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13:売られた喧嘩は派手に買え



 テュール寮生には、密かに楽しみにしていたことがある。

 ハーツビートの二人の姫が同僚生になり、できれば友人になれればと思っていた。なにしろハーツビート家といえば広大な領地を守護する公爵家であり、魔法薬の権威でもある。製薬会社の経営や薬草畑、研究所も各所にあり、就職先として非常に魅力的だった。貴族出身の男子生徒は婚約者のいない二人に、あわよくばと欲さえ抱いていた。それでなくともあれだけの美少女だ。ぜひともお近づきになりたいのは当然だろう。


 それがどうだ。リンダの友人の座はローゼスタが占めていて、入り込む余地がない。これは翡翠が警戒して追い払っているせいだが、箱入り娘にはよくある話でもあった。遠縁の娘といって侍女を連れてくるのである。翡翠がリンダの世話をしているところなど見たことがないが、それはそれだ。


 つまり、リンダに近づくには、ローゼスタと翡翠は邪魔なのだ。リンダが駄目なら翡翠をと声をかけた者もいるが、けんもほろろに振られている。

 自然、ローゼスタと翡翠、中でも平民のローゼスタに反感が集まった。


 その危険をもちろん寮長と監督生は嗅ぎ付けている。しかしこの二人、それを布石にするつもりだった。一年監督生は頭が良く学習意欲に燃えるローゼスタか、それとも冷静沈着な翡翠か。他の一年生が解決してもかまわない。監督生に求められるのはリーダーシップと統率力だ。


 人を惹きつけるという意味ではリンダもいる。魔力も申し分ない。しかしリンダはダメだ。自由すぎて寮内が混乱しかねない。寮規則に『移動時は空を飛ぶこと』なんて加えられかねないし、罰則に地獄のツーリングを言い渡しかねない。とんだ地雷である。


「あの二人なら大丈夫とは思うけど、気をつけないとね……」


 テオドアがちいさく嘆息すれば、ユーラヴァルタもうなずいた。

 いくらなんでも友達もいない一人の下級生を集中して苛めるようなら二人が解決に乗り出していた。幸いローゼスタにはリンダと翡翠がいる。性格的にもやられっぱなしはないだろう。


「ハーツビートがどう出るか読めん。魔法で攻撃するとは思わないが」

「校則違反はしないのよ。違反は」


 そうなのだ。

 リンダは校則を守っている。だが裏をかく。箒で空を飛んではならない、という校則がないのは、まさか箒で飛ぶ酔狂がいるとは誰も考えなかったからだし、窓から目撃した校長先生は紅茶を噴いた。


 クラブ設立も生徒の正当な権利だが、笑顔で勧誘して見た目に騙された者に地獄を見せた。リンダの後ろに乗って体を密着させる、一見おおいに下心をくすぐるそれは全開ドリフトによる安全装置なしのジェットコースターだった。絶叫マシンなどない世界にはリンダの走りは早すぎた。尊い犠牲をもって、無事飛行クラブは却下された。


 とにかくやることがおかしい。聞けば防御魔法の最初の授業では、恒例の「どんな方法でもいいから相手を倒せ」という実習で床を凍らせ、その上で重力を操ってみせたという。滑るし重いしで対戦相手どころかリンダ以外の誰ひとり立ち上がれなかった。ウノ先生は一時自信を喪失していたほどである。


 そんなリンダが、友人が苛められていると知って黙っていられるはずがない。そしてその危険を事前に摑んでおきながら、上級生に先生までも自分でなんとかしろと放置していたと知ったらなにをしでかすか。

 予測ができないのが恐ろしい。リンダが実家の権力を使うとは思えないが、子供ならではの発想と無邪気さと残酷性をいかんなく発揮してくるだろう。


「いつ爆発するかわからない爆弾なんだからそっとしておいて欲しい」

「それどこに導火線あるかわかんないやつでしょ……」


 ユーラヴァルタとテオドアは同時にため息を吐きだした。魔法使いの嫌な予感とは、往々にして当たるのだ。


 それは、噂話からはじまった。


「ねえ、リンダ、ジェダイト、聞いた?」

「なにを?」


 昼休み、ビッグニュースとばかりにローゼスタが言い出した。


「例の七不思議の一つ、魔力の坩堝の中身よ。あれって実は不老不死の妙薬を作成するための魔道具だっていうの!」

「不老不死の妙薬って、賢者の石?」


 翡翠が品よく肉を切り分けながら聞いた。不老不死のアイテムといえばまず思い浮かぶのが賢者の石だ。

 ローゼスタが返事をするより早く、トレイを持って席を探していたクラスメイトの男子二人が口を挟んできた。


「賢者の石? 俺は相愛のカンタレラって聞いたぜ?」

「俺は死者復活の薬って聞いた」


 全員意見が違った。

 リンダは不老不死にも惚れ薬にも死者蘇生にも興味がないので聞き流している。それよりも、学校に来てもお上品なメニューに飽きていた。日本食なんて贅沢はいわないが、ハンバーガーとポテト、コンビニのアメリカンドッグとか食べたい。ケチャップとマヨネーズが恋しかった。ケチャップはトマトを煮詰めればいいし、マヨネーズは卵と油と酢があればできる。メイに頼んで作ってもらおうか、それとも厨房に入れてもらおう。あとカレー。いい加減、カレーが食べたい。パンも薄くて硬いのじゃなくてふわっふわのやつがいい。あれは酵母だか乳酸菌だかで膨らませるはずだ。そんなことを考えているうちに、話がヒートアップしていった。


「そんなことないわ! あるわよ!」


 ローゼスタが立ち上がって叫んでいた。男子二人はやれやれとわざとらしく肩を竦める。

 どうやら魔力の坩堝が本当にあるかないかで口論になったらしい。ローゼスタは「ある」と主張して男子二人に笑われていた。


「あるわけねーだろ。大方魔力枯渇して退学になったやつの噂がそうなったんじゃねえの?」

「他の七不思議だってそうだよな。バンシーなんて、夢遊病になった生徒を見間違えたんだろ」


 馬鹿にされたローゼスタは真っ赤になった。彼女も本心では信じてなどいないが、面と向かって否定されると反論したくなる。


「ローゼ、落ち着いて」

「あなたたち、それでも魔法使いなの? 神秘の追求をしてこそ魔法使いでしょう!」


 翡翠がなだめるも、まんまと煽られたローゼスタは止まらなかった。ヘッと鼻で笑われて、完全に頭に血が昇っている。


「へーえ、優秀な魔法使いサマは言うことが違うね!」

「お貴族様に取り入って、将来安泰だもんなあ?」

「な……っ」


 ここにきてようやくローゼスタは自分に向けられている悪意に気がついた。

 見れば彼らだけではなく、他のクラスメイトも笑いながらローゼスタを見ている。好意的な笑みではなく、嫌らしく嬲るような笑みだ。


「なに? ケンカ?」


 その時、リンダの場違いすぎる楽しげな声がして、ローゼスタは少しだけ肩から力が抜けた。


「け、喧嘩なんかじゃねえよ。なあ?」

「そうそう。私闘は禁止されてるし」


 二人が慌てて否定した。目的はリンダではなくローゼスタである。


「私闘はダメでも、決闘なら大丈夫だよ!」


 ナイスアイデア! とばかりに輝かしい笑顔でリンダは斜め上を行った。

 たしかに決闘は禁止されていない。というか、魔法使いの決闘はいずれ授業で習うことでもあった。

 先生に決闘状を提出し、認められれば許可した先生立ち合いの下で行うことができる。両者とも助っ人は二名まで。相手が降参するか死ぬまで戦うのがルールである。


 魔法使い同士の闘いは決闘が一般的なのだ。互いに派閥を組んで争ったらそれはもう戦争になる。それを防ぐために、正式に認められていた。

 滅多にあることではないが、決闘となればギャラリーが集まってのお祭り騒ぎになる。光臨祭のトーナメント戦も決闘の形式に則った本格的なもので、だからこそ祭りの華として採用されていた。


「リンダ、決闘はやりすぎよ!」

「えー。でも、いちゃもんつけてくるやつには一発ガツンとやったほうが良くない?」


 リンダはローゼスタの勝利を疑っていなかった。思いがけない信頼に、そんな場合ではないというのにローゼスタは頬を赤くした。


「ようするに、学校の七不思議が怖いから本当かどうか確かめて欲しいって話だよね? 自分でできない腰抜けに、ローゼが負けるわけないだろ?」


 リンダの推理は微妙に間違っている。

 二人はローゼスタに「自分が探す」と言わせたかったのだ。そうして、あるはずのない七不思議を探す姿を見て笑い、授業に身が入らず成績を落とせばいいと企んだ。

 クラスメイトもぐるだろう。同じクラスとはいえ彼らは必ずしも同じ寮ではない。リンダと仲が良いばかりでなく、テュール寮が点数を稼いでいることもローゼスタが気に食わない理由のひとつだ。


「誰が腰抜けだ!?」

「えー、でもー。自分じゃやりたくないんだよねー?」


 この女、煽りよる。馬鹿にしきったリンダに翡翠は噴き出しそうになった。

 二人は公爵令嬢の、気さくどころか少年のような言葉使いに反射的に言い返していた。すぐに気づいてハッとしたが、今さら引くこともできずにさらに言い募った。


「んなワケねぇだろ。俺らが女なんかに負けっかよ!」

「女だからって馬鹿にしないで! 悔しかったら真面目に勉強すればいいじゃない!」


 ローゼスタの正論がリンダにも突き刺さった。実習はともかく座学はとことん苦手である。興味のない話は眠くなるのだ。


「勉強勉強って、オメーは母ちゃんかよ。俺らは楽しむために学校入ったの。エリート様とは違うんだよっ!」

「わ、私だって学校を楽しむためにいるわ!」

「だったら探して来いよ、魔力の坩堝。ああ、心配しなくても七不思議は怪奇クラブの研究対象だってよ?」


 ローゼスタに「探す」と言わせたかった二人だが、このままでは決闘か自分がやるかの二択だ。一人があらかじめ用意しておいた入部届をテーブルに置いた。ご丁寧に怪奇クラブと記入されている。

 ローゼスタは一瞬怯んだが、それでも意地が勝ったのか鼻息荒くサインした。


 抜け目ない、と翡翠は感心した。友人を唆されて腹が立ったが、彼らはローゼスタになにが起きてもクラブ活動の一環であり、ローゼスタの自己責任だと主張できる。サインしたのはローゼスタ本人だし、目撃証人までいる。


「ローゼが入るなら私も入ろうかな」

「え?」

「飛行クラブはダメって言われちゃったし、どこにしようか迷ってたんだよね。怪奇クラブなら空飛ぶ箒作っても怒られなさそう」


 リンダはまだクラブを決めていなかった。一方のローゼスタは将来の役に立ちそうな生活快適クラブと魔法薬クラブをかけもちしている。これに怪奇クラブまで加わったら時間が足りない。早くも後悔し始めていた。


「……私も冒険者クラブだけだし、怪奇クラブも面白そうね」


 翡翠はいざという時のために冒険者クラブに入部していた。校内施設の塔や迷宮に行って仮想の敵と戦う、サバイバルクラブと似ているが戦闘に重きを置いているのが冒険者クラブだ。仮想、つまり魔法でそう見せているだけなので危険はない。ただし能力は実際の魔物と同じなので気は抜けなかった。


「リンダ、ジェダイト……」


 勉強とクラブ活動で遊ぶ時間もないローゼスタは二人の友情に涙ぐんだ。反対に、当てが外れた男子生徒はぎょっとしている。


「七不思議探しなんていかにもアホっぽくて楽しそうだし。そうだ! マジであったらお前らが開けろよ!?」


 リンダが持っていたフォークの先で二人を指差した。


「えっ!?」

「え? じゃねーよ。言い出しっぺだろ。……魔力の坩堝、探してさしあげますので本物かどうか開けて確認してくださいな。見たかったのはそちらですものね?」


 にこっと笑ったリンダは実に悪い顔だ。行儀が悪い、と翡翠がフォークを持つ手を下ろさせていた。


 クラスメイトだけではなく、上級生もいる食堂で喧嘩を売ってくれたのだ。派手に買わねば女が廃る。リンダの笑みには有無を言わせない迫力があった。

 翡翠はすっと視線を走らせた。言い出したのは男子二人だが、止めなかったほうだってそうなるよう圧力をかけていた。同調圧力だ。なにもしていない、というのは事実だ。見ていただけ。そうやって言い逃れするのならこちらにも考えがある。翡翠の冷たいまなざしに彼らは気まずそうに目を反らし、蒼ざめてうつむいた。

 リンダを止める者は誰もいなかった。




リンダー、猫忘れてるよー!

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