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14:怪奇クラブへようこそ



 各クラブの部屋は本校舎とは渡り廊下でつながった離れの校舎にある。本校舎と同じく石造りで薄暗く、心なしか肌寒さを感じた。まっすぐに伸びた廊下と淡々と続くドアに、まるで本当に七不思議の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える。ローゼスタは気味悪そうに肩を震わせた。入部届を持った手が汗ばんでいる。


 そんなローゼスタとは対照的にリンダは楽しそうだ。意気揚々と箒を持ち、スキップでもしそうな足取りである。翡翠はいつもどおりの澄まし顔だ。


「リンダ、あなた楽しそうね」

「そうかな? そういえばクラブ活動ってやったことないなーって。楽しみなのかも!」


 前世のリンダは学校が終わればバイクに乗っていた。それで友達もできたし嫁も見つけて我が人生に一片の悔いなし。校庭で部活動に勤しむ同級生を横目に好き勝手やっていたものだ。

今もリンダの手には相棒がいる。しかし箒で空を飛ぶ仲間はいなかった。クラブで空を飛ぶことの楽しみを分かち合える仲間ができると期待していた。


「クラブ活動やったことないって、どこでやるつもりだったのよ」

「変なリンダ」


 家庭教師の下で勉強してきたリンダにクラブ活動をする機会などあるはずがない。翡翠とローゼスタは首をかしげた。


 やがて怪奇クラブの部室についた。偶然にもそこは廊下の突き当りだった。

 おどろおどろしい書体で『怪奇クラブ』と書かれたプレートに怯んだローゼスタをよそに、リンダが勢いよくドアを開けた。


「たのもー!」


 あまりの緊張感のなさに、ローゼスタは膝から崩れそうになった。

 彼女より驚いたのは中にいた三人だろう。のんびりくつろいでいたところに道場破りみたいな訪問をされ、椅子から腰を浮かせている。


「一年、生……?」

「入部希望者……?」


 疑問形だったのは、新学期で新しいクラブが設立されると部員争奪戦が起きるからだ。歴史あるクラブとはいえ部員数三人の怪奇クラブは存亡の危機にあった。


「はい!」


 元気よく返事をしたリンダにほっとしたのか、三人は立ち上がると笑って迎えてくれた。


「ようこそ怪奇クラブに! 歓迎するよ!」

「俺らが卒業しちゃったら廃部の危機だもんね。ありがとー」

「彼女だけ? そちらの二人は付き添いかしら?」


 怪奇クラブの部室は思っていたよりも広かった。

 壁のほとんどを大型の本棚が占め、みっちりと古そうな本が埋まっている。

 実験台らしき木製テーブルにも本が積まれて実験器具らしき物が置かれていた。移動式の黒板と、簡単な料理ならできそうなミニキッチンまで付いている。


 先輩三人がいたのはミーティング用テーブルだ。一枚板でできた古いテーブルの上には本とレポート用紙。かつては部員が多かったことを示すように部室の隅に椅子が積み重ねられていた。


「私は冒険者クラブとのかけもちですが、入部希望です」


 翡翠が落ち着きのないリンダの腕を摑んで挨拶した。


「私は――」


 期間限定入部希望です、と言いかけたローゼスタの目が本棚に釘付けになった。


『世界樹を求めて~世界樹の森探訪記~』

『グリフォンの生態と研究』

『マーベル昆虫記』

『妖精序説』


 吸い寄せられるようにローゼスタは本棚に歩み寄っていた。


「ああっ! 『ファウスフェルストの魔導書』まである!」

「一番やる気なさそうな子が一番やる気になるとかウケる」

「めっちゃ元気になってんじゃん」

「この蔵書の素晴らしさがわかるとは、かなりの通とみました」


 先輩三人を完全無視してローゼスタは本棚にかじりついている。浅瀬の海の色をした瞳は感激のあまり潤み、興奮に頬が紅潮していた。今にも跪いて拝みそうである。


「もうここに住む!!」

「ローゼ、帰ってこい」

「入部届出さなくちゃ」


 リンダと翡翠に肩を揺さぶられ、ようやくローゼスタが我に返った。


「はっ!? あ、私ローゼスタ・ラインシャフトといいます新入生です! 生活快適クラブと魔法薬クラブとのかけもちになりますが、できるかぎりこちらに出席しますので! よろしくお願いします!」


 ローゼスタが両手で入部届を差し出し勢いよく頭を下げた。それを受け取ったのは、女子の先輩だ。


「ああ……! 見覚えあると思ったら食堂で騒いでた子ね? 本当に入部しに来たのね」

「あ……。ご存知でしたか」

「あれだけ大きな声で騒いでたらね。かわいそうに、まんまと煽られちゃって」

「いえ、むしろラッキーだったと思ってます!!」


 チラッと本棚に目をやって、ローゼスタは力強く言い切った。今は絶版となった幻の本が読めるなら、あの二人に感謝してもいいくらいである。

 先輩男子が割り込んできた。双子なのか顔も動作もそっくりだ。


「なに? ワケあり?」

「まぁた度胸試しに利用されたの? ウチ」


 不愉快そうな、あきらかにやる気をなくした二人に誤解されては、とローゼスタは事の経緯を説明した。二人は同時にうなずいた。


「ふーん……。なるほどねぇ」

「七不思議かぁ。それやってんのはフローレスだよ」


 ね、と話を振られた先輩女子が眼鏡のブリッジを押さえた。


「私はエーギル寮二年のフローレス・ドロップと申します。以後お見知りおきを。ええ、私は七不思議の解明をテーマに研究をしております」


 フローレスは貴族なのか、制服のスカートをつまんで礼をした。リンダ、翡翠、ローゼスタも礼を返す。リンダに教えてもらったローゼスタは中々様になっていた。


「俺はシーヴ寮三年のタッジー・ストルイング。怪奇クラブの部長やってる。で、こっちが弟で副部長の」

「マッジー・ストルイング、シーヴ寮三年だよ。見ての通り、俺ら双子なんだ」


 タッジーとマッジーはタンポポのような黄色の癖毛に瞳の色はピンクという華やかな色合いだった。目は細く、吊り目ぎみの狐顔。そのわりに人懐こさを感じるのは、どこか緩い雰囲気のせいだろう。


 フローレスは緑がかった銀髪を長く垂らし、先端で結んでいる。理知的な濃緑の瞳を眼鏡で隠すように付けていた。

 怪奇クラブの部員はこの三人だけだとフローレスが言った。


「蔵書を見ればわかるとおり、ウチは長く続いた部なのよ。でも、いつからか肝試しや、言いたくないけどいじめに利用されるようになってね。部員数が減っていったの。嘆かわしいことだわ」

「私たちみたいにハメられて入部した子がいたんですか?」


 翡翠もあの男子には腹が立っている。自分で声をかけ、友達に胡坐をかくことなく勉学に励み、いじめにも真っ向から張り合うローゼスタと比べてなんと軟弱な野郎だ。

 リンダたち三人はあの二人を見返すために入部した。自分で決めたことだ。

 しかし、いじめられて入りたくもないクラブに入部させられた子を、この先輩が放置したとも思えなかった。


 するとタッジーとマッジーが同時にニヤリと笑った。


「まぁまぁ、新入生、座りなよ」


 そう言って椅子を用意したのはマッジーだ。ミーティングテーブルに翡翠・リンダ・ローゼスタの三人が並ぶと、先輩三人がその正面に並んだ。

 中央が部長のタッジー。彼は両肘をテーブルに付いて指を組み、口元を隠すように顎を乗せた。フローレスが魔法で窓のカーテンを閉め、部屋を暗くする。


「――それではお聞きください」


 タッジーの趣味は怪談を集めることだ。そしてそれを語って聞かせることがなにより好きである。


 その悪癖に耐え切れない部員は退部してしまう。いじめに利用しようとするやつにはこっそり名前を聞きだして寮内で語り聞かせてやった。いじめられっ子にはなるべくソフトな怪談を語るようにはしている。話さない、という選択肢はタッジーにはない。彼は趣味に生きる男であった。


 マッジーとフローレスは別に止めない。他人の趣味に口出しできるほど良い趣味をしていると胸を張れないからだ。そもそも怪奇クラブに所属しておいて怪談が苦手など、精進が足りん。


 なにがはじまるのか察したローゼスタの顔が引き攣った。リンダは察したがわくわくしている。翡翠だけが顔に出さず、そっと膝の上で拳を握っていた。


 恐怖の幕が切って落とされようとしていた。




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