閑話 京洛中にて……。
1529年(享禄2年)
京の都……。
洛中は荒れ果て、日ノ本の混沌を、体現する様だった……。
京の都は、応仁元年(1467年)以降続いた、八代将軍足利義政の継嗣争いが収束して、早五十年以上の歳月が流れていた。
しかしその傷跡は癒える事も無く、その後も雑兵崩れの賊の横行。度重なる飢饉。はやり病の横行により、都の復興は叶わぬ状況にあった。
かつては、日乃本の文化の中心地であった京の都も、今では、その鳴りを潜め、急速な時代の変化に翻弄された洛中の公家達は、教養を売り物として、生計を立てる事となる。公家達の嗜みであった、蹴鞠や文学は、多くの諸大名たちが学ぶ事となり、京文化は全国に広がることとなった。
文化の発展は京の都だけのものではなくなり、地方からも生まれる事となった。下剋上……。
強大化した地方の有力武将。力有る者は大名を名乗り、軍事面のみならず、文化面でも大きな変動をもたらしていく……。
世は、新たな盟主を求め、大きく躍動する事となる。戦乱の兆しが日乃本を覆う……。
「邪聖よ、今の京の都を見てどう思う……」
玄海師匠の問いかけは、何時も唐突だ。
俺は、洛中を見詰め、
「諸行無常……」
「ほう……」
玄海は、細い目を更に細くし、俺を、見詰める。
「あ……。いや、先ほど老僧が、歌を歌っているのを聞きまして……」
ただ、気恥ずかしく思い、頭をかきながらそう答えた。
「ふぉふぉふぉっ。ぬしにしては、出来た答えであったが、受け売りか」
「はあ……」
俺は、気のない返事をして、それに応える。
人々に、生気が感じられない……。
これじゃあ、お館様の治める、水無月の民の方が、幸福そうに暮らしているだろう。
これが、日ノ本の中心か……。
「ぬしは、図体ばかりでかくなりおって、こっちは、からっきしじゃからのう」
そう言うと玄海は、杖で俺の頭をこつく。
「確かに、京の都は衰弱してしまったのう……。しかし邪聖。いまだ天下はこの都にある。衰退した室町幕府は今なお形を残し、何より帝は此処に居られる。あの応仁元年より続いた大乱から、遠く離れた地で力を蓄えた者が都に上洛した時、天下の趨勢は大きく変わるじゃろう……。」
玄海は、静かにそう言うと、今一度洛中を見つめ、かつては、多くの人で賑わっていただろう街道も、人は疎らで、閑散としていた。
「もっとも、その者が、今の都を打ち壊し、新たに築き上げるのか、帝を助け、室町幕府を助けて、京の都を復興させるのかは解らぬがのう……」
そう言うと、洛中に背を向けて、歩みを進める。
「して、邪聖よ。頭巾はどうした?ぬしの、顔はよう目立つ。都では、頭巾をする様に言ったはずじゃが?」
そう言うと、さらに俺の頭をこついて見せた。
「はあ。すいません……。あれ、熱いんで脱いじゃいました」
俺は、笑って答える。
玄海は、一瞬目を見開き、大きくため息をついた。
「まったく、ぬしは……」
呆れて何も言えぬとばかりに、肩をすくめ、首を横に振る。
「まあ、良いじゃないですか。あれはあれで、結構目立ちますよ?」
昨今、頭巾なんて被って、都を歩けば、盗賊の類か、どこぞのお偉いさんかと、勘違いされてしまうだろう?
玄海師匠も、抜けているなぁ。
俺は、カラカラと笑い、玄海の背中を叩く。
「時に師匠。さっきの話だけど、上洛するのは、やっぱりうちのお館様で……?」
俺は、師・玄海の顔を覗き込み、人目もはばからず、嬉しそうにそう言い放つ。
「バカモン!滅多な事を言うでない。我らが領土。お館様の善政で潤いはして居るが、あくまで、扇谷上杉家の庇護下であっての事。兵とて、出せて数百……。物の数に入らぬわ」
玄海は米神を抑え、そう言い放つ。
「そんなもんなんですかねえ?庇護下って言ったって結局、戦時になれば、いつも我が国を矢面に立たせて戦わせるじゃないですか。そのくせ、隣国の吉野家の、我が領土侵害に対しては、見て見ぬふりを決め込む。信用できませんね」
俺はぶっきらぼうに答え、空を見つめた。
信用出来ないなぁ……。
お偉連中なんて、己の、利権しか考えない。
この、京の都を見れば分かるだろう?
官爵だって、売り物にしちまう……。
本当、馬鹿な連中だ……。




