信じる決意
幸福の中にいる者は、得てして、自らの幸せを知る事が出来ない。
当たり前の中にある幸福……。
手を伸ばし、世界を探る。
そんな自由の中に、幸福があるのでは無く。
そんな自由こそが、幸福なのだ。
「落ち着いた?」
未だ、すすり泣き、目を腫らしながらも、少し落ち着いたのか、サクヤの胸に埋めていた顔をのぞかせる。
「は、はひ……。ヒック」
声はしわがれ、鼻をすする音……。
それでも、高ぶった感情は、落ち着きを取り戻し、気分が楽になったのだろう。
止めどなく流れていた涙を拭い、笑顔を見せる。
うん。やっぱ、可愛い子は、笑顔が似合う。
俺は優しく撫で、サクヤは、抱きしめる。
シャルは、照れ臭そうに笑いながらも、されるがままだ。
『大丈夫なんよ。落ち着くまで、いくらだってこうしておるんよ』
サクヤが何を言っているか分からないのだろうが、シャルは心で理解し、ただそのまま、サクヤに抱きしめられ、気持ちよさそうに目を細める。
何か、羨ましい……。
全身で、モフモフ……。
何か、羨ましいぞ……。
『ジャショウちゃん。せっかくいい感じなのに、何その雑念……』
ナビ子の声に、我に返る。
いかん、いかん……。
これでは、ナビ子と一緒ではないか。
そう、たまにはシリアス……。
いや。ほんわかムードであっても、良いじゃないか。
しかし、サクヤ……。
お姉ちゃんと言うか、お母んの様だ……。
俺も、ついつい甘えてしまう事がある。
サクヤは、苦労してきた分、人にやさしくできる様だ。
お父さん、嬉しい!
けれど、何時までもこうしている訳にはいかないか……。
俺の手の中で、抱き合う二人を、そっと岩の上に移してやる。
シャルは、一度こちらを向き、小さく頷く。
彼女も、気持ちの整理が出来たのであろう。
今一度、サクヤの胸に顔を埋め、名残惜しそうに離れる。
それでも、サクヤの手を離さない処は、何か可愛い。
「それで、どうして、あんな所に居たんだい?」
俺は、至って優しく問いかける。
この子は良い子だ。それに、また泣かせたら、サクヤに何を言われるか分からない。
う~ん。やっぱ、サクヤには弱いな、俺。
シャルは、俯きがちに、戸惑いながら、言葉を選んでいる様だ。
何か、話ずらい事なのだろうか……?
「あ、あの……」
戸惑いがちのシャルを、そっと撫でる。
「言いずらい事なら、無理に言わなくても良いさ」
「い、いえ……」
シャルは、俺の方に視線を向ける。
意志の強い、覚悟を持った者の目だ。
「私……。魔法が使えなくて、妖精の国から追い出されたんです……」
小刻みに、震えている……。
そんなシャルを、サクヤはそっと抱き寄せる。
そう言えば、サクヤも、似た境遇だったな……。
「なんと!しかし、それはおかしな話じゃ」
今まで、そっぽを向いていたリョウカが、話に入り込んできた。
何が、おかしいと言うんだ?
現にシャルは、一人だった。
それに、ビックボアに襲われていた時も、ただ、逃げ惑うばかりで、魔法など使っていない。
魔法が使えるのなら、高所から攻撃できたはずだ。
「何がおかしいと言うんだ?駄馬」
俺は、少しムッとし、リョウカを睨む。
「そういきり立つな、小童!その節穴の様な目で、小娘の魔力を見てみい」
小童……。
くっ!この駄馬……。
まあ、良い……。こいつに従うのは癪だが、情報は大切だ。
俺は、シャルの魔力を確認する事にする。
鑑定?いや……。洞察力と、俺の両眼を通して、感じ取ることなど造作も無い。
ゆっくりと、シャルの方を向き、気の流れを観察する。
黄金色の炎……。
魔力のうねりだ。
シャルの体から漏れ出す、うねり……。
おかしい……。
そこから感じられるのは強大で、サクヤに勝らずとも劣りはしない、強大なうねり。
「……?シャル、君は……」
俺は困惑し、シャルを見詰める。
シャルは震えながらも、こちらを見詰め続けている。
嘘をついている様には見えない……。
ならば、何故?
俺は、静かに、シャルの言葉を待つ。
何か、理由があるのだろう。
この子を、信じると決めたんだ。
今の情報だけで、嘘と決めつけるのは早計だろう。
シャルも、俺の思いが通じたのか、震える唇を噛みしめ、小さく頷き、サクヤの手を今一度強く握りしめた。




