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天翔雲流  作者: NOISE
深い森の中で
36/1837

閑話 ただ、水無月の為に……。

 1528年(大永8年)

 関東・水無月領……。

 山岳険しく、小さな領であるが、当主・水無月勝家の下、貧しいながらも、民達は笑い、懸命に生きていた……。

 この頃、一、地方豪族に過ぎない水無月家は、扇谷上杉家の傘下に在り、南で猛威を振るう北条氏。西には武田氏。北には、山内上杉氏。そして、東は千葉氏と。四面囲まれた、予断為らない状況の中、主家・扇谷上杉を守る為、常に前線に立たされながらも、奮戦し、善戦し続けていた。

 扇谷上杉を守るは、陸地の中の鬼ヶ島……。

 戦場を荒らすは、武蔵の大鬼……。

 その名は……!



「邪聖よ。邪聖は何処じゃ?」

 俺を呼ぶ声……。

 また、玄海師匠か……。

 嫌だな……。

 また、今回の戦で、敵陣に突っ込んだ事を、咎められるんだろうなぁ……。

 それとも……。

 俺は、手早く、鎧を脱ぎ捨て、声の主の処へ向かう。

 小言と分かっていても、しらばっくれてしまえば、後が怖い。

 まあ、何時もの事だ……。

 右から左に、聞き流してしまえば良い。

 案の定、声の主は玄海師匠で、俺を見やると、顔をしかめて詰め寄って来た。

「邪聖よ、此度の戦は何じゃ?何度も言っておろう?戦列を乱さず、衆で戦えと!」

「はいはい、分かっておりますよ……。師匠……。しかし、度重なる戦の招集に、水無月の者は、疲弊しております。私が、前線に出れば、死者も減りましょう?」

「驕るな邪聖!主は、確かに強い!千の兵にも勝るじゃろう……。しかし、その強さが、お主の眼を、曇らせておる!敵は、外のみに非ず!主の強さは、内に、敵を呼び寄せてしまう!」

「なれば、喰ろうてやるまでです!」

 何時ものやり取り……。

 玄海師匠が、我が身を、案じてくれているのは、良く分かっている……。

 されど……。

「水無月の民草を、悪戯に、死なせたくないのです……。隣国、吉野家の、我が領での略奪行為……。それに、対処しなくては為らないのに、何故、扇谷の戦に、苦しめられなければ為らないのです?」

「全ては、政じゃ!今は、扇谷に恩を売り、我が国の、地盤を固めなくては為らん!目先の利に、囚われるでない!所詮、吉野家は、我が国にとって、皮膚病程度でしかない……。危険なのは、南の北条。西の武田じゃ……。扇谷は、儂等を、盾として使っているつもりでも、その実は、逆じゃ!儂等が、扇谷を盾とし、領土が守られているんじゃ。このまま、上手く立ち回り続ければ、我等は重宝され、吉野家は追いやられる!されど、勝ち続けるべきでは無い!扇谷に、危険だと判断される訳にはいかぬからのう。狡兎死して走狗烹らる……。今は、利をチラつかせ、上手く立ち回る様、お館様達が、苦心されておる!お主が、それを、滅茶苦茶にしてどうする?」

「へいへい……。悪うございました……。次の戦は、のんびり、たま蹴りでもしておりますよ!」

「邪聖!!」

 ああ、面倒臭い……。

 煮殺されると言うんだったら、その喉元、喰いちぎってやれば良いじゃ無いか……。

 そうだよ!

 扇谷も喰らって、お館様が、天下を取れば良いじゃ無いか!

 一人、納得する俺。

 されど、玄海師匠の小言は終わらない。

 玄海師匠は、深々とため息をつき、

「時に邪聖……。お主、扇谷から頂いた縁談を、蹴ったそうじゃな?」

「んあ?」

 縁談……?

 ああ、どこぞの令嬢との、有難い、縁談の事か……。

 面倒臭い……。

 俺は、そっぽを向き、

「鬼が、人と交わう事は有りませんよ……」

「別に、咎めている訳ではおらぬ!扇谷との距離は、今のままで良いからのう……。されど、自らを鬼と言い、世間と交えぬは、問題じゃぞ?お主も、いい歳じゃろう?身を固めたらどうじゃ?少しは落ち着くじゃろう」

「何度も言わせないで下さい!私は、鬼です!色恋に興味はございません!」

 まったく……。

 面倒臭い爺さんだ……。

 俺は、水無月の為に……。

 戦場に立てれば、それで十分なのに……。


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