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やめてくれ

 その日、俺は近所のコンビニで、太田とばったり出くわした。こいつは中学の同級生。東京で仕事をしているため、地元である()()には住んでいない。成人式で会って以来なので、六年ぶりの再会だった。


 俺は目的だったタバコを買い、それを外で吸いながら太田と立ち話をした。どうして地元に帰ってきたのか訊くと、実家の父親が病気で入院したからだと答えた。見舞いはすでに済ませ、これからまた東京に戻ろうと思っていたところらしい。


 俺と太田の関係は「友達」、と呼ぶのはいささかおかしいかもしれない。というのも、俺は中学の時からこいつのことを見下しており、あまり親密さを感じていなかったからだ。一言でこいつの性格を表すとすれば、まさに「軽薄」で、思慮深さを欠片ほども持ち合わせていなかった。


 だが、こいつの方は俺のことを見上げてはいないにしろ、「友達」と認識しているようだった。おそらく、こいつは親密度の段階など気にしない人間だ。「知り合い」「友達」「親友」といった段階が存在せず、あるのは「赤の他人」と「友達」のどちらかだけだ。


 その程度の関係なので、たいして話したいこともなかったが、向こうは「久しぶりだ久しぶりだ」と大はしゃぎし、近くの喫茶店に入ろうと言い出した。俺はニートで時間に余裕があったため、付き合ってやることにした。


 俺たちは車を喫茶店の近くに移動させ、中に入った。コーヒーを頼むと、太田は訊いてもない都会生活の辛さを語り出した。それが終ると、俺の近況を熱心に訊いてきた。


 互いの近況報告に一区切りついた頃、太田はにやにやしながら妙なことを言い出した。


「怖い話あるんだけど、聞きたい?」


 何の脈絡も無い。俺は少し呆気にとられた。どうしてこんなときに怖い話など聞かなければならないのか。


 困惑する俺をよそに、太田はべらべらと語り出した。


「俺、今年の夏に心霊スポットに行ってきたんだよ」

「へぇ。未だにそんな学生みたいなことをやってるのか。うらやましいな」

「うん、ありがとう」


 俺は苦笑した。太田は気にせずに続ける。


「でさぁ、心霊スポットに行った後の話なんだけど」

「後? そこで何かあったんじゃないのか?」

「いや、そこでは何もなかったよ。怖かったには怖かったけどね。心霊現象が起こりはじめたのは、そこから帰ってきた後。変な声が聞こえるようになってさぁ。苦しい。やめてくれ、みたいな」


 太田はその『変な声』とやらを芝居がかった調子で大袈裟に言った。全然怖くない。見ていて滑稽だった。


「それでもう、うわぁ、幽霊に取り憑かれたぁ、と思って、急いで霊媒師の先生のところに行ったんだ」

「霊媒師なんて、ほんとにいるんだ」

「うん、友達がネットで調べてくれた。で、その先生に、なんて言われたと思う?」

「除霊するには百万必要」

「そんな詐欺師みたいなこと言わないよ。その先生はさ、声の主は取り憑いている霊じゃありませんって言ったんだよ。その声は、悪霊に苦しめれている、あなたの守護霊の声ですってね」

「……」


 俺は絶句した。


 だが、俺の反応とは裏腹に、太田は一人で笑い出した。


「俺、めっちゃ笑ってさぁ。なんだ守護霊の声かよって」

「……いや、お前、笑ってる場合じゃないだろ」

「なんで?」

「そりゃあ……」


 そりゃあ守護霊の次に苦しめられるのはお前だからだろ。そう言いかけたが、思いとどまった。太田に悪霊が取り憑いているとすれば、この会話もその悪霊に聞かれていることになる。下手に助言めいたことを言えば、悪霊に危害を加えられかねない。悪霊など本当に存在するのか疑わしいが、正直怖かった。


「そりゃあ、守護霊が苦しんでるんだから……」


 俺はできるだけ当たり障りのない言葉を選んで言った。


「まぁそうなんだけど、おかしくてさ。だって、てっきり俺が取り憑かれたのかと思ってたから。守護霊だったらべつにいいやって。それに、守護霊だったら、悪霊くらいなんとかできると思うし」


 やはり、太田は事の深刻さに気づいていない様子だった。もどかしく思いつつも、それを直接指摘することはできない。


 俺はまた言葉を選び、質問した。


「それで、霊媒師はどう言ったんだ?」

「ああ、私にはどうすることもできませんって言って、別の霊媒師の連絡先を教えてくれた」

「で、行ったのか?」

「いいや」

「どうして」

「遠いから」


 太田は事もなげに答えた。


 その後、太田は別の話題に切り替えた。彼女の話などを一方的にまくしたててくるが、ほとんど耳に入らない。話を戻したいと思いつつも、何をどう言ってやればいいのか分からなかった。


 結局何の助言もしてやれないまま、俺たちは店を出た。


 別れ際に、少しだけ言葉を交わした。


 太田が言う。


「今日は久しぶりに話せて楽しかったよ」

「……ああ。いつでも帰ってこいよ」

 

 太田は笑って言った。


「親父にも同じ事言われたよ」


 その後、俺たちは車に乗り、別々の帰路についた。


 それ以来、太田とは会っていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短い中にしっかりとまとまっており、非常に読みやすかったです フィクションであるはずなのに、誰かの体験談を読んでいるかのような感覚になりました [一言] 二人の関係性が親しいわけではないから…
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