話して
第2話です!
憧れの先輩と唐突に距離を縮めることが出来た叶笑。調子を狂わせながら少しずつ打ち解けていきます。
その日の夕方、アクアリウムの中のメダカを見ていると、LINEで動きがあった。
通知音に敏感になってるなぁと感じながら開くと、緑化委員会の行動班のメンバーによるグループを陽斗が作ったようで、招待の通知が届いていた。
これも反応に時間置いた方がいいのかな……?
そんなことを思いながら指が勝手に招待を受理する。
あ、入っちゃった……。
しかしそれからしばらく動きはなく、夜になって全員がグループに入ったらしくやり取りが始まった。
『笹内です
俺は去年も緑化委員だったから、班長ってことになりました
よろしくー』
ありふれた挨拶だが、この文面を陽斗が書いたと思うとキラキラして見える。
叶笑が風呂に入っていた間に少しやりとりが進んでいた。
『3年5組の木口です。滑舌悪いメガネです。よろしくお願いします。』
もう一人の三年生、木口流馬先輩だ。叶笑はよく覚えていない。
『三室朱音、1年3組です! 色々初めてでわからないことが多いので、皆さんよろしくお願いします……!』
カワイイ系の後輩三室朱音。よく覚えていない。
ここでやり取りは止まっている。他のメンバーの発言を待っているのだろう。叶笑も自己紹介しなければと、ベッドにダイブして入力し始めた。
『二年一組の三橋です。一年間よろしくお願いします』
とりあえず無難に、ね。
よし、と自分に言い聞かせるように一人頷き、叶笑は他の人のメッセージを待った。
『同じく二年の南部です。ご指導のほどよろしくお願い致します。』
もう一人の二年生、南部恭子さんだ。この人は一年生の時に同じクラスだったので多少は知っている。とても真面目な人だ。
ふと恭子のLINEのアイコンに目が止まる。まるでお見合い写真のような、和装のきちっとした写真だ。
いいなぁ和服……。
とは思ったものの、動きにくくて得意ではない。
アイコンといえば。と思いつき、トークを遡って陽斗のアイコンを見てみると、熱帯魚の画像が使われていた。
「わ、きれい……」
もしかしてアクア好き?とも思ったが、これだけではそうとは限らない。
しかし期待に胸が膨らんでしまう。
種類はなんだろう、とアイコンをタップし陽人のホーム画面に移る。
あ……。
ホーム画面の背景が、綺麗なアクアの水景だったのだ。これはアクア好きほぼ確定である。
まじでか……まじでか……!
叶笑はベッドの上でバタバタとはしゃいだ。
まだ可能性ではあるが、好きな人が自分と同じ趣味を持っているかもしれない。ソワソワせずには居られない。
「聞いてみちゃダメかな……いきなり図々しいかな……」
うーんと悩んでいると、またスマホが通知を知らせる。反射的に通知を開くと、グループに最後の自己紹介が来ていた。
『稲瀬克です
すぐるって読みます
一年七組です
よろしくお願いします』
もう一人の一年生。覚えていない。
これで全員分の自己紹介が揃ったことになる。するとすぐに、陽斗がメッセージを載せた。
『今日委員長が言ってたけど、念の為ここに年間活動予定乗せておくからね』
そう前置きがあって、次にノートが投稿された。開くと詳細に年間活動予定が並んでいる。
4月の欄の最初、今日の「顔合わせ」の次に、来週の月曜日「主催抽選」とあった。
なんだろこれ……、ってか仕事できるなぁ先輩……。
叶笑はありがとうございますと返信する。それ以上話していいのか分からなかった。
また通知が届く。開くと陽人からの個人チャットだった。
え!?
思わず飛び起きてトーク画面を開く。また飛びついてしまったと後悔しそうになったが、メッセージを読んでそんなこと忘れた。
『三橋さんってもしかしてアクアリウム好き?』
「なんで!?」
素で叫んでしまう。そしてすぐ気がつき失笑。
「私もアイコンも背景もアクアだった……!」
思わぬ展開にテンションがおかしくなっていく。
『もしかして先輩もですか……!?』
すぐ既読がついた。ニヤニヤが止まらない。
『やっぱりそっか! アイコン見てもしかしてって思ったんだ
そう俺もだよ! ちなみに何か飼ってる?』
『私はメダカを飼ってます! 小さな水槽で5匹ほど
先輩は何か飼われてますか?』
『そうなんだ、羨ましいなぁ
うちは水槽置ける場所がなくてさー、ベランダに池作ろうかとか思ってる』
「池って」
叶笑に自然な笑みが零れる。すぐに追ってメッセージが来た。
『魚が好きなタイプ?』
『魚好きです、ミッキーマウスプラティ飼ってみたいなぁって思うんですけど水槽増やせなくて。先輩はどんな子がお好きですか?』
送信してから叶笑は、この聞き方恥ずかしいなと赤くなった。
『俺は水景が好きなんだ、魚も水草も全部含めての綺麗な水景』
『あ、アイコンの画像とかそれですね、気になってました』
『そうなんだよ、水槽の中で生態系が回ってるって感じが好きで。湯浜にアクアカフェって所があるんだけど、そこで撮ったんだ』
湯浜とは、樫浜から電車で20分ほどの所にある、井波市一の栄えた街だ。そんな所にアクアカフェがあるとは知らなかった。
『へええ知らなかったです、行ってみたいなぁ』
『お、じゃあ今度行こうよ!』
「え!?」
何気なく行きたいなーと言っただけのつもりが、まさかの一緒に行く話に発展した。
待って待って心が追いついてない。急展開過ぎないか。逆に大丈夫か。
と思わず考えてしまったが、画面に目を戻すと追加でメッセージが来ていた。
『もしかして都合悪かった?』
「違います!」
入力する前に一度叫んだ。
『いえ! 良ければ是非……!』
『ほんと? よかったw
次の日曜とかどう?』
「まじか!」
一瞬でスケジュール帳をめくって日曜日の予定を確認。空いてる。
『空いてます!れ』
「れじゃないよおおおおお!」
興奮で指が言う事を聞かず、「!」と打とうとして「れ」と打ってしまった。LINEあるあるだ。
『www
よかった、じゃあ詳細は追って送るよ』
「笑われたぁぁああ!」
首から上を真っ赤にし、蒸気を上げながら返信を打ち込む。
『すみません、よろしくお願いします』
『はいwこれからよろしくねw
おやすみ』
最後の最後に失態を犯した。とても恥ずかしい。叶笑は涙目になりながら『おやすみなさい』と送り、LINEを閉じた。
「あれさえなければ……! 気持ちよく終われたのに……!」
4月11日、昼休み。
席でお弁当を食べながら、叶笑が昨夜のLINEでの出来事を夏葉に話すと、弁当を放って夏葉は鼻息も荒く喜んでいた。
「すごくない!? 何その急展開!? ちょっと分けてよ!?」
「なんでよー、やっちゃったって笑い話じゃんかぁ」
「なんであんたは喜ばない!? 喜ばずにいられる!? 意中の人とまさかの急接近だよ!? わかってる!?」
「でもだって笑われたし……」
あまりに真剣に落ち込んでいるようなので、夏葉の顔も少し真剣になった。
「ちょい見してみ、トーク」
「え゛、やだよ」
「このアタシがアンタの好感度探ってやろうっつってんだから出さんかい」
わヤンキー出た……。
夏葉は苛立つとヤンキーになる。高校からギャルに転身しただけで、小中学ではほぼヤンキーみたいなものだった。
相談したのは私だしな……、と、叶笑も渋々スマホを開き、トーク画面を出して夏葉に渡す。
「どれどれぇ」
夏葉は一連の会話を読み、少しの間考え込む。叶笑はその間不安と恥ずかしさとでなんとも言えない表情だった。
「うん、全然平気」
「え?」
はい、とスマホを返され、叶笑はキョトンとする。
「叶笑って、こうだと思い込むと信じ込む癖あるから気ぃつけた方がいいよ」
「う……」
自覚ありだ。
「例のれって誤爆した所から、笹内先輩が笑うようになってるじゃん。委員会での付き合いから友達辺りの付き合いにここで切り替わったんじゃないかな」
「うーん……信じられない……」
とは言いつつ、叶笑には心当たりがあった。
昨日委員会が終わり、陽斗に呼び止められて挨拶した時だ。「三橋さん面白いね」この言葉が頭を巡る。
誤爆した事で面白い人レベルが上がったのか。
「それはそれで嫌だぁああ!」
「え? なに」
「……昨日、三橋さん面白いねって言われたんだよ、委員会終わった時に」
「あー……なるほど」
「こんな事ならお近づきになんてなんなくて良かったのにぃ……、遠くから眺めてるだけで十分だったのにぃ……!」
「じゃぁあんた元の距離に戻れるの?」
「どっちも無理ぃ……」
「もー……、何ネガティブになってんのよ、日曜デートなんでしょ?」
叶笑がバッと顔を上げて夏葉を睨む。
「なんで知ってるの!?」
「やトーク見たじゃん……」
「あ、服どうしよう、コンタクト買った方がいいかな、やばい痩せなきゃ、どうしよう夏葉、え、何時にどこ集合?」
「落ち着け……あたしが知るか……」
「わあああ緊張してきた!」
「叶笑が好きなアクアリウムかなんかのカフェなんでしょ? 普通に楽しんでくればいいじゃん」
「それが出来ないから緊張してるんだよぉ!」
「大丈夫だよ叶笑可愛いし」
「何言ってるかわかんないです」
「上等じゃあ! 表に出ぃ!」
二人は後に一分で弁当を掻き込む事になった。
次に動きがあったのは、その日の夜、8時頃だった。陽斗からLINEが来、会話が始まる。
『こんばんはー、日曜の件なんだけど、昨日勢いで行こうって言っちゃったけど平気だった?』
叶笑は少し驚いた。行くか否かの確認をするとは。
『こんばんは
はい、大丈夫です、行きたいです!』
そう送信して、既読がつかないと確認すると一度スマホを閉じ、深呼吸する。
自然に返信してしまったが、LINE出来ること自体一大事だ。叶笑は胸に手を置いて、鼓動を落ち着かせるように肺の中の空気を全て吐ききる。
……なんで急にこんなに近づいたんだろう。
ふとそんな疑問が頭をよぎった。
いや、もしかしたら私だけ舞い上がってて、笹内先輩にとってはいつもの事なのかもしれない。
もしそうなら……。
その先を想像して、叶笑は胸がクッと締まるのを感じた。
苦しい。
その時スマホの通知音がした。今度は飛びつかず、一つ息を飲んでからスマホを手に取る。 陽斗からだ。
『そっか、よかったw
昨日あれから気になってさ、もし誰か誘いたかったら誘ってくれて構わないからね』
「誰かって……」
二人で行くことを期待していた。と叶笑は自覚して、夏葉の言葉を思い出した。
「変に期待しないこと」
あぁ、私、期待してた。
叶笑も然り、急に距離が縮まって期待しない人などいない。しかし一旦冷静になって動かなければ。
また一つ呼吸を吐いた叶笑は、得意の思考転換をする。
このチャンスをできるだけ活かそう。憧れの先輩と出かけるチャンスだ。会って話してみて違ったら、その時はその時。
『他にアクア好きの知人を知らないですし、良ければ二人で行きませんか? 色々お話したいです!』
何ヶ所も書き直しながら、叶笑はそう返信した。叶笑はフィーリングで会話ができない。特に相手の顔が見えないLINEでは尚更だ。じっくり考えた言葉が口から出るまで少し時間がかかることがある。叶笑自身何とかしなきゃとは思っているものの、なかなか変えられない。
「私の事はただの興味。そう考えるのが妥当。とにかく楽しまなきゃ」
自分に言い聞かせるように、叶笑はそう口にした。
しばらくして返信が帰ってきた。
『わかった、じゃあ二人で楽しもう!
湯浜駅が近いんだけど、他どっか行きたいところとかある?』
「おお」
直ぐに次の話題になり面食らう叶笑。
インドアの叶笑は、湯浜には用事がないと出向かない。前々から行きたいと思っていた所と言えば……。
「そう言えば、新しいパン屋さん出来てたって夏葉が……」
夏葉は湯浜でバイトをしている。ついでに湯浜で遊んでいる。叶笑からしたら夏葉がほぼ唯一の湯浜情報の源だった。先週だったか、そんな夏葉が「湯の浜商店街のあのダサい文具屋の奥に新しくパン屋が出来てた」と情報提供してくれたのだ。
お土産にパンを買うだけ、付き合ってもらおうかな。
叶笑が好きな硬いパンがあるといいが。
『そしたら、商店街の近くに新しいパン屋さんができたみたいなので、そこに行ってみたいです』
しばらくして返信が来る。
『おっけー、そこも寄ろう
湯浜駅に11時でいいかな?』
『了解です!』
自然に上がった口角を気にしつつ、ふと思ったことを伝える。
『笹内先輩は行きたい場所とかないですか?』
『あー、ならそのパン屋のパン、俺も食べてみたいw
あと本屋に、いいかな?』
『はい! もちろんです!』
『じゃあ日曜、改札出たところで』
『よろしくお願いします!』
ここでLINEは終わった。
思考転換をしたはずなのに、叶笑の胸の鼓動は少し早かった。