他の班はリンダのえげつない作戦に冷や汗をかいていた。

 どれもこれも子供の悪戯程度のものだが、落とし穴ならまだしも下半身丸出しはやばい。入ったばかりの名門校を登校拒否になるやばさだ。名門貴族の令嬢なのに、殺意が高すぎる。彼らには解けない謎であった。


 今日の合同授業は校庭で行われる。

 チェスターとウノが話し合い、生徒が負傷しない魔法陣が展開されてあった。安全第一。保護者が学校に抗議しに来る事態は避けたい教師の思惑が透けて見えた。


「……ハーツビートはどんな手を使ってくると思う?」

「聞いていたんだけど……他の班が聞き耳を立てているのに気づかれてから防音されちゃいました」


 チェスターとウノの顔色は悪かった。やってることに間違いはないのに予想の遥か上を暴走していくのがリンダだ。


「男子生徒のズボンとパンツは死守する」

「そういう作戦か……」


 チェスターがこめかみを押さえた。ウノは沈痛な面持ちだ。

 攻撃と防御の合同授業は、まず防御側が結界を張り、攻撃側が仕掛ける。魔法ではなく小石や衝撃波などが生徒に当たらないよう二人の先生が気を配っている。どちらかが降参すればそこで終了、勝者に加点される。どちらも降参しなかった場合でも五分で終了となる。引き分けの場合は両者に加点された。

 今のところは順調だ。どちらも習いたての魔法を懸命に使い、上手に攻撃して防御している。


「次の班、前へ!」


 やがて、リンダたちの番になった。攻撃側の生徒を見たウノが眉を寄せる。


「チェスター先生?」

「厳正なるくじ引きの結果だ」


 攻撃側にはユーフェミアとモーブレイ、二人に巻き込まれたのだろう三人の男子生徒がいた。あまり親しい間柄ではないのか、三人はユーフェミアとモーブレイから距離をとって立っている。


「あれ? ユーフェ?」

「本当だ。王太子とかいうやつもいるな。どうするリンダ」

「他はともかく、王太子は厄介よね。魔力が強いわ」


 威嚇のつもりなのかモーブレイはむやみに魔力を放出させている。それをキラキラした目で見ているユーフェミアと、余波に当てられて迷惑そうにしている三人が対照的だ。


「魔力強いなら遠慮はいらないね。じゃ、結界張るか」


 防御結界の呪文は「護りたまえ(アーシャグリーク)」だ。淡い光が膜のようにリンダたちを取り囲んだ。

 ウノが結界の確認をして、チェスターに合図を送る。どうでもいいがこの二人、フレースヴェルク魔法学校の同期である。多少気安いのはそのせいだ。

 ユーフェミアはモーブレイにくっついたままだったが、他の三人はそれぞれ位置についた。


「制限時間は五分! どちらかが降参すればそこで終了、せいぜい怪我のないようにしろ!!」


 チェスターが右手を上げ、振り下ろした。


「はじめっ」

「行けっ! 炎よ(カーノウラーズ)!!」


 モーブレイが一気に全開で炎の魔法を放ってきた。わかりやすく派手な魔法を使ってくるあたり、彼の性格がよく出ている。巨大な炎が手の平のように結界を包み込んできた。


「リンダ!」

「任せて!」


 翡翠が空調魔法で熱から三人を守る。ローゼスタは結界を支えるので精一杯だ。

 リンダが一歩、前に出た。ごうごうとゆらめく炎に炙られた白い肌に影が差す。瑠璃色の瞳がとろりと緩み、真紅の髪は蛇のように風に舞いあげられてうねった。


 リンダは笑った。


 実に久しぶりの喧嘩に血が騒ぐ。ちいさな唇が開き、赤い舌が何事かを告げた。


 一方のモーブレイは焦っていた。対戦相手がリンダと翡翠だったことに驚いた彼は、せめて早めに降参させてあげようと、あんな派手な魔法を使ったのだ。気を使ったつもりだった。

 同じ班の男子生徒たちもモーブレイに続いて魔法を放っている。ドン、ドン、と結界にぶつかって空気が揺れた。

 ユーフェミアはモーブレイの背中にくっついている。隠れているつもりなのだろうが、だいぶはみ出ていた。


 降参しろ、とモーブレイが言おうとした時、炎に変化があった。


「ん?」


 結界を包んでいた炎が、渦を巻いて戻ってきたのだ。


「なに!?」


 炎の竜巻は結界を守るように広がった。それだけではない、触手のように伸びた炎が五人に迫ってきた。


「モブ様っ」


 モーブレイに伸びてきた手から彼を庇ってユーフェミアが抱きついた。どすん、と尻餅をつく。


「いかん! モーブレイ、魔法を解け!」


 チェスターが命令した。

 男子生徒はこんなふうに返されるとは思ってもみなかったようで腰を抜かしている。ウノの魔法陣でギリギリ炎は届かないが、空調を使っていない五人は放出される熱に炙られている。これ以上は危険だ。

 モーブレイは恐慌状態で魔力暴走を起こしているのか、ユーフェミアの腕の中で固まっていた。


「お姉様、もうやめて!」


 ユーフェミアが叫んだ。


「降参するー?」


 困ったような返事が来た。

 制限時間は過ぎておらず、降参もない。これがユーフェミアたちの作戦ではないという確証がない以上、手を緩めるわけにはいかなかった。リンダたちは大真面目だ。


 リンダたちは真剣に「降参させる作戦」を考え、実行したのだ。

 チェスターとウノはその事実に気づいてゾッとした。しかし怯んでいる場合ではない。チェスターは素早く右腕を振り下ろした。


「そこまで! 勝者、防御チーム!」


 リンダがふぅと息を吐いて魔法を解除した。翡翠とローゼスタはまだ解かない。モーブレイの炎がまだ残っているのだ。

 ウノが慌ててモーブレイの炎に干渉し、魔法を強制解除した。それを見て翡翠が空調を解除、ローゼスタが結界を消した。


「やったー! 勝った!」


 少女たちの勝鬨にも周囲は恐怖に呑まれて呆然としたままだった。特に酷いのはモーブレイと三人の男子生徒だ。

 生きたまま燃やされる恐怖に晒されたのだ、無理もない。仕掛けたのはそちらだが、結界もなく反撃されるとは思わなかっただろう。

 炎は人が手にした原初の武器にして原始的な恐怖を煽るものでもある。放心状態の生徒にチェスターとウノが回復魔法をかけていった。


「ルーナ・リンドバーグ、今の魔法はなんだ?」


 チェスターの問いに、リンダは待ってましたと笑って答えた。


「空調です!」

「……空調だと?」


 空調は空気を調整する魔法だ。嘘を吐くなと目つきを鋭くしたチェスターにかまわず、リンダは胸を張る。


「はい! 空調って空気を操る魔法ですよね? 炎の壁と結界の間の空気を回転させて、さらに押し返したんです!」


 そこにローゼスタも付け加えた。


「結界内部はジェダイトが空調で温度調整してましたから、相乗効果もあったみたいです」


 チェスターとウノは顔を見合わせた。結界内部に展開されている魔法と、術者が内部にいるとはいえ外に向けられた魔法が上乗せされるとは考えられないことだ。空調同士だったからか、単なる気のせいか、それともリンダのセンスが良いのか。判断がつかなかった。


「……炎でなかったらどうしていた?」

「水なら乾燥させます」

「連続攻撃が来ていたら?」


 面白くなってきたのかウノも質問してきた。これには翡翠が答える。


「結界を重ねがけして、当たった瞬間に跳ね返します」

「ただこれだとどこに跳ね返るのかわかんないんですよね」


 きゃっきゃとはしゃぐ少女たちにチェスターは目眩を覚えた。一年生にこんなことをやられてしまっては教師として立つ瀬がない。防御でこれなら攻撃魔法の実習はどうなるのだ。下手をすると死人が出る。


「チェスター先生、私の気持ち、わかってくれました……?」


 チェスターの肩に手を置いたウノが虚ろな目をして笑っていた。




魔法はだいたいルーン語をいじってます。

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