精一杯の告白
伝えたい、思い……。
伝わらない、言葉……。
人は、言葉をもって思いを伝える。
けれど、言葉で伝わるモノは、全体の7%ほどだと言う……。
思いの重さは……。
本当に、伝えたい思いとは……。
心を通わすには、何が必要なのだろうか。
「さて、シャル……。君を助けるには、テイムしなくてはならないらしい……」
「テイム……」
いきなり、テイムなどと言われて、納得するはずが無い。
シャルも例にもれず、訝しげな顔をしている。
まあ、当たり前だよな……。
俺だって、自らを縛る契約など、死んでもごめんだ……。
思案に暮れるシャル。
それを、じっと見守る事しか出来ない俺。
もどかしい……。
助ける手立ては、腕の中にある。
けれど……。
「わ、私……。スターリーの街で、冒険者に為ろうとしたんです……」
うつむき、それでも声を振り絞って話し始めたシャルを、じっと見守る。
「スターリーには、三つのギルドがあります。一つは、傭兵を主としたギルド。二つ目は、冒険稼業……。言うなれば護衛、モンスター討伐を主とした王道な処です。けど、その二つは、魔法の使えない妖精なんて相手にされませんでした……」
震える声……。
小刻みに震える肩は、相手にされなかった憤りから来るものなのか、それとも……。
「悔しかったんです。相手にもされない事が。魔法が使えない自分の無力さが……」
「自分の、無力さが……か」
俺は、シャルを撫で、サクヤは強く抱きしめた……。
シャルの、心を満たしたやるために……。
何もしてやれない……。
今の自分達も、無力で、ただただ悔しく思える。
どれだけ強くても、好いた者の笑顔すら、与えてやる事が出来ない。
そんな俺達を見て、シャルは力無く笑う。
「大丈夫です……。サクヤちゃん達の優しさ、しっかりと感じる事、出来ていますから……」
「……。俺達が、慰めてもらってちゃ、世話無いな……」
俺は苦笑し、空を見上げる。
こんな良い子……。悲しませんなよ。神様よぅ……。
言いようのない怒りが、込み上げる。
拳を握り、唇を噛みしめる。
助ける手立てがある……。
けど……。
この子の心に、届くのだろうか?
再び、視線をシャルの方へと向け、彼女の言葉に耳を傾ける。
シャルは、震えた声で、弱弱しく言葉を紡ぐ。
「三つ目の冒険者に行きました……。そこはその……」
「うん……。ゆっくりで良いから……」
「はい……。そこは、前のギルマスが逝去されて、多くの冒険者たちが、先ほどのギルドに移ってしまったんです。冒険者は、たった三人……。私でも、入れると思ったんですが……」
「断られた……?」
彼女の身の上を、自分の事の様に思い、胸が締め付けられる……。
けれど、俺は、関わる事を選んだんだ……。
最後まで、聞く義務がある。
俺は、腕組みをし、一つため息をつく。
しかし、そんな俺を見て、シャルは首を横に振った。
「いえ……。そこのギルマスは、私なんかを、快く、迎え入れてくれました……」
「じゃあ、何故?」
「三人の冒険者が……」
「異を唱えたと……」
シャルは頷き、俺の怒りは、頂点に達した。
「俺が、その冒険者をぶっ飛ばしてやる!」
「待って下さい!その、まだ続きが……」
シャルは、慌てて俺を制止し、話を続けようとする。
まだ続きがあるのか……。
それだけでも、胸糞が悪い。
シャルみたいな良い子を、無下にしやがって……。
しかし、冷静になれ……。
魔法の使えないシャルを心配して、止めたのかもしれない……。
そうか……。
そうかもしれない!
俺は、冷静さを取り戻し、シャルを見る。
シャルの装備は、待ち針の様な剣のみ。
どう考えても、冒険稼業には向いていない。
何だ……。良い冒険者じゃないか。
けれど、話を聞いて、再び怒りは頂点に達した。
話の内容は、こうだ……。
三つ目のギルドは、その規模に合い、雑用仕事が多かった。
シャルとしても、モンスターを相手にするより、大変だけど、こなしていけると確信していたようだ。
けれど、先ほどの冒険者……。
俺に言わせれば、馬鹿三人が、茶々を入れて来た。
ゴブリン一匹倒せないような奴が、同じ冒険者を名乗るのは、我慢ならないと。
聞いてて、胸糞悪い……。
一瞬でも、良い奴かもと思ったことが、ただただ、恥ずかしい……。
しかも、そこで話は終わらない。ふざけた事に、その中の一人が、何を思ったか、自分の従魔になれと言って来たそうだ。
それで、俺達の事も、多少なりとも、警戒したと言う事だ……。
「私は、無力なんかじゃないわ……。だから、だから私……」
「モンスターを狩ろうと、森の中を一人でいたと……」
力無く頷くシャル……。
どいつもこいつも、ふざけやがって……。
しかし、困った……。
形だけども、契約を結ばないと、対処のしようが無い……。
俺は目を瞑り、思案に暮れる。
「あなたは……。ジャショウさんは、勇者の肩書が欲しくて、私をテイムしようとしているんですか?」
シャルの言葉に、首を傾げる。
急に、異な事を言う。
シャルをテイムする事に、どんな意味があると言うんだ?
俺が、訝し気な顔をしている事に、シャルは驚き、目を丸くする。
「あの……。もしかして、妖精と勇者の話を知らないのですか?」
「すまんが、この世界に来たのはつい最近だ。この世界の伝説はおろか、常識も乏しい」
俺は、胸を張って言う。
まあ、胸を張って言う様な事じゃ無いのだが……。
「転生者……」
シャルは、口に手を当て、驚きを隠さない。
まあ、転生者など、理解……。
ん?
この子、転生者を知っている?
「シャルは、転生者を知っているの?」
「え?は、はい……」
「まあ、眉唾物の様に聞こえるが、実は俺、その転生者らしい……」
「らしい……。ですか?」
「ああ。記憶が無いんだ……。気づいたら、この森に居たんだ」
俺は、一人だった……。
誰もいない森の中……。
けれど……。
『ジャショウは、一人なんかじゃ無いんよ』
『そうよ!私の事を忘れて貰っちゃ困るわ!』
そう、ナビ子とサクヤ……。
二人がいる。
「サ、サクヤちゃん!?」
急に、サクヤが声を上げた事に驚いたのであろう、いや。それ以上に、急に念話を使って話したから、驚いたのだろうか?
「ん?ああ。サクヤも念話が使えるんだ……」
『忘れてたんよ……』
サクヤは照れ臭そうに笑い、シャルを抱きしめる。
『従魔なんかじゃ無いんよ。テイムは、家族の印。怖がらなくって良いんよ?』
サクヤの言葉に、シャルは目を細め、サクヤを見詰める。
そうだよな……。
俺には、ナビ子が居て、サクヤが居るんだ。一人じゃない……。
「あのな……。俺は、テイムって言うのが嫌いだ。サクヤの事も、従魔なんて思ったことが無い……。サクヤは家族だ。サクヤの言った通り、テイムはそのための儀式だと思う事にしているんだ……」
精一杯の、告白……。
シャルに言っている……。いや、自分に言っているのかもしれない……。
そんな俺の言葉に、シャルは再び見開き、食い入るように俺を見詰める。
俺は、それに応える様に、優しく見詰めた。
「私も、サクヤちゃんや、あなたと家族になりたい……」
彼女の、精一杯の告白……。
俺は、優しく笑い。サクヤは、シャルを抱きしめた。




