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11:学校の怪談

学校といえば七不思議ですよね。



 寮は基本二人部屋だ。寝室と自習室に分かれ、寝室はベッドが占領し、自習室には机と椅子、そして大きな本棚が置かれていた。とてもくつろげる空間はない。翡翠は後宮とハーツビート家の部屋しか知らないのであまりの狭さに絶句していたが、前世で一人暮らしの経験があるリンダはこんなものだろうと納得していた。シャワーとトイレが部屋にあるので文句はない。これで共同トイレだったら朝から行列だ。


 翡翠はいつもリンダより早く起きて身支度を済ませる。そして、リンダを起こしてから談話室で本を読むようにしていた。いくら相手がリンダでも、女の子の着替えを見るわけにはいかないのだ。デリカシーのないリンダの分まで翡翠が気を使うしかなかった。


「おはようございます」


 談話室には早起きの生徒たちがすでに集まっていた。


「おはよう、ジェダイトさん。紅茶飲む?」

「はい、ありがとうございます」


 魔法で紅茶を淹れていた寮長に礼を言って受け取り、砂糖を少しだけ入れた。

 寮の談話室はハーツビート家の応接室ほどの広さがあり、起立状態なら寮生全員が集まることも可能だ。一人掛けのソファ、三人用ソファ、ローテーブル、先輩に教わる生徒のための勉強机もいくつか並んでいる。翡翠は一人掛けソファに座った。


「ジェダイトさんは、学校にはもう慣れた?」


 翡翠が教科書を開くより先に寮長のユーラヴァルタが訊いてきた。どこか疲労感のある声にカップをソーサーに置く。


「はい」

「そっか。やっぱり顔見知りと組ませたほうがいいのかな」

「寮長、そんなに上手くいかないですよ。親戚だってフレースヴェルクに入学できるかわからないし、寮だって門が決めるんですから」


 ユーラヴァルタのぼやきに応じたのは二年の監督生テオドアだった。会話についていけない翡翠は大人しく聞いている。そんな翡翠を見て、ユーラヴァルタが眉を下げた。


「ああ、ごめん。入学してしばらく経つと、ホームシックになる子が多くて」

「ホームシックですか」

「夜中に泣きだしたり、部屋から出てこれなくなったりね。そういう子に対応するのも寮長と監督生の役目なの」


 なるほど、ユーラヴァルタが疲れていたのは夜中のホームシック対応のせいらしい。子供に子供の面倒を見させているのか、と翡翠は少し疑問を抱いた。


「今のところ、私もリンダも元気ですよ」

「そうみたいだね」


 むしろリンダが落ち込んでいるところが想像できない。そう言うとユーラヴァルタとテオドアはくすくす笑った。


「学校の怪談が出るのはこの時期なのよ。これ以上、心配を増やすのは止めて欲しいわ」

「……テオドア先輩、その話絶対リンダにはしないでくださいね」


 リンダなら面白がって肝試しに行きそうである。巻き込まれるのは翡翠だ。


「話は聞かせてもらったぜ!!」


 ありえそうだとテオドアがうなずく前にリンダが談話室に飛び込んできた。翡翠が片手で目を覆って天を仰ぐ。


「お、おはようリンダさん……」

「おはようございます! 先輩、その話詳しく!」


 元気よく挨拶したリンダは目をキラキラさせてテオドアに迫った。瞬く銀河のような瞳に見つめられ、テオドアがうっと唸る。断りにくい。断りにくいが翡翠の心労を思うと教えていいものかどうか迷ってしまう。


「……先輩、どうぞ」

「いいの?」

「黙っているほうが危険です」


 教えてくれないのなら自分で見つけるまで、と行動するのがリンダだ。ため息まじりの翡翠にユーラヴァルタがぽんと肩を叩いた。


「えーと、じゃあ有名な七不思議ね」


 ひとまずリンダに紅茶を淹れて、それぞれソファに腰を落ち着けた。

 あさの爽やかな時間帯にふさわしからぬ話題に、集まってきた寮生たちも聞き耳を立てている。


「まず、一つ目は『終わらない廊下』よ。すぐそこに教室が見えるのに、歩いても歩いても辿り着けないの。かといって他の教室も見当たらず、戻ることもできないで歩き続けるしかない空間に迷い込む、というもの」

「まあ、これは登校拒否の生徒が魔力を暴走させただけって話だけど」


 ユーラヴァルタがオチをつけた。


「二つ目は『七人目のバンシー』といって、森に棲むバンシー、ああ、バンシーっていうのは死を嘆く妖精のことよ。バンシーが六人並んでいるのを見ると、七日以内に死んでしまうという話。で、死者の魂はバンシーになり、バンシーの列に入る。先頭のバンシーが抜けて六人に戻って、七人目を探しているんですって」


 学校の森は鬱蒼としており本当に妖精が棲んでいそうである。実際にそれっぽい目撃例があった。


「三つ目が『魔力の坩堝』ね。昔、学校に入学するには魔力が足りなかった子が、魔法使いの血肉や髪、骨を使って魔力を吸い取る装置を作ったそうなの。それを開けるとたちまち魔力を吸い取られて、骨と皮だけのミイラになってしまうんですって」

「一応忠告しておくと、他人の魔力を使っても自分の実力とは認められないからね。それに、しっぺ返しのほうが怖いよ」


 ユーラヴァルタもテオドアもできないとは言っていない。だんだん空気がおかしなものになってきた。一年生がそっと身を寄せ合った。


「四つ目は『歌う古代魔竜』なんだけど、これは完全にデマ。骨だけになった古代魔竜の歌を聞くと魂を抜かれ、肉体は食べられるって話」

「デマなんですか?」


 リンダが聞いた。古代魔竜なんてすごそうなものがいるなら見てみたかった。

 そんなリンダに、ユーラヴァルタがちょっと得意そうに笑う。


「うん。だって古代魔竜、生きてるからね」

「えっ?」

「いるの!?」


 一年生がざわめいた。二年と三年の寮生がニヤニヤしている。自分たちの時とまったく同じ反応だ、見ていて気持ちが良いのだろう。


「古代魔竜は学校の守護の一つなんだ。光臨祭で顕現される」

「すげえ……」


 リンダの感嘆にユーラヴァルタとテオドアが意味深に笑いあった。


「五つ目は『異世界鏡』で、これを見つけた者は異世界に連れ去られ、しかも自分が存在しない世界を見せつけられるっていう……」

「異世界!?」


 リンダが大声を出した。


「リンダ、どうしたの?」

「異世界! やっぱりあるんだ、間違いじゃなかった!」


 リンダは立ち上がっていた。異世界が「ある」というのはリンダには希望だった。

 嫁も、子供も、ちゃんといた。あの人生は嘘じゃなかった。


「よっしゃ、待ってろよー!」

「リ、リンダさん? 早まらないで、鏡の中に行ったら戻ってこれないのよ!?」

「そうだぞリンダ。そういう話は鏡を割ったらバッドエンドまっしぐらって相場が決まってる!」

「この話は現実逃避したい生徒が作った作り話だから! ね! 落ち着いて!」


 リンダは軽率に鏡を探し出し突撃していきそうなところがある。たとえ帰ってこれなくなってもたくましく生きていけそうだ。翡翠は止めた。全力で止めた。


「なんだよ、ロマンがない」

「七不思議にロマンを求めるのが間違いだから」


 不満そうに唇を尖らせるリンダも可愛い。だが騙されてはいけない、この妖精みたいな見た目の少女の中身は爆発キャンディ並みにぶっとんでいるのだ。

 ちなみに爆発キャンディとは、口の中に入れるとぽんと爆発し、耳から煙が出るという子供向けのジョークグッズである。類似品にビームチョコレートがあり、こちらは目からビームが出る。


「ええと、どこまで言ったかしら。五つ目ね、じゃあ六つ目。『願いの契約書』いくわよー」


 ふう、とため息を吐いたテオドアが若干ヤケになりつつ話を続行した。


「これはいつの間にか手元にあって、必ず願いを叶えてくれるという契約書よ。その代わり対価を支払うんだけど、支払い拒否したり契約内容に反すると罰を与えられるの。対価は願いにもよるけどそこまで無茶なものではないらしいわ」

「……でも、支払う人もいないんですね?」


 翡翠が少し考えて言った。テオドアがニヤリと笑う。


「あら、なぜそう思うの?」

「いつの間にか持っていた契約書では、誰に支払うのか、支払い先がはっきりしません。願いが叶ったのは偶然、あるいは努力の結果だと思うでしょう。誰だって自分が損をするのは嫌ですからね」

「その通り! だからこそ七不思議なんだけどね。ま、これも入学してみて自分の実力より上の生徒に出会って、挫折した子が言い出したんじゃないかという話だよ」


 ユーラヴァルタが一年生を見回した。魔法学校入学資格を持つ子は、幼い頃から魔力を発現させ、周囲に褒めそやされてきた者が多いのだ。過大評価で天狗になって、魔法学校で叩きのめされる。挫折を知らずにここまで来たのならショックもひとしおだろう。現実を認められず、何かのせいにしようとする。


「先輩、七つ目は? やっぱり七つ目を知ると死んじゃうんですか?」


 リンダが期待に溢れた表情で聞いてきた。学校七不思議のお約束、七つ目を知ると死ぬジンクスがこの世界にも通用するとしたら面白い。なぜそんな楽しそうなのか、テオドアは少し引き気味だ。


「や、やっぱり? ええ、そうよ。七つ目は私も知らないの。見つけると学校が生徒ごと消えちゃうんですって」

「学校なくならないかなって考えるやつ、どこにでもいるんですね」


 夏休み明けの初登校に誰もが一度は願うことである。

 リンダには大うけだったが寮生たちは笑えなかった。やろうと思えば不可能を可能にするのが魔法である。


「笑いごとじゃないわよ、リンダ」

「おはよう、ローゼ、なにが?」


 いつの間にかローゼスタが隣に来ていた。朝から呆れている。


「おはよ。なにって、学校をなくしちゃうような生徒が出るなんて大問題じゃない。闇に堕ちた魔法使いってことでしょ!」

「なにそれ。闇堕ちってガキくせえの」

「充分子供じゃない……」


 なにもわかっていないリンダにローゼスタは額を押さえた。代わりに説明したのは翡翠だ。


「魔法使いの大きな役割の一つは精霊や土地神との契約の遵守と大地の浄化、貴族ならそれを含めた領地の管理だ。……リンダ、闇堕ちするっていうのは穢れや呪いに呑まれて役目を放棄し、人類の敵になるってことよ。存在そのものが闇になる」

「ひたすらかっこいいだけじゃん」

「ぜんっぜんわかってないなこのバカ! 闇魔法使いになった瞬間討伐対象だ! 全魔法使い中のお尋ね者だ!」


 翡翠がとうとう怒鳴りつけた。闇に堕ちた魔法使いは魔力が穢れや呪いになり、しかもそれを周囲に無差別に振りまく脅威なのだ。


「えっ、ヤバ」


 ようやく理解したのかリンダの顔が蒼ざめた。翡翠がほっと息を吐く。


「でも呪術の授業はあるよね? やばくない?」

「呪術と呪いは似て否なるものだ。呪術はいわば因果を返すものだからね。善き魂には善き因果を。悪しき魂には悪因悪果を。だからこそ、きちんと学ぶ必要があるんだろう」

「ふーん」


 自分で聞いたくせにリンダの返事はおざなりだった。翡翠のこめかみが引き攣る。ちらっと時計を確認した。


「リンダ、君、お腹空いてるだろう」

「うん。もう食堂開いてるんじゃない? 早く行こう」


 そういえば寮内が騒がしくなっている。起きてきた生徒たちが食堂に向かっているのだろう。ユーラヴァルタとテオドアも肩から力が抜けた。朝からどっと疲れた気分だ。

 七不思議を語り終え、けっこう時間が経っている。談話室にいた生徒も食堂に移動しはじめた。


「リンダ、ジェダイト、食堂行くなら一緒に行きましょ!」


 ローゼスタが声をかけてきた。翡翠とローゼスタは新入生歓迎会の後に自己紹介しあい、すっかり仲良くなっている。


「ええ、ぜひ」

「いいよー。早くしないと並びの席なくなっちゃう」


 説教の気配を察知したリンダが走り出した。翡翠はユーラヴァルタとテオドアに頭を下げて後を追う。


「待ちなさい! リンダ、人の話はちゃんと聞きなさいよ!」


 出遅れたローゼスタも叫びながら追いかけた。呆気に取られていたユーラヴァルタがぽつりと呟いた。


「ホームシックとか、負の感情は無縁そうだな」

「常識とも無縁そうだけど。はあ、なんだかとんでもない子が入ってきちゃったわね」


 監督生として頭が痛い。テオドアのぼやきにユーラヴァルタは「エーギル寮よりマシ」となんの慰めにもならないことを言っていた。




けっこう遍歴がある七不思議。モナリザとベートーベンがごっちゃになったりしてました。

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