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天翔雲流  作者: NOISE
プロローグ
3/1759

 何も無いと思われた荒野に佇む、一本の大樹……。

 不思議と懐かしい。

 これが、安堵と言うモノか……。

 まるで、お館様に、手を差し伸べられた日の様な、不思議な思い。

 自然と、涙が零れてくる。

 涙と痛みで、霞む目を擦り、人影を確認する。

 老人が二人……?

 碁盤を囲い、囲碁の最中だ。

 この、何もない荒野で……。

 近づくにつれて、老人の、透き通った声が聞こえてくる。

「ひょひょひょ。これで、一万二十一勝、儂の、一勝勝ち越しじゃ」

 白髪に気の良さそうな老人が、手を叩いて笑う。

「なにを、すぐに追い越してやる」

 対面に座る、浅黒い老人が、悔しそうに唸っていた。

 声をかけようとして、口を開くが、喉がかすれて、声が出ない。

 歩きながら、必死に手を伸ばす。

「あ、ああ……」

 振り絞る様に、声を出す。

 手を伸ばし、やっと……。

 やっと……。

「北斗よ、待ち人が来た様じゃぞ?」

「ああ?儂等の、待ち人では無いだろう?南斗よ」

 白髪の老人が、南斗……。

 浅黒い老人が、北斗……。

 待ち人とは何だ?

 そんな事より、俺は今まで、戦場に居たんだぞ?

 何を、安堵しているんだ?

 途端に、警戒色を高める!

 北斗に南斗……。

 明の伝承の、生と死を司る仙人……!

 違う!

 俺は、戻らなくちゃならないんだ!!

「ひょひょひょ。そう警戒せんでも良い。此処には、主の倒さなくては為らない敵はおらんよ」

 そんな俺の不安に気付いたのか、南斗は、優し気な笑みを湛え、再び、手招きをする。

 あまりに、飄々としたもの言いに、毒気が抜かれ、ゆっくりと歩きだしていた。

 一陣の風が吹く。

 まるで、老人と俺の間に、見えない壁が隔ててあるかの様な、間合いが生まれる。

 言葉を交わすだけであれば、十分な距離だ。

 歩みを止めて、老人達に目をやる。

 そして、擦れた声を、振り絞る。

「して、老人此処は?」

 分かっている……。

 分かっているが、聞かずにはいられない。

 南斗は、美しい髭を摩りながら、

「もう、気付いておろう?ここは、生と死の狭間にある無限の荒野じゃ……。死した者が、49日彷徨い歩く、そう言った場所じゃよ」

 やはり……。

 ここは、彼岸。

 なれば、まだ!!

 俺は、目を見開き、元来た道を、凝視する!

 何処だ?

 何処に向かえば、俺は、帰る事が出来ると言うんだ?

 源三郎様が、まだ一人で、闘っているかもしれない!!

 戻らなくては!!

「もう、お主の倒す敵は、おらんと言っておろう……。お主の、最後の父は、生きておるよ。お主と同じでな」

「最後の父……。源三郎様の事か!?」

 俺は、南斗の肩を掴み、その身を揺らす!

 南斗は、微笑を崩さず、

「大丈夫じゃよ……。お主は、歴史を変えたのじゃ……」

「歴史を変えた……?源三郎様は、生きているのか……?」

 何を言っているのか分からない……。

 分からないが……。

「源三郎様が、生きてる……」

 俺は、膝から崩れ落ちて、涙した。

 子供の様に泣きじゃくり、

「本当だな?本当に、生きておられるのだな?」

「ああ、生きておるよ。お主が、最後に放った、ロンによって、武田の軍勢は、総崩れじゃ」

「龍……?」

「そうじゃ……。龍とは、人間の体内に宿る、気の事じゃよ……」

「本来、あんなに、強大な力として、解放される事は無いのだがな……」

 北斗は、訝し気に眉を顰め、俺の体を確認する様に触る。

「人に身でありながらのう……。やはり、鬼の血が混じっておるか……」

 まるで、懐かしき思い出を語る様に、北斗は語る。

「古の者じゃ……。もう、存在しては居るまいと思っていたのだがのう……」

 北斗は、感慨深く思い、ため息を吐く。

「鬼とは……?」

 鬼子と呼ばれた。俺は、自分の半生を思い起こし、北斗に聞き返す。

「鬼とは、悪しき者として語られているが、実際は、古の神々の事じゃ……。遥か昔、まだこの世が若かりし頃、人々に変わり、この世を支配しておった。大地を、海を、その偉大な力で、管理し、育んでおった」

「人々が、繁栄し始めると、人間は、山を崩し、森を切り開き、古き神々を、追いやりおった……」

 北斗に続き、南斗が語る。

「古の神々は、大いに怒り、人間を駆逐しようとした……」

「じゃがのう……。海を渡りし来たる、大陸の神々が、それに異を唱え、人々に救いの手を差し伸べた。やがて、日乃本の古の神々は、鬼へと転じて、逆に居場所を失い、封印されてしもうたのだ……」

 南斗と北斗の瞳に、影を落とす。

「儂等も、大陸から来たものじゃ……」

「ただ純粋に、自然を愛し、慈しんでいた日乃本の神々に、後ろめたさがある……」

 やがて南斗は、俺の頬を優しく撫で、慈しむように、目を細める。

「邪聖よ……。汝は、半神半人なんじゃよ。ぬしの体に宿る、鬼の血脈、誇りに思うがよい……」

「儂等も若かった……。今でも考える。何故あの時、分かり合うのではなく、打ち負かすことを選んでしまったのかを……」

 北斗は遠き日を思い、空を見上げる。

 星一つ無い、彼岸の空は、まるで今の、南斗と北斗の心を映し出すようだった。

「ぬしの魂は、真に、強く眩しいものじゃのう……」

「あの日、儂等と対峙し、尚も、気高く散っていった古の神々の様じゃ……」

 自らの命のルーツを知り、俺は苦笑する。

 古の神々か……。

 やはり、俺は……。

 北斗と南斗に倣い、空を見上げる。

―人であれ……―

 不意に、玄海師匠の声が聞こえたように思えた。

 俺は、目を閉じ、静かに笑う。

「俺は、人の子、邪聖だ……。俺を捨てた、母の事は遠に忘れたが、誇れる三人の父がいる」

 開いた二つの眼で、北斗達を見つめる。

 神でも無ければ、鬼でも無い。

 人の子、邪聖……!

 それが、俺だ。

 太陽も無い、混沌とした世界に、温かな風が吹く。

 お館様の手……。

 俺は目を細め、今一度、空を見上げた……。


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