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幕間:ユーフェとモブの日常

この二人が恋愛要素。むしろこの二人しか恋愛要素がない……。



 今にも断末魔をあげて逃げ出しそうなメイン料理をようやっと食べ終わると、悪夢に出てきそうなデザートの番になった。

 断末魔なのに逃げるとはおかしな話だが、モーブレイの気分としてはそうとしかいいようがなかった。


 波打ちながらべちゃっと皿に乗ってきた生クリームの塊は、どろりごぽりとその量を増している。見た目真っ白な溶岩。どんな拷問だ。


 見るからに高カロリー。メイン料理でもこれでもかとバターや油が使われていて、すでに胃が重苦しい。とても食べる気にはなれなかった。


「モブ様、召し上がらないんですか?」


 その球体も納得の食欲で平らげていたユーフェミアは、もの欲しそうな表情でモーブレイのケーキにちらちら視線を投げていた。うそだろ、胃袋どうなってるんだ。鉄壁の胃袋を持つ自称婚約者はすでにケーキを食べ終えている。ジークズル家のエンゲル係数が心配になった。


「ああ、甘い物はあまり好きではなくてね。良かったら食べてくれるかい?」

「いいんですか? ありがとうございます」


 そっと皿を譲ってくれたモーブレイに、もともと高かった彼への好感度が突き抜けた。大好きなケーキを分けてくれるなんて、さすがはユーフェの王子様だわ。ユーフェミアは舌の上で蕩ける生クリームにうっとりし、それでも感謝を伝えようと、フォークではなくスプーンでケーキをすくった。


「はい、モブ様」

「え……」

「とても美味しいケーキですわ。せめて一口召し上がって?」


 ユーフェミアがやろうとしているのは恋人たちの伝統行事『はい、あーん』である。恥ずかしそうにはにかみながら、ユーフェミアは断ろうと口を開いたモーブレイにスプーンを突っ込んだ。


「んぐっ!? ……あれ? 美味しい」

「ふふ、でしょう?」


 見た目のアレさはともかく味はまともだった。そして、あれだけ重たかった胃袋が軽くなっている。

 先輩たちが笑いながら食べているあたり、これが新入生歓迎会の定番料理なのだろう。ラストのデザートには食べ過ぎた胃袋を修復する作用があったのだ。


 それならそれで教えておいてくれれば良かったのに。モーブレイは恨みがましい気持ちでユーフェミアの口に消えていくケーキを睨んだ。再度『はい、あーん』をする勇気は彼にはない。


 テュール寮のテーブルを見れば、リンダは隣の女子生徒と楽しそうにケーキを食べていた。リンダもその子も、ケーキはともかく料理を完食したらしい。嘘だろ。五分ぶり二度目の感想に、モーブレイは女の子の別腹が本当だと思い知らされた。



 ◇



 一ヶ月も経つと学校にも寮生活にも慣れてきた。


「おはよう、モーブレイ君。ユーフェミアさんは?」

「おはようございます。彼女でしたら髪をセットしていますよ」


 そして、モーブレイとユーフェミアはワンセットで当然の空気になった。

 はじめのうちはなんだかんだいっても王太子だし、とモーブレイに手を貸そうとした生徒もいたのだが、彼以外だとユーフェミアの態度があからさまに悪くなり、モーブレイもユーフェミアを拒絶しきれず、行動を共にするうちに潮が引くように誰も手を貸さなくなっていった。


 自分も悪いのだとモーブレイもわかっている。ユーフェミアは王太子という肩書に憧れているだけで、それがモーブレイでなくてもいいのだ。そう考えて、ゾッとした。


 学校に入学したのは次期王としての人脈作りのためであり、立派な魔法使いとなって周囲に認められるためでもある。だが――学校の誰も彼もが王太子としてしか自分を見てくれないのだとしたら、それはとても悲しいことだ。役に立つからではなく、一人の人間として側にいたいと思える人を作ろう。ユーフェミアは、そのために利用させてもらえばいいのだ。ユーフェミアは王太子の隣にいられるし、モーブレイも面倒見の良い頼れる人アピールできる。利害は一致していた。


「ユーフェ君は、クラブは決めたかい?」

「いえ、まだです。モブ様はお決めになりましたの?」

「私は……冒険者クラブか魔術研究クラブに入部しようと思っている」


 モーブレイは学校でも男子人気のクラブをあげた。


「冒険者クラブは危険も多いと聞きましたわ。モブ様になにかあっては……」


 実際の冒険者クラブには危険など一切ない。では、なぜそんな話が広がっているかというと、部員たちが


「フッ……。今日の敵は手強かったぜ……」

「俺たちの絆を見誤ったのが運の尽きよ」

「祈ってやれ。……闇に消えていったアイツのために……」


 などなど、それっぽいセリフを言いながら迷宮や塔から出てくるからである。俺カッケー万能感に酔いしれた、いわゆる若さゆえの過ちというやつだ。

 自分たちの魔法の余波でボロボロになったローブを修復しているのを見た下級生が、どんな反応を示すか。


 モーブレイのように熱い絆に少年の心をわしづかみにされるか、本気で怖がられるかのどっちかである。


「その話は聞いた。だが私は次期王として、心身を鍛えなければならない。この国を守るためにも……強く、強くならねばならないのだ」

「モブ様……! ご立派ですわ!」


 もしも誰かがモーブレイの勘違いに気づいていたら、こう言っていただろう。やめとけ、と。

 その扉を開いたが最後、後戻りできない病に侵され、ヘタすると大人になっても治らない。もし完治してしまえばいっそ殺せ、となるのも容易く予想できる。

 しかし彼を諌めてくれる者はいなかったし、ユーフェミアは素直に感激していた。


「魔術研究クラブも将来のために有能な人材を見つけておきたくてな。こういったことも王族の務めだと考えている」


 かっこつけて言ったが、意訳すれば「友だち欲しい」である。部員数が多ければそれだけ可能性があるのだ。モーブレイなりに切実だった。


「だから、ユーフェ君。君にもぜひ、自分を磨いてほしい」


 ちょっと照れくさそうに笑うモーブレイに、ユーフェミアはどきっとした。これはもはやプロポーズ。王太子じぶんの隣に立つにふさわしい女性になってくれと言われてしまった。


「わかりましたわ……。わたくしも、モブ様のお役に立てるよう頑張ります!」

「ありがとう、ユーフェ君」


 モーブレイは心の中でガッツポーズを決めた。これで放課後はユーフェミアから解放される。目指せ友達百人できるかな。親友とまではいかなくても、せめて将来の側近候補が欲しい。


 結局、モーブレイは魔術研究クラブに、ユーフェミアはエステクラブに入部した。どうなることかと思われたユーフェミアだが、意外にも受け入れられ、楽しくやっている。エステクラブの部員は女子ばかり。ユーフェミアの態度はエーギル寮には広がっていたが他はそうでもなく、なにより好きな男のために綺麗になりたいという彼女は乙女たちの共感を得た。上から目線で人に指図するのもそういうキャラだと思えば対処のしようがある。顧問のポーカリオンはユーフェミアの体形を常々危惧していたこともあり、磨いてやろうと燃えている。



 ◇



「ポーカリオン先生、どうですかな? 彼女の様子は」

「ええ、やはり家から離れたのが良かったのでしょう。本来の自分を取り戻しつつあるようです」


 ふ、と息を吐いたのはチェスター・ルークだ。

 ドリアードの一件に、理事であるはずのジークズル公爵は来なかった。事の重大さを理解していたら、娘を愛しているのなら来ていたはずである。

 しかし、彼は来なかった。来たのは代理という、彼の弟である。チェスターが重い口を開く。


「今は良い。だが卒業し、家に帰ったら元の木阿弥だ。本当に王家に嫁いだほうがいいかもしれんな」

「エステクラブは外見だけではなく内面も磨きます。彼女が入部してきたのは幸いでした。もしかしたら本能的なものだったのかもしれませんね」


 生命の危機を察知した。そう考えたほうがユーフェミアの行動は自然だ。


「こうなると、マケドニウスには魔道具でも作ってもらったほうがいいかもしれん」

「そうですわね。好きな男性から贈られた、しかも手作りのアクセサリーなら女の子は肌身離さず身に着けますもの」


 思えばユーフェミアが義姉の物をねだったのも、生存本能が働いたからだろう。自分では耐えられないからこそ、リンダに成り代わろうとしたのだ。


「学生のうちに対処法を身に着けさせよう。ここへ来たのもなにかの縁だ」

「彼女の母親も学校で恋人を見つけましたしね。案外モーブレイ君とは上手くいくかもしれませんわ」

「そうだと良いのだがな」


 無理だろ、という思いで自嘲するチェスターに、あら、とポーカリオンは微笑んだ。


「チェスター先生、女が本気になったら最後、捕まえられない男はいないんですのよ?」


 どんな手を使ってもね。そう笑うポーカリオンは紛れもなく女だった。



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