泉の人魚
幸福の青い鳥は、得てして近くにいるものだ……。
探し求めていたものは、案外、近くに有ったりする事がある。
遥か遠方を夢見る前に、間近に見える風景に、心寄り添わせるのも一興だ。
森の中に広がる桃源郷……。
湖と言うには手狭く、どちらかと言うと、泉と言った処だろう。
泉の先には、50mぐらいの高さの滝があり、こうこうと水が流れ落ちている。
そう言えば、喉の渇きも、果実でごまかしていたっけ……。
周りには、敵対するような生物どころか、動物一匹居やしない。
まあ、あれだけ気を高ぶらせていればな。
それでも、警戒は重要。
慢心ダメ。絶対!
俺は、流れ出る錬気を、抑えられるだけ抑えて、細心の注意を払い、湖と言う名の泉に近づく。
ぬかるんだ地面には、獣達のであろう足跡が点在している。
やっぱ、獣は居るんだな……。
どうやら、今さっきまで居たらしい。
獣?知らない子ですね……。時代は魚よ、魚!
俺は意気揚々と、泉に近づく。
『ちょっと、待ってえな。いま、姉やん呼ぶから……』
サクヤはそう言うと、俺の肩から飛び降り、泉へと走り寄る。
姉やん?魚を獲るんじゃないのか?
『姉やん。姉や~ん!』
泉に向かって、だれかを呼ぶサクヤ。
サクヤの事だから、何か意味があるのだろう。
そんなサクヤを見ながら、俺は魚を獲る準備をする。
泉から目をそらし、腕まくりをしていると、不意に誰かの気配がし、手を止める。
ん?なんだ……。
俺は何気なく、視線を泉に向けた。
「ん?」
水面に、泡が出ている。
なんだ?魚か……?
水面が揺れ始め、段々と泡が大きくなっていく。
ぽちゃん……。
水面に、人の顔半分が、浮かび上がる。
ブロンドの髪が水面に広がり、顔の上から半分が泉から出ており、二つの目がこちらをじっと見ている……。
えっ!?
なにこれ……。怖いんですけど。
俺は慌て、構えをとる。
そんな俺の反応に、水面から出ていた顔は、びくっと震え、又、水中に隠れた。
何だったんだ……?
『ジャショウ。驚かせちゃあかんよ』
サクヤに諫められたが、普通、警戒するだろう……。
この泉、何かいる?
あれか?河童と言うやつか?
それにしては、頭に皿が無かった……。
と言う事は、泉の精か……?
あれだ。金の斧とか、銀の斧をくれる奴。
『姉や~ん。怖くないんよ。ジャショウは、良い子なんよ』
再び、サクヤの呼びかけに反応する様に、泉の水面に、顔が浮かび上がる。
今度は、口まで出てきている。
うん。美人さんだ……。
「本当……?私を食べない?」
これは、異な事を言う。
俺は、人間など食べはしない。
「俺の食のカテゴリーに、人型は入っていない」
俺は口を尖らせ、抗議する。
実に心外だ。
何度も言うが、食人主義では無い。
「でも……。私、人魚だよ?」
人魚。確か、半分魚の、生き物か……。
しかし、人魚って、海に生息するんじゃ無かったか……?
「あ?人魚って、海の生き物じゃ無いのか?」
「……。海水は、髪や肌に悪いわ……」
さいですか……。
何となくだが、この子も、癖のある奴の様な気がする。
「私の心臓食べたりしない?」
「……?うまいのか?」
こいつは、さっきから何を言っているんだ?
魚は食いたいが、何が悲しくて、人型の心臓を食わなくちゃいけないんだ……。
「美味しくは……、無い」
「だったら、食わん。と言うか、人型を食う気は無い!」
「でも、でも……。不老不死に為れると言うよ?」
「生憎、不老不死は間に合っている……」
「……」
「……」
また、顔を半分沈めて、警戒する。
それ怖いんだよ。こいつ美人だから、よけい気味が悪い……。
貞〇もそうだろう?
よく見ると、何だか美人に思える。
場違いな美人てのは、時として、醜悪な者より、怖く見えたりするものだ。
「俺は、魚を所望しているんだ。何を警戒しているんだか知らないが、魚を獲る邪魔はしないでくれ!」
俺の言葉の意味が分かったのか、この自称人魚は、顔を泉に沈め、消えて行った。




