エステカ
パンパカパ~ン
けたたましい効果音が鳴り響く。いきなりの事で、膠着する。
「なっ!?」
扉を抜けた先は、何処までも続く、白と黒の斑模様の世界だった。
「ねえ、驚いた?驚いた?」
目の前には、歳の頃は、七・八歳と言った、金髪の少女が立っていた。
少女は、白と黒のヒラヒラとした着物を身に纏い、金髪の髪を両横で、束ねている。
くるくる回りながら、俺に近づいてきて、両腕を掴む。
「久しぶり~!名無しちゃん。約束通り迎えに来たよ!」
突然の事に、身体を硬直させる。
「え?なっ!?」
俺は、眉を顰め、少女を窺う。
「あれ~?」
少女は、不思議そうな顔で、俺の顔を覗き込む。
誰だ?コイツ……。
「俺の名は、邪聖だ……。君は、俺の事を知っているのか?」
まるで旧知の友を迎える様な、少女のもの言いに、俺は疑問に思い、質問する。
「そっか~。あの時の記憶、終っちゃたんだっけ……」
少女は俯き、ぽつりと呟く。
「え?」
そんな少女の姿に、俺は首を傾げ、聞き返す。
「ん~ん。何でもない」
そう言うと、少女は掴んだ手を離し、両手を広げ、俺に抱き着いてきた。
「邪聖ちゃんって言うのか……。良い名前を貰ったね。あっちの世界での生は、幸せだった?」
少女は、俺の胸に顔を埋め、透き通る声で、聴いてくる。
俺は、戸惑いながらも、少女の頭を優しく撫で、静かに頷く。
「ああ。良き人々に囲まれて、生き抜くことが出来たよ。父親なんて、三人も出来たんだ」
「そっか……」
少女は、埋めていた顔を離し、再び、俺の両手を握る。
「改めて、こんにちは!私、この世界、アルシファードの神様で、エステカって言うの」
ニッコリと笑うと、掴んだ両腕を、上下に振う。
「ねえ、どお?このゴスロリ姿。邪聖ちゃんが来るから、思いっきりおめかししてみちゃった」
そう言うと、エステカは、その場でくるりと、周って見せる。
「お、おう。か、かわいいと思うぞ」
何と言うか、ハイカラだ。
俺は、エステカのテンションに、気圧され、顔を引き攣らせながら、そう答える。
「きゃー。かわいいって言われちゃった」
エステカは、白い肌を赤らませ、嬉しそうに、その場で、ピョンピョンと跳ね回る。
神様と言われても、今一ピンとこない。
俺は、困惑しながらも、年相応の反応をするエステカを、若干疑わしそうな目で見ていると、それに気付いたのか、エステカは、頬を膨らませて、こちらを見る。
「ぶー。その顔は、私の事を信じていないでしょう?」
口を尖らせながら、詰め寄ってきた。
「こう見えて、もう、何万年って生きているのよ」
そう言いながら、まるで羽が生えているかのように、軽やかな足取りで、少し離れた場所へと足を運ぶ。
俺から30mは離れたであろうか、その場に立ち止まると、服を整え、一つ咳払いをする。
「えい!」
エステカは、掛け声と共に、その場で飛び跳ねる。
辺り一面白い煙が立ち込め、次の瞬間、部屋に、一匹の巨大な龍が現れた。
「ほらね、こっちの方が、神様に見えるかなあ?」
龍は、その姿に似つかわしくない口調で、話しだす。
違和感、半端ない……。
俺は、ただ茫然と、その姿を食い入るように見つめた。
「ね、かわいい?」
龍になったエステカが、質問してくる。
可愛いかと言われても……。
「い、いや。かわいくは無い」
巨大な龍に対して、かわいいという感想を持つのは、不自然なことだろう。俺は素直にそう答える。
「でしょう?だから私はあの姿なの」
龍はそう言うと、元の少女の姿に戻っていた。
「神様だって、綺麗とか、可愛いって、言われたいの。考えても見てよ。神話や、物語に出て来る神様ってみんな、清楚な姿の者が多いでしょう?まあ、威厳を示したくって、龍の姿で、現れる神様もいるけど、私は、可愛いって言われたいの。神様だって、頑張ってるんだから」
龍の姿から戻ったエステカは、服をなびかせ、クルッとその場で、一回転した。
「私は、可愛いものが好き。可愛いって、言ってもらえるのが大好きなの」
エステカは、俺の側に近づき、ニッコリ笑う。
神様と言うのは、見栄っ張りなんだな。
まあ、そんな事より、
「で、俺にどうしろと?」
俺は、エステカのその仕草に、顔を引き攣らせながらも、気を取り直し、質問をする。
「あら、物分かりがいいみたいね?」
エステカは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そう言い、俺の胸元に、指を這わせる。
「そう言った仕草は、もう少し大きくなったらやろうな」
必死に、妖艶な女性に見せようとするエステカの行動に、苦笑する。
可愛いと言われたいのか、背伸びしたい年頃なのか……。
神様って言われても、実感わかねえぞ。
「失礼ね!私の方が、10万歳以上年上よ。お姉ちゃんなのよ!」
エステカは、頬を膨れさせ、俺に詰め寄る。
「お姉さんって……。それお婆……」
俺が、言葉を続けようとした刹那、つま先に強烈な痛みが走った。
「痛っ!」
足元を見ると、エステカが思いっきり、俺の足を踏んでいた。
「お・姉・ちゃん!」
エステカは、張り付いたような笑顔で、俺を睨みつける。
こ、コワイ……。
「はい……。お姉ちゃん」
ここは、この少女に合わせて、話を進めよう。
「よろしい。それで、邪聖ちゃん。あなたは、あっちの世界に、未練は無いの?」
透き通った、金色の瞳は、俺を射抜くように、見詰める。
俺は、その瞳を見続け、ため息を吐く。
未練が無いと言ったら嘘になる……。
多くの人と出会った。
多くの事を体験してきた。
泣いて、笑って、怒って、哀しんだ。
守りたかったもの。守れなかったもの。
大切な人達との別れ……。
振り返れば、どれもすでに、この手には届かないもの達……。
気付いた時には、一筋の涙が零れ落ちていた。
ああ、もう、戻れぬのだな……。
その瞳を閉じて、自分に言い聞かせる。
不意にそんな俺を、エステカが、両手一杯に包み込む。
「ごめんね……。未練が無いなんて、あるわけがないよね……」
膝から崩れ落ち、俺の、胸ほどしか無い身長の少女の胸にうずくまり、涙する。
「色々、苦しかったよね。辛かったよね……」
それは、暖かく、優しい言葉だった。
「っ!?」
言葉が詰まる。その言葉が、その思いが、本心から来るものだと解った時、流れる涙を、止める事など出来なかった……。




