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9:食の革命児

ご飯大事。今日の投稿はここまでになります。



 リンダと翡翠が寮長の言葉の意味を知ったのは、昼食のため大食堂に行った時だった。

 長テーブルで寮ことに分けられてはいるが、厳密に席が決まっているわけではない。別寮でも友人と並んで座っても良かった。寮内でいじめが発生したら学校生活が地獄になる。逃げ道は用意されているのだ。


 料理はサラダなどの前菜、パン、肉や魚料理のメインなどがワゴンごとに乗せられたビュッフェ形式。奥の厨房から給仕がせわしなく料理を運んでいた。


「リンダはなに食べる?」

「肉」

「だよね」


 一択だった。

 トレイに皿を乗せ、トングでハンバーグを取った。味付けがわからないので量は少なめにし、不味かった時に備えてサラダと果物も取った。


「あれ……」


 さてデザートはとワゴンを覗き込んだリンダは、あるものに目が釘付けになった。


「どうしたの?」

「お嬢様!」


 リンダが答える前に、懐かしい声が響いた。


「メイ!?」

「お嬢様! お懐かしゅうございます。お待ちしておりました!」


 振り返ってみれば、ジークズルで別れたきりだったメイが、給仕のメイド服を着て満面の笑みで立っていた。


「メイ! メイ! どうして学校ここに!?」

「若様とお嬢様がお屋敷を去り、私など価値がなくなったのでしょう。解雇されました。私だけではなく、あの奥様とお嬢様を窘めた者は全員去っております」


 メイがあれからジークズル家であったことを話すと、リンダは辛そうにきゅっと眉を寄せた。


「そんな……」

「まあ、わざとなんですけど」


 そんなリンダに、メイはにっこりと笑ってみせる。


「まともな使用人は我先にと逃げたんですよ。こう言ってはなんですが、ミリア様ではとても公爵夫人は務まりません。泥船から逃げるのは当然でございましょう? お嬢様が気に病む必要はこれっぽっちもありませんわ」

「ジークズルは、そんなにひどいの?」

「家財道具を売却して凌いでいるくらいですもの。それに私も分家とはいえジークズルの者。本家崩壊に巻き込まれてジークズルを消滅させるわけにはまいりません」


 いざとなったら当主のドヴェルグを廃し、その弟が当主に立つ。その準備のために分家は本家仕えの者たちを呼び戻したのだ。


「皆、若様とお嬢様を案じておりました。私はなんとかお嬢様にお仕えできないものかと奔走していましたところ、ハーツビートのご当主が情けをかけてくださり、魔法学校の厨房で採用されたのです」

「お爺様が……。それでこれがあるのね」


 リンダは先程見つけたデザートに目をやった。これは、リンダがメイにねだって作らせたものだった。


「はい。お嬢様考案のミルク寒天です」


 牛乳寒天は、リンダが作れる数少ないデザートだ。


 前世の嫁が妊娠中つわりが酷く、これなら食べられると泣きながら喜んだ一品。お腹に子供がいるのに日に日にやつれていく嫁のために、リンダはせっせと作ったものである。妊娠中味覚が変わるのはお腹の子供が食べたがっているからだといわれるが、生まれた娘も牛乳寒天が好物だった。子供が大きくなりやがて家を出ていっても、折に触れて作っていた。この味が一番好き、と言って笑った嫁。やさしい甘さ。

 思い出の味を忘れたくなくて、リンダは厨房に立ち入れなかったからメイに作ってもらったのだ。


 メイが四角く切り分けられた牛乳寒天を小鉢に乗せ、リンダの持つトレイに置いた。幼い頃を思い出す。貴族の令嬢が厨房に立つなんてとんでもないと叱るメイに、それなら作ってと我儘を言った。牛乳はともかく寒天はなんのことか伝わらず、ようやくテングサから作るものだと思い出して寒天づくりからはじめたのだ。肝心のリンダはテングサから寒天ができることは思い出せても、なにをどうすれば寒天になるのかがわからず、メイと料理人が取り寄せたテングサを試行錯誤した。今では寒天料理はジークズルが展開しているレストランで低カロリーメニューとして有名である。


「学校でもこれが食べられるなんて嬉しい。ありがとうメイ」

「お嬢様……」


 メイの感激屋は健在のようだ。すん、と鼻を鳴らし、エプロンで目元を押さえた。


「私がここでお役に立てることはわずかでございます。ですが精一杯のことをさせていただきます。どうぞなんなりとお申し付けくださいませ」

「ありがとう。でも、メイはメイのお仕事をして? 私は大丈夫よ、親友だっているもん!」


 そう言ってリンダが翡翠を見た。翡翠は二人の会話に、ずいぶん忠義モノだと羨ましく思いながらも挨拶をした。


「ジェダイト・リリーと言います。ハーツビートの遠縁で、リンダ様の入学に合わせてハーツビート家でお世話になっています」

「ジェダイト……様?」


 メイは翡翠の顔をじっと見ていたが、やがてはっと息を飲んだ。


「……遠いところからいらしたのですね。私にできることがあればお力になりますわ」


 翡翠の素性をメイに気づかれたことに驚くが、ジークズルでリンダの子守りをしていたメイならリリャナの親友を知っていてもおかしくない。リンダが力強くうなずいたのを見て、翡翠はほっと笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」


 さて、リンダがそんな微笑ましい再会を繰り広げているのを見た生徒たちは、早速とばかりに牛乳寒天に手を伸ばしていた。


「あれがハーツビートの姫か。入学早々やってくれるぜ」

「ハーツビートは食に対する意気込みが違うもんな」

「ジークズルの寒天といえば低カロリーでお肌に良いってやつでしょ!?」

「プルート先輩といい妹姫といい、俺たち良い時期に入学したな」

「さすがは食の革命児、仕事が早い」

「美食の探求家じゃなかったか?」


 ハーツビート家といえば魔法薬の名門として有名である。世界樹の森を有し、様々な魔法薬を研究・開発して財を成した。研究者肌の者が多いのだ。

 魔法薬の生成は材料の選別、確認、下ごしらえ、手順など、料理に通じている。服用する者のために味を良くするのも仕事の一つであった。

 味にうるさく、しかものめりこむと寝食を忘れて没頭する主人のために、ハーツビートの料理人は腕に磨きをかけてきた。なんとか食事を取らせようと工夫を凝らした。研究の手を止めてでも食べたいと思わせる料理こそ究極にして至高のメニュー。

 そんなものを幼い頃から食べていた子供が学校に通うようになり、味より量の食事に耐えられるかといったら否である。結果、ハーツビート家の子供たちが持ち込んだレシピが学校に流出した。時代の移り変わりと共に料理も変わっていき、レシピは増えていった。


 食の革命児ハーツビート。彼らは食に妥協しない。卒業後にこれが食べられなくなった者たちがこぞってハーツビートの製薬会社に就職したがり、ハーツビートが出版した料理本は飛ぶように売れた。


 そんなハーツビートの血を引くプルートが残したメニューは、野菜嫌いな子供でも食べられる卵ふわふわオムレツだった。虚弱体質な婚約者の体質改善にと考えられたそれは、卵とミルクのやさしい甘さに包まれた刻み野菜の食感と、ベーコンの塩味がやわらかく絡み合い、これなら食べられると子供に人気のメニューになった。これぞ医食同源。健康を考える貴族。


「あら、美味しい」

「ほんとだ。ウチの味に似てる」


 うまうまと食べているリンダと翡翠が果たしてどんな味を生み出すのか。生徒たちは期待に胸を高鳴らせて舌鼓を打った。



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