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12:授業風景

魔法ヘルメット開発。



 朝食を取って、今日の一時限目は生活魔法の理論学だ。

 この、理論と実習を分ける授業スタイルにもだいぶ慣れてきた。


 リンダなどはめんどくせえ理屈はどうでもいいからさっさとやらせろというタイプだが、魔法というのは想像力だ。まず理論でなぜこうなるのかを理解させる。あやふやであっても魔法は発動するのだが、どうしてもムラができるのだ。


 たとえば生活魔法で一般的な『綺麗になれ(グリコナー)』は清掃に使える魔法だが、なにをどのように綺麗にするのかを考えないと、ただ単純に目の前のものが綺麗になる。一見部屋を綺麗になったように見えても、角の埃や窓の桟、天井の蜘蛛の巣など目に付かない場所は掃除されずに残ってしまう。


 一年生がまず習うのがこの『綺麗になれ』と『洗え(リャーグナー)』である。使用人のいない寮生活において、掃除と洗濯ができないのは致命的だ。


「さて、それでは今日は『空調フィール』について勉強しましょう。教科書の三十二ページを開いてください」


 生徒たちが揃って教科書を開いた。

 今日もポーカリオンは体にフィットした黒いドレスに三角帽子だ。二の腕に張り付いた花模様のレースが色っぽい。


 男子生徒は頬を赤らめているが、女子生徒も鼻息荒くポーカリオンに熱いまなざしを送っている。なにしろポーカリオンが体のラインがモロに出るドレスを着ているのは、体形維持のためだというのだ。見た目の温和さに似合わず、なかなかのやり手である。あのスタイルの秘密をモノにせんと女子のほうが真剣に授業を受けていた。

 しかもポーカリオン自身はプロポーションについて「美の道は一日にしてならず」としか語らず、その上彼女はエステクラブの顧問だ。エステクラブは女子人気一位で、入部に選抜があるというのだから彼女の凄さがわかる。


「空調魔法は暑さ寒さの対策にとても有効です。馬車での移動や旅先、あるいは迷宮探索など、気温で苦労する場面はたくさんあります。冬場の冷え性対策にもおススメですよ」


 空調機能をもった魔道具はあるにはあるが、いちいち持ち運んでいては不便だ。その点魔法なら場所を気にせず気軽にできるし、なんならコートの中だけ温かくする、なんてこともできる。


「適温は人によってそれぞれですからね。特に男と女ではびっくりするくらい差があります。女性は冷え性になりやすいので、男にとって適温でも女にとっては寒すぎる、なんてよくありますよ。心の温度差になるまえにきちんと使いこなせるようになりましょう」


 ポーカリオンはにこやかに言い切った。喫茶店や食料品店などは必要以上に冷やされることが多いので女子生徒がうなずいている。日常のお悩みあるあるだった。


「ではまず皮膚の表面温度と外気温の違いから。人の基礎体温はだいたい三十六度ですが――」


 空調は生活を快適にするだけではなく、熱中症の予防や冷え性、しもやけの予防もできるとわかった。ただし空気の温度を操るものなので、発熱時の体温を下げることはできない。それは医者の出番だ。


「応用としては真空状態を作り上げて火を消す、などもありますが、これは攻撃魔法に分類されますのでチェスター先生に聞いてみてください」


 基本的に服や靴、手袋などに魔法をかけて温度を調整するのだ。

 先生が教卓に置いた時計を確認した。カバーに瀟洒な細工が施された懐中時計は終了五分前を差している。


「では、ここまでで質問はありますか?」

「はい!」


 手をあげたのはリンダだった。


「はい、ハーツビートさん、どうぞ」


 無事指名されたリンダが立ち上がる。


「空調は強風から目や口……顔を守ることができますか?」


 リンダは空調をヘルメット代わりに使おうとしていた。

 そうとは知らないポーカリオンは「いい質問ですね」と感心した。生徒の顔を笑顔で見回す。


「ええ。強風、砂漠地帯などでも役に立ちます。顔の周囲を空調で覆って守るわけです。防御結界でもいいですが、消費魔力は空調のほうが断然少なく済みます」


 ただし、と残念そうに続ける。


「水の中ではあまり長時間使えません。空調はあくまでも空気を操る魔法です。空気のないところでは基本的に不可能だと思ってください」


 水の中で呼吸できる魔法はないが、魔法薬ならある。魔法の使えない者や子供にも服用できるので、猟師や海水浴の必需品だ。

 ここでチャイムが鳴った。


「次は実習です。遅れないように実習室に来てくださいね」


 先生が教室を出ると、さっそくローゼスタがやってきた。


「リンダ、よくあんなこと思いついたわね」


 努力家のローゼスタはちょっと悔しそうだ。


「空を飛ぶ時にノーヘルだと風で目が痛いし、髪が邪魔なのよ。スカートは風ではためくから飛びにくくなるし」

「リンダったら、あいかわらず飛ぶのに夢中ね」


 ローゼスタは一度だけ好奇心に負けて乗せてもらったことがある。一度で懲りた。なぜ翡翠があんなに止めたのか、準備良く酔い止めを用意していたのか、身をもって理解した。


「楽しいのになー。クラブも先生に禁止されちゃったし、つまんないの」

「安全を考えたら仕方がないだろう。飛ぶことを止められなかっただけでも感謝しようよ」


 翡翠が言った。

 ほとんど生徒が実習室に移動していて、教室にはぽつぽつとしか残っていない。生活魔法実習室は遠いのだ。

 そろそろ行くか、とリンダも立ち上がった。歩きながら愚痴を零す。


「一応落ちないように工夫してるよ? メイがくれたリボン、あれすっごい助かる」


 ノヴァとオービットがジークズル家に養子縁組手続きに行った際、リンダにと託されたリボンだ。守護の魔法が刺繍してあるリボンを、リンダは箒に結んでいた。おかげでバードストライクなどの危険もなく、快適な空中飛行を楽しめている。


「あれはたしかにリンダを守るけど、リンダしか守らなかったじゃない。葉っぱや枝が当たって痛かったわよ」

「森に行きたいって言ったのローゼじゃんかよー」


 リンダがつんと唇を尖らせればローゼスタは舌を出した。こういうところはまだまだ子供だ。

 三人が実習室に入ると、すでにいたポーカリオンが何かやっていた。


「先生、手伝いましょうか?」

「ありがとう、ラインシャフトさん。じゃあ、これ、あっちの角に置いてきてくれる?」

「はいっ」


 ローゼスタはポイント稼ぎに余念がない。抜け目なく手伝いを申し出ては褒められていた。

 教室の片隅でひとかたまりになっていた生徒たちが、そんなローゼスタを忌々しげに睨んでいる。


「先生、それはなんですか?」


 翡翠がポーカリオンの手元を覗き込んだ。見た目四角い鉄の塊だが、表面に魔法陣と魔法文字が刻まれている。魔道具の一つだろう。


「これはですね、空調の魔道具ができる前に使われていたものです。これに炎の魔法、あるいは氷魔法を使うことで温度を上げたり下げたりしていたんです」


 骨董品ですよ、とポーカリオンは嬉しそうだ。空調という便利なものが開発され、古くて不便なものをわざわざ取っておく人は少ないのだろう。


「魔法を使うとなると、温度の調整が難しそうですね」

「その通りです。火力が強いとサウナになってしまいますし、弱すぎたら意味がありません。それに、氷はともかく炎魔法は室内で使うには火災の危険がありますからね」


 なるほど不便そうだ。翡翠は興味深そうにポーカリオンの手の中の魔道具を見ている。魔道具開発秘話を集めてみるのも面白そうだ。


「道具は使い方しだい。さ、それじゃあそろそろはじめますよ」


 ポーカリオンは持っていた魔道具を教室の角に置き、そのままドアまで行くと廊下に向かって呼びかけた。バタバタと走る音が聞こえる。チャイムとほぼ同時に二人の男子生徒が滑り込んできた。

 二人はポーカリオンの顔を見てやべっという表情になったが、にこやかにうなずいたのを見て「セーフ」と呟くと生徒の群れに混じっていった。


「今日の実習は先程勉強した空調です。まずは……」


 ポーカリオンが炎の魔法を魔道具に向けて放った。魔法で生まれた炎は魔道具の上に停止するとしゅっと吸収され、刻まれた魔法文字をなぞるように橙色の光を映した。やがて魔法陣に辿り着き、輝きが灯る。

 他の三つの魔道具にも火を入れる。ドアと窓が締め切られた教室が、あっという間に暑くなっていった。生徒はローブを着ているのでなおさら暑い。


「はい、では空調を使ってみてください」


 そう言うポーカリオンはまったく汗をかいていなかった。すでに空調を使っているらしく、一人涼しい顔をしている。


「理論わかってるならできるだろって、ポーカリオン先生の無茶ぶりがすごい」

「笑うスパルタは伊達じゃないわね」

「女王様の愛の鞭……」


 生徒たちの呟きが漏れた。

 どうしてもできない生徒には手を貸すが、ポーカリオンの実習は見守るのが基本だ。魔法はとにかく自分で考え、自分で使って、そして慣れていくしかない。それこそ息をするように使えなくては一人前とはいえなかった。


「そうそう、気分が悪くなったら手を上げてくださいね」


 これほど暑くては熱中症になる生徒が出てきそうだ。そうなればおそらく失格になり、放課後の補習が待っている。

 リンダもやるか、と深く息を吸った。


 リンダのイメージはあれだ。洗剤のCMでよく見る「繊維と繊維の間の油汚れまでスッキリ!」という、繊維の間。ローブの布に含まれている空気を冷やせばいいと考えた。イメージする。

 結果。


「あれぇ?」


 ローブを黒くしていた染色がすっかり抜け、真っ白になったローブにキラキラと光る雪の結晶が付着し瞬時に融けて湯気を立てて消えていった。まさに一瞬で驚きの白さである。


「どうしてそうなった」


 なかなかイメージできずに悪戦苦闘していた翡翠が率直な感想を言った。満場一致の意見である。


「いや、繊維と繊維の間の汚れをすっきり落とす感じで温度下げたんだけど」

「なるほど、そうやって空調を付ければいいのね!」

「ローブの繊維に氷魔法を使ったの?」


 翡翠は白くなったローブを摘まんで指先で擦った。ひやりとした感触が一瞬だけあり、すぐに温くなった。


「ううん、繊維の間の水分を冷やしただけ。白いイメージだったから色が抜けちゃったみたい」


 その手があったか! と手を打つローゼスタとは対照的に、ポーカリオンは額を押さえていた。理屈はわかるが、洗濯と染色はまったくの別物だ。繊維と繊維の間どころか繊維を染めている。そもそも空調と洗濯を一緒にするな。


 さっきの授業で理論を学んだはずなのに、なぜそういう発想に至ったのか。ポーカリオンは自分の教え方が悪いのかしばし悩んだ。

 リンダは「コツは摑んだ」と言って再チャレンジしている。


「できた! リンダの方法わかりやすかったわ!」

「私もあと少しでできそう。気を抜くと色落ちしちゃう」


 そうじゃない。

 空調とは、触れている空気を調整する魔法だ。温度調整が一番わかりやすいからまずは温度を優先させているだけで、リンダが質問したように強風を起こして顔を覆わせるのでもいい。水に手を入れて濡れないようにするのでも良かった。しかしそれは応用であり、基本は温度である。


 自分の適温を計算し、空気中の水分量を調整して冷やすのが今回の実習の目的だった。リンダ風にいうのなら空気と空気の間の水分である。ローブなら水分が付着しやすい、ポーカリオンなりに易しくしたつもりだった。ある意味リンダは正解なのだが、なぜイメージが洗濯なのか理解できない。

温める場合は摩擦熱を利用する。いかに静電気を抑えるかが胆だ。


「できた!」

「先生、できました!」


 リンダのヒントで成功した生徒が次々と声をあげる。ポーカリオンはため息を吐きそうになり、慌てて堪えた。笑みを浮かべてそれぞれ確認していく。

 リンダは魔力量が多いため逆に苦戦していたが、できるようになると雪の結晶を白くなったローブから飛ばして遊んでいた。細やかな水滴がリンダの周囲に舞い散り、光を反射して輝いている。そうやってはしゃぐ姿は雪の妖精にも見えた。




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