閑話 神の悪戯
「生命活動を遅らせて、呼吸は、一月に一回……。ゆっくりと、私の魔力を馴染ませながら……」
何時しか、白と黒の回廊には、祭壇が現れ、その上に邪聖は寝かされていた。
エステカは、手慣れた仕草で、横たわる邪聖の体に、魔力を流し込み、生命維持に必要な魔術を施していく。
邪聖の周りには、球体の魔法陣が形成され、青白く淡い光が輝き、包み込み様に展開され、不規則な速さで回転していく。
エステカが、魔力を流し込む度に、その球体の魔法陣は赤く光輝き、魔法陣の文字が吸い込まれるように邪聖の体の中へと入っていく。
「言語スキル、世界情勢更新…・・・」
「お~い。母上~」
不意に、白と黒の回廊に、間延びした声が響き渡った。
エステカは手を止め、声の主の方へと向き変える。
「あなたですか……。武神ウエル」
そこには、一人の女性が立っていた。
ウエルと呼ばれた女性。燃える様な赤髪に、健康的に焼かれた褐色の肌が、胸と腰に巻かれた、きわめて薄着なその姿から、見て取れる。
体中古傷があり、歴戦の将と思わせる貫禄があり、それに見合う闘気を感じさせる。
「なんだよ、母上。さっき見たいな、きゃぴきゃぴした喋り方しないのかよ?」
ウエルは、押し殺した笑い声を出し、エステカの頭を、くしゃくしゃに撫でまわす。
「やめなさい。世界神を何だと思っているんですか!」
エステカは、幾分か殺気のはらんだ声で、警告する。
「お~怖。その男にされた時は、喜んでいた癖に」
「ジャショウちゃんは、特別です」
ウエルは肩をすくませ、やれやれと苦笑を交えながら、片手に持っていた酒瓶を一気に飲み干す。
「ジャショウって言うのかい?この男。俺も見ていたぜ。すげえ戦いだったな。こいつ、こっちの世界に来たら化けるぞ、きっと」
ウエルは無作為に、魔法陣に手を伸ばし、邪聖の頭を触る。
「ウエル!」
さっきより殺気が強くなり、エステカは、ウエルを睨みつける。
「な、なんだよ……。ちょっと触っただけじゃんかよ……」
ウエルは気圧され、伸ばした手を引っ込める。
それだけ、エステカにとって、邪聖は特別なのであろう。
「ちっ。ん、だよう。母上ばっか、ずるいんだよ。あっちの世界から、強い奴連れてきて、囲っているんだもんなぁ」
「その代わり、こっちの世界での信仰は、あなた達に譲っているでしょう?それに、これも世界のバランスを保つための、仕事の一環です」
「んなこと言ってもよう……。こっちの連中、軟弱者ばっかで、母上のとこの天使と、質が違いすぎるじゃん」
天使……。
それは、現世で信仰心厚かった者が、天界に来て優遇された者達の事である。
自らが信仰した各々の神の元、神を守護し、信仰を広める者達。
エステカは既に、下界では忘れ去られた神として一線を退き、自らが導いた転生者のみで、天使を形成している。
転生者の多くは、武勇、智勇共に高く、各々の神に匹敵するほどで、エステカは、現役を退いてもなお、絶大な力を有している。
「それを導いてゆくのが、あなた達の仕事でしょう?武神ウエル」
ウエルは、母親に叱られ、拗ねた子供の様にそっぽを向いて、頭を掻きむしる。
「へーへー。私が悪うございました!」
再び、酒瓶を口に運ぶ。
「あり?もう空か……。母上~、酒~」
「あなたって子は……」
エステカは、ため息をつき、回廊の奥へと消えて行った。
「へへへ……。お前、邪聖って言うのか」
ウエルは、にやけた顔で、横たわる邪聖に近づき、頬を撫でる
「母上が、傾倒するだけあるな。奇麗な顔してんぜ。妹が見たら嫉妬するぜ、こりゃあ」
エステカも、普段の様に、魔法で酒を出してやれば良かったんだが……。
親心なのだろうか。回廊奥にしまっていた、神酒を取りに行ってしまった。
残されたのは、邪聖とウエル、二人っきり。
ウエルは、周りの気配を確かめ、何を思ったのか、魔法陣に手を伸ばす。
「お前の戦い、見ていたぜ。ハッキリ言って、すげえ濡れた。だから、俺の加護もくれてやる。本当は、寵愛でも良いんだがな……。母上にばれちまう」
魔法陣が、赤く輝きだす。
「あり?世界情報……?つまんねえもの、入れてんな母上は。そうだ!」
ウエルは、いたずらっ子の様な笑みを浮かべ、魔法陣を改ざんしていった。
「どうせなら、思いっきり楽しんで来いよ。そして、天界に戻ってきたら、俺とも遊んでくれよな♪」
回る魔法陣は、一瞬、歪に膨らみ、元の形へと戻る。
「闘神・邪聖……。お前に、良き人生を……。てな♪」
「ウエル~」
神酒を取りに行った、エステカの声が木霊する。
「おっと、やべえ、やべえ。そんじゃな、ジャショウ。また、ちょくちょく顔を出してやるよ。その都度、面白い知識を分け与えてやるぜ」
武神ウエルは、静かに笑う。
これから出される、神酒の味を思ってか。はたまた、邪聖の未来を思ってか……。
神のみぞ知る、娯楽の前触れか……。




