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天翔雲流  作者: NOISE
プロローグ
5/1791

エステカ

パンパカパ~ン

 けたたましい効果音が鳴り響く。いきなりの事で、膠着する。

「なっ!?」

 扉を抜けた先は、何処までも続く、白と黒の斑模様の世界だった。

「ねえ、驚いた?驚いた?」

 目の前には、歳の頃は、七・八歳と言った、金髪の少女が立っていた。

 少女は、白と黒のヒラヒラとした着物を身に纏い、金髪の髪を両横で、束ねている。

 くるくる回りながら、俺に近づいてきて、両腕を掴む。

「久しぶり~!名無しちゃん。約束通り迎えに来たよ!」

 突然の事に、身体を硬直させる。

「え?なっ!?」

 俺は、眉を顰め、少女を窺う。

「あれ~?」

 少女は、不思議そうな顔で、俺の顔を覗き込む。

 誰だ?コイツ……。

「俺の名は、邪聖だ……。君は、俺の事を知っているのか?」

 まるで旧知の友を迎える様な、少女のもの言いに、俺は疑問に思い、質問する。

「そっか~。あの時の記憶、終っちゃたんだっけ……」

 少女は俯き、ぽつりと呟く。

「え?」

 そんな少女の姿に、俺は首を傾げ、聞き返す。

「ん~ん。何でもない」

 そう言うと、少女は掴んだ手を離し、両手を広げ、俺に抱き着いてきた。

「邪聖ちゃんって言うのか……。良い名前を貰ったね。あっちの世界での生は、幸せだった?」

 少女は、俺の胸に顔を埋め、透き通る声で、聴いてくる。

 俺は、戸惑いながらも、少女の頭を優しく撫で、静かに頷く。

「ああ。良き人々に囲まれて、生き抜くことが出来たよ。父親なんて、三人も出来たんだ」

「そっか……」

 少女は、埋めていた顔を離し、再び、俺の両手を握る。

「改めて、こんにちは!私、この世界、アルシファードの神様で、エステカって言うの」

 ニッコリと笑うと、掴んだ両腕を、上下に振う。

「ねえ、どお?このゴスロリ姿。邪聖ちゃんが来るから、思いっきりおめかししてみちゃった」

 そう言うと、エステカは、その場でくるりと、周って見せる。

「お、おう。か、かわいいと思うぞ」

 何と言うか、ハイカラだ。

 俺は、エステカのテンションに、気圧され、顔を引き攣らせながら、そう答える。

「きゃー。かわいいって言われちゃった」

 エステカは、白い肌を赤らませ、嬉しそうに、その場で、ピョンピョンと跳ね回る。

 神様と言われても、今一ピンとこない。

 俺は、困惑しながらも、年相応の反応をするエステカを、若干疑わしそうな目で見ていると、それに気付いたのか、エステカは、頬を膨らませて、こちらを見る。

「ぶー。その顔は、私の事を信じていないでしょう?」

 口を尖らせながら、詰め寄ってきた。

「こう見えて、もう、何万年って生きているのよ」

 そう言いながら、まるで羽が生えているかのように、軽やかな足取りで、少し離れた場所へと足を運ぶ。

 俺から30mは離れたであろうか、その場に立ち止まると、服を整え、一つ咳払いをする。

「えい!」

 エステカは、掛け声と共に、その場で飛び跳ねる。

 辺り一面白い煙が立ち込め、次の瞬間、部屋に、一匹の巨大な龍が現れた。

「ほらね、こっちの方が、神様に見えるかなあ?」

 龍は、その姿に似つかわしくない口調で、話しだす。

 違和感、半端ない……。

 俺は、ただ茫然と、その姿を食い入るように見つめた。

「ね、かわいい?」

 龍になったエステカが、質問してくる。

 可愛いかと言われても……。

「い、いや。かわいくは無い」

 巨大な龍に対して、かわいいという感想を持つのは、不自然なことだろう。俺は素直にそう答える。

「でしょう?だから私はあの姿なの」

 龍はそう言うと、元の少女の姿に戻っていた。

「神様だって、綺麗とか、可愛いって、言われたいの。考えても見てよ。神話や、物語に出て来る神様ってみんな、清楚な姿の者が多いでしょう?まあ、威厳を示したくって、龍の姿で、現れる神様もいるけど、私は、可愛いって言われたいの。神様だって、頑張ってるんだから」

 龍の姿から戻ったエステカは、服をなびかせ、クルッとその場で、一回転した。

「私は、可愛いものが好き。可愛いって、言ってもらえるのが大好きなの」

 エステカは、俺の側に近づき、ニッコリ笑う。

 神様と言うのは、見栄っ張りなんだな。

 まあ、そんな事より、

「で、俺にどうしろと?」

 俺は、エステカのその仕草に、顔を引き攣らせながらも、気を取り直し、質問をする。

「あら、物分かりがいいみたいね?」

 エステカは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう言い、俺の胸元に、指を這わせる。

「そう言った仕草は、もう少し大きくなったらやろうな」

 必死に、妖艶な女性に見せようとするエステカの行動に、苦笑する。

 可愛いと言われたいのか、背伸びしたい年頃なのか……。

 神様って言われても、実感わかねえぞ。

「失礼ね!私の方が、10万歳以上年上よ。お姉ちゃんなのよ!」

 エステカは、頬を膨れさせ、俺に詰め寄る。

「お姉さんって……。それお婆……」

 俺が、言葉を続けようとした刹那、つま先に強烈な痛みが走った。

「痛っ!」

 足元を見ると、エステカが思いっきり、俺の足を踏んでいた。

「お・姉・ちゃん!」

 エステカは、張り付いたような笑顔で、俺を睨みつける。

 こ、コワイ……。

「はい……。お姉ちゃん」

 ここは、この少女に合わせて、話を進めよう。

「よろしい。それで、邪聖ちゃん。あなたは、あっちの世界に、未練は無いの?」

 透き通った、金色の瞳は、俺を射抜くように、見詰める。

 俺は、その瞳を見続け、ため息を吐く。

 未練が無いと言ったら嘘になる……。

 多くの人と出会った。

 多くの事を体験してきた。

 泣いて、笑って、怒って、哀しんだ。

 守りたかったもの。守れなかったもの。

 大切な人達との別れ……。

 振り返れば、どれもすでに、この手には届かないもの達……。

 気付いた時には、一筋の涙が零れ落ちていた。

 ああ、もう、戻れぬのだな……。

 その瞳を閉じて、自分に言い聞かせる。

 不意にそんな俺を、エステカが、両手一杯に包み込む。

「ごめんね……。未練が無いなんて、あるわけがないよね……」

 膝から崩れ落ち、俺の、胸ほどしか無い身長の少女の胸にうずくまり、涙する。

「色々、苦しかったよね。辛かったよね……」

 それは、暖かく、優しい言葉だった。

「っ!?」

 言葉が詰まる。その言葉が、その思いが、本心から来るものだと解った時、流れる涙を、止める事など出来なかった……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史は苦手なのですが、この作品はすごく面白かったです。もっと、知りたくなりました。
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